Otaku ワールドへようこそ![60]パソコンと楽しく将棋を指そう
── GrowHair ──

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10月の3連休は、どこかへネタ狩りに出かけようという気持ちも多々あったのだが、気がついてみると昼となく夜となくパソコン相手に将棋を指し続け、それだけで終わっていた。楽しんでいたというもんではなく、ただ、止まらなくなっちゃっただけ。オンラインゲームから抜け出られなくなって通常の生活から逸脱してしまった人を「ネトゲ廃人」というが、状態としてはそれに近い。ああ、時間を巻き戻して連休の頭からやりなおしたい。
ドラえもーーーん。(大泣)

という止むに止まれぬ事情により、同じ話題が続いてしまうけど、今回も将棋の話なのです。


●人間失格

外の天気はおろか、時計を見ても午前だか午後だか分からない。人と会うこともなく、言葉を発することもなく、眠くなったら寝て、食いたくなったら食う。なぜかあんまり眠くもならず、食いたくもならず。一日に一回ぐらい近くのコンビニまで往復し、パンだのヨーグルトだの適当に買ってきて、適当なときに適当に食う。

ただひたすらパソコン相手に将棋、将棋、将棋。そんなに熱心に研究に励んでいたのかといえば、そういうわけでもなく、ただ機械的に反射的にぱっぱぱっぱと指してるだけ。頭はほとんど働いていないに等しい。いとも簡単に相手の狙い筋に嵌って、そうかと気がついたときにはどうにもならず、また最初からやりなおし。その繰り返し。延々延々。

しまいには、生きているのが嫌になる。自分の存在そのものが、すげー負担になってくる。いますぐぱっと消滅できたら、それが一番楽でいい。人格、崩壊。

こういう生活、学生時代にやって教訓を得たはずなのに、またやってしまった。あのころはパソコンゲームの黎明期、大学にいると、ソフトがいくらでもタダで手に入った。コピープロテクト外しの名人がいたようで、NEC PC-8801用のゲームが鍵の外れた状態で詰まった5インチ2DDフロッピーディスク(640KB)がばんばん出回り、コピーし放題だった。

森田オセロ、アルフォス、ロードランナー、倉庫番、ドアドア、などなど。アルフォスなんて、バイナリエディタで特定のアドレスの数字をちょちょいといじると、戦闘機を100機ぐらいに増やせた。そんな情報まで流通していた。明け方までゲームやってそれから寝るもんだから、目がさめたらテレビで相撲やってたなんてこともざらだったっけ。それから大学行って、仲間がいると居酒屋行って、起きぬけの一杯。デカダンスの一杯。

考えてみると、あのころすでに人生の変な横道に迷い込んでいたのかも知れない。連休を巻き戻す以前に、人生そのものをリセットして最初からやりなおしたい。

●それだけ面白いコンピュータ将棋

今回ハマったのは、「ボナンザ」というフリーの将棋ソフト。ゲームには一度免疫ができてたはずなのにうっかりハマったのは、やはりそれだけ出来のいいソフトだから。面白さの第一は、まず強いこと。毎年開かれる世界コンピュータ将棋選手権で、2006年に初出場し、いきなり優勝している。今年の3月21日(水・祝)に渡辺明竜王と指して、善戦している。渡辺竜王はブログで「プロの足元まで来ている」と書いている。

将棋の段位・級位はちょっとややこしいので説明しておきましょう。級位はレベルが上がるほど数字が減っていき、一級の上は初段、そこからは二段、三段と数字が増えていく、というところは他のお稽古事と同じ。将棋ではアマチュアとプロとで別システムになっている。アマ3〜4段が、プロ養成機関である奨励会の6級に相当すると言われている。よく「地獄の」と冠して呼ばれる三段リーグを抜けて四段になることをもって、プロになる。女流はまた別システムである。いっしょくたにすると男性ばっかりになっちゃうから。「プロの足元」とは、アマチュアの頭上遥か上ですね。

将棋と兄弟分であるチェスの世界では、1997年5月、IBMの「ディープブルー」が世界チャンピオンであるカスパロフを2勝1敗3引き分けで破っている。将棋は相手から取った駒を味方の戦力として、盤面のどこにでも好きなところに打って使えるので、指し手の数が格段に多く、しらみつぶしの先読みでは、すぐに組み合わせの爆発が起きて破綻する。強いプログラムはそうそう作れないだろうとされていたのだが、ここまで来たのは、大方の予想よりずっと早い。脅威である。

ボナンザの強さは時間とメモリ使用量に制限をかけることで調節できる。デフォルトの3秒、18MBなら、私でも「待った」せずに100局に1局ぐらいは勝てる。だからやめられなくなるのだ。

第二に、ボナンザは形勢判断が数字で表示されている。互角ならゼロで、先手が有利ならプラス、不利ならマイナス。次の手を考慮中にも変化する。「顔色」が見えるのである。もちろんボナンザがそう思っているというだけで、客観的な形勢とはズレがあるかもしれないのだが、自分よりは遥かに強いのだから十分参考になる。

第三に、同一の局面でも指し手を変えてくることがある。一回勝ったからといって、同じ手でいつも勝てるわけではないのだ。いろいろ選択肢がある局面ではランダムに手を変えてくるし、一本道の局面ではちゃんとその手を指してくる。第四に、「待った」ができる。自分を甘やかすのはよくないのだが、単純な見落としで急転直下よりは、なかったことにして続けたほうが面白いということもある。

こっちが形勢有利と出ているのに、どんな手を指してもその途端に不利になっちゃうときがある。そういうときは、対局者をコンピュータ同士に切り替えて、正解を敵に教えてもらう。「そんな手、一生考えても思いつかないよー」という妙手が潜んでいたりして、勉強になる。こうやって進めていけば、とにかく最後には勝てる。

第五に、仕込まれている定跡が膨大。序盤データベース 25 万手。定跡通りに進んでいるうちは瞬間的に指してきて、形勢が0なのでそうと分かる。途中で定跡を外すとすぐに咎める手を指してくるので、なぜいけないかがすぐ分かる。いい研究になるのだ。

「羽生の頭脳」という十巻シリーズの定跡本がある。後手の三間飛車美濃囲いに対して急戦を仕掛けると、羽生の頭脳第3巻に書いてあったとおりに進むことがある。銀桂交換の強襲をかけ、一時的に駒損になるが、その後の桂跳ねが厳しく、これにて先手有利。……のはずが、飛車で銀を取ってくれず、浮いて逃げられちゃう。それならば丸々の桂得で、もっと有利なはずが、その後の指し手が分からない。どう指しても有利になっていかないのである。コンピュータ同士にしてもやっぱり駄目。羽生さーん。

●次の一手問題のカンニングに使えるか

「週刊将棋」という新聞がある。駅のキオスクなどで売っている。段・級位認定問題のコーナーがあり、次の一手問題がレベル別に6題出題される。往復はがきで回答して、正解の返信を12枚集めると、段級位が認定される。このところ、問題の難易度がやけに高い上に、応募者の正答率もやけに高い。15年くらい前は、50〜70%ぐらいだったはずだが、今は、どのレベルも75〜95%である。これは将棋ソフトの棋力の向上と関係があるのか?

いくらなんでも、コンピュータに解かせた回答をはがきに書いて応募する人はいないとは思うけど。そんなズルをして段位をもらったとしても、実際に対局したら級位レベルの手しか指せなかったというのでは恥をかくだけでしょう。ならば、応募する人たちの棋力が向上したのだろうか。いや〜、どうなんでしょ。

私の推測は、こうだ。まず自力で考え、自分の回答を決める→パソコンで確認してみる→不正解だったと分かる→応募しない。これなら納得いく。正答率、上がるわけだ。パソコン、便利だね。そうやってこつこつと往復はがき代を節約していけば、パソコン代なんてすぐ元がとれるだろう。

それはそうと、そもそもコンピュータ将棋に次の一手問題を解かせたら、正解を出してくるのだろうか。どれ、やってみよう。ネットからダウンロードできるフリーの将棋ソフトで、アマチュア初段以上のレベルにあるのは、ボナンザ、K-Shogi、きのあ、うさぴょんの4本である(他にもあるかも)。盤面を編集したり、棋譜ファイルをCSA形式とKIF形式との間で相互変換したりできる便利なフリーソフトには、柿木の "Kifu for Windows" と将棋所がある。これを使って出題図を入力し、棋譜ファイルに落としたのを対局ソフトに読み込ませて、続きを指させるのである。

上記4本のソフトのうち、ボナンザとうさぴょんにはそういうズルを防止する機構がついている。CSAファイルで、最初っから持ち駒のある盤面は読み込めないようになっているのだ。これの裏をかくのはちょっと面倒だが、平手の初手から人間同士で交互に指して、無理やり出題図まで持っていくという手がある。きのあには、コンピュータ同士対戦させるモードがないので、先の手を調べたければ、一手ずつ中断して対局者を入れ替えなくてはならないのが不便。

というわけで、K-Shogiが一番お手軽。週刊将棋10月10日号に解答が掲載されている、前々号の問題を解かせてみる。
初歩クラス:正解。7手を正しく読めて、必勝形。
上級位クラス:正解。歩の叩きの手筋で銀得。
初段クラス:正解。おまけに王手飛車までかけてぼろぼろ駒得。
二段クラス:正解。23手指して、先手勝ち。
三段クラス:正解。29手指して、先手勝勢。
四、五段クラス:不正解。15手目に投了。あれれ。

K-Shogiでは歯が立たなかった四、五段クラス、ボナンザではどうだろうか。あらためて平手の初手から出題図まで持っていき、続きを指させてみる。持ち時間とメモリ使用量を最大に設定。最初のうちは不利の形勢判断で、どんどん悪くなっていくのだが、しばらく考えているうちに、ぐーんと上がってきて、有利に転じる。正解手が思い浮かんだらしい。2分考えて、ちゃんと正解手を指してきた。強い!

もっともこの問題、最初の3手だけは私も自力で正解を見つけられた。金を打ち捨てて、角を相手の歩の上に成り捨てる(と言ってもこれは取れないけど)というド派手な手順なのだ。週刊将棋の四、五段の問題はそういうのが多いと知っていたから解けたようなもんで、実戦でこの形が生じても発見できなかっただろう。それに、その後の変化を読みきれていなかったので、四、五段の実力があるというわけでは決してない。

では、次に、まだ正解の発表されていない、この号の出題問題を4本のソフトに解かせて回答を比較してみよう。せっかくなら四、五段クラスの問題で。邪悪な意図では決してなく、あくまでも好奇心から、ね。結果はなんと、全会一致で同じ手を指してきた。

きのあは対局者を入れ替えるのが面倒で、一手目だけ見て終了。うさぴょんは一手に5〜6分かかり、十数手進んだところで中断した。最初の手を指したからには狙い筋だったはずの順をなぜか見送り、有利とは思えない局面に。形勢判断は表示されないのでどう思ってたかは不明だが。K-Shogiはもとの形勢判断が先手不利だったのが、すぐにピンチをしのぎ、20手ほどで有利に転じた。

ところが、さらに10手ほど進むとまた不利に戻ってしまった。それからも逆転、逆転で、3時間半ほど放ったらかしにしておいたら200手ほど指して最後には負けていた。ボナンザは最初から先手有利の形勢判断。徐々に優位を拡大し、100手以上かけて、危なげなく勝ちきった。2週間経ってみないと分からないけど、これ、正解っぽいなぁ。

というわけで、将棋ソフトは次の一手問題のカンニング、いやいや、自分の答えの確認には相当有効に使えることが分かったのであった。うっかり廃人にならないよう注意しさえすれば、いろいろと楽しく遊べるのだ。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
カメコ。注意深く探すと、タダで拾える将棋ソフトがもう一本見つかる。KCC。2005年準優勝、2006年第3位。北朝鮮製。何か発射したことへの制裁措置だったかのあおりを食らって、今年の大会にはエントリできなかったみたい。政治的にちょっとぐらいトラブったからって、草の根レベルの文化交流まで断ち切っちゃうのって、どうなんでしょ? 将棋ソフトの開発者に制裁を課すって、方向があさってなんでないかい? 向こうは将棋の定跡手を100万手も収集して組み込めるほど日本の情報にアクセスできているのに、こっちは向こうの文化や生活実態をほとんど知ることができず、あてずっぽうにがーがー悪口言ってるだけ。これってなんか負けてない?