音喰らう脳髄[38]頽廃を通り過ぎて/モモヨ

投稿:  著者:  読了時間:3分(本文:約1,100文字)


いつこんな風に私達はなってしまったのだろう、これまで幾度この問いを心中に発してきたものか数えたこともないが、それは相当な数にのぼるだろう。人生の半分以上は、憤りやため息の中にすごしてきたように思う。

ベトナム戦争とロッキード事件、閉塞した学生運動のいなおり、三島由紀夫自決、商売上手なヒッピーが掲げる「愛と平和」、バブルにより追放された東京の地霊、雲仙普賢岳火砕流、奥尻をおそうわだつみ、阪神大震災、幾多の噴火、そして地震、津波……自然災害は絶えることがなく、そして人が人を傷つける禍も数知れない。夜の盛り場では、人を人と思わない中規模企業経営者の高笑いが響いている。毎日、日替わりで人身事故を起こす在来線は……数え上げればきりがない程の悲惨さがこの世を覆っている。


それでも私達は幾ばくかの自分達の中に残された心、美に感ずる心を頼りに毎朝目をさまし、一日の端緒につかみかかり、日めくりの一枚をはぎとり、一日を忘れていく。まだまだ大丈夫、明日にはもう少しましな日が過ごせますように、そう祈りながら、だ。

北極海の氷だって、もう既に失われたものであることを世界中の科学者、政府が知らなかったはずはないのだ。であるのに、米国も、中国も、京都議定書を検討していたとき、すべてはSF、ファンタジー、空想夢物語だと笑い飛ばしてみせたわけだが、彼らだって知っていたはずだ。それを知らない私達は、まだ大丈夫だとたかをくくってきた。まんまと一杯くわされてしまったわけだ。

……いや、今回は、暗澹、ため息、絶望博覧会のような原稿になってしまってもうしわけない。が、先日、例のボクシング世界戦を生で見てから、汚泥を口に突っ込まれたような気分が続いていてどうにもいけない。こんな気分でいると、テレビの大食いバトルを見てさえ愚痴が出てしまうのだ。大食いグルメなんて嘘めいたタイトルの番組など見るも腹立たしい。

そもそもグルメと大食いは正反対、対極に位置するものではないのか? グルメと大食いが価値を一つにするなら、高級グルメで知られる店の盛り付けがあれほどに寡少なのは何故か分らなくなる。

私達の心の世界もまた限界を超えてしまったのであろうか、ものごとの形が曖昧になり、頽廃ではなく堕落ばかりが目立つようになってしまっている。頽廃期においては、脱出の道はまだ閉ざされていないが、大食いを持てはやしたり、無頼漢をもてはやしたりするような堕落の底に至れば、あとは坂を転げ落ちるだけだ。もとに戻れない。私達は、すでに墜落の中にいる。誰かの声が耳もとで聞こえている。

「どうするよ? 兄弟」

Momoyo The LIZARD 管原保雄
< http://www.babylonic.com/ >

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ロックンロール・ウォーリアーズ Live’80
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ビデオメーカー 2007-01-27

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by G-Tools , 2007/10/23