映画と夜と音楽と…[355]儚くもろい美しさと凛とした強さ/十河 進

投稿:  著者:  読了時間:11分(本文:約5,200文字)


●宝の山で見付けた昭和三十八年公開の二作品

先日、週の後半になって体調を壊し土日は寝て過ごそうと思い、金曜日の帰りがけに秋葉原の石丸電気の邦画DVDのフロアーに寄った。まあ、本当に沢山の映画が並んでいて、宝の山に入った気分だった。黒木和雄全集だとか、大島渚全集などというものまである。

吉田喜重 DVD-BOX 1吉田喜重監督の作品もほとんど出ていて「ろくでなし」から「水で書かれた物語」「エロス+虐殺 ロングバージョン」まで並んでいた。かつて、それらの映画を見るために、地の果てのような名画座まで追っかけた頃は何だったのか、と思ってしまう。

三十年前、四十年前に、こんな時代がくるとは予想できないから、僕らは見たい映画を見るためには、相当な努力をしなければならなかった。しかし、先日、金城一紀の「映画篇」という書き下ろし短編集を読んだが、そこに出てくる主人公たちは、みんな見たい映画を求めてビデオショップへいく。


映画篇1968年生まれの金城一紀は、そういう世代なのだろう。少年の頃からビデオショップがあった。「GO」を読んだときから金城一紀は、相当な映画好きだろうと思っていたが、「映画篇」を読むとそのことがよくわかる。映画化された「GO」(2001年)は日本アカデミー賞を独占、柴咲コウを人気者にし評価も高かったけれど、僕はあまりかわない。金城一紀はどうなのだろう。

十七人の忍者さて、秋葉原での収穫は「十七人の忍者」を見付けたことだった。四十数年間、見逃したことを悔やんでいた映画だ。さっそく買った。もう一本買ったのは、昔見てとても好きになった石原裕次郎の「太陽への脱出」である。これは、後半、大甘のメロドラマになるのだが、理屈抜きで僕は好きなのだ。

おかしな暗合だが、「太陽への脱出」が公開されたのが昭和三十八年四月二十八日のことで、「十七人の忍者」は同じ年の七月七日に公開になっている。海外ロケで金をかけた「太陽への脱出」は黄金週間向けの大作だったのだと、今回、調べてみて初めてわかった。

昭和三十八年。僕は小学五年から六年になった。その年の三月一日に誘拐をテーマにした黒澤明の「天国と地獄」が公開され、それに刺激されたのか三月三十一日には吉展ちゃん誘拐事件が起こっている。五月の連休明けには法相が「誘拐事件の刑罰強化」を宣言した。

六月一日には「007は殺しの番号」が公開になり、スクリーンに初めてジェイムズ・ボンドが登場した。六月五日、舟木一夫という新人歌手が「高校三年生」を発売。七月三日、石原裕次郎のテレビ番組「今晩は裕次郎です」が始まり、六日にはNHK「夢で会いましょう」の「七月の歌」として梓みちよが初めて「こんにちは赤ちゃん」を歌った。

その年の十一月二十三日。初めての日米間テレビ宇宙中継の実験が行われ、テキサス州ダラスでケネディ大統領が暗殺されたニュースが伝わる。十二月八日に力道山が刺され、十二日には小津安二郎監督が六十歳の誕生日の還暦を迎えて死んだ。二十五日、年末ギリギリに大和書房から「愛と死を見つめて」という本が発売された。

昭和三十八年(1963年)とは、そういう年だった。そんな年に公開された二本の映画を、僕は土曜日にスウェットの上下を着替えず、終日ゴロゴロしながら見ていた。至福のときである。

●集団抗争時代劇と異色のムード・アクション

高倉健や藤純子主演の任侠映画の後に、リアリズム重視の実録ヤクザ映画「仁義なき戦い」が作られたように、東映の明朗時代劇あるいは脳天気時代劇があきられた結果、リアリズム重視の集団抗争時代劇が作られるようになった。その嚆矢は「十三人の刺客」(1963年)のように言われているが、実は「十七人の忍者」の方が公開は早い。「十三人の刺客」の公開は同年十二月だった。

「十三人の刺客」に「大殺陣」(1964年)「十一人の侍」(1967年)を加えて東映集団抗争時代劇三部作と言われている。しかし、その他にも様々なリアリズム重視の時代劇が作られた。「十七人の忍者」や「月影忍法帖 二十一の眼」などの山田風太郎原作の忍法物、それに五味康祐原作の「柳生武芸帖」シリーズなどがある。

それらの集団抗争時代劇を担った役者は、大友柳太朗、里見浩太郎、近衛十四郎、品川隆二などである。品川隆二は映画でのイメージを生かし、テレビ版の「忍びの者」で主役を演じた。後にテレビ時代劇「月影兵庫」シリーズで近衛十四郎と組んで三枚目(焼津の半次だったかな)を演じ、お茶の間にもおなじみになった。

「十七人の忍者」の公開から三週間ほど後になるが、夏休み向けとして実写版「伊賀の影丸」が公開されている。これは横山光輝が週刊「少年サンデー」に連載していた忍者マンガで、当時の子どもたちに人気があった。僕も欠かさず読んでいた。それを若き松方弘樹を主演にして映画化したのだ。当時は子供に限らず、大人たちも忍者に夢中になっていた。

その忍者ブーム絶頂のときにつくられた「十七人の忍者」は、シナリオが池上金男だけに実にシャープでゾクゾクする作品だった。登場人物たちが話す侍言葉も心地よく耳に響く。池上金男は「十三人の刺客」や「無頼」シリーズなど多くのシナリオを書き、六十を過ぎて小説家になり池宮彰一郎と名乗った。

「十七人の忍者」に続いて、僕は「太陽への脱出」をDVDプレーヤーにかけた。この映画は、過去に二度見ているが、最後に見たのはもう三十年近く昔のことだ。それでも細部までよく覚えているつもりだったが、いろいろと思い違いをしている記憶があった。この映画については以前にも書いたことがあるけれど、かなり思いこんでいた。

「太陽への脱出」は、インドシナの戦争フィルムがタイトルバックに使われ、日本の軍需会社が武器をインドシナなどの紛争地帯に横流ししている事実を新聞記者(二谷英明)が突き止めるために取材に出してほしいとデスク(宇野重吉)に話すシーンにつながる。

ロケ地はバンコックである。そこに日本の軍需産業から派遣され武器商人となった石原裕次郎がいる。彼は中国人と称して英語しか喋らず、ナイトクラブの経営者として生きている。彼に軍需産業の不正を証言させるために、日本に連れ帰ろうと新聞記者は説得するが、彼は帰らないと言う。

●哀切で弱々しく儚くもろいヒロインの崇高な美しさ

前にも書いたが「太陽への脱出」で印象的なのは、中原中也の「骨」という詩にメロディをつけ、ピアノを弾きながら裕次郎が歌うシーンだ。すでに物語は四十分ほどが過ぎている。「ほらほら、これが僕の骨だ」と歌っているところに新聞記者がやってきて、「きみは日本人の速見だ」と言う。

日本人であることを棄てアイデンティティを喪失した主人公は、現地の女であるメイドのアイレン(愛蓮と書くらしいが、耳で聞くと哀憐という漢字が浮かぶ)を愛し、結婚して現地に骨を埋める決心をする。実は、僕がこの大甘のメロドラマが好きな理由は、アイレンの存在にある。そして、それを演じた女優の切なく哀れな視線にあった。

戦災孤児だったところを元日本兵でタイに居残っていた男(殿山泰司)に拾われ、メイドという名の娼婦としてあちこちの屋敷に送り込まれていたアイレンは、裕次郎のメイドになり初めて愛する男を得る。裕次郎にも愛されたアイレンは、結婚しようと言われて幸福の絶頂を迎える。

しかし、アイデンティティの回復に目覚めた裕次郎は、日本に帰って日本人である速見に戻ることを決意する。アイレンは愛する裕次郎を諦めるが、出発の日に結婚式を挙げて彼の妻になる(裕次郎映画で主人公と結婚したヒロインはほとんどいない)。彼女は警官隊が張り込む空港で自らを囮として裕次郎を出発させ、彼が遠く空の彼方に消えるのを待って自らの心臓を撃ち抜く。

彼女はカタコトの日本語しか喋れない。だが、その視線が、表情が、仕草が彼女の豊かな感情を語る。愛する男へのあふれる熱情を感じさせる。たったひとり、初めて愛した男を見送り、再びメイドという名の娼婦に戻るのなら…と彼女は命を絶つ。その悲しさ、哀切さに胸ふさがれ、その心根に涙する。

アイレンを演じたのは、俳優座の岩崎加根子だった。いわゆる映画女優たちと比べると、美人ではないかもしれない。彼女は新劇女優であり、美しさではなく演技力がウリだった。しかし、「太陽への脱出」の岩崎加根子は崇高なほど美しい。演技力で見事な美しさを見せる。イヤな女の役のときには怖いほどの目になるのに、その独特な目が優しい。ときに憐れなほどの儚さを見せる。守りたくなる。

彼女は仲代達矢主演「人間の条件」(1959年)に従軍看護婦役で出演しているが、そのときには別の美しさを見せる。アイレンのような弱く儚くもろい美しさではなく、凛とした強さを持った美しさだった。また、中村錦之介主演「宮本武蔵 一乗寺の決斗」(1964年)では武蔵が開眼するきっかけを与える遊女の吉野太夫を演じて、華やかで奥の深い美しさを見せた。

さらに「関の弥太ッぺ」(1963年)で弥太郎(中村錦之介)が妹の消息を尋ねる年増女郎、市川雷蔵主演「ひとり狼」(1968年)で演じた年増の酌婦など、出番の少ない汚れ役でも強烈な印象を残した。苦界を生き抜くしたたかさを感じさせ、舌を巻くほどのうまさだ。ネットで調べたら「俳優座が生んだ三大女優」と出てきた。渡辺美佐子、市原悦子、そして岩崎加根子なのだそうだ。

裕次郎映画のヒロインは、初期は北原三枝だった。源氏鶏太原作のサラリーマンものでは、芦川いずみが相手役をつとめることが多かった。その後、ほとんどのヒロインを浅丘ルリ子が演じ、たまに別の女優が客演しても、どれも映画界出身の美人女優だった。

だが、「太陽への脱出」のヒロインは、岩崎加根子(美人女優は加根子なんて名乗らないと思う)なのだ。子供の頃から不幸しか知らず、初めて愛した男との幸福な時間はすぐに過ぎ、自らを殺すことでしか愛を成就できなかったアイレン、彼女は愛する男へもカタコトの日本語で気持ちを伝えるしかなかった。そんな難しいヒロインは、他の女優では演じられなかったに違いない。

──あたいを抱いてくれたら、話してあげてもいいけどさ。
──しかたねぇ。目つぶらぁ。
──目をつぶるとは、ごあいさつだねぇ。

「関の弥太っぺ」で、弥太郎の妹の消息を知っているという年増女郎を演じ、岩崎加根子は中村錦之介とそんな絶妙なやりとりをする。そのうまさに感心しつつも、同じ人が「太陽への脱出」の哀切きわまりないヒロインだとは、僕にはどうしても信じられない。

しかし、どんな人も様々な顔を持っている。弱く儚いもろさと凛とした美しさ、汚れを厭わないしたたかさ、それらを併せ持つのが人間なのかもしれない。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
管洋志さんの写真展のパーティで、水中写真家の中村征夫さんと久しぶりに会いました。中村さんはウェットスーツで水中にいるときが最もカッコイイと思っていたが、スーツもよく似合っていた。エッセイを何冊も出している中村さんに言うのは恥ずかしかったが、「本、出しました」と報告したら「小説?」と訊かれてしまった。ちなみに、エプソンのテレビCMに中村さんが登場していて驚きました。

●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.bookdom.net/shop/shop2.asp?act=prod&prodid=193&corpid=1 >

photo
映画がなければ生きていけない 1999‐2002
十河 進
水曜社 2006-12
おすすめ平均 star
star「ぼやき」という名の愛
star第25回日本冒険小説協会 最優秀映画コラム賞
starすばらしい本です。
starものすごい読み応え!!

映画がなければ生きていけない 2003‐2006 夜の来訪者 映画一日一本―DVDで楽しむ見逃し映画365 (朝日文庫) ロング・グッドバイ 「愛」という言葉を口にできなかった二人のために



photo
天使の爪 上 (1) (角川文庫 お 13-25)
大沢 在昌
角川書店 2007-07
角川文庫から発売になった大沢在昌さんの「天使の爪」上下巻に解説を書かせていただきました。四百字で11枚ほども書いたのに、もう少し書きたいことがあります。もっとも読者は、くどい解説は迷惑でしょう。「天使の牙」「天使の爪」と続くシリーズは、読み始めたらやめられないことは保証します。


photo
小説宝石 2007年 07月号 [雑誌]
光文社 2007-06-22
小説宝石」7月号に大沢在昌さんとの対談が載りました。「ハードボイルドがなければ生きていけない」というタイトルです。大沢さんの話の間に僕が「そうですね」と言っているだけのような対談ですが、大沢さんの映画やミステリへの愛がうかがえて面白いですよ。


photo
映画篇
金城 一紀
集英社 2007-07
おすすめ平均 star
star最初の一篇
star154ページ「保釈金」の説明が事実と異なる!
star心に響く映画篇・・・ぜひ続編を!!
star映画が観たくなる
star先へ読み進めたくなる・・・・

対話篇 SPEED 対話篇 フライ、ダディ、フライ (The zombies series (SECOND)) 悪人

by G-Tools , 2007/11/30