装飾山イバラ道[4]情報デザインの入り口
── 武田瑛夢 ──

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デジクリで隔週の連載をはじめさせて頂いてから、ゲームやネコ動画の話題が続いたので、今日は少しだけデザインの話を。

私は大学で「情報デザイン論」という講義をしている。情報デザインというとなんとかテクノロジー的な横文字の多い話を想像するかもしれないけれど、幅も切り口も本当に広いジャンルだと思う。この講義はデザインを専門にしている人だけでなく、一般の科からも受けることができるので、わかりやすいように身近なことから話を進めている。


「やさしいデザイン」の本を紹介した時にも少し書いたけれど、動物は森で熊の足跡や糞を発見すると、そこから去ることで自らの身を守る。しかし、きっとヒトの場合は去った後に、他の人に知らせたり「熊キケン」と書いた看板を立てるだろう。こんな「気づき」を広げて残すことができる人間の価値はすごいと思う。

街を見渡せば、先人たちの積み残してきた標識(サイン)や街づくりで、私たちの生活の基盤は守られているのだ。

このような情報デザインの基本とも言えるサインの決定には「使い手」が一番に優先される。ここが商用のグラフィックデザインとの大きな違いでもある。使う側の意見が反映されて、その時点で一番良いものにこなれていくのだ。時代と共にヒトに鍛錬されて変化するからこそ、時代そのものを刻んでいるとも言える。サインの歴史は人々の守りあいの歴史だ。

時に古くなって残骸のような使われなくなった標識や、個人的でユーモラスな看板は写真のモチーフとして撮影されたり、本としてまとめられることも多い。Taschen社の「1000 Signs(Klotz)」も世界中のサインを集めた本として写真満載の魅力的な内容でとてもお勧め。
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そもそも危険な場所とは、危険だから人がいなくなる。がけ崩れが起きそうな場所には、注意を喚起するサインが立てられて人が踏み込むことを防ぐ。
「1000 Signs」にも出てくる無人地帯にたたずむボロボロのサインは、カカシのようにけなげで哀愁がただよう。

しかし、その場にはそれを立てた人物が確実にいて、危険を払って設置したことを感じて見てほしい。

街は数々のチェックポイントで形作られるけれど、ヒトに「個性」があるおかげで精度が上がる。匂い、色、音など気になる部分がヒトによって違うことで、意見が盛り込まれて強いものになる。まるでコタツのサーモスタットのように、一人一人が感覚センサーとして働いているから、いきなり全体がショートすることが防げるのだ。

標識そのものを見た時に感じる「品」や「差別感」のあるなしについても、気づいたヒトが声を上げて改善している。ヒトを守るべきサインを見て傷つく人がいては本末転倒で、ここでも誰かの「気づき力」が有効に働く。

こうした「気づきの連鎖」が防護ネットとして働くのが社会の理想だ。そして気づいた後に伝える勇気を少し持つことも、自分のできることのひとつかもしれない。

最近は、過剰に氾濫するサインの問題も多く議論されている。標識・看板を立てる側の保身として設置される例も少なくないという。同じ場所にサインが多すぎて一つ一つが目立ちにくくなるという物理的な問題もあり、現場を一歩ひいた目で見て判断することが必要になっているのだと思う。

こうした問題は、その場所が誰の権利下にあるのかによって、そう簡単には片付かないのでもどかしい。場所が誰のものか、決めるのは誰だろう。

元々ヒトは印をつけたがる。冷蔵庫の自分のジュースにマークを書いたり、お花見の場所取りにテープを貼る。土地にはハタを立てる。印を使って自分の場所を主張するのは、生きるため、権利を守るために大切な知恵であるのかもしれない。それは、犬が散歩中に電信柱にニオイをつけてるのとも似ている。

講義中にも犬がおしっこをしている(マーキング)絵を描いて説明したけれど、そのずっと上に小さな円をひとつ描いた。それは月で、一本のハタを立てた。人間が初めて行った場所で最初にやったことも、印をつけることだったのだ。

今年最後のテキストで、犬の散歩からアポロ計画まで飛躍をしてしまったけれど、情報デザインの入り口として少しでも興味を抱いてもらえたらありがたいです。

【武田瑛夢/たけだえいむ】 eimu@eimu.com
12月22日(土)〜26日(水)品川のO美術館での展覧会「ディジタル・イメージ2007」に参加します。
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装飾アートの総本山WEBサイト“デコラティブマウンテン”
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やさしいデザイン―誰でもかんたん、レイアウト・配色・文字組
武田 瑛夢
エムディエヌコーポレーション 2007-09

by G-Tools , 2007/12/11