映画と夜と音楽と…[357]望みは何と訊かれても/十河 進

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●不思議な暗合でアノ時代が甦る

小池真理子さんは1978年に「知的悪女のすすめ」というエッセイがベストセラーになり、そういうイメージで売り出した人である。美人であることも出版社のセールスポイントだった。悪女=美女という概念は一般的である。悪女がひどい醜女だったら、概念矛盾になる。

1978年…、実に三十年近い昔だ。小池さんは二十代半ばだった。出版社勤務という経歴である。同じ頃、僕は出版社勤務の二十代半ばの青年だった。そんな僕が「知的悪女のすすめ」などというエッセイを読むわけがない。美人を売り物にしたくだらねぇ本だろ、ケッ、という感じだ。僕は若く不寛容だった。


恋 (新潮文庫)しかし、小池真理子さんの才能は本物だった、と言わなければならない。1985年に最初の小説を発表し、1996年に「恋」で直木賞を受賞する。1952年生まれだから四十四歳のときのことだ。夫の藤田宣永さんの直木賞受賞より早かった。夫婦で直木賞作家というのも珍しい。

僕は「恋」だけは読んだ。フランスの女性作家カトリーヌ・アルレーが好きだったので、アルレー風の心理サスペンスだなあと思ったのは覚えているが、正直、それほど印象に残っていない。「性を基調にした人間関係」について書かれたものについては、僕はどうも鈍感になるきらいがある。被虐と嗜虐の関係を書く谷崎潤一郎や河野多恵子がまったく面白く思えないのも同じだと思う。

エンパラ 新装版  旬な作家15人の素顔に迫る (光文社文庫)ちなみに先日、光文社文庫の新装版「エンパラ」(大沢在昌さんと十五人の作家との対談集)を読んでいたら、小池真理子さんも出ていて「アルレーと出会ったとき、こういう書き方があったんだ、とすごく感激したの」と言っているから、僕が感じた「アルレーの影響」も的外れではなかったようだ。

その小池さんの新作「望みは何と訊かれたら」が出たときから気になっていて、書店でパラパラとめくったりしていた。僕は一年浪人しているから、大学へ入ったのは1952年生まれの人と同じ時期である。小池さんとは世代が重なっている。その小池さんがアノ時代を書いたのが「望みは何と訊かれたら」だ。

今朝の朝日新聞の読書欄のトップが「望みは何と訊かれたら」だった。大きな扱いで、評者は重松清さんだ。その書評を読んでも、僕はまだ迷っている。いや、書評を読んだから、よけいに迷い始めた。この本を僕は読むべきだろうか、あるいは、無視すべきなのだろうか。

しかし、妙な暗合が続いている。自分の中で決着の付いていない問題が頭をもたげ始めているのを感じる。先日、何の気なしに読んだ大崎善生さんの「タペストリーホワイト」が、やはりアノ時代を扱っていた。一年前に出た本だったが、1957年生まれの大崎さんは僕よりずっと若いと思っていたので、彼がアノ時代を題材にしたことに驚いたのだった。

警官の血 上巻それに、今年の「このミステリーがすごい」のナンバーワンを獲得したらしい佐々木譲さんの「警官の血」もアノ時代を扱っていた。祖父、父と続く警察官の話だが、二代目の父になる警官は新左翼のセクトにスパイとして潜入する。彼は、赤軍派の軍事訓練が行われた大菩薩峠の集会に参加し、彼らの大量逮捕を導く。佐々木譲さんは1950年生まれ。僕とは同じ世代だ。

●厳密な意味での団塊世代は三学年しかいない

僕も会社では「団塊の世代」として一緒くたに見られているが、狭い意味で言う「団塊の世代」とは昭和二十二年(1947年)から昭和二十四年(1949年)までに生まれた人たちのことだ。僕は「ポスト団塊世代」に入るらしい。しかし、もうひとつの呼び名がある。団塊の世代は「全共闘世代」と呼ばれ、僕たちは「内ゲバ世代」と呼ばれるのだ。

今年、僕の本が季刊「映画芸術」で紹介されたとき、書評を書いてくださったのは詩人の笠井嗣夫さんという方だった。間違いなく「団塊の世代」であり、「全共闘世代」だと思う。おそらく、アノ時代の「闘争」に躯を張った方だろう。僕がアノ時代のことを「紛争」と書いていることに違和感を表明し、「断じて紛争ではない」と結んでいた。

その書評は、過分に誉めていただいているし、本当に読み込んでいただいたのだと感じられるものだったので、コピーを大切に保管している。その書評の中に「十河進は一九五一年生まれ。全共闘世代への嫌悪感が強い。それは、わかる。『内ゲバ世代』として多くの被害をこうむったし、自己聖別化(自慢話)にもうんざり」とあった。

自分では「全共闘世代への強い嫌悪感」を書いたつもりはなかったので、そういう風に読みとれるのか、と思ったが、意外ではなかった。何かとそういう気分が漂っているのかもしれない。しかし、僕は「全共闘世代への強い嫌悪感」と同時に「強い連帯感と羨望と憧れ」を抱いている。会社の先輩でゴリゴリの全共闘世代の人には「遅れてきた青年」とずっと言われていた。

70年代が過ぎ、80年代に入った頃、僕はためらいながら立花隆の「中核VS革マル」という長い長いノンフィクションを読んだ。アノ時代がどんな時代だったのか、俯瞰したくなったのだ。その本の最後には年表がついている。1973年から1975年までの内ゲバの歴史である。僕の大学時代に見事に重なる。たった数年間で、驚くほどの若者たちが死んだ。

先ほどの大崎善生さんの「タペストリーホワイト」は、ヒロインの回想から物語が始まる。彼女にとって姉は憧れだった。その姉は恋人らしき男の影響からか高校紛争に関わり、東京の大学に入り別のセクトの内ゲバにあって死ぬ。それは誤爆(当時、間違って内ゲバをかけられた人は多かった)だったらしい。

やがて、ヒロインは自分も姉と同じ大学に入り、姉の行動を追跡する。だが、その行動が別のセクトからは敵対するセクトの活動家と見なされ、たまたまヒロインの部屋で寝ていた恋人が内ゲバの誤爆にあって死ぬ。内ゲバの初めの頃は鉄パイプだったが、バールが登場し、その頃には手斧さえ使われていた。

今も僕は問い続けている。三十五年前も「なぜ、なんだ。なぜ、こうなったんだ。革命を志していたのではなかったのか。なぜ、殺し合わなければならないんだ」と、僕は大学の中庭で鉄パイプを持って争う色の違うヘルメットの学生たちを見ながら問い続けていた。答えは見付からない。

すべては、その一年前に始まっていたのかもしれない。誰もが答えを出せない、あの凄惨なリンチ事件が僕たちの世代にとっては、大学生活の始まりだった。

●重すぎるテーマの映画から目は背けられない

凄惨なリンチシーンばかりが続き、若い男女が泣き叫ぶ場面に辟易したのだろう、カミサンは「自分の部屋で見てよ」と僕に言った。ワウワウで放映されたときに録画した「光の雨」(2001年)を見ていたときのことである。僕は自分の部屋に入って映画を見続けた。目を背けてはいけない、と僕は思っていた。ホントは、カミサンと同じくとっとと停止してしまいたかった。

可愛い顔の裕木奈江が鬼のような形相で、別の女子大生の指輪を「ブルジョワ的で反革命だ」と指弾する。大阪弁で山本太郎が「総括しろ」と女子大生の胸を突く。指弾された若い女は手足を縛られて山小屋の入り口近くの柱に吊される。山本太郎がそこにいる人間たちに命じ、彼らは若い女を殴り続ける。

裕木奈江は永田洋子であり、山本太郎は森恒夫である。監督は高橋伴明、原作は立松和平だ。作家と映画監督の強い意志が、その画面を見続けることを僕に強いる。立松和平は「光の雨」を書き続けながら問い続けていたのだ。高橋伴明も映画を作りながら、問い続けていたに違いない。「なぜ、こんなことになったのだ」と。

「光の雨」を読んだのは、その数年前のことだと思う。連合赤軍の幹部だった拘留中の坂口をモデルにした人物が語り手だ。彼が老人になって釈放され、孤独に暮らすアパートの隣人の若い男女に昔のことを話してきかせる構成になっていた。近未来の話である。若い男女にとっては、太平洋戦争の話を聞いているようなものである。

しかし、設定以外は、現在、判明している連合赤軍事件をほぼ事実通りにたどる。立松和平は「光の雨」連載中、資料をそのまま書き写したということで盗作騒ぎに巻き込まれた。僕は元資料に当たったことはないが、多くの資料を精読し「一九七二」という著作に結実させた坪内祐三の本を読んで確認した。

映画版「光の雨」は、現代の設定である。連合赤軍事件の映画を作っている現場をレポーターが取材するという構成だった。大杉漣が演じた監督と若い出演者たちとのギャップも描かれていた。演じる若者たちには、連合赤軍の若者たちの気持ちが理解できないのだ。

しかし、その同時代を若者として生きた監督は、あまりに重いテーマに押し潰され、途中で映画が撮れなくなる。撮影を放棄して逃亡する。彼も学生時代に全共闘運動に関わっていたのだろう。その監督の姿を見て、僕は長谷川和彦という天才監督を連想した。

「青春の殺人者」(1976年)と「太陽を盗んだ男」(1979年)の名作二本を作っただけの監督だ。彼は、連合赤軍事件を映画化することに執念を燃やすが、あれから三十年、未だに作ることができない。「映画を撮らない映画監督」と言われて、すでに久しい。

連合赤軍事件の全容が明らかになったのは、1972年の春のことだった。僕は今もはっきりと覚えている。僕は二十歳だった。その日、新宿の寮に入っていた今のカミサンが四月から住むアパートを探して、僕たちは私鉄の駅を順番に降り駅前の不動産屋を巡っていた。

何軒かの不動産屋では門前払いのような扱いを受けたし、僕たちの予算を聞いてすぐに「無理だな」と言われてばかりいた。いくつか見た部屋は、若い娘がひとりで住むような環境ではなかった。彼女がなぜ寮を出るのか、なぜ故郷に帰らないことを選んだのか、僕には痛いほどわかっていた。

僕たちは歩き疲れ、顔を見合わせて「お腹がすいたね」と口にし、一軒のあまりきれいではない安そうな大衆食堂に入った。テーブルに腰掛け、定食を注文してからぼんやりと隅に置かれたテレビを見た。ニュースだった。山中から続々と死体が発見されていた。中には妊娠していた女性もいた。裸で殴打の跡も痛ましい死体が見付かっていた。

その日、僕たちはそれ以上、不動産屋を巡る気力をなくした。僕は、彼女を初台の近くの女子寮まで送っていった。そのときも訳のわからない重い気分になっていた。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
12月も半ば、年末気分が漂い始めています。今年も何とか書ききった、という感慨もあります。この連載も、もう丸8年になりますか。おぎゃーと生まれた赤ん坊が小学校に入る年数ですね。考えてみれば、ずいぶん変化があった8年間でした。

●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.bookdom.net/shop/shop2.asp?act=prod&prodid=193&corpid=1 >

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映画がなければ生きていけない 1999‐2002
十河 進
水曜社 2006-12
おすすめ平均 star
starちびちび、の愉悦!
star「ぼやき」という名の愛
star第25回日本冒険小説協会 最優秀映画コラム賞
starすばらしい本です。
starものすごい読み応え!!

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by G-Tools , 2007/12/14