伊豆高原へいらっしゃい[5]映画「コンタクト」に星空を重ねて
── 松林あつし ──

投稿:  著者:


コンタクト 特別版今回もSF物で恐縮です。ただ、僕の場合、SFを語る上で映画「コンタクト」は外せないもので……またしばらくお付き合いください。

僕にとって「コンタクト」は好きな映画ベスト3に入る作品です。その魅力を一言で言えば、「哲学満載のSF」ということになるかもしれません。いや、別に堅苦しい映画ではありません。作品の根底にある、リアリティと考え方がしっかりとしている、という部分で共感できるということなのです(実際は頭の痛くなるような映画は大嫌いです)。

では、ストーリーの前半だけ簡単に紹介します。


天文学者であるアロウェイ博士(ジョディ・フォスター)は、巨大な電波望遠鏡(直径305m)を有するアレシボ天文台で電波観測による地球外生命体の探査を続けていた。しかし、天文学の権威、ドラムリンによって予算をカットされてしまい、研究継続のため企業に資金援助を求めるが、ことごとく断られてしまう。最後に訪れた、ハデン財団からようやく援助を取り付け、ニューメキシコの電波望遠鏡群(直径25m27基)を使い研究を続けることになる。4年後、こと座のヴェガ(おりひめ星:地球から約25光年)から送られてた、明らかに人工的な信号をキャッチし、解読に成功する。その内容は「ポッド」と呼ばれる、恒星間移動装置の設計図だった……

う〜ん、これだけだと、興味をそそるような内容は表現できませんね。やはり映像を見てもらわないと……監督が映像に神経を注いだ、というだけあって、見たこともない世界にリアリティを感じさせる映像は必見です。オープニングを例に取りますと……カメラが青い地球からどんどん遠ざかっていきます。それに連れて、背景に流れるサウンド(音楽やニュース)も新しい物から古い物へ変化していきます。カメラが太陽系から離れ、他の恒星系に達する頃にはサウンドはモールス信号になり、やがて無音になります。

これは「コンタクト」と見る上で、まず宇宙の大きさを実感して欲しいという、監督の意思の表れだと思うんです。モールス信号が国際的に使われるようになったのは、1850年頃です。その頃人類は初めて電波を発しました。その電波がどこまで届いているのかをビジュアルと音で表現しているのです(これは、異星人からのコンタクトがあったシーンへの布石となっています)。

では、人類が発した電波はどこまで届いているんでしょうか。最初の発信が1850年ごろだとすると、太陽系を中心に半径160光年ぐらいですね。「へ〜、そんなに?」って思いますか? 我々がいる銀河系の大きさは10万光年もあります。世の中で一番早い「光」のスピードで、銀河を横断するのに10万年かかるのです。もし、銀河系が知的生命で溢れていたとしても、半径160光年までしか文明の「光」を発していない人類の存在には、なかなか気が付かないでしょうね。

他の銀河はどうなんでしょうか。「お隣さん」のアンドロメダ銀河までの距離は230万光年……人間がまだ「サル」と見分けが付かなかった頃の光がようやく今届いているんですね。そんな銀河がこの宇宙には3000万個とも4000万個ともいわれています。宇宙規模で見ると、光なんて止まっているに等しいですね。人間の寿命なんて瞬きほどの長さもありません。地球なんて、サハラ砂漠の一粒の「砂粒」より小さい存在です。そんな砂粒の中で「聖地」がどうの、「境界線」がどうのと争っているのはむなしい限りです。

話はそれましたが、そういう観点で星空を眺めてみれば、また見え方も違ってくるかもしれません。そして「コンタクト」はまさに「そういう観点」で作られた映画なのです。

この映画を語る上でのキーワードが3つあります。まずは「カール・セーガン」、そして「SETI」、最後に「宗教裁判」です。

●カール・セーガン

天文学者であり、宇宙物理学者であり、作家です。そして、この「コンタクト」の原作者でもあります。監督ロバート・ゼメキス(フォレスト・ガンプ、バック・トゥ・ザ・フューチャーなど手がける)と一緒に、映画「コンタクト」の製作にも深く関わりましたが、完成を見ることなく骨髄形成異常症と言う難病で1996年、この世を去りました。僕がカール・セーガン博士を知ったのは1980年放送の、朝日放送「コスモス(宇宙)」というシリーズ番組です。高校生だった僕が、初めて宇宙の深遠さを知らされ愕然とした覚えがあります。同時にBGMとして使われていた「ヴァンゲリス」の音楽に魅了され、シンセミュージックというものを知りました。

●SETI

ジョディ・フォスター演じる、主人公アロウェイ博士が「私はSETIなの」と言うシーンがあります。(フェチではありませんよ^^;)SETIとは、電波観測を中心とした地球外生命体の探査をする機関の「総称」です。知的生命体なら人間と同じく電波を発しているはず、という観点から明らかに人工的と思われるパターンの信号をキャッチしようという試みなのです。その代表格が「SETI@home」です。

SETI計画を進めるには、予算もハードも人員も足りません。そこで、ネットに繋がっている世界中のパソコンをデータ解析の端末として使おうというアイデアが生まれました。SETI@homeのホームページから無料でスクリーンセーバをダウンロードできます。セーバが機能している間にデータの解析を行う仕組みになっています(このSETI@homeは2005年に一旦終了しています。今は母体が変わったのか、新たなSETI@homeとして科学全般の需要に答える仕組みになっているようです)。

●宗教裁判

異星人からのメッセージを解読し、巨大なポッドを5000億ドルかけて制作することになります。しかし、ポッドに乗れるのはたった一人……全世界から候補者が選ばれ、最後にアロウェイ博士とドラムリンが残ります。最終選考の会場で、アロウェイ博士に選考委員から次のような質問が投げかけられます……「宗教的側面をどう考えるか(神を信じているのか?)」しかし、実証主義者である博士は「証拠を提示できない」神の存在を否定します。結果、世界の多くの人々の心情に対する配慮が足りない、という理由で選考から落とされてしまうのです。

このシーンはまさに、有名な「ガリレオ裁判」をモチーフにしているのではないでしょうか。会場も意識的に裁判所のような造りにしてあります(地動説を唱えたガリレオは裁判で自らの間違いを告発する書類に無理矢理サインさせられますが、その後「それでも地球は回る」という名言を残したのはあまりにも有名です)。

アロウェイ博士は結局、秘密裏に造られた「2基目のポッド」に乗り込み、ヴェガへと旅立ちますが、帰ってきた彼女を待っていたのは「本当に行ってきたのか? 狂言ではないのか?」という疑惑の目でした。審議委員会が開かれ、またもや「裁判」にかけられる博士……しかし、今回は「科学的証拠を提示できない報告は信じるに足らない」という内容だったのです。つまり、出発時は「神の名の下の裁判」であり、帰ってきた後は「科学の名の下の裁判」だった、という訳です。

宗教と科学……永遠のテーマです。しかしてその実態は紙一重ということでしょうか……ホーキング博士はじめ、多くの科学者が「神の介在しない宇宙モデル」を確立しようとがんばっていますが、結局それも数学的理論の産物であって、実証不可能ということを考えると、科学もまた宗教と似た側面を持っているのかもしれませんね(何故宇宙があるのか、という問いに科学は未だ答えられません)。

この映画……色々な意味で考えさせられるテーマでありながら、ちゃんとエンターテインメントを保っているところがすごいですね。しかし、ぼくの知人は以前「コンタクト見たけど、笑っちゃったよ!」って感想を言っていました。な〜んか、イマイチだったな、って思う人も当然いると思います。その要因の一つが、「おかしな日本人」の描き方ではないでしょうか。映画のキーパーソンとして、ハデンという財閥のボスが計画の援助をしていきますが、その部下にやたら日本人が多いのです。それも「変な」……何兆円ものお金をポンと出す財団の本拠地が「北海道」ってところも不自然ですね。

しかし、1990年前後の映画には、よく日本人が登場したり、文化的背景が日本的だったりするものが多かったように思います(ブレードランナー等もそうですが)。バブルの影響でしょうか。まだ日本が世界を席巻すると恐れられていた(かどうか?)時代ですね。「コンタクトは」1997年の映画でしたが、まだ「お金持ち」のイメージが残っていたのでしょうね。変わって今、アメリカに対抗する「脅威」として描かれているのは「中国」が多いです。ちょっと寂しいですね……まあ、前記のように「宇宙的観点」で見れば、まさに「そんなの関係ね〜」ってことになるのですが……

最後になりましたが、「コンタクト」の話を締めるには、亡きカール・セーガン博士の原作本のエンディングに触れなければなりません。これは映像では表現できそうもなかったのか、映画ではカットされています。

研究期間で、ある数式の計算が行われていました。それは小学生でも知っている「円周率(π)」の無限計算でした。無秩序な羅列と思われた、決して割り切れない数値が、ある桁数まで行くと、一定のパターンを示し始めます。そのパターンをコンピュータで分析したところ、ひとつの形状が浮かび上がります……なんとそれは「円」の画像だったのです。つまり、宇宙不変の自然法則の中に、丸い画像が隠されていた……「宇宙には人知を越えた意味がある」という結末です。

【まつばやし・あつし】mail@atsushi-m.com
イラストレーター・CGクリエーター
< http://www.atsushi-m.com/
>


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