映画と夜と音楽と…[361]性と暴力はエスカレートする?/十河 進

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●知的な清純派女優の死亡記事が載った

スザンヌ・プレシェットの死亡記事が1月21日の朝刊に載っていた。19日にロサンゼルスの自宅で亡くなったらしい。1937年生まれだから七十歳。まだ若いが、僕にとっては四十年前に消えた人だった。死亡記事で意外だったのは、最近まで活躍していたらしく「千と千尋の神隠し」英語版の湯婆(ゆばーば)と銭婆(ぜにーば)の声を演じたとあったことだ。

Rome Adventureその数日後、「スザンヌ・プレシェット」でブログ検索をしたら、かなりの数がヒットした。多くの人が彼女の死を悼んでいる。いくつか読んでみたが、やはり同年代か少し上の人たちのようだった。スザンヌ・プレシェット最大のヒット作は「恋愛専科」(1962年)だから、団塊世代のアイドルである。

「恋愛専科」では人気の若手スターだったトロイ・ドナヒューと共演し、その後、実生活でもふたりはしばらく結婚していたと思う。イタリアを舞台にした観光恋愛映画で「アル・ディ・ラ」という挿入歌がヒットした。僕も好きな映画で、スザンヌ・プレシェットを見たくなるとビデオをかけることがある。


「恋愛専科」でトロイ・ドナヒューを誘惑する妖艶な有閑マダムを演じたのがアンジー・ディッキンソンだった。知的で純情可憐なスザンヌ・プレシェットの恋のライバルである。アンジー・ディッキンソンのファンである僕としては、妖艶女優と純情女優の両方が見られる便利な映画だ。スザンヌ・プレシェットを妻にし、アンジー・ディッキンソンを愛人にするのが僕の夢(?)だった。

スザンヌ・プレシェットは六十年代半ばには、ナタリー・ウッド、オードリー・ヘップヴァーン、クラウディア・カルディナーレ、ジュリー・アンドリュースなどと並んで「スクリーン」や「映画の友」といったファン雑誌の巻頭カラーグラビアを飾るくらい人気があった女優である。

映画ポスター『ヒッチコックの鳥』しかし、「ほら、あの映画に出ていた女優」と人に教えるには、あまりに出演作がマイナーだ。唯一、有名なのはアルフレッド・ヒッチコック監督作品「鳥」(1963年)だろう。ヒロインはティッピ・ヘドレン、脇役の小学校の女教師がスザンヌ・プレシェットだった。だが、「鳥」の中で彼女は悲惨な死にざまを晒す。ヒッチコックはブロンド好きで、ブルネットに対してはサディストである。

そう、スザンヌ・プレシェットはブルネット美人だった。日本人の髪の色に近かった。そのせいか、エリザベス・テイラーの後継者と言われたこともあるらしい。リズほどくせがなく、大成できなかったのが残念だ。

ネバダ・スミス僕が最後にスザンヌ・プレシェットをスクリーンで見たのは、スティーブ・マックィーン主演の西部劇「ネバダ・スミス」(1966年)である。その映画を、スザンヌ・プレシェットが出ているというだけで、僕は見にいった。しかし、その映画では彼女の出番は少なく、僕はひどく落胆したことを覚えている。あれは、四十二年前、昭和四十一年の夏だった。僕は中学三年の夏休みを迎えていた。

●「ネバダ・スミス」を見て感じたアンビヴァレンツな気分

「ネバダ・スミス」のプログラムを今も僕は持っている。プログラムを買う習慣は昔からなかったのだが、「ネバダ・スミス」のプログラムを買ったときの気持ちは忘れていない。スザンヌ・プレシェットの登場シーンがあまりに少なく落胆した僕は映画館のロビーでパンフレットを見て、その中に掲載されている彼女のワンシーンのスチル写真がほしくて買ったのである。

そのパンフレットを開いてみると、当時、他の雑誌からでも切り抜いたのであろう、スザンヌ・プレシェットのグラビアが一枚挟まれていた。プログラムに載っている写真は南部の農民の娘の姿で水田に立ち、スカートをめくりあげて少し太股を見せているセクシーなショットだ。映画の中でもスティーブ・マックィーンとベッドに入る役だった。

「ネバダ・スミス」を見て僕が落胆した理由は、単に出番が少なかっただけではない。スザンヌ・プレシェットがこんな役をやるのかよう、という気分だったのだ。主人公ネバダ・スミスのたった一夜のゆきずりの女である。簡単に寝てしまう役だったし、男を挑発するような表情もした。

知的、純情可憐…というイメージをスザンヌ・プレシェットに抱き続けていた十四歳の少年は、そのとき、ひどく傷ついたのだ。裏切られた気分だった。当時の僕は、性的な知識に関してはひどくオクテだったし、十四歳の少年らしく潔癖だった。しかし、同時に性的なものへの興味が強い年頃である。

マックィーンとスザンヌ・プレシェットがキスをしてベッドに入るところでそのシーンは終わったが、その後のことが具体的にはわからなくても、何となくもやもやしたものを感じてはいたのである。だからこそ、ちょっとセクシーなスザンヌ・プレシェットの写真が載っているプログラムを買ったに違いない。二律背反する気持ちに、そのときの僕は迫られていた。

調べてみると「ネバダ・スミス」の公開は昭和四十一年七月二十三日になっていた。ロードショーだったから四国でも同じ頃に公開されたと記憶している。暑い時季に僕は高松市のライオン館へ見にいった憶えがある。しかし、当時の日記を見てみたが、「ネバダ・スミス」については一行も記述がない。

ロスト・コマンド 名誉と栄光のためでなくその少し前、ビートルズが来日した。僕は七月二日(土)の日記に「ビートルズは、今頃は日本を発っているだろう。昨日、テレビ中継を見た。去年、『HELP!』も見たが、やっぱりステージで歌っているときが最高だ」と書いている。それ以降、しばらく映画や音楽についての記述はなく、八月十四日(日)に「今日、父と一緒に『名誉と栄光のためでなく』と『イスタンブール』を見にいった」と出てくる。

●現在の十四歳はどんな性的原体験を持つのか

クロッシング・ザ・ブリッジ ~サウンド・オブ・イスタンブール~「イスタンブール」(1965年)という映画は、今では存在さえ忘れられてしまった映画になったけれど、僕はワンシーンを強烈に憶えている。「荒野の七人」のひとりだったホルスト・ブッフホルツ主演のスパイ映画だが、イタリア映画「鉄道員」で人気が出てハリウッドに進出したシルバ・コシナがヒロインで、あるシーンで彼女が突然に洋服を脱ぎ捨てブラジャーとパンティだけになる。

シルバ・コシナはグラマー女優という呼び名があったくらいだから、セクシーさで人気があった人だけど、この突然の脱衣(?)には十四歳の少年は度肝を抜かれ、四十二年経ってもそのシーンが頭に浮かぶ。撮り方も明らかなサービスショットで少しアオリ気味に全身を捉え、美しい脚がさらに長く見えた。それからカメラはティルトアップしシルバ・コシナのバストアップになった。

日記にも、その辺のことが書いてある。当時のキャッチフレーズだと、いわゆる「お色気スパイ映画」だった。ショーン・コネリーのジェームズ・ボンド・シリーズが大人気だった頃で、スパイ映画にアクションとセクシーシーンをふんだんに採り入れた映画ばかり公開されていたのだ。

「イスタンブール」のシルバ・コシナのシーンは、おそらく僕にとっての性的な原体験なのだろうが、ジェームズ・ボンドもののワンシーンも僕にとっての性的原体験になっている。少し早すぎると思うのだが、僕は十三歳の頃にイアン・フレミングの「ロシアより愛を込めて」を読んだのだ。

ロシアより愛をこめて (デジタルリマスター・バージョン)それは、ソ連の諜報機関スメルシュの女スパイ側から記述されていて、ジェームズ・ボンドを誘惑するために彼女は一糸まとわぬ姿でベッドに入りボンドを待つ。彼女は首に細く赤い布を巻いているだけである。この描写は、十三歳の少年には強烈だった。そのシーンは「007危機一発(日本初公開時の邦題。改題は『ロシアより愛をこめて』)」(1963年)で、ダニエラ・ビアンキによって演じられた。

恋に落ちたシェイクスピア コレクターズ・エディション現在の映画から見ると、実にたわいのないシーンばかりである。今どきの映画は安心して子供と見ていられない。普通の映画なのに、いきなりリアルな動きを伴ったセックスシーンが登場し、女優があえぎ声をあげる。「恋に落ちたシェイクスピア」(1998年)でさえ、突然のセックスシーンとあえぎ声が出てきて僕は戸惑った。

クローサー最近のハリウッドでは、いわゆる清順女優が成立しない。逆にリアルなセックスシーンを演じないと女優としての仕事がこないのかもしれない。「スター・ウォーズ」のナタリー・ポートマンも「クローサー」(2004年)では大胆なヌードを見せた。もっとも「クローサー」はセックスそのものをテーマにした映画ではあったけれど…

ショー・ガール プレミアム・エディションハリウッド映画の性的なシーンがエスカレートしたのは、アメリカがポルノ映画を解禁したからではないかと僕は思う。それ以降、性描写はどんどんエスカレートし、ポール・ヴァーホーヴェンの「氷の微笑」(1992年)や「ショーガール」(1995年)のようにポルノ映画まがいのセックスシーンを売り物にする大作が登場する。

現在、ハリウッド映画は12歳以上、15歳以上といった細かく指定された作品が増えているが、僕は「えっ、これで12歳以上オーケーなの」と思うことが多い。中学生の頃の僕のように、映画全体よりワンシーンの性的なショックが記憶に刻み込まれることは多いと思うのだ。

性描写と同時に、暴力描写や残虐描写もエスカレートする。性と暴力は、人間にとって衝撃的な要素であり、ショックを与えやすいものだからだ。しかし、人は慣れる。刺激は日常になれば、刺激ではなくなる。だから、観客に刺激を与えるために表現はエスカレートする。

ここで、僕は昔はよかった、と言うつもりはない。そういうものなのだと思うだけだ。現在の十四歳は清純派だと思っていたスザンヌ・プレシェットがスカートをつまみあげ、太股を見せたくらいでショックは受けないだろう。男のベッドに積極的に潜り込んでも、裏切られたとは思わないかもしれない。

Star Wars - Classics Bust: Queen Amidalaしかし、早熟な十四歳もいれば、オクテで純情な十四歳もいる。それは昔も今も同じだ。アダルト・ビデオで性的原体験をしている十四歳がいるかもしれないし、「スター・ウォーズ」のアミダラ女王に恋し「クローサー」のナタリー・ポートマンを見てショックを受け、裏切られたと思いながらも、その映画の性的なワンシーンが記憶に刻み込まれた十四歳がいるかもしれない。

映画技術が発達し、様々な表現がリアルになり、性表現や暴力表現がより過激になったとしても、それぞれの環境の中で人は育ち学ぶのだろう。そういうものかもしれない。歴史は繰り返す。ちなみに僕は「全裸」より「一糸まとわぬ」という表現を好みます。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
HPパソコンとアクオス20インチを自室に導入。PCはXPプロフェッショナルとオフィス2003インストールで8万円ほど。安いなあ。アクオスは、PCモニタとしてもいける。それでも、この原稿はまだG3ノートで打っている。OS9だ。メビウスのXPノートは携帯用にするためDVDドライブを抜いて軽量化した。使いこなしがどんどんややこしくなる。

●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.bookdom.net/shop/shop2.asp?act=prod&prodid=193&corpid=1 >

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映画がなければ生きていけない 1999‐2002
十河 進
水曜社 2006-12
おすすめ平均 star
starちびちび、の愉悦!
star「ぼやき」という名の愛
star第25回日本冒険小説協会 最優秀映画コラム賞
starすばらしい本です。
starものすごい読み応え!!

映画がなければ生きていけない 2003‐2006 映画一日一本―DVDで楽しむ見逃し映画365 (朝日文庫) 【初回限定生産】『ブレードランナー』製作25周年記念 アルティメット・コレクターズ・エディション(5枚組み) わたしを離さないで ツイン・ピークス  ゴールド・ボックス【10枚組】【初回限定生産】

by G-Tools , 2008/02/01