ショート・ストーリーのKUNI[37]予約
── やましたくにこ ──

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ある男がある小説を読もうと決心した。彼のアパートは狭く、もはや一冊の書物も余分に置けなかったので図書館を利用することにした。インターネットで予約するとその本はたいへん人気があるらしく、自分が137人目の予約者であることがわかった。

「これは大変だ。私は忙しい身なのだから、せめてこの本が手元に来るのがいつなのか正確に予測しなければならない。それができれば、たとえそれが何年先でも私は私の時間を無駄にせずにすむわけだ」

そこで彼は計算を始めた。図書館の本は同時に一人8冊まで借りることができるが、借りられる期間は2週間である。彼は単純に2週間の136倍の日数を計算して、その日になっても連絡が来ないので自ら図書館に赴き、カウンターで言った。


「私の本が届いているはずです」
すると緑色の髪を逆立ててオレンジ色の長いあごひげを生やした図書館の職員が軽蔑したような笑いを半分だけ隠して言った。
「本を借りた人のおよそ58%が期限を過ぎてから返却するのです。1日や2日ならともかく、2週間を過ぎてまだ返さない人もいるのです。まだまだあなたの番はまわってきません」

彼は大変気分を害されたが、そのような悪質な利用者の発生率と延滞期間の平均値とを聞き出し、家に帰って計算しなおした。そして「この日だ」と思える日になると図書館に赴き、カウンターで請求した。前の職員とは別の、全身がうろこで覆われて鼻の頭にきのこのような突起を持つ職員が、なげやりな調子で言った。

「あなたの番はまだまだです。なぜなら、予約の番が回ってくると普通はわれわれが連絡をするのですが、誰もが連絡をしてすぐに来るわけではないからです。連絡を受けた翌日に来る人は全体の15%にすぎません。ぎりぎりまで来ない人が約64%。1週間のうちに来ないと次の予約者に流れる仕組みですが」

彼はにわかに血圧が上がる思いだったがなんとか冷静さをを保ちつつ、それらの正確な数値を聞き出し、家に帰って計算しなおした。そして、「これで間違いない」と思える日に図書館に赴き、カウンターで請求した。今度は身長が80センチほどで4本の手が絶えず伸び縮みする職員が、コピー機のトナー臭のような口臭をまきちらしながら言った。

「あなたの番はまだまだ回ってきません。なぜなら、われわれ職員が予約者に連絡をするにしても、すぐに連絡できるとは限らないからです。その日に連絡するべき予約者の一覧を作る担当者と、実際に連絡をする担当者のどちらもそろって健康でかつ予定外の仕事が入らず、職務を遂行するになんの支障もないという確率はせいぜい37%でしょう。一覧作成者が二日酔いで勤務時間内に終えることができないこともあるし、やっとできたときには連絡係はたまたま家が火事になって早退しているかもしれない。一覧作成用のパソコンが故障することもあれば、連絡係が重度の花粉症で電話できない日もある。電子メールでの連絡を希望する予約者も42%いるが、せっかく送信しようと思ったときに職場でだれかの誕生パーティーが始まるかもしれない」

彼ははらわたがにえくりかえる気持ちだった。言いたいことは山ほどあったが、おそるべき忍耐力を発揮して全身の震えをおさめ、一覧担当者と連絡係の連携に支障が出る確率、それによる遅延の発生率とを正確に聞き出した。そして家に帰って計算をやり直し、今度こそはと、しかるべき日数の後、図書館に赴いた。図書館のカウンターではいぼだらけの皮膚で二つの頭を持ち、小型トラックほどの巨体の職員が待ちかまえていた。二つの頭のうち一つがドアのきしみ音のような声で言った。

「あなたの番はまだまだです。なぜなら、あなたは重要な要素を見逃している。
それはこの図書館の休館日です」
もう一つの頭がぐるりと一回転した後、泥の船がずぶずぶと海に沈み込むときのような声で言った。
「この図書館の休館日は毎週月曜日と祝日および年末年始と月末。月曜日が祝日に当たった場合は火曜日も休館となる。さらに、すべての図書のデータチェックにあてる特別整理期間というものが年5回あって一度の整理期間は10日〜2週間です」

もう一つの頭が言った。
「整理期間に入る前の1か月間は貸し出し冊数の制限が緩和され、貸出期間も休館日の日数だけ延長されるのです。あなたの予約された本のように予約者の数が多いと、どこかでこの特別整理期間にひっかかるのは避けられません」

 彼が目を白黒させているともうひとつの頭が言った。
「もちろん、設定された整理期間の最終日がたまたま月曜日だと1日、その月曜日が祝日ならさらに1日、休館期間は延長されます。さらに、問題なのは」

別の頭が
「そういう特別整理期間に限って、期限を守らないとか本を紛失するという悪質な利用者がなぜか出現しやすいことです。期間が長いので忘れるというケースもあるかもしれませんが、まあふだんの期間の1.4倍くらいの出現率ですか」

また別の頭が
「ごく最近のケースでは、予約者一覧リスト担当者が一覧を連絡係に渡そうとしたら、連絡係はバーミューダ諸島に旅行中で連絡が遅れて特別整理期間にかかってしまい、本の予約者は4週間借りていられることになったのですが、案の定期限を過ぎても返却されず、督促係がメールを送ろうとするとサーバーのメンテナンスにひっかかって送信できず、やっと送ったところが迷惑メールと間違って削除され、電話には出てくれず、なんとかして連絡が取れたときには返却受付係がアラスカ旅行に出かけており、帰ってきた翌日はおみやげを配るのに忙しくて仕事にならず、そうこうしているうちに次の特別整理期間に突入してしまいました。このような不運が発生する確率はうちの図書館の場合、ほぼ1.2%でしょうか。とにかくいえることは……」

「人間のすることは予測不可能であり、本が遅れる理由は無限にあるということです」
二つの頭がお互いの顔を見合わせ、声をそろえて
「まったくです」と言ってうなずいた。

彼はもうがまんできなくなった。彼の7つの目は吊り上がり、血走り、怒りを込めて拳を握りしめると上腕二頭筋はめきめきと盛り上がり、背広の背中が破れて翼が現れ、頭頂部には角が屹立した。みるみる身長が伸びて図書館の天井に届きそうになり、その天井近くから牙をむき、翼を広げ、口から炎を吐き出しながら彼は言った。

「やかましい! なぜそんな悪質な利用者をのさばらす! なぜまじめに事務の効率化をはからない! 利用者のことをもっと考えろ! 計算上はとっくにおれの番がまわってきていいはずだ! おれには権利がある! それどころかおまえたちのために迷惑を被って慰謝料を請求してもいいくらいだ! それをしないかわりに、いますぐおれの順番を繰り上げろ!」

待っていたかのように二つの頭が声をそろえて言った。
「あなたのようにごねる利用者も約2.8%の確率で出現しており、予約者はさらに待たされるのです」

【やましたくにこ】kue@pop02.odn.ne.jp
みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
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