映画と夜と音楽と…[364]アイダ・ルピノの泣き笑い/十河 進

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●「アイダ・ルピノ」というジャズの曲

オープン・トゥ・ラヴカナダ出身のジャズ・ピアニストと言えば巨匠オスカー・ピーターソンが有名だが、他には鬼才と言われたポール・ブレイという人がいる。この人に「オープン・トゥ・ラブ」というアルバムがある。1972年9月11日にオスロで録音されたものだ。ソロ・ピアノの名盤と言われている。

そのアルバムの2曲目に「アイダ・ルピノ」という美しい曲が入っている。最初に聴いたとき、僕はタイトルに気付かなかったが、ライナーノーツを読んでいたら「アイダ・ルピノ」と名付けられているのを知って、改めて聴き直した


「アイダ・ルピノ」という曲は、ポール・ブレイの別のアルバム「クローサー」(1965年12月録音)の冒頭でも演奏されていて、彼のお気に入りの曲らしい。作曲したのはカーラ・ブレイ。カーラもポール・ブレイもフリー・ジャズの時代に人気があったミュージシャンだから、曲自体はアヴァンギャルドな印象はある。

アイダ・ルピノは1940年代から50年代に活躍した人で日本では「忘れられた女優」の印象があったから、1960年代半ばにその名を付けた曲が作られたのが僕には少し意外だった。僕は、アイダ・ルピノという印象的な名前を子供の頃に覚えたけれど、彼女の映画をきちんと見たことはなかったのだ。

ジュニア・ボナー 華麗なる挑戦ところが、後で気付いたのだが、大学時代に僕が公開を待ちかねて見にいった「ジュニア・ボナー」という映画にアイダ・ルピノが出ていたのである。その映画はポール・ブレイの「オープン・トゥ・ラブ」が録音されたのと同じ1972年にサム・ペキンパー監督によって作られたものだ。

わらの犬当時はサム・ペキンパー監督の全盛期だった。前年の「わらの犬」で一般的な人気が出て、1972年は「ジュニア・ボナー」と「ゲッタウェイ」を制作した希有な年だった。どちらもスティーブ・マックィーン主演作である。その「ジュニア・ボナー」でマックィーンの母親をアイダ・ルピノが演じていた。

しかし、そのときのアイダ・ルピノの記憶はあまり残っていない。「ジュニア・ボナー」は父と息子の話であり、母親はそのふたりを見守る重要な存在ではあるが、目立つ役ではなかったと思う。だから、見終わってから「あれがアイダ・ルピノだったんだ」と気付く始末だった。

1918年生まれのアイダ・ルピノは、その当時、53歳か54歳である。二十歳そこそこの僕の印象に残る要素は何もなかった。自分の母親より年上なのである。アイダ・ルピノという名前を意識したのは、小林信彦さんの文章を読んだときだった。

「われわれはなぜ映画館にいるのか」(晶文社)という小林信彦さんの本を、僕は1975年の3月11日に買っている。その中に「ハンフリー・ボガードの肖像」と題された文章があり、「『ハイ・シェラ』を中心に」と副題がついていた。その文章を読んで、僕は日本未公開の「ハイ・シェラ」を知った。

小林信彦さんは「この映画は72年の夏、30分ほどカットしたのをNETテレビで放映したから、ごらんになった方も多かろう」と書いていた。僕はその放映を見ていたのだ。そして、まったく忘れていたのだけれど、その映画のクレジットは「トップがアイダ・ルピノで、ボガードは二番目」だったという。

●ボギーのヒーロー・キャラクターの原型

ハイ・シェラ 特別版その映画のラストシーンは鮮烈だった。岩山に追いつめられた犯罪者。警官たちが抱囲する。犯罪者を演じるのはハンフリー・ボガードである。小犬が鳴きながら岩山を駈けのぼる。その犬の鳴き声に思わず岩陰から立ち上がるボギー。警官隊の狙撃手がボギーを撃ち抜く。

14インチのブラウン管で見た、モノクロのタイトルもわからない映画のラストシーンが深く深く僕の胸に刻み込まれていた。だから、小林信彦さんの文章を読んだとき「おお、あの映画ではないか」と僕は小躍りした。ようやく気になっていた映画の正体がわかったのだ。

小林信彦さんの文章を読んで以来、「ハイ・シェラ」(1941年)は僕にとって気がかりな映画となった。いつか改めて完全版を見たいと切望した。テレビ放映のときの面白さだけを憶えていて、タイトルさえきちんと記憶していなかったのだ。おまけに、ヒロインのアイダ・ルピノの顔も浮かんでこない。

それから何年後のことだろう。僕は「ハイ・シェラ」がレーザー・ディスクで発売されたことを知り、すぐに買った。1941年の制作。アイダ・ルピノは23歳である。1933年に映画デビューしたアイダ・ルピノはすでに人気絶頂の頃で、40を過ぎて初めて主演を張るボギーを従えタイトルロールのトップを飾ったのだった。

しかし、「ハイ・シェラ」は明らかにハンフリー・ボガード主演映画である。アイダ・ルピノが登場するのは映画が始まってしばらくたってからだし、それ以降も出てこないシーンがかなりある。しかし、スターの格としては(それと、おそらく出演料も)、当時はボギーより上だったのだろう。

マルタの鷹長く脇役(特に悪役)を演じていたボギーは40を過ぎて「ハイ・シェラ」で初めて主役を張り、次作「マルタの鷹」(1941年)で大ブレークした。それから遅めの花が咲き1940年代に全盛期を迎える。1943年の「カサブランカ」から19 51年の「アフリカの女王」まで中年男の渋さを振りまいた。1950年代後半には再び脇役にまわり性格俳優として活躍し、1957年に死んだ。

「ハイ・シェラ」でボギーが演じたロイ・アールは、その後、ボギーが演じるヒーローの原型のような男である。センチメンタルな心をハードボイルドな言動に包んだ中年男である。言葉はクールだが、やさしい心の持ち主だ。しかし、そんなやさしさを隠そうとする。「あなたはやさしいわ」などと言われると、ムキになって否定する。

ロイはプロの犯罪者だが、相当なセンチメンタリストである。彼が感傷的な人間であることは、最初に恩赦で刑務所から出てきたシーンから描かれる。ロイは迎えにきた仲間に「公園はどっちだ」と聞き、まっすぐ公園に向かうのだ。そこで彼は木々を眺め、太陽の光を浴び、爽やかな風に打たれて自由であることを満喫する。

ロイはさっそく昔の仲間の元へ向かい、新しい依頼を受ける。それは金持ちが集まるリゾート地のホテルの金庫を破り、客があずけてある宝石を奪う仕事だった。そのために西に向かう途中、様々なエピソードで彼が感傷的な人間であることがこれでもかとばかりに描かれる。

まず、彼は自分が育った土地に寄る。そこで懐かしそうに農夫と話していると、釣りをしてきた少年が「何も釣れなかった」と話しかける。彼は活き活きとして釣りの穴場を少年に教える。彼が子供時代の思い出を大切にしているのがわかる。だが、そのロイを見ていた農夫は「あんたはギャングのロイ・アールだ」と気付く。

さらに、ハイウェイを走っていたロイは、農場を失い妻と孫娘を連れてオンボロ車でロスに向かう老人と知り合う。その純情そうな孫娘ヴェルマに好意を持ち、彼女の足が悪いことにショックを受け、知り合いの医者に彼女を診てもらううえ、手術代は自分が出すと言い出す。献身的にヴェルマにつくそうとするロイ。海千山千の犯罪者なのにセンチメンタリストである。

●ラストシーンで犯罪者を愛した女の悲劇に転換する

アイダ・ルピノが登場するのは、ロイがリゾート地のバンガローに着いたときである。アイダ・ルピノは印象的に登場する。バンガローのテラスに腰を降ろして下を向いていたマリー(アイダ・ルピノ)は上目遣いにボギーに視線を向け、あばずれ女のような口をきく。

マリーは、ロイの仕事仲間のベーブがロスで拾ってきた女だ。仲間はふたり、ベーブとレッドである。あるとき、ロイが出かけて帰ってくると、自分のバンガローにマリーが頬を腫らして逃げ込んでいる。ベーブに殴られたのだ。彼は女に暴力を振るう男が許せない。ロイのセンチメンタリストぶりが、またも強調される。

ロイは、動物にもやさしさを見せる。バンガロー村の下働きの黒人が「不運を運ぶ犬」と呼ぶ犬をロイは可愛がる。その犬の飼い主は冬場に雪崩で死に、その後も飼い主に恵まれない。ホテルを襲撃するために出かけるとき、ロイはマリーに犬をバンガローに閉じ込めさせるが、窓から飛び出して追いかけてくる犬を棄てられない。

「女と犬を連れてホテル強盗か」と自嘲気味につぶやくロイに、マリーは「うれしいくせに」と言う。今はロイを愛するようになったマリーは、ロイのやさしさを理解しているのだ。強面のギャングであるロイのセンチメンタリズムを彼女が観客に伝えるのである。

しかし、ロイはヴェルマに心を寄せている。マリーは嫉妬するが、自分の過去を振り返って諦めてもいる。彼女は、昔のハリウッド映画によく出てきた「黄金の心を持つ娼婦」というキャラクターだ。女ひとりで生きてくる間には人に言えないこともやってきただろう、それでも汚れのない心を持つ女である。

やがて、ロイもマリーのやさしさに気付き愛し合うようになるが、すでに破滅のときが迫っていた。マリーと別れて行動していたとき、ロイは警察に見付かり岩山に逃げ込む。ライフルを持って岩山に隠れたロイを警官隊は取り囲み、睨み合いのまま時間が過ぎる。

ニュースを聞いたマリーがやってくる。それを知った保安官はマリーにロイを説得させようとするが、マリーは刑務所の夢を見てうなされるロイの姿を思い出し何も言えない。マリーは愛する男を死なせたくないと泣きながら、ロイは逮捕され刑務所に入るくらいなら死を選ぶだろうことを理解している。

そのとき、マリーの腕をすりぬけ犬がロイをめざして走り出す。その鳴き声を聞きマリーがきていることを知ったロイは、「マリー」と叫びながら立ち上がる。警官がロイを狙撃する。岩山を転げ落ちるロイ。その遺体にすがって泣き、立ち上がったアイダ・ルピノの表情が素晴らしい。

彼女は愛する男を失った悲しみの表情と、彼が死んで逃亡を成し遂げたことへの祝福の表情を同時に見せる。彼女はロイが死んで初めて「自由」を得たことを理解している。もう刑務所の悪夢にうなされることもない。逃げ続ける必要もないのだ。愛するが故に、男のためにそのことを祝福する。

アイダ・ルピノの泣きながら喜ぶ複雑な笑顔がアップになり、彼女が「フリーダム」とつぶやく姿にエンドマークが重なる。そのとき、僕はアイダ・ルピノがタイトルロールの最初になっている理由を理解した。このアイダ・ルピノの表情を見せるために、そのときの彼女の心を観客に理解させるために作者たちは物語を紡いできた。ここに至って「心やさしい犯罪者の悲劇」は「心やさしい犯罪者を愛した女の悲劇」へと転化する。

アイダ・ルピノは、この作品から7年後、30になるかならない頃に映画制作に乗り出し、9年後には監督作を手掛ける。女性監督のはしりだ。あの時代の美人女優としては珍しい。独立心のある、しっかりした女性だったのだろう。1995年、彼女は77歳で人生を終えた。充実した人生だったに違いない。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
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映画がなければ生きていけない 1999‐2002
十河 進
水曜社 2006-12
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star第25回日本冒険小説協会 最優秀映画コラム賞
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オープン・トゥ・ラヴ
ポール・ブレイ
ポリドール 1999-08-18
おすすめ平均 star
starカーラは3曲、アーネットは2曲
star音と音楽
star刺のある赤い薔薇。

ヒューブリス トランス デュエット You Must Believe in Spring Gary Burton & Keith Jarrett

曲名リスト
  1. クローサー
  2. アイダ・ルピノ
  3. スターテッド
  4. オープン,トゥ・ラヴ
  5. ハーレム
  6. セヴン
  7. ナッシング・エヴァー・ウォズ,エニウェイ

by G-Tools , 2008/02/22