Otaku ワールドへようこそ![69]人形の声を聞こう/GrowHair

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こう暖かくなっちゃうと、すっかり時期はずれで間抜けっぽくて困るんだけど、1月のことを振り返って書きます。コスプレのイベントで和歌山に行った話は前に書いたけど、目当てはもうひとつあったのでした。

●人形たちがひしめきあって、徐々に朽ちていく

奉納されたおびただしい数の人形が、拝殿から回廊から縁の下から境内まで、びっしりと並んでいる。和歌山県の加太という港町にある淡島神社である。人形に呼び寄せられたとしか言いようがない。去年の夏ごろ、いつか人形を連れてきて撮るためのロケハンのつもりで、長野県の高原の田園地帯へ行った。たまたま通りがかった神社は、高い杉の木立に埋もれるようにしてあり、神秘的な感じがしたので、立ち寄ってみた。回廊の隅に段ボール箱があり、奉納された人形が20体ほど、無造作に転がしてあった。

なんだか不憫な気がして、せめて最後の一花をと思い、箱から取り出してほこりを払い、回廊に立たせていちばんきれいに見える角度から写真を撮った。市松人形は、目がうるんでいるように撮れた。


その写真をミクシィのアルバムに載せておいたところ、和歌山に住んでいるマイミクさんが、淡島神社のことを教えてくれた。いつか行こうと思っていたら、1月にコスプレのイベントでカメコりに和歌山に行くことになった。その機会を利用して、イベントの前日に行ってみたのである。

1月12日(土)7:50東京発ののぞみに乗り、京都で特急に乗り継いで、和歌山へ。着いたら、雨がしょぼしょぼ降ってて、寒い。傘を買おうとしたが、折りたためない長い傘しか売ってなかったので、旅行の邪魔になると思い、買わず。

和歌山市駅までは鉄道よりも運行頻度の多いバスで行き、そこから南海加太線に乗る。海へ向かう、単線の田舎電車。のどかだ。まっすぐなところをゆっくり走っていても、なぜかよく揺れる。

終点の加太に着いたのは1時過ぎ。雨は止んでいるが、道はまだ濡れている。厚い雲が低く垂れ込め、また降り出しそうでもある。またしても長い傘しか売ってない。この寒さで雨にあたったら、相当キビシイ。けど、どうにかなるさと、買わずに歩き始める。

駅から10分ぐらい歩くと海に出る。加太温泉があり、いちおう観光地である。クエという高級魚の料理を出す温泉宿が何軒かあり、漁港からは釣り客のために舟を出すらしい。だけど、こんな季節のこんな天気の日なので、観光客はどこにも見当たらない。レストランなども開店休業状態。カモメの鳴き声がこれほどまでに悲しげに聞こえる光景もなかなかないぞ。

雨は上がったようで、少し明るくなってきた。さらに10分ほど歩くと、淡島神社に着く。どっしりとした鳥居をくぐり、左側に土産物屋が立ち並ぶ参道を進むと、正面に本殿がある。すごい数の人形。平らなところは、通り道以外すべて、密集した人形に覆い尽くされていると言ってよい。分かっていたのに、見た瞬間、ぞくっとする。いったい何千体いるんだ?

同じ仲間どうし、類別してある。本殿に巡らされている廊下には、歩く隙間がまったくなく、京人形に埋め尽くされている。正面の石段の左側は風俗人形、右側は市松人形。その下の縁の下には白無垢の花嫁人形。本殿の中には雛人形や童人形。境内には瀬戸物の人形。人形に限らず、招き猫、居酒屋の狸、蛙、象なども。般若や能面まで。

奉納された人形は焼かれるのもあるらしい。おそらく、すぐに灰にしちゃうにはしのびないほど出来のいいのが残してあるのだろう。だけど、残してどうなるものでもない。回廊や縁の下は、いちおう真上には覆いがあっても横から降り込む雨にはさらされてるし、海風が吹いて倒れればひび割れたりして、徐々に徐々に朽ちていく。結局は火葬か風葬かの違いしかないようだ。あと、犬葬とか猫葬とか。ウチの真紅も猫は天敵だと言っているが、黒猫が2匹、追いかけっこをしていて、京人形の間を縫ってすごい勢いで走り抜けていった。

持ち主にとって大切な記念だったであろう花嫁人形、芸術的にも価値のありそうな京人形、そうそう気安く処分するようなものではないでしょう。多分、持ち主が先に死んだのだ。形見分けのとき、みんな気味悪がって要らないというので、仕方なくここに行き着いたのではなかろうか。

何十年もの間、誰かと一緒に暮らし、かわいがられてきたけど、その人に先立たれて、引き取り手がなく、ここへ来てしまった人形たち。見る影もなく朽ち果てる前に、参拝者たちに姿を見てもらえるのが、せめてもの最後の供養になるのかもしれない。私は、一体一体、人形の声を聞きたい、気持ちが知りたい、そんな思いで、畏敬の念を込めて撮る。

地べたに置かれた瀬戸物の人形は、目の高さを同じくするよう、はいつくばって撮る。10体ほどの人形がファインダに収まるように構図をとり、数秒の間を置いて撮った2枚の写真は、後で見ると1体が動いている。だるまさんがころんだ? 夜になると、みんな動きだして、大宴会だったりするのだろうか。いやいや、風、風。たぶん。

人形の髪が伸びるという話をよく聞く。人毛の場合、空気中の湿気を吸って10%程度は伸びるので、不思議でも何でもないという人もいる。が、淡島神社のホームページでは、違う説を唱えている。

Q&Aのコーナーがあり、「髪の毛が伸びる人形があるとテレビ等で見ましたが、本当にあるのですか? また、なぜ伸びるのですか?」という質問に対し、「本当にあります。人形は見てもらったり遊んでもらったりするために生まれてきたものです。そのため、人から注目を集めるために何らかの怪奇的なことを起こすことがあります。悪いことを起こす人形は、まずありません」と答えている。

●人形は祟りません

人形は、悪さをしない。これは信じていいと思う。もともとは、作り手の善き心が込められて生まれてきているのだ。私はずいぶんたくさん写真を撮ったけど、変なものが写ったりすることもなく、また、体調に変化を来たしたりすることもなく、風邪ひとつ引かずに冬を乗り切った。祟られるどころか、守られているような暖かみさえ感じる。

「人形の祟りか?」と冗談めかして語られている話ならある。橘明(たちばなあきら)さんとは、美登利さんを通じて知り合った。彼も人形を作る。橘さんは、作った人形をワンフェスで展示していた。

※ワンフェス:ワンダーフェスティバル。東京ビッグサイトで年に2回開催される、ガレージキットのイベント。主催は海洋堂。

手作りの一点ものなので、それなりの値段をつけていた。けど、売れた。現ナマと引き換えに、その場で「お持ち帰り」していった人がいたのである。わーい、売れた、売れた、と喜んでいたのだが、直後に高熱と湿疹にやられて入院させられてしまった。直前に受けた定期健康診断では異常なしだったのに、である。帯状疱疹であった。その入院費用が、人形の値段とほぼ同じであった。

人形が自分の身を売ってご主人様を助けてくれたのだと橘さんは言う。私は、ふと浮かんだ疑問を、そのまま口にしてしまった。「だけど、トータルすると、何も増えてないじゃない。人形が減っただけで」「あ、そこには気がついてなかった」と橘さん。「やーい、売れたなんて喜んでるから祟られたんだー」とからかう八裕沙(やひろまさご)さん。八裕さんとも、美登利さんを通じて知り合った。彼女も人形を作る。

もちろん、みんな人形が祟るわけがないと知りながら、冗談で言っている。真相は、人形に魂入れすぎて、どっと疲れが出てしまったといったところだろう。身も蓋もない解釈だけど。

だいたい、橘さんのことを笑っている八裕さんのほうこそ、すごい話がある。これはコワいぞ、マジで。去年の6月、銀座のヴァニラ画廊で、オリエント工業が30周年を記念して人形の展示会を開催した。実用性を備えた等身大の人形で、シリコン製のは一体60万円もする。私も見に行って、デジクリにレポートしているが、八裕さんも別のときに見に行っていた。

展示されている十数体の人形の中に、一体だけ特別の雰囲気をたたえている子がいたという。画廊の主である森馨さんもやはり人形を作る人で、八裕さんと知り合いである。八裕さんは森さんに聞いてみた「ねえ、この子、なんか違うよねぇ」。「実は、」森さんは言った。

「この子だけ、出戻りで、処女じゃないんです」。汚れてたとか傷があったとかってレベルの話ではない。何が違ったかというと、「なんか、すごみがあった」んだそうである。私は何も感じていなくて、後で聞いてもどこ子だったかピンとこないのだが。

●人形が怖いのは……

人形は怖いという人が多いけれど、よくよく考えてみると、人形を構成している物質が怖いわけがない。では、何が怖いのか。

人形が映し出すのは、自分の心である。人形と対話しているとき、実は自分と対話している。一人二役を演じているということではなく、自分の中に住んでいる、別人格をもった二人の他者が対話しているのである。ユングだったかの心理学で言われることだが、自分の中には複数の他者が住んでいる。

私はこれを次のように解釈している。夢を見ているときを考えてみよう。たとえば、きれいな景色や精巧な芸術作品にめぐり合い、その美しさにはっと息を飲んでいる自分がいるとしよう。このとき、景色や芸術作品を創造したのは誰か。自分の夢の中のことであるから、他に誰がいるというわけではなく、自分である。

しかし、一方では、それに驚ろかされ、感動している自分がいる。自分で作ったものに自分が驚かされていては変なので、作った自分と驚いている自分とは、別人でなくてはならない。登場人物にも同じことが言える。彼らは他者であるように見えて、結局は自分の夢の中のことであるから、彼らを動かしているのは自分だ。なのに、言動に驚かされたりしている。

そういうわけで、どうやら自分の中には複数の他者が住んでいる模様だ。だけど、覚醒時にそいつらが勝手気ままに出て来て現実の行動の支配権を奪い合ったりしたら、「船頭多くして船山に上る」ようなことになって、混乱する。だから、覚醒時には、「意識」という唯一の自分が意思決定の支配権を握り、理性的に舵をとっている。

この「意識」は、他の人格がしゃしゃり出て来ないように、抑えつけている。だけど、あまり無理な抑圧は、精神の健康によくないとされる。そういうとき、人形はいい役割を果たす。「意識」という、威張っている自分と、抑えつけられて萎縮している内なる他者とのあいだに、対話のチャネルを開いてくれるのである。

対話によって、内なる他者に市民権が与えられれば、和解が成立し、緊張が解かれる。人形によって癒される、というのは、分析して言えば、そういうことなのではあるまいか。ひるがえって、人形が怖い、というのは、とりもなおさず、自分の中の他者たちのうちに、意識の側から存在を認めたくない誰かがいて、その人と対峙するのが怖いのである。わが内にある、開けたくない扉。

●淡島神社の雛流し

淡島神社に行ったことをミクシィの日記に書いたら、広島の友人が読んで、2月に行っている。そのときは、うってかわってにぎわっていたそうだ。3月3日に催される雛流しの行事を前に、雛人形を奉納する人がわんさと訪れるので。最終的には約36,000体になったらしい。

雛流しでは、雛人形がうずたかく折り重なった小舟が何艘もロープで繋がれ、大勢の見物客たちが見守る中、漁船に曳航されて入り江をめぐる。色鮮やかで華やかに見えるけど、人形の心中はいかばかりであろう。境内の入り口付近に句碑があり、「明るさに 耐えている顔 流し雛」と刻まれている。どう解釈するのが正しいのかはよく分からないけど、華やかな行事での、人形の心中の悲しみを察して詠んだ句なのではないかと思う。

人形を愛する人は、自分が死んだ後のことも考えておいていただければ。フィギュアやスーパードルフィーも、最後はどうなるのだろう。
< http://www.geocities.jp/layerphotos/Awashima080112/ > 写真

以下は、おまけ。

●「週刊将棋」の破天荒な観戦記

私の同僚の直江雨続君が観戦した対局のことが週刊将棋に載っている。

「それは、異様な光景だった」で始まる観戦記もまた、類を見ないものだ。見開き丸々2ページを占めながら、指し手の解説が一切ない。解説されているのは、対局者と盤側観戦者の心理。だけど、この特別な対局において、最も解説すべきは、それなのだ。

  第1期マイナビ女子オープン本戦準決勝第1局。
  矢内理絵子女流名人 vs. 鈴木環那女流初段。
  観戦記は片上大輔五段。週刊将棋 3/12(水)発売号。

プロ棋戦のスポンサーといえば、新聞社や大手企業が慣例だったが、それを打ち破る個人スポンサー制度が発足した。対局ごとに一口4万円を募り、勝者に賞金として渡される。制度導入後初の対局が本局で、4人のスポンサーがついた。4人とも、鈴木環那女流初段を応援する意味で名乗りをあげたのだった。

スポンサーの特典として、対局開始後と終了後の数分間、盤側で観戦できる。この対局に限り、昼食休憩後も、最初の手が指されるまで観戦を許された。息を殺して見守るファンの作り出す空気が対局者の心理に影響したり、ひいては指し手にまで影響したりするのか。そこが一番のポイントだった。

各小見出しの後の書き出しは、すべて誰かの心理を簡潔に記した文だ。

  矢内は、迷っていた。
  鈴木は、動揺していた。
  矢内は、リラックスしていた。ボーっとしていたと言ってもいい。
  直江雨続さんは、感激していた。
  矢内は、冷静だった。

一挙手一投足を見逃さず、めいめいの心の動きを克明に捉えた観戦記、緊迫感があり、まるで小説を読むような味わいだった。ブラボー!

●どこまで行くのか、秋葉原

鉄道喫茶とか、鉄道バーとか、大阪方面にいくつかあったが、秋葉原にも"LittleTGV" ができた。走り出し好調のようだ。典型的には、鉄道模型のレイアウトが広げられ、店によっては、マイ電車がキープできるところも。
< http://littletgv.com/ >

女装した男のメイドさんがいる喫茶「雲雀亭」、人気急上昇。月に2回のペースで営業するが、3月8日(土)は2店舗同時開催にもかかわらず、終始列が出来ていた。この繁盛っぷりを見ると世も末かと思えなくもないが、まあ、かわいいんだから、仕方がない。次回は3月29日(土)。
< http://www.hibari-tei.com/ >

段ボール肉まんの店「毬琳(まりりん)」は、昨年の12月12日(水)にオープンした。段ボールは、もちろん素材としてではなく、包装に使われている。原材料や賞味期限に細心の注意を払い、横浜中華街で実績のある肉まん専門業者と提携して本場の味を出しているという。
< http://www.akiba-maririn.com/ >

「Japan Times」は、日曜日の「タイムアウト(小休止)」コーナーで、ひとつのテーマに沿った特集記事を1ページ半にわたって組む。3月9日(日)のテーマはコスプレ。秋葉原のコスプレ英会話教室 "Cosplish" では、ガンダムのセイラ・マスに扮したスウェーデン出身の講師が教壇に。生徒たちに「好きなアニメは?」。「バンタンキャリアスクール」は、1月に「コスプレイヤーコース」を新設した。授業料56万円の3ヶ月コースの最初の授業には35人の生徒が集まった。生徒のひとりがなりきったというローゼンメイデンの水銀燈が「ヴィクトリア朝のメイド」と説明されている件について。水銀燈、一言どうぞ。「おばかさんねぇ」。
< http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/fl20080309x1.html >

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
ミ・キュイ甘糟りり子「ミ・キュイ」を読んでるとこ。リッチなセレブの、エレガントでファッショナブルなライフスタイルをフィーチャーしたストーリー。この本と物理学の本を両方とも面白いと思って読める人がもしいたら、それはぜ〜ったい、うちゅう人だ。「ミ・キュイ」とは、半生調理法。本では牡蠣の料理として出てくるが、検索するとチョコのミ・キュイがまず出てくる。山形の「清川屋」から、行きつけのメイドバーに送っておいた。2月のお返しね。