わが逃走[18]プラハ・キュビズム建築に関するご報告の巻 その3/齋藤 浩

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さて、読者からの反応が全くないのにもかかわらず、結局三回もこの話題で引っ張ってしまった。
< http://bn.dgcr.com/archives/20080228140200.html >
< http://bn.dgcr.com/archives/20080313140200.html >

完結編となるプラハ・キュビズムネタですが、今回ご紹介する物件は三つあります。どれも素敵です。ただ、それらの保存状態がまちまちなので、今以上に市民の皆様の意識を高めていただき、どれも末永く美しい状態で保存されていくといいなーと思っているのです。

という訳で、さっそくご紹介してまいります。


壱●ホデク集合住宅

『コヴァジョヴィチ邸』で衝撃を受けた俺様だった訳だが、このへんには同じくヨゼフ・ホホル設計による名建築がさらに二棟あって、「ヴィシェフラッド三部作」なんて呼ばれているのだそうだ。

ちなみに、ヴィシェフラッドとはこのへん一帯の地名である。「高い城」という意味だそうで、その名の通りヴルタヴァ川の岸からそびえ立つ崖のてっぺんには10世紀頃に建てられたという城の遺跡がある。

『コヴァジョヴィチ邸』から国鉄の線路に沿って徒歩数分、六角形の窓が見えてきた! 突飛な建物は遠くからでもすぐに分かる。
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『ホデク集合住宅』。
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平坦な道と急な坂道が交差する角地にそびえ立つそれは、20世紀における“清潔な未来社会”を具現化したような、フシギなパターンの集合体だった。映画『ミクロの決死圏』のセットってこんな感じだったかな……などと思いながら建物の周囲を見てまわる。

この物件もまた、写真と現物とで印象がずいぶん異なる。実際に見ると意外にもシンプル。集合住宅ゆえ、全体のマッスというか塊感がひとつで、その分その特異な表面パターンによってキュビ感を演出しているように思えた。

『コヴァジョヴィチ邸』も、この『ホデク集合住宅』も、同時期に同じ建築家によって設計されたご近所同士のキュビズム物件な訳だが、建物の使われ方や立地条件、そしておそらくクライアントの意向などによりキュビ感の演出方法を変えているのではないか? なんて思う。

立体として見た場合『コヴァジョヴィチ邸』はどの角度から見ても印象が異なり、それでいてどこから見ても美しい形であるのに対し、『ホデク集合住宅』は美しいミニマルパターンの集合体なのだ。前者を「YMO」とするなら、後者は「電気グルーヴ」と言えましょう。

で、中に入ってみた。ここの一階はカフェ(?)になってるので、憧れの名建築の中でチェコビールが飲めるのだ。だがしかし! 中は至って普通だった。外から見ると六角形の素敵な窓も、中に入れば普通の四角……って、そりゃないっすよ。
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わざわざ六画窓の上下を板で塞いでいる。まあ、デフォルトじゃ使いにくいんだろうけどさ。そういうもんなのか。それでも、どこかにキュビズムの片鱗があるのではないかと探してみたのだが、これといって収穫はなし。いたって普通のヨーロッパのカフェだった。

とはいえ、もしプラハに行かれるのであれば、入ってみることをおすすめする。ここではプラハ名物“まずいパスタ”が食べられるのだ。プラハってなぜかイタリア人観光客が多い。で、彼らの合い言葉が「プラハのパスタは食べてはいけない」なのだそうだ。

私は極親しい間柄の年上の女性Aさんと共に、それぞれビールとパスタを注文してしまった。そう、チェコのいいところは旨いビール! そしてビールを注文すると大量の旨いパンがどっさりつくのですよ。旨いので、当然食ってしまう訳です。

その後、ぶよぶよに茹でられた、ものすごくまずいパスタがどーんと来てしまうのです。日本の普通のパスタの約三倍の量。同じ味が延々と続く。しかも食っても食っても減らないのだ。チェコのパスタは生き物で、食べ続けないと細胞分裂してどんどん増え続けるのだろうか。

そのへんはまだ調べていないので分からないのですが、まあ食べきれなかった訳です。こういったことは旅の良い思い出となることが多いので、みなさん、是非行ってみましょう。良い土産話になるはずです。

弐●三世帯住宅

『ホデク集合住宅』から歩くこと数分。路面電車マニア垂涎の撮影ポイント・ヴィシェフラッドのトンネル
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の脇にそれはあった。

『三世帯住宅』。
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その名のとおり、三棟の住宅がくっついた感じ。ホホルの三部作中、最初に設計されたもの。

これは前のふたつと比べると、かなり印象が違う。色の問題なのか。北、中央、南のそれぞれの棟が黄色、グレイ、赤に塗られている。ファサード中央には異なる意匠のレリーフなんかが彫られてるし。
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これって絶対後から手を加えたんだと思う。まあ100年も前の建築が当時のまま残っているだけでスゴいと思うので文句は言わないが、他の二棟と比較しちゃうと、美意識が放射されてるような印象は少なかったかも。またフォルムが左右対称のせいなのか、妙にクラシックな印象を受けるのだ。

とはいえ、ホホルはこの『三世帯住宅』に対する世の中の反応を次の二作品へフィードバックした訳だろうから、これが全てのキュビズム建築の始祖であることは間違いない。モビルスーツでいえば旧型ザクのような存在なのだ。地味だけど噛めば噛むほど味が出るという……。

ほら、心眼で外装をシンプルな明るいグレイ1色に変換してみると、けっこうイケる。窓なんかも凝ってるし。
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その後、路面電車を乗り継いで『黒い聖母の家』なんかを再度じっくり見物したりして、そうこうしているうちに日が暮れていき、キュビズムの一日は終わったのだった。

参●ユングマン広場の街灯

存在は知っていたのだが、場所を知らなかったのだ。なので半ば諦めていたところ、『黒い聖母の家』一階のショップで購入したプラハキュビズムマップにしっかり掲載されており、翌朝そそくさと見に行った。で、発見しました。
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エミール・クラリチェク設計。とても地味な場所にそっけなく立っているので、街ゆく者達はこのめちゃくちゃカッコいい街灯に気づかないのだ。私もそうでした。同じ街灯が何本も立っているのかと思ったのだが、周囲を見渡してもこの一本だけ。よく見るとガラスが割れててさみしい。

土台部分はベンチなのか? 人が座れるような形状になっている。
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にもかかわらず、あまり座ろうという気にならないのは、やはり地味な場所故ってことか。座ったときの目線の先に何がある訳でもないからな。

でもこの街灯、立体と平面の二つの視点から見事にキュビズムしていて素敵です。柱部分は、大きさの違う六角形の断面を交互につないでいったような形状で、その表面にはダイヤ形のパターンが細い横ライン彫りで表現されている。
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そして頂点で素材が鉄とガラスに変わり、周囲に明かりをともすのだ。うーん、素敵だ。模型が欲しい。城やたこ焼き屋台のプラモデルがロングセラーなんだから、キュビズム建築のプラモがあってもいいじゃないか。と思う齋藤浩だった。

四●結論

そう、それで思い出したのですが、私は現代のキュビズムとは何かを旅の間中ずっと考えていたのです。ここへ来て結論に達しました。ガンダムです。ガンダムは人間の力強さ、美しさを直線と平面に置き換えて再構成したものなのではないか?

初代ガンダムはもちろんですが、マニアには不評のシド・ミード氏がデザインを手がけたターンAガンダムなんざ、ひょっとしてかなりキュビズム? これが原寸でプラハに現れても違和感ないんじゃないか? なんて真面目に考えてしまいました。

ということで、結論。ピカソ、ブラックらにより突如として世に現れたキュビズムは、プラハの建築家達の手により三次元に置き換えられ、巡り巡って極東の島国でガンダムとなって再度世界を席巻しましたとさ。

21世紀の日本は、ガンダムをモチーフにした建築なんかが存在してもおかしくない世の中なので、新たなキュビズム建築が我が国に登場する日も近い。果たしてそれをキュビズムと呼べるのか? まあそんなこたぁ、どーでもいいですね。理屈なんていくらでも後づけできるんだから、要は面白けりゃいいんです。

今の日本は、どこもかしこもパッとサイデリアで面白くないです。美意識を持つということに思い至らず、周囲につられて金を使う者が多すぎる。そんな愚鈍な民をあっと言わせるような、ガンダム建築を誰か作ってくれ。それがどこだろうと、私は必ず見に行く。そして「バカもここまで来ると立派だね」と最高の褒め言葉を述べたいと思う今日この頃。

以上、三回に渡ってお送りした『プラハ・キュビズム建築に関するご報告の巻』、これにておしまいです。その後いろいろ調べてみると、他にもキュビズム物件がプラハにはかなりあるらしいので、通貨がユーロになる前に是非再び訪れたいものです。それではみなさん、また二週間後にお会いいたしましょう。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。
< http://www.c-channel.com/c00563/ >

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