映画と夜と音楽と…[369]老人たちの終わらない悔い/十河 進

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●全員が負の要素を抱え込んだ一家

父親は「9段階プログラム」という人生で成功するためのノウハウを教えている。もっとも、彼のセミナーを聞いている聴衆はまばらだ。しかし、彼はそれを出版するためにエージェントに大金を払った。ノウハウ本が出版さえできれば、人生の勝ち組になれると信じているのだ。

ミスコン・マニアの娘は、地区予選で一位になった少女が辞退したためカリフォルニアで行われる「リトル・ミス・サンシャイン」という少女コンテストの本選に出ることになる。父親の「勝ち組になれ、負け犬になるな」という教えを受け「負け犬にはなりたくない」と彼女は言う。

15歳の息子は空軍のパイロットになるためにエリート校受験をめざし、誰とも口を利かない願掛けを続けている。彼らの祖父はヘロイン中毒で、ポルノ雑誌を読み耽るエロ老人である。彼は孫に「若いうちにファックしまくれ」と檄を飛ばす。彼は、たぶん若い頃に多くの女性と体験しなかったことを後悔している。


そんな家族を抱えて、まともそうに見えるのは母親だけだが、彼女もおそらく強いストレスに晒されている。喫煙という悪癖から逃れられない。ある日、彼女に兄が自殺未遂を図ったと知らせが入る。彼女は病院から兄を自宅に連れ帰り、息子と相部屋にする。

口を利かない甥に向かって、母親の兄は自殺の理由を話す。彼はゲイの教師で教え子の恋人がいたが、その恋人が同僚の教師のもとに去ったのだ。しかも、「アメリカで一番のプルースト研究家」と自負する自分をさしおいて、「アメリカで二番目のプルースト研究家」である恋敵の同僚が賞をとってしまったのである。

嫁の兄を祖父は「ホモ野郎」と呼び、妻の兄を父親は「負け犬だ」と罵る。だが、娘のコンテスト出場のため全員でボロ車に乗って出かけた旅の途中、様々なことが明らかになる。単純なゲームをしているときに息子が色弱だと判明する。妻の兄が「パイロットは無理だ」と言い、絶望した息子は初めて叫び声をあげる。

また、エージェントに連絡を取った父親は、出版の売り込みが失敗したことを知る。翌日、祖父がモーテルで突然死する。ヘロインの打ち過ぎかもしれない。今や、娘のコンテスト出場が家族の唯一の目標になってしまった。彼らは死亡手続きなどで時間がかかると聞いて、祖父の死骸を積んだままカリフォルニアをめざす。

自殺を図ったゲイの教師、挫折したセミナー講師、人生を悔いるヘロイン中毒の老人、夢を諦めなければならない少年、ミスコンに憧れているメガネでデブの少女、ストレスから悪癖が抜けない主婦…。よくもまあ、これだけ負の要素を付加したキャラクターばかりを出してきたものだ、と僕は感心した。

おまけに彼らが乗る古いワンボックスカーはクラッチが壊れ、全員で押しながらスタートさせなければならないし、一度走り出したらよほどのことがない限り止められない。さらに、クラクションが故障し鳴りっぱなしになる。周囲の車の顰蹙を買うのは当然だ。

●アラン・アーキンの長いキャリア

リトル・ミス・サンシャイン「リトル・ミス・サンシャイン」(2006年)という映画を見たいと思ったのは、祖父の役を演じたアラン・アーキンが昨年のアカデミー助演男優賞をとったからだった。73歳のアラン・アーキンはしっかりした足取りで登壇し、「まず、この小さな映画を評価してくれたことを感謝したい」と語った。

キャッチ22アラン・アーキンは舞台で評価を得た後、「アメリカ上陸作戦」(1966年)で映画デビューし、いきなりアカデミー主演男優賞にノミネートされる。その後、オードリー・ヘップバーンの「暗くなるまで待って」(1967年)、「愛すれど心さびしく」(1968年)、「キャッチ22」(1970年)と印象的な役が多かった。

「愛すれど心さびしく」については、以前に「孤独な狩人のような心」(2005. 3.4)という回で書いているが、僕がアラン・アーキンという俳優を深く記憶に刻み込むことになったのは「暗くなるまで待って」だった。このサスペンス劇は実に切れ味がよく、アラン・アーキンの悪役がいなくては成立しない。

このとき、オードリー・ヘップバーンは三十代後半、この映画に出演後、7年間、映画には出なかった。ヘップバーン・ファンの僕は、高校生のとき、仲間たちと一緒に見にいった。その中には今のカミサンもいた。彼女は、映画のハイライトシーンで叫び声をあげた。

もっとも、叫んだのは彼女だけではない。「暗くなるまで待って」のラスト10分ほど前で誰もが叫び声をあげた。盲目の人妻ヘップバーンの無事を観客全員が願った。あのときのアラン・アーキンは悪魔に見えた。あのショッキングなシーンだけで、アラン・アーキンという名前が刻み込まれたのだ。

その次にアラン・アーキンが演じたのは「愛すれど心さびしく」の聾唖者の青年である。彼は孤独な少女と魂を触れあわせる孤独で文字通り静かな青年を好演し、再びアカデミー主演男優賞にノミネートされた。だが、演技派ではあったけれど、彼はハリウッド映画のヒーローが演じられるような俳優ではない。いつの間にか渋い脇役に落ち着いたようだった。

だから、アラン・アーキンが「リトル・ミス・サンシャイン」でアカデミー助演男優賞にノミネートされていると知ったとき、僕は数十年ぶりに名前を聞いたような気になった。しかし、ずっと彼のキャリアは続いていたのだ。日本公開された映画もかなりある。

ガタカ (Blu-ray Disc)しかし、「ガタカ」(1997年)や「ファイヤーウォール」(2006年)など、僕も見ているのに「どこに出ていたんだ?」というくらいだった。「暗くなるまで待って」のときの顔が鮮明に残っているから、普通に出てきてもわからなかったのだろう。

●老人たちは何かを悔い続けているのか

「リトル・ミス・サンシャイン」でアラン・アーキンが演じた祖父の役は、僕の想像を裏切った。僕は、もっと枯れた役だと思っていたのだ。七十代とはいえ、アラン・アーキンは若くエネルギッシュだった。彼は老人ホームは「男1に対して女4の割合だから、やりまくりだった」などと言う生臭いジジィなのである。

彼はトイレに隠れてヘロインを吸引し、孫娘にストリップティーズの踊りを振り付ける。ガソリンスタンドでは「ホモ野郎」にポルノ雑誌を買ってこさせる。孫に卑猥な言葉で「ファックしまくれ」とあおり、自らも多くの女と寝たことを自慢げに話す。

そんな老人を見て、僕は、20年近く昔の出来事を思い出した。まだ、徹夜で呑んでも平気だった頃の話だ。その日、僕はふたりの友人と新宿で飲み明かし、東口アルタの前で立っていた。そのとき、ひとりの老人が近づいてきた。酔っていたのかもしれない。

老人は「あんたらも……やってきたのか」と、いきなり卑猥な言葉を投げつけてきた。その後、彼はソープランドでどのようなことをしてきたか、逐一、詳細に話し出した。僕は戸惑っていた。いろんな老人がいると頭では理解していても、どんな老人も経験を重ねて何かを悟り、穏やかな人生を生きているのだという幻想が僕にはあったのだ。

彼は何かを呪っているように、汚い言葉を吐き散らした。罵り、喚いた。最後に「女とやれなくなったらオシマイだ」と言って去った。僕らは辟易していた。毒気に当てられた。何も言えなくなっていた。一体、彼は何を呪っていたのだろう。

アラン・アーキンが演じた祖父の姿が、あのときの老人に重なった。彼は何を悔いているのだろう。若い頃に真面目に暮らしたことだろうか。若い女たちを見ても妻への忠誠を誓って手を出さなかったことだろうか。子供を育てることに忠実だったことか。妻が死に解放されたとき、すでに老人になってしまっていたことか。取り返しのつかない時間を失ったことか。

早く歳をとり心穏やかに暮らしたい、という願望が僕にはある。リタイアのために辞めていく先輩たちを見て、心底から羨ましく思う。人はまだ先があると思えば何かを望む。期待する。夢に見る。後は死ぬだけだと悟れば、日々を焦らず、ただ過ぎていくだけで過ごせるのではないか。

それが僕が想像する老後だった。だから、僕は老人を見ると、誰もが枯れた穏やかな余生を送っているのではないかと思ってしまう。

だから、アラン・アーキンが演じる生臭い老人は、僕に居心地の悪さを感じさせる。彼は歳をとったことで、かえって居直ったように欲望を隠さず、何かを取り返そうと焦り、喘いでいるようにさえ見えた。偏見を隠さず、露骨な言葉を使う。モラルや規律に縛られてきた人生を取り返したいのだ。

もしかしたら、諦念を受け入れ悟ったように生きる老人より、彼のような老人の方が圧倒的に多いのではないか、そんなことを僕は思った。年老いてなお終わることのない悔いを抱えた老人…、それはひどく哀しい存在だ。

しかし、そんな彼が一瞬のやさしさを見せる。息子が電話でエージェントと話している姿を見て出版が挫折したことを見抜いた彼は、運転する息子の肩を抱いてこう言うのだ。

──結果はどうあれ、お前は精一杯やった。立派なものだ。脱帽するよ。
  チャンスに挑戦したお前を…誇りに思う。

そう、彼も人の親だったのだ。自分の人生を肯定できないでいても、息子を愛する気持ちに変わりはない。それは、間違いなく老人の真実だった。そんな感動的なアラン・アーキンの名演技を見ながら、僕も「お前を誇りに思う」という言葉を大切にしたいと胸に刻んだ。

いつか、僕も…子どもたちにそう言うことがあるだろうか。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
「人生は一度きりなのに、あやまちは何度でも繰り返せるものなのね」とは、チャンドラー「待っている」のセリフですが、酔っ払った翌日、僕は毎回このセリフを繰り返しています。ミスは学習すれば防げるが、あやまちは何度でも繰り返してしまうのです。これは習性?

●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.bookdom.net/shop/shop2.asp?act=prod&prodid=193&corpid=1 >

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映画がなければ生きていけない 1999‐2002
十河 進
水曜社 2006-12
おすすめ平均 star
starちびちび、の愉悦!
star「ぼやき」という名の愛
star第25回日本冒険小説協会 最優秀映画コラム賞
starすばらしい本です。
starものすごい読み応え!!

映画がなければ生きていけない 2003‐2006 映画一日一本―DVDで楽しむ見逃し映画365 (朝日文庫) 【初回限定生産】『ブレードランナー』製作25周年記念 アルティメット・コレクターズ・エディション(5枚組み)

by G-Tools , 2008/03/28