映画と夜と音楽と…[372]ウォルター・マッソーの丸い鼻/十河 進

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●ジャック・レモンとのコンビで売れたウォルター・マッソー

我が家の近所に僕が秘かに「ウォルター・マッソー」と名付けた人物がいる。背の高い大きな人で、そういう人にありがちだが、少し猫背である。もちろん顔はウォルター・マッソーによく似ている。ウォルター・マッソーに似ているためには団子鼻であることが第一条件だが、その人の場合は顔の輪郭も目のあたりも実によく似ている。

そのウォルター・マッソーさんとは、よくバスで一緒になっていたのだが、最近、あまり見かけない。本家のウォルター・マッソーは8年前に亡くなったけれど、近所のマッソーさんは僕より数歳上だろうから、リタイアして通勤しなくてもよくなったのかもしれない。

シャレード (ユニバーサル・セレクション第6弾) 【初回生産限定】ちなみに、僕がウォルター・マッソーを初めて見たのは、中学生のときにリバイバル上映されたオードリー・ヘップバーン主演の「シャレード」(1963年)だった。その映画で初めて見たという意味では、ケイリー・グラントもジェームズ・コバーンもジョージ・ケネディもそうだったのだけれど…。


ウォルター・マッソーの役は、最初、アメリカ大使館員として登場し、ヒロインのオードリーを助ける役なのだが、これが、大どんでん返し。ラストシーンでオードリーを追いつめるウォルター・マッソーはかなり怖い。ウォルター・マッソーは、文字通り奈落の底に落とされてしまうのだが、同情の余地はないほどの悪役だった。

その後、コメディー出演がメインになり、ウォルター・マッソーはコメディアンとして認知される。もっとも、僕は最初に強烈な悪役を見たものだから、ウォルター・マッソーをコメディアンと思ったことはなかった。しかし、多くの人はウォルター・マッソーをクセのある喜劇役者と思っているだろう。

恋人よ帰れ!わが胸にウォルター・マッソーがアカデミー助演男優賞を受賞したのは、ビリー・ワイルダー監督作品「恋人よ帰れ!わが胸に」(1966年)である。アメリカンフットボールの試合で選手と衝突し、怪我をした真面目で小心なテレビ局員のジャック・レモンをたきつけ高額な賠償金を得ようとする悪徳弁護士役だった。

この後、「おかしな二人」(1968年)が続き、ジャック・レモンとウォルター・マッソーは名コンビになっていく。ビリー・ワイルダー監督の「フロント・ページ」(1974年)では、ジャック・レモンとウォルター・マッソーの掛け合いは名人芸の域に達していた。

その後、ウォルター・マッソーが「善い人」のイメージを一般的にしたのは、「がんばれ!ベアーズ」(1976年)がヒットしたからだろう。酔っ払いでだらしない偏屈でクセのある人間だが、実は善人で子どもたちに優しい、というイメージの確立である。

そのイメージ作りには、やはりウォルター・マッソーの顔が役に立ったと思う。丸い団子鼻と垂れた頬が目立つくしゃくしゃ顔と言ったらいいのだろうか、一度見たら絶対に忘れない。まず、コメディ以外に主演はとれないだろうと思うのだが、ハリウッドは意外に懐が深く幅が広い。彼に刑事やプロの犯罪者をやらせてみようというプロデューサーがいたのである。

●刑事・警官映画ブームのハリウッドが生んだB級佳作

1970年代の前半、厳密に言えば1973年と1974年の2年間、ウォルター・マッソーを主演にしたB級犯罪映画の名品が3本も作られたことがある。ウォルター・マッソーは、刑事や犯罪者を飄々と演じて、その実力を見せつけた。先日、NHK-BSとWOWOWで、そのうちの2本が放映され、ちょっと懐かしかった。

笑う警官 マシンガン・パニックマッソーが初めて刑事を演じたのは「マシンガン・パニック」(1973年)だ。このタイトルは、当時、パニック映画が流行っていたからつけたのだろうか。僕は、そんなタイトルにしたことに腹を立てたことを憶えている。バスの中でマシンガンを乱射する大量殺人事件が起こり、それを調べるのがウォルター・マッソーとブルース・ダーンの刑事コンビだった。

原作は、スウェーデンのM・シューヴァルとP・ヴァールーという夫婦作家が書いたマルティン・ベック・シリーズの「笑う警官」だ。エド・マクベインの87分署シリーズに影響されて書き始めたという警察小説だった。当時、角川文庫から全10巻が発売されていた世界的なベストセラーである。

舞台は原作のストックホルムからサンフランシスコに移ったが、バスの中でマシンガンを乱射する大量殺人事件という都市型犯罪には相応しかったかもしれない。地味なジャケットに地味なネクタイ、ウールのベストを身につけたウォルター・マッソーの刑事は、地味な捜査を行うのには似合っていた。

その頃は、「ダーティハリー」「フレンチ・コネクション」(共に1971年)がヒットして、ハリウッド映画は空前の刑事映画・警官映画のブームだったのだ。若禿げのジーン・ハックマン主演で客が呼べるのなら、ウォルター・マッソーでもヒットするんじゃないかと考えたプロデューサーがいたのだろう。

サブウェイパニックウォルター・マッソーが地下鉄の公安警察官を演じたのは「サブウェイ・パニック」(1974年)だ。4人の男たちがニューヨークの地下鉄を占拠し、乗客を人質にニューヨーク市に身代金を要求する。男たちのリーダーはオリエント急行の中でジェイムズ・ボンドを殺し損ね、後にジョーズと対決するロバート・ショー。元地下鉄運転手で犯罪に加わるのがマーチン・バルサムだった。

犯人側にそれだけ渋い役者を揃えたのだから、警察側にもそれなりの役者が必要である。という理由かどうかは知らないが、地下鉄の本部で犯人との交渉に当たるのがウォルター・マッソーだった。しかし、無線での交渉だけでは見せ場がない。大詰めになって、ウォルター・マッソーはトリックを使い、犯人たちを追い詰めていく。

原作は、登場人物ひとりひとりの視点で細かく描かれている。たとえば、人質になった乗客の中に、たまたま刑事がひとりいるのだが、彼の視点の章が何度も登場する。しかし、映画では「人質の中に特捜の刑事がいる」とセリフで説明されるだけだ。映画化に当たって整理する必要もあったのだろうが、ウォルター・マッソーが演じる地下鉄公安警察官ひとりが中心になった。

しかし、ウォルター・マッソーは善戦している。事件が解決し、たったひとり逃げ延びた犯人を捜して聞き込みをしているとき、あることをきっかけに犯人がわかるのだが、犯人の部屋のドアを一度閉めた後、再び開けてヌッと顔を突き出したウォルター・マッソーのアップで映画は終わる。そのウォルター・マッソーの表情が忘れられない。

●仲間の死体さえ利用するクールなプロの犯罪者を演じた

突破口!ウォルター・マッソーは刑事役と地下鉄公安警察官の役の間に、プロの犯罪者を演じている。「突破口」(1973年)だ。ドン・シーゲル監督が「ダーティハリー」の次に作った傑作犯罪映画である。「ダーティハリー」の異常犯を演じたアンディ・ロビンソンがウォルター・マッソーの相棒役で出ているが、とても可哀想な役だった。

「突破口」は、最初、なぜかお蔵になるという話だった。それは小林信彦さんが「突破口」の試写を見たときの文章で知った。小林さんは「突破口」の試写で渥美清と出会い、ふたりでワクワクしながら見たらしい。

小林さんの「ドン・シーゲルの暴力的祭典」(「われわれはなぜ映画館にいるのか」所収)によると、「面白いねえ! アメリカ映画ってのは、色んなことを考えるじゃないの!」と渥美清が言い、「むかしなら、キャグニィの役だよね。マッソーだと動きが鈍いけど、あの味が、アメリカ人には、こたえられないんだろうなあ! ウォルター・マッソーの活劇というだけで、ウケるんだろうなあ」と小林さんが応えている。

「突破口」がロードショー公開になったかどうかは憶えていないのだが、僕は池袋の文芸坐で見た。学生時代の話だ。タイトルバックはニューメキシコの田舎町の朝の穏やかな風景である。芝刈りする人、水をまく人、遊ぶ子どもたちなどのカットがスケッチ風に続く。

小さな銀行の前に女が運転する車が停車する。隣りに座っている老人は、片足がギブス。そこへパトカーを降りた警官がやってきて「駐車できませんよ。駐車場へいれてください」と注意する。老人がギブスを示し「小切手を換金するだけだから」と言うと、警官は仕方なく許可する。

老人が銀行に入っていく。窓口で小切手の換金を依頼する。老警備員の動きを追うようにカメラが狭い銀行のロビーを移動撮影する。窓辺に二人の男がいる。背中を見せたままだ…。このあたりから観客は何かを感じる。ゾクゾクし始める。カットが変わると、先ほどの警官が同僚に「あの車のナンバー、盗難リストに出ていた気がする」と言っている。

この後の10分間ほどのシークェンスが凄い。ドン・シーゲルは犯罪映画の名手だと思う。逃走する車の中で、ウォルター・マッソーが、つけ髭やカツラなど老人のメーキャップを取り、ギブスを外していくシーンのワクワクさ加減は見事なものだ。

さらに、話はここから面白くなる。田舎町の小さな銀行だから、せいぜい数万ドルしかないだろうと思っていたのに、強奪金は75万ドルもあった。しかし、銀行はなぜか被害額は数万ドルとしか発表しない。浮かれる相棒(アンディ・ロビンソン)にマッソーはくぎを差す。

──この金はマフィアの隠し金かもしれない。
  警察なら逃げられるが、マフィアからは逃げきれない。

案の定、組織は優秀な殺し屋を送り込んでくる。「アイム・モリー」と名乗るテンガロン・ハットをかぶった大男の殺し屋を演じたのは、当時、売り出し中のジョー・ドン・べイカーだった。僕は今まで、映画で様々な殺し屋を見たが、最も印象深いのがジョー・ドン・べイカーのモリーである。

ここから主人公チャーリー・ヴァリック(これが原題)とモリーの頭脳戦になっていく。チャーリー・ヴァリックはモリーが追跡できるような痕跡を残しながら伏線を張り、ある罠へ誘い込む。しかし、それが伏線なのか、どんな罠なのかは、最後まで見ないとわからない。そして、最後にアッと驚く結末が待っている。

アンディ・ロビンソンが可哀想だなあと思うのは、彼はモリーに殺された後、その死体までヴァリックに利用されるからだ。モリーに殺されるのだって、ヴァリックがそうし向けたのである。仲間さえ非情に利用する冷徹な頭のいい犯罪者を演じて、ウォルター・マッソーほどはまった役者はそういない。どことなく憎めない面貌が、そんな冷酷さを中和させるのかもしれない。

ウォルター・マッソーは、2000年7月1日に79歳で亡くなった。遺作になったのは、メグ・ライアン、リサ・クドロー、ダイアン・キートンの三姉妹の父親役をやった「電話で抱きしめて」(1999年)だった。死期間近なのに、相変わらずわがままな酔っ払いオヤジを演じていて、「ああ、いつものウォルター・マッソーだなあ」と僕は思った。最後まで印象の変わらない人だった。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
体調が悪く、自宅でのアルコール摂取が激減した。元々、自宅では適量しか呑まなかったが、最近は、まったく呑まない日が増えた。やっぱり、歳なのかなあ。このところ、同じ話を繰り返すことをしきりに指摘されるのも、歳のせいなのでしょうか。それとも、元々、くどい性格?

●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
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映画がなければ生きていけない 1999‐2002
十河 進
水曜社 2006-12
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starちびちび、の愉悦!
star「ぼやき」という名の愛
star第25回日本冒険小説協会 最優秀映画コラム賞
starすばらしい本です。
starものすごい読み応え!!

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by G-Tools , 2008/04/25