映画と夜と音楽と…[373]屈折せずに下降志向で生きていけるか?/十河 進

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●「インテリヤクザ」は誉め言葉になりうるか?

昔、ある写真展のオープニング・パーティの二次会で大手出版社の週刊誌編集者たちと一緒になったことがある。その場には、かつてのその週刊誌の編集長だった人の夫人もいて、なぜか僕はその人の話を聞くことになった。相手の年齢に関係なく、僕は女性にとってよい話し相手だったことはない。

僕は当時、四十代半ば。夫人は五十代後半に見えた。そのせいか、僕としては気楽に話ができた方だと思う。相槌を打ちながら話を聞いていた。彼女の夫は名編集長と呼ばれた人らしく、スタッフたちにも敬愛されているという。だから、夫人も編集部のスタッフたちのことはよく知っているようだった。そのうち、彼女はこう言った。

──週刊誌の編集者なんて、みんなヤクザよ、インテリヤクザ。


その言葉を聞いた途端、僕は「嘘だろう」と思った。「ヤクザなものか、エリートでしょう」とつぶやきたくなった。もしかしたら、その思いが顔に出たかもしれない。週刊誌を担当しているといっても、数千人の社員がいる大手出版社の編集者なら労働条件は恵まれているし、編集経費も潤沢に使える。名刺一枚で取材もできる。

昔、出版労連の役員をやっていたときのことだが、ある会議で講談社の書籍編集者と一緒になった。講談社にいて出版労連に出ているのだから、その人は社内では異端なのだろうと思ったが(その数年後に講談社は出版労連を脱退)、それでもその人はどこかにエリート意識を感じさせる雰囲気を持っていた。

彼は「名刺を出して一番効くのがNHK、次が朝日新聞で、講談社は三番目かな」と言ったことがある。彼としては「講談社だって、NHKや朝日新聞にはかなわない」というつもりだったのかもしれないが、僕にはそうは聞こえなかった。それは、50人足らずの出版社に勤めている僕の僻みだったのかもしれないけれど…。

僕は「インテリヤクザ」という言葉にアンビバレンツな感情を抱いている。かつて「インテリヤクザ」と呼ばれるようになりたいと屈折して思ったこともあるし、「インテリヤクザ」と人から言われるならまだしも自称するようになったらオシマイだと嫌悪することもあった。

僕は若い頃、上昇志向を持つことが嫌いだった。上昇志向を露骨に感じさせる人が苦手だった。僕とは20年以上のつき合いになる写真家のTさんのことを、ある人が「あの人は徹底した下降志向だから…」と評したことがあり、そのとき、僕はなぜTさんと長くつきあえるのかわかった気がした。

Tさんと話していると、達観した生き方や言動の潔さに僕は居心地のよさを感じるのだ。それはTさんがまったく上昇志向を持っていないからだろう。といって、Tさんには「どうせ俺の人生は転がるだけの坂道だ」といった屈折や斜に構えた姿勢がない。自分の境遇を正当化しようというエクスキューズがない。妙な具合にねじれた僻みもない。率直な下降志向だけが伝わってくる。

●ブルー(憂鬱)からの再生を描く「アジアンタムブルー」

アジアンタムブルー「アジアンタムブルー」(2006年)の主人公(阿部寛)は、エロ雑誌の編集者である。長くエロ雑誌の編集で糊口を凌ぎ、一度離婚し、今は高校以来の友人の妻と不倫をしている三十代の男だ。彼は無表情とも言えるような沈んだ表情を崩さず、クールにSMクラブでの撮影を指示し、虚無的な会話しかしない。

後輩の編集者に「…さんだったら、どこでも通用すると思います。なぜ、うちのようなところにいるんですか?」と聞かれ、「どこでも同じだ」と答える。どこか屈折しているが、今ある仕事をやり続けるだけだという覚悟がある。彼には上昇志向がない。といって、自分の仕事を卑下するようなところもない。しかし、それでもどこかに憂鬱を抱えて生きている。

彼はひとりのカメラマン志望の女性(松下奈緒)と出逢う。彼女は水溜まりに映る光景を撮り続けている。彼女にも人を押しのけてでも何かをめざそうという上昇志向は感じない。やがて、主人公は彼女と暮らし始めるが、そのときには彼女の余命は数カ月になっていた。主人公は会社も辞め、彼女を連れて南仏ニースにいく。そこで、彼女に死を迎えさせるために…。

僕が大崎善生さんの原作小説を読んだ2002年頃、「世界の中心で愛を叫ぶ」がベストセラーになっていたから、「アジアンタムブルー」も同じような読まれ方をしたのかもしれない。しかし、「アジアンタムブルー」が描き出す喪失感は読後も深く僕の中に残った。前作「パイロットフィッシュ」と共通する硬質なセンチメンタリズムと深い喪失感は、今も僕の中に刻み込まれている。

しかし、「アジアンタムブルー」を読んでいるとき、僕の興味を惹いたもうひとつの要素は、主人公がエロ雑誌の編集者だという設定である。小説は一人称で書かれているから、映画ほど主人公に虚無的な影は感じない。同時に、映画の主人公に感じたようなエロ雑誌を作っていることの屈折はなく、どんな仕事にも独自のノウハウがあり、大げさに言えば哲学があるのだと伝わってきた。

しかし、映画は一般的にわかりやすくしたのだろう。主人公は、どこか屈折した憂鬱を感じさせるように描いている。写真撮影の現場で主人公は年若いモデルにセーラー服のスカートをめくることを指示するが、モデルは泣き出してしまう。「仕事できたんだろ。早くすまそうぜ」と、主人公は冷たく言い放つ。

数日後、編集部にやってきた女マネージャーが「あの娘、風呂に沈めてやりました。あのとき、脱いでればそんなことにならなかったのに、親の借金かぶってるらしいし」と言うのを聞き、彼は感情のゆらめきを見せる。「風呂に沈める」とはヤクザが使う言葉だが、ソープランドに売ったということである。

同僚の編集者(村田雄浩)にその娘がいるソープにいこうと誘われ主人公は怒る。同僚には「おまえはなりきれてねぇよ。しょせん俺たちも風俗じゃねぇか。腹くくれ」と反論される。ところが、その同僚は編集長(小日向文世)に「次の編集長を…」と言われると、土下座して「それだけは勘弁してください」と言い出す。彼はエロ雑誌の編集人として名前が印刷されたくないのだ。「子どもたちに知られたくない」と泣く。

そのとき、編集長は「エロ雑誌の編集者こそ編集者の中の編集者だ。エロはアンチ権力なんだ」と、自らを鼓舞するように大声をあげる。編集長もまた、そういうエクスキューズを自らに言い聞かせて、エロ雑誌の編集長であることを肯定しようとしている。誇りを保とうとしている。それが編集長の屈折した心情の発露だ。

●堕ちてゆくことに美学を感じる時代だって存在した

大手出版社の週刊誌でもエロ記事は掲載されている。ヘアヌードを最初に掲載したのは、講談社の「週刊現代」だった。小学館の「週刊ポスト」が受けて立ち、一時期いかに過激なヌードを載せるかを競った。袋とじも流行った。しばらくして「週刊ポスト」がヘアヌード掲載はやめたと宣言したが、それはおそらく一方で学年誌を出している出版社だからという経営判断があったのだろう。

確かに、出版文化の担い手を志して高い倍率を突破し、講談社や小学館に入社したエリートがそんなエロ記事を担当させられたら、どこかで屈折するかもしれない。インテリヤクザを気取りたくもなるだろう。だが、それでも講談社や小学館という会社の看板が彼のプライドを慰めてくれる。小さな出版社でエロ雑誌を作っている編集者の鬱屈や切なさとはまるで違う。

泡沫出版社に潜り込むしかなかった人間、自分に言い訳しながらエロ雑誌を作っている編集者は、僕の身近な存在だった。僕自身がそうなっていたかもしれない。オイルショックの翌年に卒業を迎えた仏文科の学生たちにろくな仕事があるわけもなく、大手企業をめざすような上昇志向や安定志向は軽蔑の対象だった。僕たちは、まだ「権力との闘い」という言葉にロマンを感じる世代だったのだ。

友人たちの中には、あえて下降したがる奴もいた。堕ちていくことの美学が、まだ残っていた時代だった。業界紙やエロ雑誌の編集部に潜り込み、緩めたネクタイ、ヨレヨレのスーツに競馬新聞、尻のポケットにはウィスキーの小瓶…そんな風体で生き暮れる人生に憧れる気分もあった。

卒業から半年ほどして大学時代の友人Kと会ったとき、警視庁に呼び出された話を聞いた。彼はエロ雑誌編集部に潜り込んだが、その雑誌に掲載した小説がワイセツだと摘発されたのだという。活版印刷の時代だったから、彼は大きな紙型を担いで警視庁の階段を昇った。しかし、そのときはまだ「ワイセツは反権力だ」と言える余裕がKにはあった。

一年後に会うと、Kはその出版社を辞めていた。あるとき、撮影現場に男のモデルがこなかったのが原因だった。女子高生の部屋に痴漢が忍び込み犯すという設定の写真撮影だった。編集長に命じられて、彼が代役をやることになった。妥協案として付け髭とハンチングが提案された。それをつけたまま犯していい、と編集長は言った。

「だけどさ」と、Kは溜め息をついた。「髭をつけたら、モロに俺ってわかるだろう」と続ける。そう、彼は就職するまで髭をのばしていたのだ。鼻の下に付け髭をすれば、学生時代からの知り合いにはすぐにわかる。「まあ、そういうことで、堕ちるとこまで堕ちたかと思って…辞めちゃったよ」と彼はウィスキーを呷った。

それから30年が過ぎ、僕の中でそんな時代はすっかり過去のことになっていた。ところが、数年前、僕は編集プロダクションをやっている知人の忘年会に招待されたときに、昔のことを甦らせることになった。そこにはカメラマンやデザイナー、出版社の人たちなどがきていた。中にはスワッピング雑誌の元編集長だったという人もいた。

その中に、僕と同年輩の編集者がいた。彼はそれなりに名の売れたエンターテインメイト系の出版社が出している、イロものとヤクザ情報をメインにしている週刊誌の別冊編集部の契約編集者だった。僕が編集部から総務経理部門に移ったことを話すと、「50を過ぎて管理部門なんて、理想的じゃないですか。いつまでも編集なんてやってられませんよ」と本気で羨ましがった。

僕が「別冊って、どういう雑誌ですか?」と聞くと、彼は即座に「エロ本です」と吐きすてるように答えた。僕はどう反応していいか戸惑い、絶句した。その言い方から様々な心情を想像した。彼が編集者として過ごしてきた三十数年の長い長い年月への思い、50を過ぎ今もエロ雑誌で生計を立てていることの鬱屈や自己嫌悪、自分がやってきた仕事に対する誇りや気負い…。

そのとき、そんな彼の姿は僕自身だったかもしれないのだと、30年前が甦った。Kが撮影現場で痴漢役をやった話を、僕は僕自身にも起こりえたこととして聞いた。Kと僕は、ほんの少し何かが違っていただけだ。だが、僕は結婚し子供ができ守るべきものが増え、いつの間にか上を見て生きるようになった。

今さらインテリヤクザも気取れないし、下降志向で生きることもできない。そう思うと、時々、溜息をつく。無性にさみしくなる。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
5月1日から6日まで休みました。最初の2日間は茨城県で過ごし、残りの4日間はほとんど自宅で怠惰に過ごしました。本も読めたし、映画もかなり見ました。音楽は古いフレンチ・ポップスやカンツォーネばかり聴いていたので、なかなか現代に戻れません。

●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.bookdom.net/shop/shop2.asp?act=prod&prodid=193&corpid=1 >

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映画がなければ生きていけない 1999‐2002
十河 進
水曜社 2006-12
おすすめ平均 star
starちびちび、の愉悦!
star「ぼやき」という名の愛
star第25回日本冒険小説協会 最優秀映画コラム賞
starすばらしい本です。
starものすごい読み応え!!

映画がなければ生きていけない 2003‐2006 映画一日一本―DVDで楽しむ見逃し映画365 (朝日文庫) 【初回限定生産】『ブレードランナー』製作25周年記念 アルティメット・コレクターズ・エディション(5枚組み)



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アジアンタムブルー
阿部寛 松下奈緒 小島聖
角川ヘラルド映画 2007-05-25
おすすめ平均 star
star原作と松下奈緒さんのファンなので観たが、とてもがっかりした。
starめちゃ良い
star原作よりも映画版の方が○
starやはりいい

ドラマ グッジョブ poco A poco(初回生産限定盤)(DVD付) 流れる雲よりもはやく 映画「チェスト」オリジナル・サウンドトラック~松下奈緒オリジナルスコア 松下奈緒「約束」

by G-Tools , 2008/05/09