ローマでMANGA[9]MANGAは現在形? MANGAは女脳?──直感的に解説する「MANGA」と「ヨーロッパコミックス」の違い
── midori ──

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前回、MANGAとヨーロッパコミックスの構築法の違いについて、ちらっと触れた。工房を進めて行きつつ、この問題に深く関わらないわけに行かず、今回は工房の模様から離れて、この問題についてちょっと考察してみることにする。

ただし、理論展開してゆく頭ではなく、直感的なので解説がわかりにくかったらごめんなさい。

この文のお約束として「MANGA」は日本のマンガ、「コミックス」はヨーロッパのマンガ、「マンガ」はどちらも含む表現方法ということにします。


●具体例(二人の戦士の一騎打ちという状況)

さて、前回MANGAとコミックスの形態分けとして、MANGAは「感情移入型」、コミックスは「状況解説型」とした。

ちょうどうまい具合に、二人の戦士の一騎打ちという状況のMANGAとコミックスページが手元にあったので見比べてみる。うまく解説できるかな。

MANGA例「バガボンド/ 井上雄彦(講談社/Marvel Italia) 第一話」
コミックス例「Conan/ Enrique Alcatena(Marvel)」
どちらも、二人が対峙 → 片方のアップ・台詞 → 対戦(主人公の圧勝)という構成になっているので、対比するにはおあつらえ向き。

かなり似通った状況で、この状況が表すであろう時間も同様と見て差し支えないと思う。では対比してみましょう。( )内はコマの大きさを示す。

MANGA 
https://bn.dgcr.com/archives/2008/05/13/images/manga
1コマ目(並)・主人公の背中アップ(台詞)+対戦相手の苦渋する顔(苦悶のうなり声)
2コマ目(小)・黒バックの白文字で対戦相手のモノローグ
3コマ目(並)・対戦相手の苦渋顔アップ(台詞)
4コマ目(大)・主人公の横顔アップ(台詞)
5コマ目(大)・主人公の頭を後ろからアップ。(頭突きのオノマトペ)
6コマ目(並)・主人公の友人の対戦。友人やられている。(敵のかけ声)
7コマ目(並)・同上、続き。(友人の叫び)

コミックス
https://bn.dgcr.com/archives/2008/05/13/images/comics
1コマ目(並)・主人公と対戦相手のフルボディ
2コマ目(小)・主人公の憎々しげな顔アップ(台詞)
3コマ目(並)・主人公バストアップ+奥に対戦相手(台詞)
4コマ目(並)・主人公と対戦相手が走りながら近づく(台詞)
5コマ目(並)・主人公が相手を倒した瞬間(台詞)

MANGA:
見開きで7コマ、人物のアップ3コマ。
コマの大きさの種類・3 台詞の数・7 単語の数・18 オノマトペの数・3

コミックス:
片ページ5コマ、人物のアップ1コマ。
コマの大きさの種類・2 台詞の数・4 単語の数・30 オノマトペの数・0

かなり大ざっぱだが、MANGAとコミックスを数字に置き換えてみたら上記のようになった。「単語の数」というのはMANGAの場合、イタリア語訳に頼った。コミックスは英語版。二つの言語は違うけれど、文法上日本語ほどの違いはないので許容反範囲ということにした(なんだか論文を書いているみたいね)。

数字の対比で、まず大きな違いが見えるのは、台詞の数に対する単語の数の割合とアップの数。

MANGAが台詞の数・7/単語の数・18に対して、コミックスは台詞の数・4/単語の数・30になっている。MANGAの台詞には「たあぁぁ!」とか「ううう」という意思伝達ではない音声も含んでいるから、それを除いたらMANGAにおける単語数はますます少なくなる。

アップの数はMANGAでは全7コマに対して3、コミックスは全5コマに対して1になっている。MANGAではほぼ40%、コミックスでは20%がアップという、まぁ、数字上だけれども、そういうことになる。

対戦という場面で、その場を生きるMANGAでは、実際の対戦場を彷彿とさせる(現在形)ためにコマに留まる時間を少なくする。それには台詞が長くてはだめ。さらに感情を追うので人物のアップが多くなる。

一方コミックスでは、舞台上の演技を見る観客のために戦士二人の全身像を多く使い、どんな風に闘っているのか台詞で補足する。

登場人物は、歌舞伎の見得のように美しい造形で止まり、観客は作家がデザインした甲冑を隅々まで堪能するのだ。実写だったら2秒くらいの場面をスローモーションで見る感じだ。

読者の読む時間は、MANGAの2ページよりコミックスの1ページの方が長い。逆にコミックスの1ページをMANGAの2ページより長くかけて読み、観察していかないとコミックスの絵を十分に味わえない。

視線の動きを矢印で描いてみると
https://bn.dgcr.com/archives/2008/05/13/images/mangayajirushi
https://bn.dgcr.com/archives/2008/05/13/images/comicsyajirushi

MANGAは直線的にコマから次のコマへ動いているが、コミックスでは一コマの中を視線が弧を描いて動き回る。

つまり、MANGAではいかに素早く視線がコマからコマへ移動するのを助けるかにコマ割りとアングルを工夫し、コミックスではいかにコマの中で視線が遊べるかを工夫しているように見える。

これは、まるっきり逆の手法だ。相容れないのもうなづける。またコミックスを「一コマ一コマが絵のよう」と印象を語る人が多いのもうなづける。

なお、視線を矢印で追ってみるという手法は、バイブルとあがめている菅野博之氏の「漫画のスキマ」(美術出版)からいただきました。MANGAを分析するのにとても有効で、おもしろい。
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●MANGAは現在形?

感情移入型は人物の感情を軸に物語が進み、読者は人物と同じ時間を生きる。その結果、読者はページを速い速度でめくって行く。状況解説型では、読者は舞台を見る観客のように物語に若干の距離を置いて、第三者として物語を追って行くので、物語と読者の時間は一致しない。物語の中で架空の時間が過ぎ去っても、読み手はじっくりと読み込んで行く。

つまり、別の見方をすると、時制が違うと言えることになりはしないか。MANGAは現在形、コミックスは過去形。

これは言語の構築法に深く関わっているんだと思う。イタリア語を始め、ヨーロッパ語には明確な時制がある。日本語にも過去の表現があるけれど、ヨーロッパ語の過去形に比べるとかなりあいまい。日本語では完了形と過去形が同じ形だし、過去形は一種類しかない。ヨーロッパ語では、まぁ、イタリア語しかちゃんと知らないのでイタリ後に限ってしまうけれど、過去形が大きく分けて四つある。

イタリア語の学校に通っていた時、「現在形の文章を過去形にする」と言う問題が一番頭の痛い問題だった。私の語学の才能はさておいて、時制を使い分けることが思考の中にないと思い知らされた。

例えば、日本語で「ある所におじいさんとおばあさんがいました。」という過去と「今朝はトーストを食べました。」という過去と「女子校に通っていました。」「昨日、熱があったけれど仕事に行きました」という過去の四つ、過去として若干のニュアンスの違いはあるものの、形の上での違いはない。イタリア語では、この四つの言い方はそれぞれ別の過去形で言い表すべき過去になる。

物語の場合、「遠過去」という過去形を使う。主に口語ではなく文体で使う過去形。日本語では「今朝、トーストを食べました」と同じ形になってしまう「おじいさんとおばあさんがいました」と言いたい時の過去形。イタリア語の遠過去で読む物語は、なにか遠い感じ、今起こっている事ではない、現実から離れた感じが濃くなる。

ヨーロッパの作家は遠過去で物語を考え、日本の作家は、ヨーロッパ言語から見るとただの完了形のような、曖昧な過去形で物語を考えるわけ。

今現在から遠く離れたニュアンスを伝える遠過去で物語を考えていたら、読者は第三者として舞台から離れた座席から見物する形になる。一緒に舞台には乗らない。読みの速度と物語の速度を一致させるような物語展開には成りにくくなる。

過ぎた事を思い起こすように、建物はゆうに二百年は経っていた、あの部屋の隅にあいつがいた、ジーンズに青いシャツを着ていた、ニヒルに笑っていた…と状況を説明していくのが、いかにも遠過去っぽい。

そういえば、息子が小さかったとき、友達とごっこ遊びをするのに「ぼく、いい魔法使いだったの」と過去形で言っていた!

●MANGAは女脳?

「感情移入型」「状況解説型」の分け方に戻りまして、工房で気がついたことと合わせての考察、というか、思いつきを。

最低限のMANGAの構築法で作品を作ってもらおうと、参加者のネームを見てサジェスチョンをして行く。参加者が少ないので、これを以てすべてと判断するのは危険かもしれないけれど、私のサジェスチョンをすぐに理解してくれるのは女子。男子は頭でわかっても、自分の作品になかなか反映できない。実際、ケント紙へ鉛筆の下書きを始めたのは女子ばかり。

インスピレーション!
いわゆる右脳、左脳に関係あるんじゃないか。

感情の右脳、理屈の左脳。日本人脳は虫の音を右脳で音楽領域でとらえ、欧米白人は左脳で騒音としてとらえるというような話を読んだ記憶がある。さらに最近「地図を読めない女、話を聞かない男」という本を読んだ。感覚的にとらえる女脳と、理論で認識展開する男脳の話。

感覚的、イメージ的にとらえるのが得意な女脳部分を多く持つ女性陣がMANGA構築法をより良く理解してくれる。これはMANGA構築法が右脳的だから、とも言えるのではないか。

実際に右脳を使って制作しているかどうかは別にして、性質の分類として右脳型、左脳型とすると、感傷的、精神的な右脳型の日本人のメンタリティから出て来たMANGA構築法は右脳的…とするのに無理があるだろうか。理論的、分析的な男性脳をもつヨーロッパ人から出たコミックスは当然左脳型。

だからコミックスは、読み飛ばしてはわからない。じっくり分析しながら読んで行かねばなのだ。

一昔前にトウキョウを訪れたイタリア人漫画家が、電車内でマンガを読む人達を見て驚いていた。今は皆携帯だから、もう驚かないだろうけど。ぱっぱと読み進み、読み捨てるのに驚いていたわけ。それ以来、彼は「ヨーロッパのマンガはソファに座って読むもの」と定義している。

○ちょっとおまけ
https://bn.dgcr.com/archives/2008/05/13/images/hikaku

日本語の特殊性というのもMANGA構築法に一役買っていると思う。「日本語の特殊性その1」は、印刷ブツという読むものだから視覚に関わること。

つまり、漢字と仮名の併用という特殊性だ。漢字はそれぞれに意味があるから、頭の中で発音しなくても見ただけで意味が分かる。また、仮名との併用のおかげで意味を持つ部分とそれ以外が視覚的にすぐに飛び込んでくる。

例えば一コマ目に「俺を殺す気なら…」とある。ここでぱっと見て「俺」「殺」「気」と言う意味を持つ造形が飛び込んで来て「ore o korosu ki nara」と頭の中で発音しなくても「□を□す□なら」を見るのと同じ時間でこの台詞の意味が分かってしまう。

三コマ目に「殺してやる」と角ゴシックでポイントを大きくした文字が並んでいる。ここでも「殺」と言う文字がぱっと飛び込んで来て、アップになった人物の狂気を含んだまなざしと相乗効果を出している。

「日本語の特殊性その2」は文法がガチガチじゃないこと。つまり、ヨーロッパ語のように主語+述語+目的語がないと意味をなさない…ということがない。主語も目的も省略できてしまう。だから「俺がお前を」とぐだぐだ言わなくても「殺してやる」の一言で済んでしまうのだ。

実際、イタリア語版を見てもらうとわかるように、一言ではなくて単語が4つになっている。主語と目的語をはっきりさせるためだ。コマの中に留まる時間が長くなって、日本語版に比べて次の場面への移動が若干もったりする。

「日本語の特殊性その2」は副詞の豊富さ。副詞をそのままオノマトペとして使えるから、オノマトペが豊富。言葉で表さなくても「しくしく」泣くのか「わんわん」泣くのか表現できる。これも読みのスピードをアップさせるのを助けている。

例えば、イタリア語では副詞よりも形容詞が豊富だ。形容詞はその名の通り、形容するものだから言葉の中で使われるべきもの。説明をするのにうってつけなのだ。

今のところ、考察はここまで。

【みどり】midorigo@mac.com
4月11日に息子が所属するバンドが高校バンド合戦に出場した。母としては嬉々としてその様子をビデオ撮影。実家の母や日本の友達にも見てもらうつもりでYouTubeにアップした。


メンバー同士の励まし合いのコメントの後、ミソクソにけなすコメントが入って来た。同じ学校の女生徒。酷い罵詈雑言で、すぐにメンバーやシンパから猛反撃。さらに上回る女性との反撃。で、バトルと化した。

荒らしっていうのとちょっと違う。はっきりと面識があるわけではないにしろ、おおよそ誰なのかそれぞれ察しがついている高校生同士。なにか発散というか、思いっきり言い合って、むしろ楽しんでいるのではないかと思い始めた。直接的な罵詈雑言で、じくじくな嫌みではない。

mixi内のコミュニティで荒らされてるのがあるんだけど、その陰湿な妨害に比べたら100倍もかわいい。これも右脳と左脳の差?

イタリア語の単語を覚えられます! というメルマガ出してます。
http://midoroma.hp.infoseek.co.jp/mm/menu.htm


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