うちゅうじん通信[22]究極の未来美生物マスコットキーチェーン
── 高橋里季 ──

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「未来美生物」のマスコットキーチェーンのデザインを作ってみました。お守りみたいに携帯ストラップにつけたり、の感じで5頭身くらいでキャラクターを考えてみたの。

考えてみたら、たとえばプラスチックの小物のデザインとかって、いろんなことが難しそう。実現不可能性は置いておいて、とにかく考えると、いろんなことに気がつきます。

究極の未来美生物については
< https://bn.dgcr.com/archives/20080509140200.html
>



《ミナカはひざを抱えて眠る。
太古の昔、ヒトは空腹の時に、こんなポーズをしたらしい。
身を守るポーズなのだ。空腹を感じないミナカなのに、
身を守る仕草(しぐさ)だけが、DNAに刻印されているのだろうか?
そのDNAがフェイクだったとして、デジタル記号は、
統合されたアナログとしての、機能する言の葉だ。
「象徴」。普遍の象徴。》

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携帯サイズ(横240)は
< http://www.dgcr.com/kiji/riki/080523/riki_22_1 >
< http://www.dgcr.com/kiji/riki/080523/riki_22_2 >

ということで、キャラクターの名前をひとつ思いつきました。「ミナカ」。日本神話の天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)から。物語りのディティールに日本神話を置くつもりはないのですが、私としては、この神様のことは、覚えておきたいキーポイントです。

東京千代田区の飯田橋に、東京大神宮という神社があって、天之御中主神も祀っています。あまり大きな神社ではないけれど、おみくじとかのデザインがすごくカワイイ。隣のカフェテラスも好きなんだけど、今まで、たまたま行ってみたのは、いつも雨降りの時。

今回のデザイン案は、全体を丸い形の中に納めて、シールとかファッション小物向きのポーズを考えてみました。昔、「屈葬」というのがあったそうで、何かの本に「死者が蘇らないように石を抱えさせて葬った」というようなことが書いてあったと思うのですが、そうではない気がして。

石は神聖なものだし、身を守るポーズというのは世界的に普遍らしいので、屈葬は、死者の身を守る意味があったんじゃないかと………。もっとハニワっぽくても良かったかな? なんとなく「削った感じ」にしたかったの、今回は。

日本は、多神教の国なのだと、いろんな本に書いてあるけれども、本当にそうなのかな? と私は疑問。特攻隊は、一神教のテロとは本質的に違ったのだというような文脈で、「多神教」という言い方がされる感じ。

それで、天之御中主神についてですが、日本神話の中で、天之御中主神は特別で、ほかの神さまとは、あきらかに違う一番始めに現れるひとり神です。時空と共に現れたひとり神って、一神教的な捉えかたもできると思うの。天之御中主神は、たとえばゼウスとは違う、観念的(抽象概念的?)な神様らしくて、不思議。

日本には美しい伝統がある。または、いろんな文化を取り入れてきたのが日本の良さなのだ。というのも本当だと思うんだけど、そこにはいつも「信仰の欠如または不足」があったように思うの。仏教も七福神もあるのは、多神教とはちがうものね。

たぶんずっと、その不足を埋めてきたのは、身近な人間関係。「あの人が、そう言うんだから。」ということで安心できる親族や仕事のつきあいの集まり。でも、戦後の日本文化を考える時、「みんなで信じられること」が少なくなったのも本当のこと。多彩な娯楽と、少人数の集まりが、いっぱいある状況。

日本では、マスメディアを賑わすアイドルや物語の中のヒーローや、または海外のファッションブランドが、本気で心の拠り所になったりする流行があるような気がするの。マンガやアニメ文化をおとなが本気で作ったのも、「スポーツでも、ファッションでも、ロックでもジャズでもゴスペルでも、なんか違う、足りない………。」からじゃないでしょうか? 

たとえばアメリカ・イギリスで若い世代がロックに熱狂しても、伝統に反抗しても、カトリックだろうとプロテスタントだろうと、どこか日常的なデザインの中などで、世代や時代を超えた信仰心に触れている気がするの。

5才くらいの時、記憶にある初めてのクリスマスパーティー、「神様に何をお願いする?」と大人に聞かれて、私は、「運命が良くなりますように。」と答えていて、その時は、親が用意してくれた天使みたいな白いフワフワのヘアバンドをちゃんと着けてるだけでも、自分は「いい子でえらい。」と思っていました。

その頃からずっと不思議だったのは、「天使やシンデレラみたいなお姫さまは、どこにいるの?」ということ。これは、シンデレラコンプレックスなんていう、ヤワな問題ではないと思うの。

「な〜んだディズニーランドにいたんだ〜」っていうのが、日本家庭の心の傷かもしれないと思っています(ディズニーは、すごいと思うんだけどね。すごすぎると思う訳なの。私もスティッチが本当に大好きなんだけどね)。

ハイヒールを履くことの意味、女性の仕事、家族ということ、いろんなことが、「親にもわかっていない状況」が、この60年間だと思うんです。クリエイティブとかデザインとか、私にとって大切なことはみんな、外国の言葉なんだもの。きっと未来を考えるっていうのは、「何を大切に残して、何を後回しにするか」を決めるようなことなのかもしれません。

客観(A)と主観(B)を考える時、「客観的な私という主観」(c)という3項目は、すぐに思いつく。この3項目の「客観的」(A')と、客観(A)の違いをどこまで考えることができるかということが、たぶん私の時代の課題。

社会(家庭)と個人、またはデジタルとアナログ、現実と幻想、なども同様に考えることができると思います。

たとえば、女が子供を産まないっていうのは、女性にとっても大変なこと。家庭が、幻想としてでも機能しなくなっているのかも? (または、日本では、機能しえないことがわかってきた………または、機能するにはあと100年もかかる………その具現が少子化かもしれません。)

少子高齢化では、今までの家庭とは違う、家族的な集まりが、社会の最小単位として、ちゃんと機能できるようなアイデアが大切だと思います。きっと、やってみないと、わからないことばかりなんだと思うの。

そういうことを考えながら絵を描いていると、絵の中に、なにかヒントが出てきたりするの。本当に、そうゆうことって不思議だけど、あるのよね。

さて、今回おもいついた「ミナカ」が、主人公に決まっている訳でもないし、日本神話にこだわっている訳でもないので、引き続き、みなさんのアイデアをお待ちしています。

なんでも自由な感じで考えてみたことがあったら、お知らせ頂けるとうれしいです。やってみると、「あ、テーマソングが欲しいな、とか、お守りとかカワイイかも、とか………」今のところ、そんな感じで楽しみながら進めていけたらいいと思います。

【たかはし・りき】イラストレーター。 riki@tc4.so-net.ne.jp

「ミナカ」って書くたびに、「あ、モナカが食べたい」と思う私。こまった。
・高橋里季ホームページ
< http://www007.upp.so-net.ne.jp/RIKI/
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