伊豆高原へいらっしゃい[15]火星探査機「フェニックス」がもたらすもの
── 松林あつし ──

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●プリウスにビクセン反射望遠鏡……

最近、全然天体観測ができないのです。何故って、星がほとんど見えない……。春は毎年ガスが多く、伊豆高原の目の前に鎮座している大島も、すっかり姿を隠してしまいます。これだけガスが多いのでは、晴れていても星空は望めません。やはり星を見るためにはそれなりの条件が必要な訳で、そういう意味では、今話題のドラマ「Change」でキムタクが教鞭を執っていた小学校のある八ヶ岳の裾野は、空気も乾燥しており、光害も少なく、観測には打ってつけなのです。ただ、冬は雪に覆われる……寒そう。

キムタクが演じる朝倉啓太は、長野ではいつも「トヨタのプリウス」に大口径の「ビクセン反射望遠鏡」を載せて、天体観測をしています。羨ましいですね。タイアップとは言え、プリウスに、ビクセン反射望遠鏡……よだれが出そうです。できれば、実際に観測しているシーンも入れてほしかったのですが、残念ながら夜空を眺めるシーンしかありません。

実は数年前、この近く(と思われる)野辺山と八ヶ岳に旅行に行きました。目的は、国立天文台の野辺山宇宙電波観測所を見学すること。ここには、直径45メートルの電波望遠鏡をはじめ、沢山のミリ波干渉計と呼ばれるパラボラがあります。八ヶ岳の麓の平野に忽然とそびえるその姿は、かなりの迫力です。国立天文台の施設がここにあるということは、それだけ観測に適した場所ということなんですね。別荘地への移住を考えた時、長野も候補にありました。しかし、やはり冬がね〜……

・野辺山宇宙電波観測所
< http://www.nexyzbb.ne.jp/%7Epeppy_atsushi/digi_cre/08_05_29.html
>



●人類が宇宙観を変えるということ

そういう訳で、僕はひたすら星空の戻ってくる季節を待ちながら、伊豆高原で暮らすしかないのですが、それまでは、時事の宇宙ネタでイマジネーションを膨らませるしかないですね。時事ネタと言えば、先日NASAの火星探査機「フェニックス」が無事火星への着陸を成功させましたね。今回はこのフェニックスを含めた火星探査についてお話したいと思います。

「フェニックス」とは、NASAが昨年8月に打ち上げた火星探査機で、6億7900万キロを9か月かけて飛行し、5月26日に軟着陸に成功しました。今回のミッションの特徴は、まず、着陸地点が極地付近であること、また、機材が重く、以前(オポチュニティなど)のようにエアバッグでのバウンド着陸ができず、32年ぶりに逆噴射(成功率38%)による着陸をしなければならなかった点です。

そして、フェニックス計画の最大の目的は火星における「水の存在」を直接実証することなのです。水の存在が実証できれば、過去の火星で生命が誕生した可能性も高くなります。実は、一度NASAは1984年に南極で発見された「火星の隕石」から生命の痕跡を発見した、と発表して世界を騒がせたことがありますが、その後、他の可能性も含めて異論が続出し、今でもその真偽については議論が続いています。

しかし、火星の水を直接採取し、その中にアミノ酸などの生命に不可欠な要素が発見されれば、少なくとも生命誕生の条件は整っていたという動かしがたい証拠となります。

では、何故莫大な費用をかけて、火星でバクテリアなどの生命が誕生していたかどうかを調べることが重要なのでしょうか。地球の砂漠や南極、海底火山の噴火口に生息する微生物の発見とどう違うのでしょうか。

それは、火星に細胞を持つ生命が誕生していた場合と、まったく生命が誕生しなかった場合とでは、地球上の生命の「宇宙における意味合い」が全く違ってくるからなのだと思います。つまり、もし同じ太陽系内の二つの惑星で生命が誕生していた場合、この宇宙は生命で満たされている可能性が高くなります。逆に他の惑星で全く生命の痕跡が発見出来なかった場合、この半径137億光年の全宇宙の中で、生命が誕生したのは地球だけ……かもしれないのです(その場合、生命の痕跡を求めて他の星系に調査を広げる必要がありますが)。

人類の宇宙観に大きく影響を与える、ということは、宗教観、民族観、哲学にまでも影響する一大事です。単なるロマンに莫大なお金をかけている……という単純な論点に集約できる問題でもありません。

先日、日本の月探査船「かぐや」がアポロ以来となる、月の裏側の映像を送って来ましたね、しかもハイビジョンで。その映像の中にアポロ15号の月着陸の痕跡が発見されたのです。月探査が終了して40年近くにもなると「あれはアメリカのでっち上げだったのだ」とか「人類は月に行っていない」とか噂が広まり、計画自体ミステリーのようなとらえ方をする人も出る始末……しかし、アポロ15号の噴射跡が見つかったことで、少なくともアポロ計画は存在したという証拠になりました。科学的事実の一つ一つの積み上げが、人類の宇宙に対する考え方を変えて行くのだと思います(それでも未だに地球が丸いということを信じない人々もいますが)。

このように、人類が宇宙観を変えるということは、自分が何故ここにいるのか考える機会を得るということでもあります。今横浜で行われている第4回アフリカ開発会議で、どこかの首脳が「聖地の方角を教えてほしい」と言ったそうです。将来、人類が火星に降りたって地球の方角を見たとき、自分の聖地とニューヨークの場所の違いを識別できるでしょうか。

今回の火星探査には、このような人類の世界観を変えるかもしれない要素が含まれているのです。

これまで、火星には数多くの探査機が送られました。その多くは通信途絶や着陸失敗で行方不明になっています。それでも人類が火星に魅せられ、アメリカ、ヨーロッパ、日本が探査機を送り続けるのは「我々は孤独なのか」「何故ここに居るのか」「広大な宇宙は何のためにあるのか」といった漠然とした疑問を解決することで、不毛な混沌から抜け出したいという意志が働いているのかもしれません。

フェニックスは今後、ロボットアームを地面にぐっさり突き刺して、地面をほじくる作業にはいるようです。火星の本格的掘削は初めてのことです。果たして、火星の極地にある氷はどんな形で出てくるのでしょうか。もし、氷が発見できれば今後の火星開発に弾みが付くでしょうか。遅くとも、僕が生きている間に火星への有人飛行を実現してほしいものです。さらに願うなら、アフリカや中東の子供達が、銃の使い方よりも星の観測に興味を持つような時代になっていれば良いのですが……

【まつばやし・あつし】イラストレーター・CGクリエーター
< http://www.atsushi-m.com/
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