音喰らう脳髄[50]おれたちは羊じゃない。/モモヨ

投稿:  著者:  読了時間:4分(本文:約1,600文字)


前回の連載が公開された直後のこと、懐かしい友人が連絡してくれた。

友人の名は若林一彦という。

七十年代から八十年代の半ばまで、私のバックでベースを弾いていた人物であり、ファンの間ではワカさんという愛称で呼ばれる人物である。

久しぶりの電話だった。

用件は、デジクリのホームページ、ブログの私の文章にコメントをアップしたという、そのことであった。



私は、メルマガとして配信されたものをもっぱら読んでいる。だから、彼のコメントについては気づいてさえいなかった。うかつにもそのコメントを読んではいなかった、正直にそのことを告白すると、なにやら

「不穏当なことを書いてしまった」

そんなことを言い出した。

電話をきってから、次第にその口ぶりが気になってきた。

彼は、私がやっていたバンドLIZARDの突撃隊長のような男である。当時、私周辺でおきた、現在では伝説のようになっている出来事の多くは、実を言えば彼に由来するものが少なくない。つまりは浅草出身、典型的な江戸っ子気質なのである。どこまでも血の気が多くて、火事だとか喧嘩だとか、祭り、そんなイベントに血が騒いでしまう、そんな、いまでは絶滅危惧種と思われる人種なのだ。

で、どんな不穏当なことが書いてあるのか、どきどきしながらデジクリページにアクセスしたわけだが、実を言えば、さほど過激な内容でもなかった。

「もし今学生運動のような社会運動があれば自分は参加する」

というのである。彼のコメントの穏やかさにふと胸をなでおろした私であったが、その直後、なにやら不安になってきた。知らないうちに自分は激烈なアジテーションを書いてしまったのだろうか? そんな疑問が心の表面に浮かび上がってきたのである。

私にはアジテーションを書いた覚えはまったくないのである。誤解をさけるために言葉を足しておくなら、私には、何かを読者に訴えかけ、行動を促した覚えがまったくない、そういうことである。

とどのつまり、自分の目撃したもの、自分の中で沸きあがった不安をつらつらと書き綴っているだけで、どこかの誰かを敵と認識しているわけでもなく、徒然なるままにナンタラ、という吉田兼好法師のありようを真似ているに過ぎない。

それだけに彼の「学生運動」という用語が気になってしかたがなかった。政治的な意識を持つのは悪くない。世の中の動きに無知でいれば、こんな時代だ、どこまで生存を脅かされるか知れたものではない。であるが、である。今の世の中を動かしている官僚諸氏の多くが、かつては、その学生運動の洗礼を受け、自らデモ隊やバリケートの向こう側に身を躍らせた、そのことを思うと「学生運動」という言葉には妙な違和感を覚えてしまうのだ。

「国家幻想論」という書物がある。

かつては学生運動に携わる多くの青年に読まれ、彼らの思想をはぐくんだ書であるが、今、かつての同書の読者達が国を動かしているという事実を思うと、複雑怪奇な思いにとらわれる。恐怖さえ覚える始末だ。破産したはずの年金問題をおざなりにしつつ、新たな負担を国民に強いてくる、そんな政府と官僚のやり方を見ていると、国家を共同幻想と捕らえつつも、砂漠のオアシスよろしく、何の根拠もない権力を空に描いてみせ、国民を恣意的にコントロールして自らの利益と保身を図っている、そんな怪物じみた官僚像をふと妄想してしまうのである。所詮、反権力は権力を志向するものとみえる。

しかし、最近の世論動向とそれに呼応した政府や国家機関の情報発信は、どうもきな臭い。というか、ある意味、国民に対する恫喝めいたものをそこに見てしまうことがある。

だから、我が友よ。どうか、君は江戸っ子であるそのことによって世の中に対峙してほしい。子羊のように生贄の儀式におとなしくひかれて行きはしない、そんな気概ひとつあれば、私たちはどこかで繋がっていられるだろう。

Momoyo The LIZARD 管原保雄
< http://www.babylonic.com/ >

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