ショート・ストーリーのKUNI[41]特別篇 時には大阪人のように
── やましたくにこ ──

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永吉克之さんが不調ということで、「デジクリ大阪枠」から私が代打に立つことになった。それで大阪のことを書こうと思う。永吉さんだけでなく、大阪も最近府庁だ。そう、大阪は府庁で東京は都庁…ちがうがな。大阪と永吉さんが不調だ。

一極集中で東京ばかりが活気づいてる、用もないのにみんな東京に行くし(あんただよ)、六本木ヒルズも東京ミッドタウンも別になんばパークスとそう変わらないのに行ってみたりするし(だから、あんただよ)。その一方で、大阪は破綻寸前でお金がないお金がない、だからあれもだめ、これもだめ、と知事が連日新聞やテレビに出て窮状を訴えている。

ああ、なんだかわびしいさびしいかっこわるいはずかしい。



ぱっとしない大阪のもので、ただひとつ元気なのが大阪弁だ。毎日のようにネットで文章を書いたりあちこちに書き込みしながら思うのは、大阪弁がすっかりメジャーになってしまったということだ。かなりこてこての大阪弁で書いても通じないことはまずない。それどころか、その書き込みに対して、東京の人でも大阪弁で返してくれる。デジクリの原稿を送ると柴田さんまで大阪弁で返信してくれはります。

さすがに東京人に生で会って会話すると、アクセントの位置もおかしいし、誤った活用もみられたりするが(「ちゃう」の否定形は「ちゃわん」とちゃうねん)文字で見る限りはほとんど問題ない。困ったものだ、と思う複雑な大阪人心理。

むかし、私の母が東京に行った。オリンピック以前のことだ。
道がわからなくなって近くにいた男に
「すんません、○○に行くにはどないしたらよろしいんでっしゃろ」と聞いた
(たぶん)
すると相手は教えてくれるどころか
「何言ってんだか、ちっともわかりゃしねえ!」と怒り出したという。
いまならそんなこともないだろう。まさに隔世の感だ。

そうだ。大阪弁で外貨を稼げばいいのだ。大阪以外のひとが大阪弁を使うと課金する。

「ほんま」「いややわあ」「あかん」クラスで1回5円、「そうでんなあ」「わやですわ」クラスで1回10円、頻度は低くてもここぞというときに存在感を発揮する「あんじょうゆうときます」「むちゃいいなはんな」「妹の嫁入りでんな」といったハイレベルになると20円。この制度に対して「えー、そら殺生な」「さすが大阪はがめついわー」と声があがれば思うつぼでさらに各55円。

「課金されるくらいなら使わないようにしよう」「別に困らないしー」とみんな思うだろうから、そこをなんとかして無理矢理使わせる。アイデア次第だ。マクドの新メニューに「ほんまかいなマック」とつけさせるとか、新大阪の駅名にさりげなく2文字を加えて「新大阪やで」に変えるとか、いくらでもあると思うが私は忙しいので府職員あたりにまかせる。

もちろん、東京都あたりが報復措置として似たようなことを始めるかもしれないが、東京弁なんか使わないもん。ふだん使うのは「標準語」だ。「てやんでぃ」なんて使わないし。ただなら使ってもいいけど、だれがお金出してまで使うねん。

ところで断っておくが、私は大阪弁が特にすぐれた言語だと思ってるわけではない。ちまたでは時折「大阪弁で『あほ』と言われても腹たたんけど、『ばか』と言われると腹が立つでしょ?」といった類の盲目的大阪弁擁護論を聞くけど、「?」である。言葉なんか使うひとや状況次第で無限にその表情を変化させるものだと思うから。私はとりあえず大阪弁とともに育ったから愛着がある。ほかの言葉より使いこなせる自信がある。単にそれだけだ。

で、話がもどるが。それでも大阪と永吉さんが経済的に行き詰まり、どうしようもなくなったら、いっそのこと解散してもいいかも。大阪解散! いいなあ。どうせいまでも人口流出しまくってるし。大阪人はいったん地下にもぐり、いつかもう一度「大阪」を立ち上げるその日まで、流浪の民となるのだ。そして、その場合でも言葉=大阪弁は力になるだろう。

2XXX年 某月某日、東京は神田駅近くのガード下。
若い男女がすれ違いざまぶつかる。
男「あ、すんません!」
女「あ!」
男「つい、ぼんやりしてしまって…だいじょうぶですか」
女「ええ、それより…もしかして大阪のひと?」
男「な、なぜそれを」
女「さっき『すんません』ゆうたやないの。あのイントネーション」
男「ああ、では、あんたも!」
女「しっ。声おっきいわ。私らねらわれてんねんで」
男「ねらわれて? だれに」
女「東京都の秘密警察に決まってるやん。大阪解散から○○年、今もひそかに
  生息する大阪人を根絶やしにしようと…あいつら」
男「ええっ」
女(悲しみに眉根を寄せ)「こ、今年になってからもう384人も犠牲者が」
男「知らんかった…なんちゅうおそろしい世の中や。大阪人が何をした。いつ
  か自分たちのふるさとを建設し、いまは天領となっている大阪城を奪還し
  ようとしている計画のどこが悪い」
女「私と一緒に行こ。仲間がいるとこへ案内するし」
男「しやけど…」
女「どないしたん?」
男「そういうあんたが、実は大阪人やのうて秘密警察の手先やという可能性も
  あるやろ」
女「な、何ゆうてんの! 私が信用でけへんの?!」
男「ああ、信用できんな。なんやったら1から10までゆっくり数えてみい」
女「1から10まで? そんなことが何か意味あるのん?」
男「ごちゃごちゃ言わんと数えんかい!」
女「いち、に、さん、し…」
「5」まで数えないうちにいつの間にか男の取り出したピストルが火を噴いた。

このオチは大阪の人間ならわかるはずでいちいち言うまでもないが、大阪の人間は決してこの女のような数え方はしないものだ。もし、たまたま、不幸にしてこのような数え方をしている大阪の人間がいたら、そう遠くないかもしれない未来に備えて今から正しい数え方をマスターしておくよう勧める。子供たちにも教えておいたほうがいい。言葉は民族の誇りであり命なのだから。

【やましたくにこ】kue@pop02.odn.ne.jp
みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
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