Otakuワールドへようこそ![76]幻妖の棲む森:人形と写真を展示します
── GrowHair ──

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深い深い森の奥、冥(くら)い水の流れるところに、幻妖が棲むという。人間界と地続きでありながら、決して人を寄せつけないその地は、ただの鬱蒼とした森と変わりないように見えて、何かが違う。支配する法則がまるで異なり、怪異な現象が日常的に起き、妖術が飛び交う。

そんな森に棲む幻妖とは、どのようなものだろうか。妖精や精霊のように穢れなく神々しいものなのか。鬼や天狗のように荒々しいものなのか。死霊や変化のようにまがまがしいものなのか。いやいや、ひょっとしてもしかすると、きゅんきゅんにキュートであったり、妙になまめかしくエロティックであったりはしないだろうか。

そんなコンセプトの下に、人形とその写真を展示することにしました。三人の創作人形作家、橘明、林美登利、八裕(やひろ)沙(まさご)がそれぞれのイマジネーションで制作した冥き水の森の住人たちを展示します。それと、制作者が深い森に連れていった人形をGrowHairが撮った写真も。
 会期:10月23日(木)〜11月1日(土)
 時間:平日12:00〜19:00 土日12:00〜17:00
 会場:ヴァニラ画廊(東京都中央区銀座 6-10-10 第2蒲田ビル4階)
 < http://www.vanilla-gallery.com/index.html
>

慣れないことで、なにかと至らぬ点はあるかもしれませんが、渾身の力作が並ぶ予定です。ご興味があれば、どうぞ足をお運びくださいませ。



●人形に導かれるように話が進む

グループ展を開こうと決めたのは、実は、一年以上前のことである。まるで人形に導かれるように、話がほいほい進んでいった。私の浅い人形遍歴を振り返ると、中学時代にうっかり無意識下で博多人形に恋をしてしまったということがあるが、近い存在としてはっきりと意識するようになった始まりはTVアニメ「ローゼンメイデン・トロイメント」キャラクタードラマCD Vol.5 真紅「ローゼンメイデン」である。真紅を脳内妻に迎え、左手の薬指に「誓いの薔薇の指輪」をするようになったのは、3年前の4月29日(金)、新宿のロフトプラスワンで「ローゼンメイデン決起集会」が開かれたときのことである。その前日、浜松町へドールショウを見に行ったのは、作者であるPeach-Pitがパンフレットの表紙の絵を描いているという理由からである。そのときに創作人形を出品している美登利さんと出会っている。

美登利さんは、非常にリアルな幼女の人形を作る、私から見ればひれ伏したくなるほど高いところにいる人形作家なのだが、気取ったところが少しもなくて、いつもさらっと本音をぶっちゃけてくれる、楽しい人である。ぜひ撮らせてくださいという私のお願いを快く聞いてくれて、5月27日(金)にはバラ園で撮らせてもらっている。その写真を喜んでくれて、その後もちょくちょく撮らせてもらえているのは、それまでコスプレ写真を中心に撮ってきた一介のカメコとしては光栄身に余る感じ。真紅の導きと考えたほうがむしろ合点がいく。

最初に行ったドールショウから二年後、去年の4月29日(日)の開催のときには、美登利さんの隣で展示している八裕さんと初めて会う。吉田良氏の主宰する人形教室「ピグマリオン」の生徒として知り合ったそうである。そのとき、都内の日本家屋で美登利さんの和装人形を撮らせてもらえる話が進行していたので、八裕さんも誘う。6月2日(土)に二人の人形を撮影。帰りがけに近くの喫茶店で遅めの昼食をとり、雑談している中からグループ展をやろうという話が持ち上がったのである。

GRAPHICクラフトアート人形 13 (13)ところで、そのときに撮った美登利さんの和装人形の写真は、マリア書房の「GRAPHIC クラフトアート人形 13」(2008/3/1)に掲載されている。A4変型サイズ、224頁の豪華な年鑑で、7,980円もする。マリア書房のウェブサイトの書籍紹介には「固定ポーズ・球体関節・ビスクドール等様々なジャンルの人形が一堂に会する誌上展覧会。活躍中の人形作家200名を厳選掲載」とある。もともとこれに応募するつもりがあると聞いてはいたが、ろくに話を聞かずにほいほい撮ってる私のおっちょこちょいぶりは、今振り返ると冷や汗が出る。人形自体が採用基準をクリアしているのは、私からみれば当然として、写真でよくボツにならなかったなぁ、と。

届いた本を見ると、非常にうまく製版してくれていて、まるでプロが撮ったみたい。つい最近には、高田馬場の芳林堂書店に置いてあるのを見つけた。特に写真の学校に通ったわけでもなく、写真雑誌に投稿したって入選した試しもないのに、いきなりこんないいところに掲載とは、やはり持つべきものは魔法の使える妻である。

さて、展示会の会場選びで、美登利さんが特に希望したのは銀座のヴァニラ画廊である。
< http://www.vanilla-gallery.com/
> (見るときは、背後に注意!)

ヴァニラ画廊は、サイトでは特に明言していないけど、過去の展示の実績やこれからの予定を見ると明らかなように、エロスとフェティッシュをテーマとした作品を専門に扱う。例えば、去年の6月18日(月)〜6月30日(土)には、「人造乙女博覧会」と題して、オリエント工業が30周年記念に、男性向けの実用的な人形を展示している。

ぜひヴァニラ画廊で開きたいという理由を美登利さんに聞くと、画廊のコンセプトと作品のコンセプトがよく合うから、だそうで。美登利さんは、正統派のリアルな少女人形も作るが、空想世界から連れてきた異形の人形の制作にも意欲的である。

「正統派のほうはどこの創作人形のイベントでも気軽に展示できるんだけど、異形のほうはなかなか規制がきびしいのです。創作人形を展示できるイベントで規模がでかくてなんでもありなのはデザインフェスタと、出品したことはないけどGEISAI、ワンフェスくらいかなぁ。小規模なのをいれると他にもいろいろあるとは思うんだけど。そういうわけで、ちょっとそういう規制を気にせず人形を展示したいなぁと思ったのでした。で、そっちの方向なら、本場のヴァニラ画廊さんでできたら言うことないよなぁと思いました」とのことで。

「ピグマリオン」の生徒として八裕さんと知り合いだった橘さんを引っ張り込んで、四人展とする。8月11日(土)、それぞれポートフォリオを用意して、雁首揃えて「ヴァニラ画廊」へ。翌年の11月に展示会を開きたい旨を言い、作品の趣旨を説明すると、その場で交渉成立。やっほう!──という経緯で、開催が決まった。

●異形萌え?

一口にエロと言っても、その意味するところは非常に広く、漠然としている。これまで脈々とヴァニラ画廊に展示されてきた作品は、どれもこれもみな、それぞれにエロい。しかし、それらはエロという単一の概念でひとくくりにして片付けることのできないほど、それぞれが際立った個性を放ち、なにかを語ってきた。では、その流れの中にあって、われわれ四人はいったいどんなエロを提示するのか。ここはひとつ言語化しておく必要があるのではないか。

それと、もうひとつ。エロと聞いて、たいていの人が反射的に思い浮かべるイメージが高貴か低俗かといえば、どうしたって低俗の側に振れざるをえないであろう。確かに、本能的な欲望を満たすために、ただの需要と供給の関係で取引され消費されるにすぎない露骨なものは、分かりやすすぎて、芸術的な観点からすると、面白くもなんともない。それは、低俗と呼んでいい。

そっち方面の市場では、インターネットの普及であんな画像やそんな画像がいくらでもタダで入手できるようになったこともあり、まさにインフレ状態、商品価値が暴落しているという。ではそういうものと一線を画する芸術としてのエロとは何だろう。やはり、いっしょくたにされないためにも理論武装は必要なのではなかろうか。

三人に問いかけてみると、驚くべきことに、異口同音に返ってきたのは、次のような答えである。「むじゅかちーでちゅー。ばぶばぶ……」。あ、やっぱり芸術家に課せられたのは、作ることであって、論じることではないですな。じゃ、ここはひとつ私が考えましょう。えーっと……。むじゅかちーでちゅー。ばぶばぶ。終了。

6月21日(土)に打合せで銀座に集まり、案内状の文言について5時間ほど議論した。そのとき出てきたのは、人は多かれ少なかれ変態だよね? という仮説。そして、人形作家は多かれ多かれ変態だよね? という仮説。たとえば、人形に恋するということ。ギリシア神話に登場するキプロス島の王ピグマリオンは、現実の女性に失望し、みずから彫刻した理想の女性ガラテアに恋をする。彼の憔悴していくさまを見かねたアフロディーテが、願いを聞き入れ、彫像に生命を与える。ピグマリオンはそれを妻に迎える。

それと、コッペリアの話も出た。バレエ作品であるが、土台になっているのは、ホフマンの「砂男」である。大学生ナタナエルは、スパランツァーニ教授の娘オリンピアに恋をする。しかし、オリンピアは、実は、教授が作った自動人形なのである。窓辺にいるオリンピアの姿は、望遠鏡を通じてのぞき見ると、なぜか生き生きとして、魅力的に映る。ナタナエルは、オリンピアを人間と信じて夢中になる一方、婚約者のクララに対しては、「この生命のない、呪われた自動人形!」と罵倒し、正気を失っていく。

人形に恋をすること、その裏には、ちょっと光を当てるのが憚られる、いろいろなどろどろしたもの〜狂気と言ってもいいし、変態性欲と言ってもよいが〜が見え隠れする。成長しないことから連想されるのはロリコン、ペドフィリアの類だし、生命のなさからはどうしたってネクロフィリア(死体愛)に行き着いちゃうし、意思の疎通があるようでいて実は自分の内面の投影・反射にすぎないという点では、自閉性にも思い当たる。

まあ、下手すると、いわゆる「アブナイ人」と紙一重のところにいるわけで、うっかりタガが外れて社会に迷惑をかけたりしないのは、自分の変態性から目を逸らさずに、しっかりと対峙し、冷静に自己分析しているからであり、勇気を要する真面目な姿勢と言えよう。このようなスタンスから出てきたキーワードは「ピュアな変態」。これが、議論の中心に据えられた。ただし、これをキャッチコピーのようにして前面に押し出すのもアレなので、裏に隠されたテーマとして脈づくことになる。

多分、今回の展示に一番親和性のある変態性はディスモーフォフィリア(dysmorphophilia)であろう。畸形に性的興奮を覚える倒錯者。畸形偏愛者。まあ簡単に言うと「異形萌え」である。

●沢辺までは片道40分、歩くしかない

去年から今年春にかけて、幻妖の棲む森のイメージに合う風景を求めて、あっちへこっちへとロケハン(撮影場所探し)に行った。11月に手術を受けるまで、左目が白内障でほとんど見えていなかったので、あんまり活発には動けなかったが、それでも、八裕さんが赤い河童を作ったと聞いて、9月23日(日)には遠野へ行ってみたりもした。

源流を歩く―関東近辺 川のロマンを求めて (ブルーガイドハイカー)思い描いているのは、百名滝でもなければ温泉宿でもキャンプ場でもないので、行楽ガイドはまるで参考にならない。どうも行楽ガイドって、見てると、旅することが工業製品を買うのと同質なことのように思えてきて、好きになれない。実業之日本社「源流を歩く〜関東近辺 川のロマンを求めて」(1998/05)が、すごくいい。テーマがよく、俗化されていないモデルコースの選定がよく、歴史にも言及して各地の特徴を伝える文章がよく、載せてる写真がいい。

4月13日(日)にロケハンに行った、山奥の沢が、イメージにぴったりだった。申し訳ないのですが、場所は伏せさせて下さい。1月2日(水)と1月19日(土)にそっちの方へロケハンに行っているのだが、二度目に行ったとき、密漁者がいないかどうか監視して回るレンジャーの方がいたので、こんなイメージのところはありませんか、と聞いてみたら、教えてくれた場所である。そうやってやっとたどりついた場所なので、もったいなくて、言いたくないんです、すいません。

麓の駅に着いたときは、雨が上がったばかりでどんよりと重苦しい天気。バスで登っていくと、霧の中へ突っ込んでいく感じで、視界が一気に悪くなる。終点でバスを降りてからは、山道を歩く。こんな天気の日に一人で歩くのは不安だが、霧のまいた針葉樹林の眺めは神々しく、感動的だ。沢辺に降りると、まさに求めていた通りの景色だった。深い森を緩やかに流れ下る小川。どこまでもどこまでも続いている。水しぶきのせいか、倒木も岩も瑞々しい色の苔で覆われている。苔の喜びの大合唱が聞こえてくるようだ。私の中で勝手に「スピリチュアルの森」と名づけられた。

ここ、景色は理想的なんだけど、人形のロケ撮りにはひとつだけ難点がある。遠いのだ。沢辺に出るまでに徒歩40分。往きが登って下るなら、帰りも登って下るで、やっぱり40分。どうしようかと三人に相談すると、撮ってきた写真がすごい説得力で、ここなら大変な思いをしてでも、ぜひ行きたい、ということでまとまった。その写真はこちら。
< http://www.geocities.jp/layerphotos/Waterside080413/
>

いちおう、4月27日(日)に近場へも行ってみた。山なら東京都にだって、ある。景色として10%引きぐらいでも、行く手間が半分だったら、差し引きプラスかも、という損得勘定が働いたのだが。.……ぜんぜんだめ。沢の流れに沿って黒いパイプが引かれていたり、何かの作業の後のネットやらシートやらが放置されていたり、かつてはぴかぴかであったであろう成金趣味丸出しの別荘が朽ち果てていたり。なんか、きたならしい。避けて撮れば撮れなくはないだろうけど、なんか、気分が出ないんだよねー。却下。

一日で三体撮るのは無理だと気がつき、二回に分ける。5月1日(木)には八裕さんちの人魚、5月6日(火)には美登利さんちの天使と橘さんちの妖精。第一弾の日は、いい具合に薄曇り。二人とも大荷物抱えては、40分ではとてもたどり着かず。沢辺に降りたところで、それ以上進む気力が起きず、そのあたりで撮る。霧がまいていたときに比べれば神秘感は薄れたが、けっこうよく撮れたと思う。
< http://www.geocities.jp/layerphotos/Waterside080501/
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困ったのは第二弾だ。五月晴れとはまさにこのことを言う、ってぐらいカラッと晴れてくれちゃったのである。もう、スピリチュアルの森、台無し。陽気でさわやかなハイキングの森だ。木漏れ日で緑色にかぶるし、背景が明るすぎて、重みが吹っ飛んじゃうのだ。大変な思いをして来ているので、撮らないというわけにもいかず、撮ったことは撮ったのだが、内心は、うわーだめだーどうしよー、だった。それが、3時を過ぎて、太陽が山の後ろに隠れて直射日光が射さなくなると、にわかにいい雰囲気になってきた。暗くて撮れなくなるまでの一時間ほどが勝負だった。後で写真を見てみると、この時間に撮ったのがなかったら、ほぼ全滅だったよ。
< http://www.geocities.jp/layerphotos/Waterside080506/
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おまけ。メイキング・オブ・人形写真。
< http://www.geocities.jp/layerphotos/Making08/
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10月の展示に向けて、人形制作と写真撮影は、まだまだ続きます。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
カメコ。NOVAに復帰! (株)ジー・エデュケーションが引き継いで営業を再開したNOVAだが、高田馬場校がオープンしたというので行ってみた。以前は芳林堂の上だったのが、近くのビルの四階の狭いフロアーに引っ越している。会員証は手書きだし、コスト削減は歓迎。頼むからまた潰れたりしないでね(←懲りてない私)。旧NOVAへの債権分と釣り合うまでは、受講料75%引き。つまりは、古いチケットがそのまま使えるのとほぼ同じこと。がんばって消化すれば、損はしないのだ。久々に会う人、再会を喜び合う。ところで、あの大きなNOVAうさぎはいなくなっている。ドナドナされちゃったのか?

photo
GRAPHICクラフトアート人形 13 (13)
マリア書房 2008-03

by G-Tools , 2008/06/27