気になるデザイン[15]これは私の知っている『伊豆の踊り子』ではない
── 津田淳子 ──

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人間失格 (集英社文庫)昨年の夏、書店に行ってすごく驚いた。集英社文庫版の『人間失格』(太宰治)のカバーが、人気マンガ『DEATH NOTE』の小畑健氏のイラストになっていたのだ。私にとってかなり衝撃的だったので、自分が編集している『デザインのひきだし』の巻末コラムにこのことをこんな風に書いた。



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…… 太宰治の名作「人間失格」の集英社文庫版(257円)がリニューアルされ、人気マンガ「DEATH NOTE」の小畑健さんが表紙を描き、9万部を突破するヒットとなっている。集英社は今夏、文庫30周年を記念し、名作の新装版を発売しており、小畑さんの起用は、若手編集者のアイデアで実現したもの。同社によると、夏休み期間中の名作の文庫版の出荷数は通常1〜2万部程度で、小畑版「人間失格」は異例の売れ行きという。表紙は、「デスノート」の主人公・夜神月(ライト)を思わせる学生服姿の少年が腕を組んでいすに座り、不適な笑みを浮かべているというデザインで、若者に人気のライトノベル風の仕上がりになっている。
           2007年8月23日 MSN毎日インタラクティブより ……

周りの人やネット上の反応を見てみると賛否両論、みなさん、いろいろ思うところはおありのようだが、私は「このイラスト目的で、今まではこういった古典作品に目も留めなかった若い読者が、『人間失格』を購入する大きなきっかけになった」という意味では、非常にいい装丁だと思う。こうでもしなければ、絶対読まずに終わっていた人は多いと思うので。

私は不勉強ながら『DEATH NOTE』を読んでいないので、この夜神月(ライト)を思わせるイラストが持つイメージが、『人間失格』の内容に合っているものかどうか、正直よくわからないのだが、デスノートの内容を知らない私が見ても、このイラスト自体が、「恥の多い生涯を送ってきました」で始まる『人間失格』にはなかなか合っているような気がするので、そういう点でもいい装丁だと思うのだ。

デザインとは、ある目的を持ってなされるものだと思っている。ただ単にスタイリッシュだったりカッコよかったりすること=デザインだと考えがちな人もいるが、中身を作っている者からすると、それは困ってしまう場合も多い。その商品をどういう目的で、どういう人に届けたいのか、ということを満たしてくれるものがほしいのだから。そういう意味から考えても、決してスマートでスタイリッシュなデザインや考え方の装丁ではないけれど、『人間失格』の装丁は天晴だ。などということを考えているこのごろです。(後略)

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今でもその考えは変わっていないのですが、この夏、またもや驚いた。そして今年はちょっと「うーむ」と首を傾げてしまった。

集英社文庫の「夏の一冊 ナツイチフェア」の企画として、『ジョジョの奇妙な冒険』の荒木飛呂彦氏が川端康成の『伊豆の踊子』を、『DEATH NOTE』の小畑健氏が夏目漱石『こころ』と芥川龍之介の『地獄変』を、『テガミバチ』の浅田弘幸氏が中原中也の詩集『汚れちまつた悲しみに……』の表紙を手掛け、新装版として6月下旬から一年間限定で発売されているのだが……。

< http://www.oricon.co.jp/news/confidence/55783/full/
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汚れつちまつた悲しみに…―中原中也詩集 (集英社文庫) (集英社文庫)< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087520064/dgcrcom-22/
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汚れつちまつた悲しみに… 中原中也詩集
地獄変 (集英社文庫) (集英社文庫)< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087520110/dgcrcom-22/
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地獄変 芥川龍之介

伊豆の踊子 (集英社文庫) (集英社文庫)少年マンガはあまり詳しくない私でも知っている荒木飛呂彦氏だが、この装画は、あまりにも伊豆の踊り子とかけ離れてはいないだろうか。ただこれは荒木氏に対してどうのと思っているわけではなく、元々、荒木氏の画風は誰もが知るところで、この装画はそれを裏切ったものではない。

ということは、荒木氏に依頼した側が、予め意図していた結果ということですよね。うーむ、私は、この『伊豆の踊り子』のカバーイラストを荒木氏に頼もうとした、依頼主の方に一言もの申したい。

画風を確立している作家を、文芸作品のカバーに宛てるなら、それがその文芸作品の雰囲気に合っているのか、届いて欲しい読者の心に響くのか、といったことを考えるべきではないだろうか。私ごときにそんなこと言われなくても十分考えている、と言われるだろうが、この装丁では、『ジョジョの奇妙な冒険』もしくは荒木氏のファンしか買わないのではないだろうか。それでいいのだろうか。

『ジョジョの奇妙な冒険』は累計7000万部を超えるそうなので、それらの読者たちだけをターゲットにしても、こちらの考えが及ばないほどの販売部数なのかもしれないけど、なんか、うまく言葉にできないけど、装丁ってそういうものでいいのか?

一瞬かけ離れているように思える装丁でも、読後、しっくりいったり、合点がいったりするものがある。それはすばらしい装丁だと思う。でも、これは私の知っている『伊豆の踊り子』とあまりにも違いすぎた装丁で、書店で目にするたび、非常に大きな違和感を覚えてしまうのである。うむ。

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