ローマでMANGA[11]MANGAの構築法講義を練り直す/midori

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工房は6月20日を最後に終了した。工房参加者はこの後各自制作して、9月5日に集合し原稿を提出してもらうことにした。今頃、5人は暑さに喘ぎながら、原稿に向かっていることと思う。

工房の他にマンガ・セミナーというのを同じ学校で持って5年になる。これは学校に籍を置いている学生なら誰でも参加できるもの。授業時間や課題量の都合で、参加者のほとんどがマンガコースの一年生。工房にもMANGA構築法の解説が必要だとはっきりわかったので、授業内容をこの夏の間に見直すことを私の宿題にした。


●MANGA構築法を理論的に言葉で解説できるものなのだろうか?

マンガ・セミナーの始め。日本の漫画市場事情の解説から始めて、「コマには一つのアクション」「コマにはそこに登場している人物の台詞」などという、ある種の規則を言葉で説明した。

見本になる日本の雑誌や単行本や、MANGAはデカ目に星が入ったいわゆるマンガ絵である必要はないことを強調するために、講談社モーニングが海外作家を起用した時に出来た作品を見せたりした。

実際に作品を作ってもらった方がいいと思い、解説の後、ネーム制作をさせた。10月から5月の8か月の間に、2ページ、4ページ、最後に8ページのネームを作らせた。

最初は課題を出してネームを作らせる。「あと30分で世界が終わる。あなたはどうするか」「交差点でフロントガラスを磨く。拒否されたりする、その気持ち」あるいはおとぎ話のエピソードを取り出して。コマーシャルをマンガにする。「マトリックス」や「ローマの休日」のエピソードを取り出して、マンガ化させたりした。

ネームを見て、「なんだかだめだなぁ」というのはすぐ分かっても、どこがだめなのか、どこを直したら良くなるのかをその場で言える能力は私になかったので、毎週家に持ち帰り、ウンウンうなりながら考えるのだった。

セミナーの開始時期は、好奇心も手伝って参加者が30人を超えるので、全員の分を見直すのは一週間みっちりかかった。翌週、まず講評をした。他の人の作品の講評は参考になるはずなのだけど、教室が縦長で、私の声はよく通らないし、皆に見せたいネームはA4に鉛筆書きだから、後ろの席の学生には見えない。だから、おしゃべりが始まってしまう。

セミナーを続けて行くうちに、私の説明は学生にとって専門的すぎることに気がついた。そんなに難しいことを言ってるつもりはないけれど、MANGAを小さい頃から当たり前に読んで、血となり肉となっている人へ説明するのと同じ感覚では遠くなってしまう。

もっと具体的にMANGAの特徴を解説しなくては。「MANGAとは何か」ではなくて「どう描けばMANGAになるのか」とその具体的なアプローチが必要なのだった。それに、ネームを一回の講評で終わりにしてしまうのではなくて、練り直したほうがよくわかるのではないか。

この二点を考えるうちに、MANGAの構築法はコマ割りに焦点を当てることと、8か月かけて8ページを練ってもらうという案に落ち着いた。テーマは共通ではなく、各自フリー。

また、セミナーを続けて行くうちに、ネームでどこがだめなのか、いちいち家に持ち帰って一週間ウンウン言わなくても、その場で分かるようにもなった。ネームを読みながらなにか引っかかる所がある。その引っかかった所を「ここが、なんかねー」と言いながら、その部分について生徒に何を言いたいのか根掘り葉掘り質問したり、その部分で受ける印象について話したりしているうちに間違いが見えてくる。

●バイブル「漫画のスキマ」

「どこがだめなのか」は、どこのせいで物語が読者に通じないのか、であって、MANGAになってるかどうかはまた別問題。MANGA構築法を分析解読して、体系的に言葉にするのは難しい。前々回も書いたけれど、美術出版刊の菅野博之著「漫画のスキマ」はそのところをかなりきちんと解説してくれて、マンガ言語って奥深ーい、よくできてるー! と感心させられる。

「漫画のスキマ」をベースに、ヨーロッパのメンタリティでマンガを描こうとする人達に向かって、MANGAの構築法講義を練り直してセミナーと工房の両方に役立てるつもりの今年なのであった。

「スキマ」には「3コマから4コマで一つのアクションが完結して次のアクションに結ぶ」「見開きに一つ中心になるコマがあって、残りのコマはそのコマで表現する感情に向かう」と、コマ割り、構成の具体的な方法が惜しげもなく載っている。

さらに一つのコマから次のコマへつなげる時のリズムの作り方も詳しく具体的に解説していて、目から鱗がじゃかじゃか落ちる。

●今年の反省

セミナーで実際に学生と接した時の反省。キャラクターの感情を中心に描いて行くMANGA言語なのに、生徒のネームで話がちゃんと成り立っていると、ついついそちらに気を取られてしまう。つまり、講義で言ったことをちゃんと実際のネームに反映させることを忘れてしまう。この辺は、私のマンガ家としての経験の少なさも手伝ってるんだろうな、とちょっと寂しく思ったりしている。

工房の反省は、参加者が大河構想を持っていて、その一部を作品にすると言った場合の対処。第一回目の今年、5人の参加者のうち、3人がそうだった。はたしてそれは正しいのか、ちょっと疑問だ。

3人のネームを読んで、正直分かりにくさは否めない。大河構想を持っている場合は、とことん話し合って、場合によっては諦めて別の話を作ってもらった方がいいかもしれない。

「とことん話し合う」ために時間の取り方を工夫しなくては。決められた時間内で一人一人と話し合い、でも一人と話している間、他の参加者が暇を持て余してしまうようだと時間がもったいない。

それにしても今年の5人、せめて一次予選は通過して欲しいのだけど……

【みどり】midorigo@mac.com
原題「Kite Runner」という本を読んだ。アメリカに亡命したアフガニスタン人が書いた小説。小説を読むのは久しぶり。詳細に渡って描写があるアフガニスタンの習慣が興味深く、また、厳格な父に認められたいとあがいた少年が、成長して過去に決着をつける過程の心理描写とサスペンスが見事。ああ、そうか、幼い頃の傷の精算とアフガン問題という二重構造で、話が面白いのか。

人生って、前半期で問題を作り、後半期でその精算をするためのもののようだと感じていた、昨今の私にぴったりのテーマ。しかも「厳格な父に認められたいとあがいた」幼年期というのも。ゆっくりゆっくり進めてている私のマンガのテーマもそれ。検索したところ、日本語版は出ていないようで、残念。

Dreamworksで2007年映画にしている。
< http://www.kiterunnermovie.com/ >

アマゾンで見る
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/1594480001/ >

作者のオフィシャルサイト
< http://www.khaledhosseini.com/ >

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