伊豆高原へいらっしゃい[20]人体は最後に残された聖域/松林あつし

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ベオウルフ/呪われし勇者 ディレクターズ・カット版 (Blu-ray Disc)お盆は実家に帰ることなく、ヒマな毎日を過ごしていました。それで、以前見ようと思っていたのに見逃してしまったという映画を何本か見たのですが、その中に「ベオウルフ」という作品がありました。作品名だけは知っていましたが、あまり興味がなかったので、そのまま忘れてしまっていたんですね。ツタヤではすでに旧作に流れていました。

完全に暇つぶしとして見始めたのですが、5分後……なんか変……なんか気持ち悪い……「これってもしかして、CG?」

CGを生業としているにもかかわらず、「ベオウルフ」がオールCGのアニメーションムービーだと知らなかったのはお恥ずかしい限りです。しかし、中世を題材とした実写版ファンタジーと思って見ていたのに、3DCGだったと気がついた事で、違う意味での興味が沸いてきました。「この映画、どこまで人体のリアルさを表現できるんだろう」



もちろん映画の善し悪しは、CGのリアルさとは別問題であるのですが、ヘタなCGでせっかくの映画が台無し、ということも充分あり得ます。ですので、今回はあえてそのCGのリアリティに絞ってお話したいと思います。

そもそも人体のリアルさに興味を持ったのは、現在の映画において建物、風景、動物、自然現象、機械類、クリーチャー、エフェクトの面では、ほぼ実写と見間違うほどの完成度を実現しているにもかかわらず、人物に関しては、どうしても本物のリアルさを表現できないと感じていたからです。これは何故なのでしょうか。

「ディープインパクト」で破壊されるビル群とリアルな巨大津波に驚き、「ジュラシックパーク」で本物の(?)恐竜の世界に迷い込み、「スパイダーマン」で宙を舞うヒーローを目撃し、「ナルニア国物語」で喋るライオンと遭遇しました。しかし、未だかつて完ぺきなバーチャルアクターと出会っていません。人体を3Dで表現するとはそれほどまでに難しいものなのでしょうか。

巷にはフォトリアルな人体の作成というTipsが溢れています。我々は、市販の安価なソフトでも時間をかければある程度リアルな人体を作ることができます。なので、ピクサーやソニー・ピクチャーズ・イメージワークスの手にかかれば、実在の人物と見分けの付かないほどリアルな3DCGなど簡単にできるのではないか……そう思いがちですが、どうもそうはいかないようです。

「ベオウルフ」を見て「何か気持ち悪い」と感じたと書きましたが、何故そう思ったのか……よ〜く考えてみました。そして、その原因が表情の淡泊さと皮膚質の違和感であると解ったのです。それは具体的にはどういう事なのか……その前に、映画を見ていない方のために、「ベオウルフ」についてちょっと解説します。

●心の動きが表情に出ないフォトリアル3Dムービー

ロバート・ゼメキスが監督を務めた、2007年公開のアメリカ映画。ストーリーは8世紀頃のデンマークの叙事詩を題材としており、今まで実写で何度も映画化されている。今回の「ベオウルフ/呪われし勇者」はどちらかと言えば映画そのものの評価より、フル3Dで著名な俳優が登場するという部分で話題になっている。出演者(?)としては、アンソニー・ホプキンス、アンジェリーナ・ジョリー、ジョン・マルコビッチなどが実際の動きと音声を担当し、リアルなバーチャルアクターとして登場する。ウィキペディアの情報によると、制作費$150,000,000で興行収入$104,861,000という事で、かなりの赤字を出した模様。

ロバート・ゼメキス監督の作品としては他に、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」、「フォレストガンプ」、「コンタクト」、「ポーラー・エクスプレス」などが挙げられる。CG作品としては他に制作総指揮を務めた「モンスター・ハウス」がある。

ロバート・ゼメキス監督は、ここ3作品ほどオール3Dによる映像表現にこだわっているようです。その理由として、背景やモンスターだけをCGで作成する限りは、俳優との合成時に違和感が出てしまう、という事らしいのですが、それにしても実験的要素が強い作品にしては、160億円とは思い切った予算を取ったものです(その多くは俳優の出演料だと思いますが)。

実験的作品と位置づける訳は、その制作過程における試行錯誤の多さです。とにかくこの作品のこだわりは、フォトリアルな俳優の表現に尽きます。ですので、試行錯誤の多くも、そのリアルさを追求する事に費やされています。服の質感、動きはもちろんの事、髪の毛、筋肉、分泌物、表情、感情に至るまですべてにおいて妥協を許さない徹底したこだわりが見て取れます。

しかし、それでも「気持ち悪い」のです。何故でしょう。最大の要因は上記の「表情の淡泊さ」だと思うのです。3Dでキャラクターを動かす場合、今日の多くの作品はモーションキャプチャを使用します。そして、この「ベオウルフ」はモーションキャプチャのセンサーの数が尋常ではないのです。通常数十個あれば多い方だと思われるセンサーが、顔も含めて数百(通常は顔は手付けのフェイシャルアニメーションを使用する)……眉毛のちょっとした動きも逃さず捉えようとする試みです。

にもかかわらず、笑顔が笑っていない、鬼気迫る怒りが伝わってこない、微妙な心の動きが表情に表れない……これはこの作品に限らず、すべてのフォトリアル3Dの人体ムービーに当てはまります(今回は、「トイ・ストーリー」などのキャラクターものや、「アップルシード」、「エクスマキナ」に代表されるフル3Dジャパニメーションは除外しています)。

その理由も勝手に想像してみました。まず、大量のセンサーで細かな動きを捉えたとはいっても、人間の表情の多様さに比べるとまだまだ足りない……人間の表情は、30以上もの筋肉の動きの組み合わせで成り立っています。しかも、それは無意識に起こる内部からの動きですので、人が想像する以上に多様な形で表に現れます。さらに毛細血管の働きで、部分的に紅潮したり、血の気が引いたりしますし、皮膚は本来透明で、内部の血液や脂肪、筋肉によって、光の透過パターンも変わり、やつれて見えたり、健康的に見えたりもするのです。汗のかき方もスポーツの後の汗と、緊迫したシーンでの脂汗とでは全く違ってきます。

それに比べて、今までの3Dによる表情表現は、基本的に内部が空洞のポリゴンによる表面的な動きでしかありません。動きも筋肉によるものではなく、表面的にポイントをモーフィングさせただけの擬似的な動きなので、肉感としての表情が伝わりにくかったのです。皮膚もせいぜい透過マテリアルを適用したり、バンプマップで毛穴やシワを貼り付けただけ……汗に関してもやはり貼り付けられた汗、という感じは否めません。

しかし、本作はさらに踏み込んだリアリティの追求を行っています。まず、パフォーマンスキャプチャと呼ばれる一連のシステムを構築し、アクターが付けた顔のマーカーを細かく読み込み、内部の筋肉の動きをシミュレートすることで表面の皮膚の震えや盛り上がりまで表現できるようになったそうです。皮膚の内部での、光の拡散も計算されているとのこと……今まで空洞だったポリゴンやメッシュの内部に、生物学的要素が取り入れられ始めているのは事実のようです。

しかし、そこまでやっていながら、何故本物の人間に見えないのでしょうか。先に述べたように、キャプチャによる再現力の限界もあるとは思いますし、眼球の動きも大きな要素かと思います(眼球の動きもキャプチャできるシステムを作ったそうですが、やはり人間の動きとはかなり違うように感じました)。しかし、CG以外での要因も考えられるのではないかとふと思ったのです。つまり、制作側の問題ではなくアクター側の問題として……。

想像するに、演技者は大量のセンサーを顔や体に付けられた上、殺風景なスタジオの中で演技をしているものと思われます。そういう環境で細かな心理状態を表情に表せるものでしょうか。もちろん、今の撮影環境といえば、グリーンバックでの演技は当たり前、ヘタすれば最初から最後までグリーンバックで、映画の完成を見て初めて自分が何処で何をしていたか理解した、なんて話も良く聞きます。監督の指示と絵コンテだけで、さもそこに居るかのような演技を迫られるアクターも大変だとは思いますが、それができないとプロとしてやっていけないのでしょう。

しかし、顔や体に付けられたセンサーはまだ別な気がします。気が散って演技どころではないでしょう(それとも、何も付いていないという暗示を自分にかけられるほど鍛錬されているのでしょうか)僕だったら、顔が引きつってしまいます。その堅い表情がパフォーマンスキャプチャを通して、バーチャルアクターへと伝えられてしまうのではないかと思うのです。

●俳優が必要なくなるかもしれない

ただ、今回の「ベオウルフ」は興行的には失敗だったかもしれませんが、将来に向けての可能性と多くの問題を提示しているように思えます。可能性の部分では、近い将来バーチャルな手段を用いて「本物の人間」を表現できるようになるかもしれない……その際は現在のようにモーフやマップでの表面的なシミュレートではなく、血管や筋肉が感情によって変化する内部構造を持ち、モーションキャプチャも、リップシンクも必要ない、独自行動型バーチャルアクターとなっているかも知れません。

問題部分としては、俳優が必要なくなるかもしれないという危惧があります。実際、「バットマン」の制作過程でビルから飛び降りたバットマンが、着地後そのまま歩き出す……という1シーンがあったのですが、これをCGで表現するとアクターの立場が危うくなるという判断で、カットされたと聞いた覚えがあります。その後、ビルからの着地どころではなく、スパイダーマンは縦横無尽にビルの谷間を飛び回りました。もちろん彼らはバーチャルアクターです。面を被っているため、表情を考えなくて済んだ分、技術的ハードルが低く、結果、早く劇場に姿を現したという感じでしょうか。

さらに技術が進歩すれば、登場予定の女優が「最近太りすぎでクランクインまでにダイエットできないので、バーチャルアクトレスでお願いします」って契約も成り立つかもしれません。そうなると、演技も本人がやっているかどうか疑わしくなりますし、ましてクリエイターのプログラムに沿って自動で演技できるようになると、必要なのは俳優、女優のネームバリューのみで、本人不在のまま映画制作が進行する……ということにもなりかねません。

これは遠い未来像ではなく、CGと実写の境界線が曖昧になっている現状を見ると、比較的近い将来起こりうるのではないでしょうか。もちろん、「マトリックス」のように現実世界の原子構造から、あらゆる物理現象までバーチャルでシミュレートするのは非現実的ではありますが、少なくともスクリーンにおいては、現実とバーチャルの境目がなくなるのは確実だと思います。

その時、映画業界はどうなっているのか……見る側の感情移入はバーチャルでも変わらないのか……興味は尽きません。

【まつばやし・あつし】イラストレーター・CGクリエイター
< http://www.atsushi-m.com/ >
pine4980@art.email.ne.jp

photo
ベオウルフ/呪われし勇者 劇場版(2枚組)
ジョン・マルコビッチ, アンジェリーナ・ジョリー, ブレンダン・グリーソン, ロビン・ライト・ペン, ロバート・ゼメキス
ワーナー・ホーム・ビデオ 2008-04-11
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by G-Tools , 2008/08/21