映画と夜と音楽と…[387]友よ、答えは吹きくる風の中に…/十河 進

投稿:  著者:  読了時間:10分(本文:約4,900文字)


●「アヒルと鴨のコインロッカー」から想像できる物語?

ゴールデンスランバー今年の本屋さん大賞は「ゴールデン・スランバー」で伊坂幸太郎さんが獲得したが、これはビートルズの曲からタイトルをとっている。「Slumber」は「うたた寝」「眠り」などと訳されるが、僕には「黄金のまどろみ」という訳がぴったりくる。「至福のとき」につながるイメージだ。

僕は「ゴールデン・スランバー」しか読んだことはないのだが、伊坂浩太郎さんの小説のタイトルには気になるものが多い。その中でも「アヒルと鴨のコインロッカー」は、その単語の関連のなさが気になり、それでも何となく語感がよく耳について離れない。印象に残る。

好きだ、映画版「アヒルと鴨のコインロッカー」は、昨年の夏に映画館でひっそりと公開されていた。出演しているのが濱田岳、瑛太、関めぐみで、三人が並んでいるポスターが気になった。今年、瑛太はNHK「篤姫」の小松帯刀(肝付尚五郎)役ですっかり有名になったが、「好きだ、」(2006年)が僕の印象に残っていた。そういえば、「好きだ、」でも宮崎あおいと共演していた。



8月のクリスマス (エンジェルワークス文庫)関めぐみは、山崎まさよし主演でリメイクされた「8月のクリスマス」(2005年)のヒロインとして初めて見たが、「ハチミツとクローバー」(2006年)などでも長身と特徴のある目が目立っていた。最近、東京ガスのテレビCMでサイボーグ役をやっていて、イメージとしては合っている。ちょっと人間離れしたところがある。

突破口!「アヒルと鴨のコインロッカー」のもうひとりの重要人物を演じるのが松田龍平なのだが、実はこれを書くこと自体この映画のどんでん返しをわからせてしまうところがあり、いわゆる「ネタバレ」になる。ドン・シーゲル監督「突破口」(1973年)の主演がウォルター・マッソーと書くだけで、ネタバレになってしまうのと同じだ。

アヒルと鴨のコインロッカーということで、未見の人の愉しみを奪わないようにしながら「アヒルと鴨のコインロッカー」の話をしたいのだが、まず、これは原作を読まないで見た方がいいと思う。僕は原作を読んでいないので、最初から不可思議な世界に入れたし、謎が謎を生むミステリアスな連鎖を愉しめた。

「アヒルと鴨のコインロッカー」は、大きなアウトドアタイプのクルマの中にいるふたりの男のシーンから始まる。ふたりは本屋を襲う準備をしているのだ。ドアを開き両側から拳銃を持って降りるふたり。彼らは郊外の本屋の入り口に向かって歩いていく。彼らの顔は見えないし、誰かもわからない。

そのプロローグに続くのは、椎名(濱田岳)が仙台の大学に入学するために、新幹線に乗っているシーンだ。椎名はボブ・ディランの「風に吹かれて」を鼻歌のように歌っている。アパートに着き部屋の前で引っ越し用のダンボールを片づけながら「風に吹かれて」を歌っていると、隣の部屋から現れた男(瑛太)が「ディランだな」と声をかける。

男は妙になれなれしく「友だちになろう」と言う。男は「河崎」と名乗り、呼び捨てにしろと言う。「友だちは呼び捨てにするもんだ」と明るく笑う。男は椎名を自室に誘い、ディランのCDを見せ「あの声は、神様の声だ」と語る。彼はボブ・ディランに何か思い入れがあるのだろう。

率直な河崎に戸惑い、どこか警戒しながらも椎名は河崎の部屋に上がり、勧められた酒を呑むが、河崎は突然「一緒に本屋を襲わないか」と言い出す。笑いながらモデルガンを椎名に差し出すのだ。河崎は、同じアパートにいる引きこもりのブータンからの留学生ドルジのために広辞苑を贈りたいのだと言う。

しかし、なぜ、本屋を襲わなければならないのか。突拍子もない申し出に椎名は戸惑い、自室に逃げ帰る。だが…

●答えが風の中にあるのなら風の歌を聴こうじゃないか

どうです、ひどく謎めいたオープニングでしょう。僕は河崎が「一緒に本屋を襲わないか」と言ったとき、村上春樹さんの短編「パン屋」と「パン屋再襲撃」を思い出した。そう言えば「パン屋襲撃」は自主製作映画として映画化(1982年)されている。山川直人監督だった。

100%の女の子 / パン屋襲撃「パン屋再襲撃」は、かつて友だちとパン屋を襲ったことがある主人公が結婚後、そのことを妻に話すと彼女が「もう一度パン屋を襲うのよ。それも今すぐにね」と言い出す。彼らは深夜の街に出てパン屋を探す。しかし、そんな夜中に開いているパン屋なんてない。仕方なく覆面をしてマクドナルドを襲うと、アルバイト店員が「いらっしゃいませ。お持ち帰りですか、店内でお召し上がりですか」と訊いてくる。

同じように「アヒルと鴨のコインロッカー」では、終夜営業の郊外店の本屋を椎名と河崎が襲う。椎名はモデルガンを持ち裏口を固める。河崎が店に入っていく。中で人が争う音がする。椎名は裏口から店員が逃げないように窓ガラスにモデルガンの影を映す。やがて、クルマに戻っている河崎を見付けて駆け戻る。だが、河崎が奪ってきたのは「広辞苑」ではなく「広辞林」だった。

椎名は河崎から「レイコというペットショップの店長に気をつけろ」と謎めいたことを言われ、なぜか大学の近くで魅力的な大人の女(大塚寧々)と知り合う。「まさかレイコさんじゃないですよね」と確認すると、「なんで知ってるの」と彼女はクールに答える。彼女は何かを知っているらしい。やがて、ある悲しい話をレイコは語り始める…

「アヒルと鴨のコインロッカー」は、トリッキーな物語だから映画化はムリだろうと言われていたらしい。しかし、映画はモノクロームの映像をうまく使って時制などの問題を解決し、印象的な作品になった。見終わった後に不思議に爽やかな気持ちが残る。いつまでもボブ・ディランの歌う「風に吹かれて」が聴こえてくる。つい、口ずさんでいる。

そう、「風に吹かれて」は、この映画のテーマ曲だ。伊坂幸太郎さんは僕より20年も後に生まれているのに、ボブ・ディランにそんなに思い入れがあるのだろうか。ボブ・ディランは世代を越えて聴かれているのだろうが、「風に吹かれて」は60年代に10代を過ごした人間にとっては、特別な意味を持つ曲だと言ってもいい。

僕より2歳年上の村上春樹さんも、時々、「友よ、答えは風の中だ」なんてフレーズをエッセイで挿入したりする。それにデビュー作「風の歌を聴け」というタイトル自体が、ボブ・ディランの「風に吹かれて」にインスパイアされたものではないかと僕は思う。答えが風の中にあるのなら、風の歌を聴こうじゃないか。そんな意味を込めたのではないだろうか。

●半世紀以上の年月を経た「風に吹かれて」

ザ・ベスト・オブ・ボブ・ディラン僕が初めて「風に吹かれて/Blowin' in the Wind」を聴いたのは、中学生のときだった。1962年に発表されたその曲は、当時、流行のプロテストソングとして日本でもヒットした。ジョーン・バエズやブラザーズ・フォーなどが人気のあった頃である。

僕は12歳。ラジオから聴こえてきた「ハウメニー…」と何度も繰り返す、かすれたような、それでいて甲高いような不思議な声が印象に残った。だが、日本ではボブ・ディランのオリジナルよりは、ピーター・ポール・アンド・マリーのカバーヴァージョンの方が人気があったかもしれない。

アメリカでもボブ・ディランが「風に吹かれて」を発表した翌年、1963年にピーター・ポール・アンド・マリーがカバーヴァージョンを出してヒットした。手持ちの資料で調べたら、1963年8月10日号のビルボード誌ではピーター・ポール・アンド・マリーが歌う「Blowin' in the Wind」が4位に入っていた。その3か月前には「Puff」が2位になっている。

その頃、中学生の僕はバスケットボール部の練習を終え自転車で自宅への道を走りながら「パフ・ザ・マジックドラーゴン」と歌い、「ハウメニーロード・マスト・ア・マン・ウォークダウン」と歌っていた。英語を習い始めたばかりの少年が口にした和製英語である。

だが、「風に吹かれて」の歌詞が幼い僕に影響を与えた。耳から入る音だけではなく、意味を理解したいと思ったのだ。そして、二番に「人々の叫びが彼に届くまで、どれほどの死が必要なのだ…」という意味のフレーズを見付けたとき、ボブ・ディランが伝えたかった何かをつかんだと僕は思った。

  答えは… 友よ 吹きくる風の中
  答えは 吹きくる風の中にある

抽象的であるが故に深遠だった。禅問答のような奥深さを感じた。だが、反面、思わせぶりなリフレインでもある。あれから半世紀が過ぎた今、改めて「風に吹かれて」の英文のフレーズを読むと、人を煙に巻くようなところも感じてしまう。しかし、それは、僕が純粋さを失い、ひねくれた大人になったせいかもしれない。

「風に吹かれて」のリフレインは、当時の若者なら誰でも知ってるほど有名になった。それは、「俺たちの世代の聖歌」と言われるほどの意味を持ったのだ。若松孝二監督が佐々木譲さんの原作を映画化した「われに撃つ用意あり」(1990年)の中でも、酒場に集まった全共闘世代の男女が「ハウメニやろ、ハウメニ」と言いながら合唱するシーンがある。

「われに撃つ用意あり」を見たとき僕はすでに40代が目前だったが、登場人物たちほど素直に疑いも衒いもなく「風に吹かれて」を歌うことはできなくなっていた。映画の中の全共闘くずれのフリーライターのように、女子学生たちに「おじさんたちの世代の賛美歌」などと照れずに自慢できることが、僕には信じられなかった。

「風に吹かれて」という歌に込められたメッセージが、いや、歌にメッセージを込めること自体が信じられなくなっていた。それは12歳の僕が持っていた何かを、長い長い時間の中で失ってしまったからだ。いくらメッセージを込めたところで、歌では何も変えられない…。社会はもっと強固だし、人生は困難だ。それが、長い年月の果てに僕が学んだことだった。

しかし、「アヒルと鴨のコインロッカー」を見たとき、僕の息子のような世代の青年が「風に吹かれて」を鼻歌のように歌っていることに心が洗われるようだった。彼らがボブ・ディランの声を「神様の声」と語り合うことに何の違和感も持たなかった。そう、神の声かもしれないね、と僕は納得した。

歌詞の意味なんて関係ない。あのフレーズをボブ・ディランが歌っている。それを純粋に若者たちが聴いている。プロテストソングもメッセージも関係ない。純粋に素晴らしい歌として、音楽として聴いている…。それでいいのだ、と僕はバカボンのパパのようにつぶやいた。

すべての答えは…、友よ、本当に風の中にあるのかもしれない。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
9月になって先輩が退社し、新人が入ってきた。気が付くと、社内でも上から3番目になっていた。上のふたりは還暦を過ぎている。若いと思っていた後輩連中が、みんな40半ばを過ぎている。時間だけは、間違いなく過ぎてゆくのだと、今さらながら思い知らされた。

●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.bookdom.net/shop/shop2.asp?act=prod&prodid=193&corpid=1 >
受賞風景
< http://homepage1.nifty.com/buff/2007zen.htm >
< http://buff.cocolog-nifty.com/buff/2007/04/post_3567.html >

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映画がなければ生きていけない 1999‐2002
十河 進
水曜社 2006-12-23
おすすめ平均 star
starちびちび、の愉悦!
star「ぼやき」という名の愛
star第25回日本冒険小説協会 最優秀映画コラム賞
starすばらしい本です。
starものすごい読み応え!!

映画がなければ生きていけない 2003‐2006



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アヒルと鴨のコインロッカー (創元推理文庫)
伊坂 幸太郎
東京創元社 2006-12-21
おすすめ平均 star
star「二年前」と「二年後」のリンクが絶妙。
starシッポサキマルマリ
star面白かった!!
star読んだ、驚いた、震えた。
star軽快なやりとりがいい

チルドレン (講談社文庫 (い111-1)) 陽気なギャングが地球を回す (祥伝社文庫) 重力ピエロ (新潮文庫) ラッシュライフ (新潮文庫) オーデュボンの祈り (新潮文庫)

by G-Tools , 2008/09/05