[2507] だまされる喜びと心地よさ

投稿:  著者:  読了時間:22分(本文:約10,900文字)


<頭で考えたことよりも手が出した結果を信じる>

■映画と夜と音楽と…[391]
 だまされる喜びと心地よさ
 十河 進

■うちゅうじん通信[30]
 うちゅう人は予言好き
 高橋里季

■ところのほんとのところ[3]
 再出発となる個展
 所 幸則

■展覧会案内
 ボーメ〜アーティストデビュー10周年記念展〜


■映画と夜と音楽と…[391]
だまされる喜びと心地よさ

十河 進
< http://bn.dgcr.com/archives/20081003140400.html >
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●最後の「どんでん返し」だけに賭けたような映画がある

少し前のことだが、昔なじみのデザイナーのKさんから電話がかかってきた。Kさんは、芝居のポスターやパンフレットの仕事を昔からレギュラーでやっていて、今回は、ロベール・トマの推理劇「罠」を担当したという。そのパンフレットに「どんでん返しで有名な映画を紹介してほしいという原稿依頼が、担当者からいくかも…」という話だった。

ロベール・トマの名を知らなかったので調べてみたら、「8人の女たち」(2002年)の原作者だった。雪に閉ざされた邸宅で主人がナイフで背中を刺されて殺されるという古典的設定の中、女主人や愛人や娘や召使いなど8人の女たちが登場して「犯人は誰だ!」が展開される映画だった。確か、ミュージカル風にしていたんじゃなかったかな。

僕は、エマニュエル・ベアールが出ていたからWOWOWで放映されたときに何となく見ていただけなので、実はよく憶えていない。エマニュエル・ベアールはメイド服に身を包み、少しオーバーな演技をさせられていた記憶がある。今時、孤絶した大邸宅を舞台にした犯人捜しドラマという大時代な設定は、ストレートに映画化したら戯画にしかならないだろう。

アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」は何度か映画化されているが、あれを、現在、そのまま映画化しても噴飯ものになる気がする。だから「名探偵登場」(1976年)みたいに本格派推理小説のパロディの形にしてしまうのではあるまいか。閉ざされた空間での不可能犯罪(密室殺人が多い)は、今や「金田一少年の事件簿」「名探偵コナン」といったマンガ(アニメ)でしかリアリティを持たないのかもしれない。

そう言えば、一時期「金田一少年の事件簿」にはまり、集中的に単行本を読んだ。僕の最近のマンガの読み方は、単行本集中読破型になっていて、「あずみ」「モンスター」「はじめの一歩」なども一日3巻くらいのペースで読んだ。「金田一少年の事件簿」を読んだのはけっこう前のことになったけれど、どのエピソードも面白かった。

しかし、ミステリ・ジャンルは、あるパターンが確立している。本格推理ものならトリックが命だが、「金田一少年の事件簿」でも端的なように、外界から孤絶した環境、曰くありそうな登場人物たちとたまたま一緒になった名探偵、そこで起こる連続殺人事件といったパターンである。ハードボイルドでは、探偵が失踪人の捜索依頼を受けるパターンが王道である。

ただし、どんな場合もミステリでは結末に「どんでん返し」が必要だ。アガサ・クリスティやエラリィ・クィーンの作品ではアッと驚くトリックの解明がある。ハードボイルドの雄、ロス・マクドナルドの作品では複雑な人間関係が明らかにされ、意外な動機が明かされる。

ミステリを読む愉しみは、この結末の意外性にあると言い切ってもいいくらいだ。だから、あっさり終わると、肩すかしを食った気になる。「期待はずれ」という評価になる。映画では、この最後の「どんでん返し」だけに賭けたような作品がいくつかある。

●途中入場を禁止したアルフレッド・ヒッチコック監督の「サイコ」

Kさんから電話があった後、僕はこんなメールを送った。「どんでん返しで有名なのは、舞台劇が多いですね。アガサ・クリスティの『検察側の証人』。ロンドンでロングランしている舞台は同じクリスティの『ねずみとり』だったかな。アイラ・レビンの『デストラップ』も『探偵/スルース』も舞台劇のはずです」

メールには思い付くままに書いたのだが、どの舞台も最後のどんでん返しが確かに凄い。だまされた快感と驚きに身をゆだねることになる。「えーっ、そうだったのか」と叫び声を挙げる人もいるだろう。僕はすべて映画化作品で見たが、最初に見たときは本当に驚いた。「うまい!」と拍手した。

「検察側の証人」は名監督ビリー・ワイルダーが映画化し「情婦」(1958年)のタイトルで公開された。女たらしの男が殺人容疑でつかまり、老弁護士が事件を担当する。しかし、なぜか男の妻は検察側の証人として裁判に現れ、夫に不利な証言をする。有罪になりそうな状況になったとき、ある手紙が届き弁護士は男の無実を証明するのだが…、という物語だ。

「情婦」はマレーネ・ディートリッヒが妻を演じている…と書くこと自体、どんでん返しのネタをバラすことになりかねない。同じように「探偵/スルース」(1972年)はローレンス・オリビエとマイケル・ケインのふたりだけのスリラー劇と紹介されるが、そのことで肝になるトリックをバラしてしまっている。という具合に「どんでん返し命」の映画は、紹介が難しい。

僕は、最初に途中入場を禁止し「この映画の結末は絶対に話さないでください」という広告を打ったのはアルフレッド・ヒッチコック監督の「サイコ」(1960年)だと思っていたのだが、アンリ・ジョルジョ・クルーゾー監督作品「悪魔のような女」(1955年)の公開時、本編の最後に「この映画のラストをくれぐれもお友達には話さないでください」というタイトルが出たという。

「サイコ」も「悪魔のような女」も初めて見た人は、間違いなく最後でびっくりするだろう。しかし、これだけ有名になってしまうと、事前に情報が入ってしまった人が多いかもしれない。ちなみに「悪魔のような女」は夫の愛人と妻が共謀して横暴な夫を殺す話だが、アイラ・レビンの「デストラップ/死の罠」(1972年)は同じトリックを使った逆パターンである。レビン23歳の処女作「死の接吻」のようなオリジナリティは感じられない。

さて、ロベール・トマの「罠」は、新婚旅行でホテルにやってきた夫婦がケンカをして妻が出ていき、夫が警察に捜索を依頼すると、数日後、神父が妻を連れてくるが、その妻は全くの別人だったというストーリー。しかし、警部やホテルのボーイや周囲の人々など、夫以外はみんなその女を彼の妻だという。一体なぜだ〜、と観客は夫と共に迷宮に迷い込む。

「罠」のキャストは、夫が川崎麻世、妻を池畑慎之介が演じている。警部役は上條恒彦だったかな。サンシャイン劇場での東京公演はこの号が出る頃には終わっているが、たぶん地方公演があるのだろう。残念ながらパンフレットに僕の原稿は載っていない。Kさんからは「掲載スペースがなくなっちゃって」と丁寧な詫びの電話が入った。

●ヒロインの驚愕の告白に向けてすべてが仕掛けられた映画

トマの「罠」のストーリーを聞いて思い出した映画がある。その映画を僕は見ていないのだが、和田誠さんの本でイラストと簡単な紹介を読んで見た気になっている。和田さんは、その本(たぶん「お楽しみはこれからだ」)で「どんでん返し」を明かしていて、それを読んだだけで僕は愉しめた。最後のヒロインの驚愕の告白に向けて、すべてが仕掛けられている映画である。

その映画は「生きていた男」(1958年)という。金持ちのヒロインがいる。その屋敷に見知らぬ男が我が家のように住み着き、「きみの兄じゃないか」と言う。兄は一年前に事故で死んだはずだ。ヒロインは警察を呼ぶが、署長が調べると男の持っている書類はすべてヒロインの兄であることを証明している。召使いや叔父までが、彼を兄だという。

トマの「罠」に設定は似ているが、こちらの方が少し早いらしい。ヒロインの一人称的な視点で描いているようだから、観客はどんどんヒロインに感情移入し、何か陰謀が巡らされていると感じて疑心暗鬼に陥るのだろう。そして、心理的に追い詰められたヒロインは、最後に予想外のセリフを言い放つのだ。

しかし、こういう手は一回しか使えない。もっとも、僕はこういうアイデアをひたすら考えている人は好きだなあ。そうはいっても、なかなか新手はない。そこで、どうしても先行する名作を踏襲することになる。最近見たのでは「オーシャンズ13」(2007年)がそうだった。

「オーシャンと十一人の仲間」(1960年)をリメイクした「オーシャンズ11」から始まったシリーズだから、元々、先行する名作を下敷きにしているのだが、才人スティーブン・ソダーバーグ監督はどれも楽しい映画に仕上げている。しかし、「オーシャンズ13」は僕には「スティング」(1973年)のリメイクのような気がした。

物語の基本構造が「スティング」と同じで、「おいおい、FBIに目をつけられたぞ。大丈夫か」と観客がオーシャンたちに知らせたくなる部分は、そっくりそのまま「スティング」と同じ手を使っている。もっとも、僕は「オーシャンズ13」ですっかりだまされた後に「スティング」と同じだと思ったのだから、充分に愉しんだのではあるけれど…。

「スティング」は、まさに観客を欺く映画である。ある悪党を詐欺師仲間が大がかりな仕掛けでだまして金を巻き上げる話だが、だまされる悪党(ロバート・ショー)と一緒に観客も見事にひっかけられる。これは、ミステリ映画のどんでん返しとは違って、意外性に驚くというより「ひっかけられたカタルシス」のようなものが味わえるし、後味がいい。このジャンルのもの(コンゲームもの)は楽しい映画が多い。

その中でも忘れられないのが、「テキサスの五人の仲間」(1966年)だ。テキサスの富豪たち五人が集まって行う年に一度のポーカー。そこへ子供を連れた旅の夫婦が紛れ込み、掛け金の高いポーカー勝負を展開する。しかし、夫は負け続け、とうとう倒れてしまう。しかし、ここで負けたら全財産をなくしてしまうと、悲壮な覚悟でポーカーのことを何も知らない妻(ジョアン・ウッドワードの名演です)が跡を継ぐ。

その妻にもの凄い手がきたらしい。しかし、掛け金がない。妻は、そのポーカーの手を担保に銀行から金を借りようとする。そのカードを見た銀行家は大きくうなずいて、「この手ならいくらでも貸しますよ」と太鼓判を押す。カードを伏せたまま、掛け金はどんどんつり上がっていく。さて、どんなどんでん返しが…。

映画で見ている分には、うまくだまされれば快感があり、予想外の結末だと心地よささえ感じるが、実際にだまされたときはそうはいかないだろうなあ。僕は今まで人をだましたことはないと断言したいところだが、結果としてだましたことになる場合はあったと思う。誰かを傷つけても自覚がないのと同じで、誰かをだます結果になったとしても人は気付かない。

しかし、人から傷つけられたことはずっと忘れないように、だまされたことや裏切られた傷は、過剰なほど敏感に記憶に残っている。「えーっ、そんなあ」と大声をあげたことが、些細なことを含めれば僕にも数え切れないほどある。実生活でも「うまくだましやがったなあ」と笑っていられるほどの人間になりたいものだが、なかなかそこまでは悟れない。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
もう10月です。急に涼しくなってネクタイを締め、ジャケットを着るようになりました。3ヶ月くらいネクタイなしだったので最初は首が苦しいのだが、直ぐに馴れました。元々、スーツ姿は嫌いではない。

●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.bookdom.net/shop/shop2.asp?act=prod&prodid=193&corpid=1 >
受賞風景
< http://homepage1.nifty.com/buff/2007zen.htm >
< http://buff.cocolog-nifty.com/buff/2007/04/post_3567.html >

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■うちゅうじん通信[30]
うちゅう人は予言好き

高橋里季
< http://bn.dgcr.com/archives/20081003140300.html >
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こんにちは。イラストレーターの高橋里季です。気持ちの良い季節になりましたね。

先日、テレビで特集番組になっていた「ニュートン・コード」。つい、(塚原一成著/角川学芸出版)を買ってしまいました。しまいましたというのは、同じような内容の「ニュートンの予言」(中見利男著/日本文芸社)を昨年、読んだからです。

内容としては、最近になって見つかったニュートンの直筆文書から、科学者ニュートンが、秘密裏に錬金術師としての研究に精通していて、聖書研究などから、「2060年に世界は滅亡する」と予言する手記を残しているという話です。

この二冊は、映画になったダヴィンチ・コードのような、物語り仕立てのミステリーにはなっていないところが好きです。二冊とも、ジャーナリストがニュートンをめぐる「秘密文書」について調べる過程をドキュメンタリーで報告する感じの本です。

物語り仕立てになっていない分、ニュートンの直筆文書にまつわる史実などが、たくさん書いてあります。聖書(ダニエル書、エゼキエル書、ヨハネの黙示録など)からの幻想的で美しい引用や、ユダヤ教、キリスト教、フリーメーソンの歴史とか。「ニュートンの予言」の方は、アルブレヒト・デューラーの絵が載っていたり、ニュートン直筆文書は、カラーで大きく載っていて、嬉しかったです。

それで、科学者ニュートンは、ハレー彗星が、2060年に太陽にぶつかって、太陽のフレアで地球が打撃を受けるって予言しているの……というのは、本を謎解きとして楽しみたい読者には、内緒にしておいたほうがいいかも? だけど、もうテレビでやってたし、ニュートンが彗星の軌道を親友のハレーと一緒に考えたりしていることと、聖書の予言が結びついているところがワクワクするので、もう、書いてもいいかな? と思って。

知らなかったわ。最近では、1989年、直系800メートルの小惑星が地球にぶつかりそうになっていて、ぎりぎり通り過ぎて行ったんだけど、この通過があと6時間遅かったら、地球に激突するという滅亡の危機があったんですって。などなど、科学でなんとか回避できるの? っていうような危機は、21世紀にも思ったよりずっと多くて深刻。温暖化もそのひとつだし、新種のウィルスとか、いろんな「危ない心配事」があるらしい。

テレビでは、ニュートンの予言が実現するとして、太陽のフレアから地球を守るには、10万発の核ミサイルが必要だと学者さんが説明していたり、私の大好きな「宇宙に行くエレベーター」の話も紹介されたりして、私は、「いいぞ!科学!」とか、子供のようにワクワクするのでした。

書店でサイエンスの新書の本棚の前に行くと、「これ、全部読みたいなー。」と思う。DNAとか脳とか宗教とか歴史とか宇宙の不思議とか。だけど、自分なりの読書の仕方というのは、ある意味、人生に関わる問題なので、つまり、そうゆうの読むだけで人生の時間をほとんど使っちゃっていいのかということなんだけど、私としては、我慢する方向を選択。創り手、クリエイターとしての時間の使い方をいつも考えています。専門家になろうとすると、やるべきことがどんどん見えてきて、時間は本当に足りない感じ。

そういう「クリエイター」の時間の使い方のコツで、たとえばイラストレーターになりたい人は、「何を描くべきか」で迷っているヒマはないということが、大切だと思います。アレを描こうか、それともコレか。アレは一般ウケしそうだけど、自分としてはコレが好きだとか思う時には、とりあえずアレを20枚、コレを20枚描いてから、どっちがプロとして勝負できるか、という比べ方をするのが、正解のような気がします。

それで、客観的に、アレが52点、コレが48点だったら、(迷う時というのは、どっちも大差ない場合が多いような気がするの)私だったら、自分の志向や好みなど、頭で考えたことよりも手が出した結果を信じる。「アレで勝負しろ!」って、無意識が言ってる。客観的に、頭を使ってみたり、体感としての手を信じたり、スイッチを上手に切り替えながら、止まらないのが一番重要かな。って、いつも思っています。途中で、誰かに何かを頼まれて描く時は、「神様のお導きかもしれない。」とチャンスを最大限活かすようなつもりで描きます。

ニュートンの人柄を本で読むかぎりでは、研究室に籠ってほかのことは一切おかまいなしの人。私も、一週間、誰とも口をきかなくてもわりと平気な方なので、ニュートンはいいなぁと憧れて、読書中は「もう、ずっと好きな本を読んで暮らすんだわ。」と本気で思っている私。

おもいっきりリラックスして本を読み終えると、あ、名刺の整理しなくちゃ、とか我に帰る。気持ちの良い季節なので、いちにち上野公園を散歩して洋食屋さんで食事してと思いつつ、きっと季節が変わる。毎年そうなの。でも、ニュートンの2060年予言の本を2冊も読んだんだから、読書の秋は、満足です。

【たかはし・りき】イラストレーター。riki@tc4.so-net.ne.jp
・高橋里季ホームページ
< http://www007.upp.so-net.ne.jp/RIKI/ >

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■ところのほんとのところ[3]
再出発となる個展

所 幸則
< http://bn.dgcr.com/archives/20081003140200.html >
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「渋谷1sec(ワンセコンド)瞬間と永遠」写真展、かなり好評で4日間で250人くらいかな。だけど、もっとプロが来てくれてもいいと思うなあ、出版社、広告代理店とかさ。今コレを書いてるのは5日目です。さっき「コマーシャル・フォト」の編集長が来てくれました。

今回思ったのは、みんなネットレベルや小さな告知を見て、どんな写真かわかった気になってる(そして現物は見ない)って人が多いってことだ。見に来た人はほとんどが、ビックリして帰って行く。

シークレット渋谷ルームはもちろんだが、それも相当みんなの予想を超えているようだ(ぼくの予想も超えているぐらいだしね)。まさに僕が撮った、そのときのその場所に居合わせたような感覚、残像が残った世界に舞い込んだような錯覚すら憶えるようです。ぜひ現場に立ってみて下さい。

前回のテキストの中で、このカメラじゃないと撮れない理由を書くって予告したので、その話を少し。カメラというやつは特にプロ用のソレは、街にもって出るとそれなりに威圧感があるので、ところスタイルのランドスケープ、街が主役だけどそのアクセサリーのように人や車が自然に絡まるような、という狙いの撮影が不可能になってしまうんです。

回りの人まで気づいて、空気が変わっちゃうからね。今回の場合できる限り、写真撮ってるぞ感が出ないほうがいいんです。

そこにあらわれたのがDP1でした。カメラとしては、プロ機材並みに扱いは難しいけれど、画質はいいし、とにかく小さい。ほんとこれを車止めの上に置いて撮影してても、まったくその場の空気を乱さない、僕自身が目立つということがあるけれど、逆に僕に目が行ってしまってカメラに気がつかない感じで。

小さくて高画質、いうのは簡単だけど、人によって基準違いますよね。DP1の小さくてっていうのも、高画質っていうのも、ぼくにはハマったってことですね。どれぐらい高画質かっていうのも、見てもらうしかないんで。ぼくのプリント見てみて下さいな。

「渋谷1sec(ワンセコンド)瞬間と永遠」写真展
< http://www.renovationplanning.co.jp/gallery_conceal/shibuya4f/ex.html >
日時:9月28日(日)〜10月4日(土)11:00〜23:00
場所:Gallery Conceal Shibuya 4F(ギャラリーコンシール渋谷)
東京都渋谷区道玄坂1-11-3 4F TEL/FAX.03-3463-0720
渋谷駅から徒歩3分です。A-ROOMとB-ROOMです。
A-ROOMではバライタプリントによる作品の展示。B-ROOMでは特殊な大型出力。
トークショーは10月4日(土)19時半から、ゲストは田中力弥さん(ロッキンオンジャパン、アートディレクター)と桑山輝明さん(シグマ)です。テーマは、渋谷と写真について語る&DP1について、ですね!

もう一つの保留にしていた、僕が海外にいくならベルリンかパリかの話ですが、もともと学生時代の恩師に一回ぐらいNYに勝負しに行きたいって相談していて、君はベルリンが向いてると思うよ〜って話をされていた時に、ちょうどベルリンのギャラリーに行ってみませんか? という話が来たのでチョットその気になってたんです。

で、再スタートならモノクロで作品一つまとめますか! って思って撮ってたら、そこに偶然フランス在住30年の画家の友人がぼくんちに遊びに来たので、ベルリンで写真見せて来るんだーって言ったところ、「なんであんな食い物がまずい国に〜、パリでいいじゃんかー」と暴れる友人(笑)。

パリ向きじゃないないようなので、と言ってこのシリーズを見せたら、「すっごいパリ向きじゃんかあー」と。あっ、そうかー、再スタートしたシリーズはパリでもいけるか!

とまあそんなことがあって、パリに向けて頑張ろうかなって思ってた矢先に、友人のアートコーディネーターが、渋谷で個展する場所押さえましたよ! と言ってきたんです。しかも9月末、あと2か月じゃないか、それにまだ作品は7〜8枚しかないし、個展は無理だよーって思ったけど。「渋谷撮ってるんだし、カッコいいし、まず渋谷の人に見せましょうよ!」うーん、説得力あるかなっと思い始めてこの夏は頑張って撮りましたよー。

ということで、ぜひ写真展&トークショー参加くださいね。

【ところ・ゆきのり】写真家
CHIAROSCUARO所幸則
< http://tokoroyukinori.seesaa.net/ >
所幸則公式サイト
< http://tokoroyukinori.com/ >

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■展覧会案内
ボーメ〜アーティストデビュー10周年記念展〜
< http://www.parco-art.com/web/factory/bome0810/index.php >
< http://bn.dgcr.com/archives/20081003140100.html >
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会期:10月3日(金)〜10月20日(月)10:00〜21:00 最終日18時
会場:パルコファクトリー(東京都渋谷区宇田川町15-1 パルコパート1 6F TEL.03-3477-5873)
入場料:一般300円、学生200円、小学生以下無料
内容:カルティエ現代美術財団をして「キング・オブ・オタク」と言わしめた美少女フィギュア原型師の、初期作品から最新作まで約80点を一挙公開。

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■編集後記(10/3)

・中学校のときのテストで、相撲は□技である、という問題に「国技」と書いて×だった。そのときの正解は「格技」であった。大相撲はまぎれもなく日本の国技である。その国技で「品格力量抜群に付き」と推挙された"問題の外国人横綱"が、「八百長疑惑」で今日法廷に立つ。おもしろくなってきた。それは置いといて、次の九州場所から名物の座布団投げが見られなくなるという。座布団投げは、番狂わせがあった時などに見られる大相撲観戦の麗しい習慣で、この伝統的な振舞いを見るのはけっこう好きだ。その座布団を長方形2人用に変えたうえヒモで連結し、投げ込みにくい形状にした。理由は危険防止。味気ないことになった。武蔵川理事長になってから、立ち会いのルールが厳格化され、やり直しが何度もあったのが九月場所の特徴だった。たしかにいままで、これはズルい立ち合いだと思ったこともあったから、けっこうなことだ。この際、立ち合いでの変化は禁止、なんてことにならないか、なるまい。それにしても、あんな見苦しい勝ちは他にない。観客の特大ブーイングで、二度とやるまいと思わせるしかないか。思うか、思わんだろうな。その秋場所は白鵬が連覇したが、千秋楽を待たずに決まるとはまことに興醒め。ひさしぶりに日本人力士に優勝してもらいたかった。大きな声では言えないが、誰しもが思ったのは「魁皇、空気を読めよ」ではなかったろうか。(柴田)
え、相撲って国技じゃないの?
< http://r25.jp/magazine/ranking_review/10002000/1112007112212.html >
「国技」をめぐる日本と世界の不思議な事情(R25.jp)

・届いたホームベーカリーを見てすぐに、弟がつぶやいたこと。プラスチックの段差が見ただけで分かる。製品表面の金型は、車の精度は場所によるけれど0.01ぐらい。家電で0.001ぐらい(0.001は難しいはず)。けれど、このホームベーカリーは0.1ぐらいだろう。ビスの数も多く、これは人件費が安いところで作っている証拠。人件費の高いところなら、ラインで組み立てられるようにはめこみや溶着になる。ビスだと均一化にも劣る。ビスの数が多いとゆるんだりするので、車などでは避ける傾向にあり、ホームベーカリーも、振動の大きいものなので避けるのが一般的。穴を開けているってことは、それだけ強度も下がる。ふたにガタつきがあったりして、本当に松下製品なのかと疑い、品番などが書かれてあるプレートを見ると中国製。んー、なるほど。安いわけだ。中身もシンプルで、電熱線のようなものが一本。他にもいろいろ突っ込んでいたが割愛。あ、ナショナルだったよ〜♪(hammer.mule)