うちゅうじん通信[31]うちゅう人のピカソ/高橋里季

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ピカソのことをここに書くのは、もう4回目くらい。ですが、私はピカソのことを考えるのが大好きなので、また書きます。12月14日まで、東京六本木の二つの美術館でピカソ展が開催されています。テレビでも紹介されていたりして、私は、ぼんやり私のピカソ体験のことを考えていました。

国立新美術館
< http://www.nact.jp/ >
サントリー美術館
< http://www.suntory.co.jp/sma/ >

私が20才くらいの時の話です。私のピカソ体験は、衝撃的でした。その絵の前に立ったとたん「光の玉が飛んで来て、私の額に当たったような」って、前には書いたと思うんだけど、本当はちょっと違います。



直径2メートルくらいのゴム風船の感じで、エネルギーの塊みたいなものが、ブォンと私にぶつかってきた。その風船の最初の先端が私の額に当たった感じ。光くらい速い感じの衝撃。なにか、エネルギーっていう感じだったけど、熱くはありませんでしたし、塊であって、光のように拡散する感じではなくて、額に「痛い!」って感じ。本当は痛いというよりも、びっくりしただけかも。

私は、そのエネルギーにブォンと押されて、少しよろけて、その途端に涙がワッっと出てきて。その涙も瞬間的に、大泣きって感じの涙で、止まらない。でも、私の気持ちは、感傷的でも感情的でもなく、自分の身体の変化に驚いているだけ。だって、別に、かわいそうな絵でもないし、小さめのキュービズム作品なんですもの。

それで私は、絵って、すごいなぁと思いました。だから私の中では、「感動」というのはこういう事で、マイナーコードの音楽を聞いて悲しい感じがしたり、ト長調の音楽を聞いて楽しい感じがするのとは別格の「体感動」ということが、あるのだと思っています。言葉にすれば「魂に響いた」と言うのが、近い感じです。

オトナには、大人の、絵画の鑑賞の仕方があるかもしれませんが、できたら、ただ、なんとなく絵の前に立つということをやってみてね。「別に見たくないんだけど、名画らしいから見ておこうかな。」くらいの感じで。20才の私は、たぶん歴史も世界情勢も、ちゃんと判っていたとは思えません。ピカソの名前も、ピカソ体験の後に、忘れないようにしようと思って覚えているだけなんだものね。美術史なんて全然知らない。ピカソが描いたのが、「女の人」だとさえ知りませんでした。「なんだこれ?」そういう時に、すっと入ってくる感動の仕方があると思います。

ピカソの名前を忘れないようにね、毎晩、眠る時に、お祈りを続けています。もう何10年も、少しづつ、お祈りの仕方を考えて、これで、まあピッタリな感じかな。という自慢のお祈りなので、書いておこう。

……天に居まします我ピカソ。願わくば御名を崇めさせたまえ。御国を来たらせたまえ。汝が世界を見るごとく、私が世界を見ますように。色と形と響きとは、限りなく我に与えられしものなればなり。タダビアルノーミ……。

さて、私は、絵画を観るのは、ピカソ体験で満足してしまいました。絵には、もの凄い力があるのだということをピカソが教えてくれたから、もっと感動したいとは、考えなかったんです。その後の私は、どうしたらそういう感動的な絵が描けるのか、という事ばかり考えました。

それでね、私は、アートとか、商業広告とかを分けて考える必要をまったく感じません。だって、あの、わけのわからないキュービズムで感動するんだから、私の絵が何かの広告だろうと、本の挿画だろうと、感動的な作品にできるんじゃないかと思うんです。ピカソの、わけのわからないキュービズムが私に教えたのは、「愛」とか「思想」ということでした。

もちろん、ピカソの絵には、キュービズムだろうと、どんな描き方をしようと、計算された視覚操作の技術がある訳で、間違いなくその場所に一本の黒い線をその幅その長さそのタッチで描き入れることができるかどうか、という事は、たくさんの名画を観賞したからと言って、できるようになる訳ではない技術だと思います。というのは、たくさんの野球観戦をしたからと言って、イチロー選手のバッティングができるようになる訳ではないでしょう?

そして、ピカソの絵でさえ、完璧な感動を呼びさます絵というのは、ピカソの生涯のうち、ほんの数点だったろうと思っています。そして、広告のような、デザイナーとの共同作業なら、最終的な出力ということがあって、どんな場所に、どういうターゲットに向けて発信するのかというディレクターやプロデューサーの仕事もあり、コピーの文字の大きさひとつでも、もしかしたら、70点の絵が120点の感動的なヴィジュアル作品に仕上がる可能性があると思います。

だから、仕事のイラストレーションに関しては、「これ以上はできませんでした。」状態で締め切りに間に合わせることができれば、あとはデザイナーを信じている感じです。

夢想、妄想、無理な理想かもしれないんだけど……たとえば殺人犯になる人がね、殺人をしようと思って準備万端で出かけるんだけど、私の絵を広告塔で見ちゃうの。それで、感動の涙が邪魔して、銃やナイフなんて使えない……そんなことになったらいいな、と思っています。

でも、こういう「事無きを得る」っていうことは、化粧水に似ていて、使っていたからトラブルが起きなかったんだということを、なかなか確かめることはできないんだけれども。

とりあえず、そういう志のある絵っていうのは、人を不快になんかさせないし、広告のコピーを心に留める邪魔にもならないし、美しい音楽に人が耳を澄ますように、ターゲットの心の目を注がせる力があるんだと思っています。

下手な鉄砲も数撃てば当たる、ではなくて、上質な願いを数多く捧げなければ、神様には届かない。奇蹟は、そういうふうにして創るのだと思うの。私のピカソがあったように、誰かにはピカソの青の時代が、誰かにはセザンヌが、カッツが、あるのかもしれません。

そういえば、絵画を観ることに、あまり興味がなくなったように、旅行も、よほどの理由がなければ、私は行きません。やっぱり20才くらいの時に、ひとりで小笠原に行きました。その時は、広告写真の青い海っていうのが、「本当にこんなに青いのかな? 印刷の時に色を変えるのかしら?」と不思議に思って、南の海を確かめたかったんです。海外でも良かったんだけど、小笠原は、その頃、海の透明度が東洋一ということでした。そして、一番近かったし、私は飛行機に乗るのが恐いので、船旅の小笠原がいいや、ということにしました。(映画タイタニックを観てから船旅も恐い)

小笠原の海は、広告写真より、もっと青かった。RGBの一番明るいブルーっていう感じでした。だから、私は、広告写真というのは、嘘っぱちの青にしているんじゃなくて、自然を表現しようとして、まだ、とどかないのだと知りました。

それからは、私は旅行に行かなくても、テレビの映像や風景写真で満足するようになりました。写真を見て、「綺麗だなぁ。でも本当は、もっと綺麗な景色が、あるんだなぁ。」と思うだけで幸せな気分になります。実際には、小笠原だって、人のいない海辺の写真を撮るのは難しいかもしれませんし、旅行に行ったら、自分の視界に入る景色というのは、旅行前のイメージよりは色褪せた感じがするものかもしれません。

最近では、風水の考え方で、吉方角に旅行に行って運を掴むなんていうのも楽しそうだな、と思いますが、仕事部屋は南向きでお気に入り。ここで、ひとりで作業しているのが、わりと好きです。

【たかはし・りき/イラストレーター】riki@tc4.so-net.ne.jp

・高橋里季ホームページ
< http://www007.upp.so-net.ne.jp/RIKI/ >