ショート・ストーリーのKUNI[49]目印/やましたくにこ

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あるところに王子様と恋人が住んでいました。ふたりはとても仲むつまじく、だれもがうらやむほどでしたが、恋人は重い病にかかってしまい、あれよあれよと言う間に明日をも知れぬありさまとなってしまいました。まだ18歳という若さであったので、その口惜しさは並大抵のものではありません。

「私はもうすぐ死ぬわ。でも、必ず生まれ変わって、あなたと結婚するの」
「何を言うんだ。死んだりするものか」
「いいえ、わかるの。これは仕方ないことなの。どうか、生まれ変わった私を見つけて。一年後に生まれるから」
「1年後に生まれる赤ん坊はたくさんいる。その中から君の生まれ変わりをどうやって見つけたらいいのだ。赤ん坊は僕にはみんな同じに見える」
「だいじょうぶ。目印を持って生まれるようにします」
「目印? どんな?」
「それはね」
「うん」
「きん の み」



がくっと恋人はうなじを垂れ、それきり二度と息をしませんでした。王子様はたいそう嘆き悲しみましたが、どうしようもないことです。恋人の言葉通り、恋人が生まれ変わるのを待つことにしました。なにしろ王子さまはまだ20歳でした。時間は十分あるのです。

一年後、王子様は国中におふれを出しました。
「『きんのみ』をもった娘は名乗りいでよ。その娘はわがきさきになるべし」

はたして、あちこちから名乗り出てきたものがいました。
「私の娘は生まれたとき、右手に金のりんごを握りしめていました。これがそうです。金の実です」
ある農夫はそう言って、豆粒ほどの金のりんごを示しました。とても美しいもので、それを握りしめていた赤ん坊もたいそうかわいらしいのでした。

「私の娘は生まれたとき、なんだか泣き声がおかしいのでよくみると、のどの奥に金のいちごがくっついていました。ほら、これがそうです。金の実です」ある商人はそう言って、紙のように薄い金のいちごを示しました。金のいちごもたいへん美しく、赤ん坊も成長すればさぞかし美しい娘になると思われました。

そのほかにも「金のえんどう豆のようなほくろがある赤ん坊」「金のオリーブの実のような乳首の赤ん坊」の親がそれぞれ名乗り出ました。
「どの赤ん坊もかわいいし、この中からひとりを選べと言われても無理な話だ。よし、全部ひきとることにしよう」
王子様は、親には十分すぎるほどのものを与えて四人の赤ん坊をひきとり、育てることにしました。

赤ん坊はあっというまに成長しました。金のりんごの娘は赤ん坊のころとは打って変わって不器量になり、意地悪でどうしようもない娘になりました。調べてみると金のりんごは鉛でつくったものにメッキをしたにせものでした。金のいちごの娘は器量は並だが間抜けでなまけものの娘になりました。金のいちごもにせものでした。

金のえんどう豆の娘はでぶで何を着ても似合わないのにぜいたく好きでお金ばかりかかる娘に、金のオリーブの娘は陰気で無愛想でなんでも知ったかぶりする暗い娘に育ちました。もちろん、ほくろも乳首もにせものでした。みんな、お金目当ての親たちが仕組んだことだったのです。

「王子様、あたし、おなかすいたんだけど」
「王子様、庭にプールとバラ園とメリーゴーラウンドをつくってほしいわ」
「王子様ってなんでそんなに陰気な顔してんのよ」
「王子様、あたし死にたくなってきた」

王子様は娘たちの相手に疲れ果て、ときおりは一人で森を散歩しました。すると、死んだはずの恋人がサワグルミの梢を揺らす風となってささやくように思えるのです。

──ひとを見る目がないのね。これじゃこの先思いやられるわ。
──面目ない。
──どの娘も私とは似てもにつかない娘じゃないの。
──ほんとにその通りだ。

王子様はいまや中年にさしかかっていました。王と王妃は相次いで亡くなり、この件からもわかるようにおよそ世間ずれしていない王子様は、たちまち隣国の国王と手を組んだ臣下によって王座を奪われ、城を追い出されてしまいました。もちろん、四人の娘とも離ればなれになってしまいました。というより愛想をつかされてしまったのです。

「なんだい、あたいをおきさきにするんじゃなかったのかい」
「楽な暮らしができると思ってたのにさ」
「契約違反だぜ」
「この甲斐性なし」

できの悪い娘たちでもそれなりに愛情がわいて離れたくはなかったのですが、そういうわけにもいきません。王子様はわずかな荷物を持ち、やせたロバに乗ってあてのない旅へ出ました。大勢いた召使いもみんなやめてしまい、たった一人残った下女をおともにして。すると夜の森で鳴くフクロウとなって、死んだ恋人がささやくような気がするのです。

──おちぶれたものね。これというのも私を早く見つけないからよ。
──すまない。僕は本当に甲斐性なしだ。

それからふと、王子様は、恋人が死んでから19年たったことに気づきました。つまり、翌年に生まれた「生まれ変わりの娘」は、18歳。死んだ恋人と同い年になっているのです。

「赤ん坊のときはわからなくて当然だ。18年後にどんな娘に成長しているか、コンピュータでも難しいに違いない。でも、いまならきっと、その娘は恋人とそっくりになっているはずだ。僕はたやすく見つけられるに違いない」

王子様は死んだ恋人の愛らしいおもかげ、かわいかった声、見ているとついついほほがゆるんでしまう仕草の数々を思い出しました。どこかにきっと、その娘はいるにちがいないのに、いまだ巡り会っていないのです。王子様はためいきをつき、そばにいた下女に話しかけました。

「おまえにもひょっとして今年18になるような娘がいるのかい」
する下女が答えました。
「いるわけないずら。おらが今年18だでなあ」
「えっ!」

王子様は目を疑いました。目の前にいる女は色が黒くて団子っ鼻、髪はぱさぱさで化粧っ気もなく、からだが頑丈そうなだけが取り柄のあか抜けない田舎女でした。年齢不詳、というより年齢を意識したこともありませんでした。確かに、そう言われてよく見れば肌にはしわもなく、老いた女のそれではありません。「驚くことはなかんべ。おら○年○月○日の生まれだからな」「え!」それは恋人が死んだちょうど1年後の日付でした。

「ま、まさかと思うが、生まれたとき、おまえの体には何か金の目印があったかい」
「目印かなにか知らねえども、金といえばこんなものがあるずら」
そう言って下女は小さな金のかけらをさしだしました。
「ここここ、これは、どこにあったのだ」
「ここずら」
下女は自分の耳を示しました。王子様が半信半疑でのぞくと、なんと、下女の耳には金のみみあかがいっぱいつまっていたのです。そして、確かに、まじまじと下女の顔を見れば、どことなく死んだ恋人と似ているのです。いや、人によってはそっくりだと言うかもしれません。王子様はショックで倒れてしまいました。

教訓その1:年月は思い出を美化させる

王子様は下女のみみあかを集めて売りました。みみあかはどんどんできるので王子様はすぐにお金持ちになりました。下女はあれ以来どんどん死んだ恋人と似てきました。いえ、もともとそっくりだったのに気づかなかっただけか、大人になって経験値が増すとひとを見る目も変わったのでしょうか。

教訓その2:過去の自分は他人である。

王子様は裕福になったので、あのなつかしい四人の娘たちを呼び寄せ、ともに暮らすことにしました。

「きゃ、王子様じゃないの。おひさ〜」
「すっかり羽振りがよくなっちゃって。どうしたの?」
「今度はだいじょうぶなんでしょうね」
「急にお金がなくなったなんていわないでよねー」

四人の娘がいると急に空気が華やかになりました。下女とふたりの暮らしではこうはいきません。王子様は下女(いまでは下女ではなく、ともに暮らす五人の女のうちのひとりでしたが)のみみあかをあてにして、自分は働きもせずだらだらと暮らしました。いまでは、元下女が死んだ恋人の生まれ変わりであることは確かだと思えるのですが、どうもきさきに迎える気がしないのは困ったものです。

教訓その3:男というものはまったくろくでもない生きものである。

【やましたくにこ】kue@pop02.odn.ne.jp
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