映画と夜と音楽と…[399]文久三年のダークサイド/十河 進

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●大河ドラマをキッカケにして日本の歴史を学んだ

NHK大河ドラマ 篤姫 完全版 第壱集 [DVD]NHKの大河ドラマ「篤姫」が高視聴率を保ったまま、もうすぐ終わろうとしている。30年近く大河ドラマを見てこなかった僕も、珍しくはまった番組だった。毎週日曜の6時からNHKハイビジョン・チャンネル、つまり最も早く見られる放映で見続けてきた。

たまに何かの都合で見られなくても、日曜日の放映は夜の8時からとBSでの10時からの放映がある。それでも見損ねたら翌週の土曜日の昼間の放映でチェックできる。そういうことで、僕は一度も欠かさなかった。ただし、まったく見る気がなかった一回目の冒頭15分ほどを見逃している。

「篤姫」の原作がずいぶん前に出ていた宮尾登美子の小説だとは知っていたが、内容にはまったく知識がなかった。幕末の話であることも知らなかった。宮尾登美子原作の映画はいくつも見ているが、小説を読んだことはない。いや自伝的だと言われる「朱夏」は読んだかな。よく憶えていない、やれやれ。



たまたま「篤姫」の一回目をかけたら、長門裕之が悪相のメーキャップで「お由羅」と側室を呼ぶシーンがあった。次に島津斉彬が老中の阿部と何やら陰謀めいた会話を交わし、しばらくして調所広郷(平幹二郎)が登場した。僕にとっては、二回目くらいで死んでしまった調所が「篤姫」で最も印象深い人物だった。

「お由羅」と聞けば、薩摩藩の「お由羅騒動」である。僕は「何だ何だ、『篤姫』って薩摩藩の話かよ」と思い、そのまましばらく見続けることにした。その時代の薩摩の知識はない。また、「お由羅騒動」を題材にした小説はあまりないけれど、海音寺潮五郎の「南国太平記」が有名である。

確か、30数年前に角川文庫版を買ったなあ、と思いながら書棚をひっくり返してみたが出てこなかった。昔、「南国太平記」がドラマになり、益満休之助を西田敏行がやった記憶があるが、これもはっきりしない。そう言えば、海音寺潮五郎の小説も大河ドラマで二本が映像化されている。

NHK想い出倶楽部II~黎明期の大河ドラマ編~(3)太閤記 [DVD]大河ドラマ三作目「太閤記」(1965年)の石田三成役で人気が出た若き石坂浩二が上杉謙信を演じた「天と地と」(1969年)、平将門(加藤剛)と藤原純友(緒形拳)を描いた「風と雲と虹と」(1976年)である。その後、「天と地と」は角川映画になったから、少しは知られているのだろうか。

僕は「草燃える」(1979年)のおかげで鎌倉幕府創設期の面白さと歴史的背景を知り、永井路子の鎌倉ものを集中的に読んだ。また、山田太一のオリジナル脚本で描いた「獅子の時代」(1980年)で秩父事件の背景を学び、しばらく秩父事件の文献を漁った。だが、「獅子の時代」を最後に大河ドラマは見ていない。「篤姫」で何と28年ぶりにはまったのである。

その理由は知らない人物たちが登場したのと、薩摩藩の幕末裏面史のようになっていたからだ。「篤姫」で初めて西郷隆盛の二度の島流しのいきさつが理解できたし、薩摩藩士同士で斬り合った「寺田屋事件」の詳細もわかった。「安政の大獄」の影響も実感できた。なぜ、薩摩藩がしつこく倒幕を主張したのかも理解した。

「篤姫」で知名度を上げたひとりは、間違いなく小松帯刀(瑛太)だ。肝付家に生まれ名家の小松家に養子に入り、小松帯刀を名乗って家老職に就く。彼がいなければ西郷も大久保も重用されなかったと言われている。坂本竜馬の理解者であり盟友でもあった。明治3年に30半ばで死んでしまうから、戊辰戦争の2年後である。

●幕末の時系列を新選組の歴史に重ねて確認するところがある

戊辰戦争は慶応4年(明治元年/1968年)の正月明けに鳥羽伏見で始まった。前年末に「王政復古の大号令」が発令され、岩倉具視の策謀で薩長軍に錦の御旗が下されたため、最後の将軍慶喜が大阪城からひそかに脱出して江戸へ逃げ帰るのである。先週、「篤姫」はこのエピソードを描いていた。

幕末 (文春文庫)このあたりの個々のエピソードは司馬遼太郎の短編集「幕末」に詳しく書かれている。僕は司馬遼太郎には「燃えよ剣」「新選組血風録」から入ったから、最初は幕末ものを読破した。「竜馬がゆく」が評判になっていた頃で、戊辰戦争で官軍と闘った河井継之助を描いた「峠」が新聞連載中だった。

「篤姫」では、戊辰戦争そのものは描かれない。しかし、慶喜が大阪城をひそかに脱出したと侍たちが騒ぐシーンで、僕はその中に土方歳三がいるはずだと思った。伏見での闘いの最前線に新選組隊士たちはいたし、伏見奉行所で井上源三郎が死んでいる。また、伏見奉行所にいる頃に、近藤勇は伊東甲子太郎一派の残党に狙撃され重傷を負った。そのため、指揮は土方が執っていた。

「篤姫」の戊辰戦争開始のエピソードを見ながら、そんなことを連想してしまう自分に少し呆れたが、僕は幕末の時系列を新選組の歴史に重ねて確認するところがある。やはり「燃えよ剣」と「新選組血風録」の印象が強く刻み込まれているのだろう。その二冊を読んだとき、僕はまだ10代半ばだった。テレビでは栗塚旭の土方歳三に人気が集まっていた。

以前に書いたかもしれないが、僕の新選組体験はテレビドラマ「新選組始末記」から始まる。1961年10月から翌年の12月まで一年以上にわたって放映された。近藤勇は中村竹弥(テレビ版「旗本退屈男」もやったはず)、土方歳三は京大以来の大島渚の盟友であった戸浦六宏、沖田総司は明智十三郎だった。

新選組始末記 [DVD]「新選組始末記」が子母沢寛の労作で、新選組関連の貴重な資料になっているのを知るのはずっと後のことだ。子母沢寛は実際の証人たちに会って話を聞いている。新選組について自分の体験や証言として語れる人々が、まだ生きていたのである。「新選組始末記」(1963年)は主人公を山崎蒸(市川雷蔵)にしていたが、これも原作の山崎の話だけを採用したのかもしれない。

山崎蒸は新選組監察方を担当し、新選組幹部として重要な人物である。列伝形式の「新選組血風録」でも司馬遼太郎によって一編を与えられている。行商人に化けて池田屋に潜入し、志士たちの刀を隠してしまったという。意外な役者が山崎蒸を演じたのは、大島渚監督作品「御法度」(1999年)だった。元ボクサーで芸人のトミーズ雅である。

僕は今まで数え切れないくらい「新選組」が登場する映画を見てきたし、同じように小説も読んできたが、新選組というのは悪役になったり主役になったりで、けっこう毀誉褒貶が激しい。もちろん天皇崇拝の勤王思想に彩られた明治以降から敗戦までは主役になることはなかった。ロマンチックな見方をしなければ、新選組の歴史からは血にまみれたおぞましさしか感じない。

●粛正と暗殺と処刑に彩られた新選組5年間の歴史

「新選組が好きだ」と話をしたとき、「新選組って内ゲバの歴史ですよ。ソゴーさんは内ゲバ世代だからかな」と言われハッとしたことがある。僕より一回りほど若い後輩である。なるほど、そういう見方もできるのかと、大げさに言えばショックだった。しかし、その観点で新選組の歴史を見直すと、なるほどとうなずくしかない。

江戸の貧乏道場主である近藤勇、その幼なじみの土方歳三、彼らの弟のような沖田総司、それに兄弟子の井上源三郎。彼らは天然理心流の同門である。そこに食客としていたのが、山南敬介、原田佐之助、藤堂平助、永倉新八だ。彼ら8人が後に新選組の核になる。

しかし、新選組立ち上げ時は芹沢鴨一派の力を利用する。芹沢は水戸天狗党生き残りの有名人で、芹沢と芹沢一派の新見錦と近藤勇の3人が局長としてスタートした。副長が土方と山南だ。近藤一派は新選組がうまく動き始めたところで、芹沢鴨一派を粛正する。文久3年(1963年)、新選組が発足した年である。

多くの新選組物語では、芹沢鴨は酒乱で、悪行の数々を犯した男だとされている。また、新見錦や平山五郎など芹沢一派の人間は芹沢に媚びへつらうだけの人物として描かれる。芹沢一派を悪役にして、近藤派の暗殺を正当化するためだろう。しかし、深夜、寝込みを襲った近藤派のやり方は陰湿だ。結局は、権力闘争のための暗殺だった。

次に起こるのは、山南敬介の処刑だ。何かと言えば隊士に死罪を命じる新選組では、切腹や斬首が続く。副長の山南敬介はそういう仕置きに嫌気がさしたのか、新選組を脱退して江戸へ向かう。追ったのは沖田だと言われているが、結局は山南の死も権力闘争の結果だったのかもしれない。

新選組の歴史で最大の内ゲバと言えば、伊東甲子太郎一派の分裂と抹殺である。「新選組血風録」の最初に置かれた一編「油小路の決闘」で描かれた話だ。近藤が三顧の礼で招いたインテリ伊東甲子太郎が隊士10数名を連れて新選組を割り、薩摩藩をスポンサーとして別派を立ち上げた事件である。伊東甲子太郎は近藤一派の騙し討ちに合い、遺体を油小路に晒される。

伊東の遺体を奪い返しにやってきた伊東一派と近藤一派が油小路で闘う。江戸以来の近藤一派だった藤堂平助は伊東派に寝返っていたため、原田左之助や永倉新八など昔なじみと刃を交えた。まさに内ゲバである。薩摩藩士同士が斬り合った「寺田屋事件」も悲惨だが、油小路の決闘も陰惨である。伊東の遺体を晒して仲間をおびき寄せる土方のやり方が陰湿で僕も好きになれない。

幕末残酷物語 [DVD]そんな新選組のダークサイドを強調した映画がある。「幕末残酷物語」(1964年)である。若き大川橋蔵が主演した。気楽そうで朗らかな若い侍が新選組に入ってくる。明朗闊達な若者は、新選組内部の陰湿な権力闘争やすぐに隊士を死罪にしてしまう規律によって、次第に人間性を失っていく。

隊士たちの悲劇がこれでもか、これでもかと描かれていく。近藤も土方も自分の権力に酔い、それを試すかのように平隊士に切腹を命じてゆく。近藤勇を演じたのがテレビドラマ「新選組始末記」の中村竹弥だったのは、皮肉としか言いようがない。メーキャップも目の周りにシャドーを塗って隈を作ったりしているせいか、ひどく残酷な性格が強調されていた。

西村晃が演じた土方も人間的には最低の男だ。当時の西村晃は陰険な悪役を得意とする役者である。沖田役の河原崎長一郎は、ニヒリストの殺人鬼だった。そんな中、何かの目的を持って入隊したらしい主人公は、彼らの秘密を暴こうとする。主人公が芹沢鴨の甥で、優しかった叔父の死の真相を探ろうとして入隊したことが最後に明かされる。

もしかしたら「幕末残酷物語」で描かれた新選組が真実の姿に近いのかもしれないが、やはり後味のいい映画ではなかった。加藤泰監督もそう思ったのだろうか、劇映画としては遺作になった「炎のごとく」(1981年)では新選組を物語の背景に配置し、近藤勇(佐藤允)を立派な人物に描いている。

あれは、京都に暮らし、京都で映画を撮り続けた加藤泰監督の新選組に対する詫びだったのかもしれないな、と思ったことがある。

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あと一ヶ月すれば、年末年始休暇になる。早いなあ、とつぶやくのは月並みだが、やっぱり早い。それにしても、景気の悪さが身に沁みる年末になりそうだと憂鬱。挨拶代わりに「いい話はないかい」と人に訊くクセが再発し、嫌われている。人に訊く前に、自分からいい話をしなくちゃね。

●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.bookdom.net/suiyosha/1400yomim/1429ei1999.html >
受賞風景
< http://homepage1.nifty.com/buff/2007zen.htm >
< http://buff.cocolog-nifty.com/buff/2007/04/post_3567.html >

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映画がなければ生きていけない 1999‐2002
十河 進
水曜社 2006-12-23
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star第25回日本冒険小説協会 最優秀映画コラム賞
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by G-Tools , 2008/11/28