ショート・ストーリーのKUNI[51]牛 それは年賀状だけで終わらなかった/やましたくにこ

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ケンイチ「先生〜」
先  生「おお、ケンイチ君やないか。どないしたんや」
ケンイチ「ぼく、ぼく…ぼくのお父ちゃんが……」
先  生「泣いてたらわかれへんがな。お父ちゃんがどないしたんや」
ケンイチ「ぼぼ、ぼくのお父ちゃんは……ほんとは人間やったんやないですか。それが……ごはん食べてすぐ横になったから牛になったんでしょ。ちがいますか」
先  生「だ、だれに聞いたんや、そんなこと」
ケンイチ「クラスのみんなが言うんです。わーい、おまえの父ちゃん、元にんげーん、元にんげーん、ゆうて。わーん」
先  生「けしからんな」
ケンイチ「いいんです。前からうすうす感づいてました」
先  生「そうか」
ケンイチ「こないだお父ちゃん、寝言言うてたんです。『牛丼食いたい…』て。牛がそんなん言うて変です」
先  生「そ、そらそうやな」



ケンイチ「時々、お尻のハエを前足で追おうとしてこけそうになってるし」
先  生「しっぽの使い方がマスターできてないんやな」
ケンイチ「しやから、いいんです。もうわかってるし、隠さんといてください。だいたい牛乳きらいな牛なんておかしいです。でも、ほんまに人間はごはん食べてすぐに横になったら牛になるんですか」
先  生「うむ。それは本当や。だいたい日本は昔から畳の生活やったからつい横になってしまう。牛になる危険性が高い。それを防ぐために生活の洋風化が進められた」
ケンイチ「ほんまですか」
先  生「うそや」
ケンイチ「わーん」
先  生「すぐに泣くな。しかしまあ、そないにみんな牛になっても家が狭いし、困るわな。しやから普通は一回横になったからゆうてすぐに牛にはならへんようになってる」
ケンイチ「悪質な常習犯だけが牛になるんですか。やっぱりぼくのお父ちゃんはあかんたれやったんや。ぼくはあかんたれの子どもや。わーん」
先  生「そんなことはない、そんなことはない。親をそんなふうに言うもんやないぞ。ちょっと運が悪かったんや。えーと、たまたま取り締まり期間中でねずみとりをやってて……」
ケンイチ「秋の交通安全週間かいな」
先  生「いや、そうやなくて、えーと。ついついぐっすり寝過ぎたんやな。ちょっとだけやったら、うっかり牛になりかけててもまわりの人がほほをたたいて『寝るな、牛になるぞ! 牛になるぞ!』と起こしてやれば牛にならずにすむんやが」
ケンイチ「雪山登山かいな」
先  生「首のあたりまで牛になったところであやうくとまった人もいるしな。なかなか人間やるのもたいへんや。それに君のお父さんの場合は悪条件が重なった。もともと牡牛座の生まれで丑年やった。家も藤井寺球場のすぐそばやった。愛読書は『牛なわれた時をもとめて』。そんなお父さんが、よっぽど疲れてたんやろな。ごはん食べ終わったらすぐ横になってぐーっすり寝てしもうて、しかもまわりにだれもいてなかったそうや。う、うう」
ケンイチ「先生、泣いてるやん。やっぱりうちのお父ちゃんは人から哀れまれるようななさけない存在なんや。わーん」
先  生「わーん」
ケンイチ「しかし、ここで新たな疑問が浮上してきました」
先  生「急に口調を変えるな。なんやねん」
ケンイチ「ぼくのお母ちゃんは最初から牛やったん? ぼくはお父ちゃんが牛になってからの子ども? それともお母ちゃんの連れ子?」
先  生「よう聞いてくれた。実はな。君のお母ちゃんの、えーと、ハラミさんやったかツラミさんやったか」
ケンイチ「たまみです」
先  生「そうそう、たまみさんも元は人間やった」
ケンイチ「え、やっぱり!」
先  生「たまみさんは君のお父さんの恋人やった。しかし、恋人が牛になってしもうたから、これは人間でいてもしょうがないと考え、後を追って自ら牛になった」
ケンイチ「え!」
先  生「なかなかできんことや。花も恥じらう乙女が自分から、ご飯食べたあとすぐに横になって……覚悟の牛化や」
ケンイチ「えーっ、ほな、お母ちゃんのときも、誰も起こしてくれへんかったん?!」
先  生「幸か不幸か、たまみさんは牛になっても普段とあんまり変われへんかったんやな。まわりの人が、そういえばどことのう違う、なんぼもともと牛みたいなひとやったというても、これほどやなかった、こらほんまに牛になってるわと気づいたときはすでに手遅れやった」
ケンイチ「先生、ひとの親をむちゃくちゃ言うてるし」
先  生「ほんまやから仕方ない。まあおかげで二人の恋は実って、めでたく君が生まれたわけや。君はそういう両親のもとに生まれたことを誇りに思わないかんぞ」
ケンイチ「はい、わかりました。もう、松阪君や霜降り君にばかにされても泣きません。ところで、お父ちゃんやお母ちゃんみたいに元人間やった牛って、どのくらいいてるんやろ?」
先  生「うーん……こらひょっとしたら意外と多いかもしれんな。牛なだけに、はんすう(反芻)…」

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