ショート・ストーリーのKUNI[52]愛の法則/やましたくにこ

投稿:  著者:  読了時間:7分(本文:約3,400文字)


ミドリ「おじちゃま、こんにちは」
叔 父「誰かと思ったらミドリちゃん。久しぶりだな。おや、なんだか浮かない顔をしているが、どうしたんだね」
ミドリ「あたし、最近、愛に自信が持てなくなったの」
叔 父「どういうことだね。ミドリちゃんはツトム君と結婚して幸せな生活を送っているのじゃなかったかい」
ミドリ「ええ、そのはずが…しくしく」
叔 父「ああ、泣き出した。昔から泣き虫だったからな、ミドリちゃんは。ツトム君とけんかでもしたのか」
ミドリ「そうじゃなくて。あの、結婚して30年もたつと、なんだか」
叔 父「ちょっと待て。結婚して30年もたつのか」


ミドリ「そうよ」
叔 父「結婚したとき何歳だった」
ミドリ「22歳よ」
叔 父「あ、じゃ、じゃあ、いまは52歳か。52歳といえばおばはん。あ、なんでもないなんでもない。えーっと、52歳にしてはそのしゃべりかたはどうかと思うが」
ミドリ「いけないかしら、おじちゃま」
叔 父「いや、別に、まあ自由ではあるが」
ミドリ「そうでしょ。でね。30年もたつと自分がツトムちゃんを愛してるかどうかわかんなくなっちゃって」
叔 父「ツトム君は何歳だっけ」
ミドリ「57歳よ。そんなことどうでもいいじゃない。あのね。結婚する前はどきどきしてふわふわして、きらきらしてたの、あたしの気持ち。ツトムちゃんの声を聞いたり見つめられただけでもふわふわがぽわんぽわんになってどきどきがどっきんどっきんになった。きらきらがぴかぴかになって目もくらむほどだったわ」
叔 父「とてもよくわかるよ」
ミドリ「でも、最近、そんなことがなくなっちゃった。ツトムちゃんと話していてもご飯食べても、はさみ将棋してもしりとりしてもどきどきしないの」
叔 父「君たちは何年生だね。いや、30年間ご飯食べるたびにどきどきしてたら大変だと思うが」
ミドリ「でも、愛し合って結婚したじゃない、あたしとツトムちゃん。それが、なんだか、ふつーの関係になるって、そんなの許せない。悲しすぎるっ」
叔 父「うーむ」
ミドリ「もう愛がないなら結婚してても仕方ないでしょ。あたし、ツトムちゃんと離婚したほうがいいのかしら? でもそれも悲しいし、あたし、どうしていいかわかんないの。しくしく」
叔 父「ミドリちゃんが悩んでいることはよくわかる。なぜなら私はそういうことをもう何十年もの間研究してきたからだ。私の生涯のテーマはは『愛の質量保存の法則』を立証することだ」
ミドリ「愛の質量保存の法則?」
叔 父「ミドリちゃんは気がつかなかったかもしれないが、君が結婚するとき、ひそかにデータを取っておいた」
ミドリ「データ?」
叔 父「ミドリちゃんが結婚したとき、ミドリちゃんは54,000アイを持っていた。それが果してどうなるか、いつか調べてみようと思っていたのだよ」
ミドリ「54,000アイ? アイは愛の単位なの?」
叔 父「そう。仮に私がつけたものだがね。では、一度調べてみようか。ここにあるのがその測定器だ。ミドリちゃんのいまの愛がどうなっているか調べてみよう…出た」
ミドリ「もう結果が出たの?」
叔 父「うん。これがその結果だ。結婚した当時、ミドリちゃんの54,000アイはすべて第1ステージの愛で占められていた。でも、いまは違う。ほら。
   第1ステージの愛  16,197アイ
   第2ステージの愛  22,150アイ
   第3ステージの愛  15,543アイ
第1ステージはいわゆるアツアツの状態じゃな。それから第2ステージ、つまりおだやかな愛へと変わる。どきどきこそなくなったもののこれはこれで味わい深い愛じゃな。そして第3ステージ。これは長い年月をともにして、もはや離れがたい伴侶として、お互いを大切な存在として、認め合い尊重しあう愛。大変崇高なものだ。恋に落ちたふたりもいつまでもアツアツではいられない。だが、愛がなくなるわけではない。愛が成熟し、質が変わるだけで、総量は変わらないのじゃ。これを愛の質量保存の法則と」
ミドリ「110アイ足らない…」
叔 父「えっ」
ミドリ「全部足すと53,890アイになってしまう。あたし、そろばん3級なの。見取り暗算が得意で」
叔 父「ま、それはいいが」
ミドリ「ああ、110アイ足らない。やっぱり、やっぱり、あたしの愛は110アイも減ってしまったんだわ。ツトムちゃんを愛してるつもりだったのに、ああ、どうしよう、どうしよう」
叔 父「こ、これはまずかった。そうか、110アイ。どこに行ったんだろうな。どこかに落としたような覚えはないかい。ほら、定期券を出したときにポケットから落としたとか、スーパーのかごの中に忘れてきたとか。よくあるだろ、うすべったいものだと、ぺたっとかごに張り付いて。お茶漬け海苔とかふりかけとか」
ミドリ「愛とふりかけを一緒にしないでちょうだい、おじちゃま。ごまかそうったってだめよ。めそめそ」
叔 父「ああ困ったなあ…あ、そうじゃ! 大事なことを忘れていた。第3ステージの愛は第1、第2に比べて、えーと、やや重いのだ。この数字では15,543となっているが、実は仮の数字でな。これに係数1.064981をかけないといかん。かけてみると、ほーら15,653となって、全部足すと54,000アイじゃ」
ミドリ「あ、ほんとだ。じゃあほんとに、あたしの愛はむかしと変わってないのね。ちょっと種類が変わっただけなのね。よかったー」
叔 父「納得したかね。私も自分の説の正しいことがわかって安心した」
ミドリ「急に気分が軽くなったわ。じゃあね、おじちゃま。バイバイ」

叔 父「ふーっ。帰った帰った。一時はどうなることかと思ったが、なんとかでたらめを言ってごまかした。しかしあぶないところだった。おかしいな。110アイ…110アイ…」
ツトム「おじちゃん、こんにちは!」
叔 父「おお、今度はツトム君じゃないか。久しぶりだな。元気かい」
ツトム「うん、おじちゃんも元気そうで、ぼく、とってもうれしいよ!」
叔 父「夫婦そろってそのしゃべり方かい。確か57歳のはずじゃが」
ツトム「そんなこと、どうだっていいだろ、おじちゃん! 言葉遣いは関係性を表すものだと思えば、叔父と甥の関係が変わらない限り、これでいいのさ!」
叔 父「へりくつだけは57歳じゃな。で、何か用かい」
ツトム「うん、実はね、ぼく…悩んでいるんだ」
叔 父「夫婦で悩んでいるのかい。まさか、愛がどうとかいうんじゃないだろうな」
ツトム「よくわかりますね、さすがおじちゃん。実は、ぼく、最近ミドリちゃんと遊んでるとなんだか…重苦しい気分になるんだ。ミドリちゃんが好きな気持ちは昔と変わってないつもりなのに、ふたりで毎晩、七並べや『ど貧民』をしてると、楽しいんだけど、なんだか重苦し〜くなってくるんだ。ぼく、ほんとはミドリちゃんのこと愛してないんだろうか…」
叔 父「君らはどういう夫婦生活をしておるのかね。いや、それはいいとして、実は私は愛の質量保存の法則というのを立証しようとしているのだ。詳しい説明はすでにしたので省略するが」
ツトム「うん、50行ほど上に書いてあったから、知ってるよ。ひょっとしてぼくのデータも取ってあるの?」
叔 父「そうとも。あのときはツトム君もミドリちゃんとぴったり同じ54,000アイだった。いまはどうなってるか、この測定器で調べてみよう…出た。
   第1ステージの愛  17,029アイ
   第2ステージの愛  24,551アイ
   第3ステージの愛  12,530アイ
   ほーら、これを合計すると」
ツトム「54,110アイ…なんか増えてるけど」
叔 父「おおっ! 110アイ増えている! さっきの110アイがこんなところに!」
ツトム「ああ、それで…まるで重い上着を一枚着込んだように重苦しかったんだ。愛が増えた分、重くなったんだね。愛は重い。愛は思い…なんちて」
叔 父「おやじギャグは無視して、これでわかった。君たちふたりまとめて考えれば、質量保存の法則が成り立っている。そうか、結婚すると世帯単位になるのか、愛は」
ツトム「健康保険とか年末調整の話じゃないんだけど。だいたい、これでおじちゃんの説が正しいことになるのかなあ」
叔 父「むふ。しかし、それより」
ツトム「それより?」
叔 父「心配するまでもなく、君たちほどぴったりの夫婦はいないさ」

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