ショート・ストーリーのKUNI[53]遺跡
── やましたくにこ ──

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隊員「隊長、これが地球ですか、やっと着きましたね」
隊長「うむ。かつては繁栄を誇った地球も、地球暦でいうところの21世紀に突然滅んではや数千年。しかし、滅亡に至った経緯は謎に包まれておる」
隊員「そこでわれわれが、ドドンコ星文科省から学術調査に派遣されたというわけですね。調査隊は2人だけですか」
隊長「いや、もうひとつの隊と合流することになっている。われわれがA班であとから来るのがB班」
隊員「めちゃシンプルな名前ですね」
隊長「すでに2年前の調査隊がおおまかな発掘をすませておる。それまでは降り積もった灰と土砂で分厚くおおわれていたがな。ほれ、このあたりが日本の、大阪と呼ばれていたあたりだ。さあ掘ってみようか。遺跡を壊さないように注意しろよ」
隊員「なんかとんがったものが出てきました……塔のようですね。日立、と文字が」
隊長「あ、それは通天閣だ。私の資料によると当時日本で最も高い塔だったらしい」
隊員「へー、これが。何のためのものなんですか」



隊長「用途は不明だ。ドドンコ星襲撃のための基地だったという説もある。危険なやつらだ。滅びてよかった。もっと掘れ」
隊員「わ、車両のようなものが出てきました」
隊長「おお、上町線。いわゆるちんちん電車で、当時最速の乗り物だ。これが首都大阪と、その他の都市を結んでいたらしい」
隊員「へー、これがねえ。しかし、何もかも小さくて作業がやりにくいです」
隊長「というより、われわれドドンコ星人が大きいのだ。多少の誤差はあるかもしれんが、資料によると地球人の身長はわれわれのおよそ30分の1しかなかった」
隊員「ええっ、そうなんですか。じゃあこの小さな星でも間に合うわけだ」
隊長「そうそう、地球人からみれば君も私もウルトラマンみたいなものだ。えっと、ちなみにいま君の右足は天王寺区でも左足は阿倍野区にある」
隊員「あ、すいません。あべの近鉄跡を踏んでました。あ、抜いた足をおろしたら今度は天王寺ステーションビル跡。わ、尻餅ついたら四天王寺の鳥居が刺さった」
隊長「遺跡を壊すなと言っておるだろう」
隊員「はい、しかし小さいので発掘は楽なようでも気を遣いますね……はくしょん! あ、さっきのちんちん電車が飛んでってしまいました」
隊長「なかったことにしよう。ついでにもう少し北に行ってみよう。ほら、広い道路があったことがわかるだろ。これが雨の御堂筋だ」
隊員「『雨の』は余分です」
隊長「このへんが本町あたりだな。さらに北に進むと淀屋橋。大阪市役所、その向かいに日銀、右手に中之島公会堂……なんで私が大阪の観光ガイドをするんだ……まあいい。ここらあたりは当時のビジネス街だから、この本町淀屋橋遺跡なら私の説を証明するものが発掘されるかもしれん。当時、東京は農業が中心だったらしくて掘っても土器や銅鐸しか出てこないらしいがな。さあ、ここからは最新の注意を払って、ドドンコから持ってきたマイクロ掘削機を使おう」
隊員「遺跡に損傷を与えず、細かい部分を拡大して見ながら掘りすすめるわけですね。あ、変なものがでてきました。何枚も。なんですか、これは」
隊長「それはDVDだ。いろんなデータをそこに保存できるのだ」
隊員「へー、そうですか。あ、さらに掘ると、よく似てるけどちょっと違うような同じようなものも出てきました。わあ、いっぱい出てくる」
隊長「それはCDだ。同じくデータを保存するためのものだ。あ、そっちのはブルーレイといって、また別の物だ」
隊員「ええっ、ややこしいですね。DVDとCDとブルーレイはどう違うんですか」
隊長「まだよくわかっていないが、ブルーレイやDVDのほうがCDよりなんでもたくさん入ったらしい。便利なので押し入れ代わりに使うひともいたそうだ」
隊員「ああ、それは便利ですね。ところで、さらに下のほうから、ちょっと小さいのが出てきました。やや分厚くて、円板型のものがプラスティックで覆われていますが」
隊長「おお、いわゆるMOだ。資料によるとこれもリムーバブルメディアとしてかなり広く使われたようだが、CDに取って代わられたとのことだ」
隊員「なんで取って代わられたんですか」
隊長「うむ。三世一身の法が関係しているとか、井伊直弼の陰謀だとかいわれるが、謎だ」
隊員「さらに掘りました。MOによく似てるけど、ちょっと薄いぺらぺらしたのがいっぱい出てきました」
隊長「うむ。予測通りだ。それこそがフロッピーディスクと言って、さんざん使われたらしい。しかし、やがて別のメディアに取って代わられた」
隊員「なんで取って代わられたんですか」
隊長「これも諸説いろいろあって、中でも遣唐使が廃止されたから国風文化が栄えたこととなんらかの関係があるという説が有力だが、まだ検証の余地がある。それよりフロッピーには1.4キロバイトしか入らなかった」
隊員「え、1.4キロバイト。隊長、なんか単位まちがってませんか」
隊長「ばかな。これはドドンコ考古学会の公式見解だ。まちがいない。1.4キロバイトだとデジクリの小説でもフロッピー何十枚になってしまう。長編小説だとえらいことになる」
隊員「それは不便ですね。取って代わられても不思議じゃないです。よくそんなものを使っていたものですね、地球人も」
隊長「まったく地球は謎だらけだ。そもそもこんな短期間にどんどんメディアが変わっているということも、謎のひとつだ。しかも、よく見てみろ。DVDやブルーレイより上の層からは、ほとんどそういうメディアは出土しない」
隊員「あ、確かにそうです」
隊長「私が思うに、いろんなメディアがどんどん出てきてはまた変わり、いったん保存したものもまた保存しなおす、ということの繰り返しだ。さすがのばかな地球人もいやになった。大容量のメディアが出てきたとはいっても、依然としてフロッピーでデータをくれる人もいるのでフロッピードライブも捨てるに捨てられない。一方で矢沢永吉がブルーレイじゃないともったいないという」
隊員「迷惑なやつですね」
隊長「そこで頭に来た当時の大統領、聖徳太子が『今後は一切のメディアを使わず、データの保存は口承でいく』と決めた」
隊員「え、聖徳太子ですか」
隊長「そうだ。有名な地球人だから一度くらい名前を聞いたことがあるだろう。この人は7人の話を同時に聞けた。なぜかといえば耳が7つあったからなのだが、常に自分中心の発想しかしない人だった。それで、今後はブルーレイもCDもMOも必要ない、7つの耳を使って口伝えでデータを残していけばすむことじゃないかと勝手に決めて一切のメディアの製造も販売も禁止した。だから一番上のほうからは何も出土していない」
隊員「そうなんですか」
隊長「いや、私の推論だが」
隊員「でも、口承では何かと不自由でしょう」
隊長「その通りだ。みんな聖徳太子ほど賢くないので何がなんだかわからん。社会は混乱し、たちまち文明は崩壊した……という説を今度、学会に発表しようと思っておる」
隊員「つまり、こんな小さなメディアのせいで地球が滅んでしまったんですね。なさけない。人間はなんておろかなんだ。それはそうと、B班はいつ来るんです?」
隊長「ああそろそろ待ち合わせ場所に行こうか。といっても、すぐそこに見えてるあたりだから、来ればわかるはずだが、そんな気配もないなあ。おかしいなあ」
隊員「待ち合わせ場所?」
隊長「うむ。14時に紀伊国屋梅田店前」
隊員「え……いや、それって無理があると思うんですが。ちっさすぎるでしょ。われわれは地球人の30倍なんだし」
隊長「しかたない。そういう約束なのだ。B班の隊長が『ロケット広場は2008年になくなったのでやっぱり紀伊国屋前ですかねえ』というもので『そうですねえ』と……あ、電話だ。もしもし…ああ、B班の隊長さんですか、このたびはお世話になります。え? え? はあ?!『さっきからとっくに紀伊国屋前で待ってるのに』って? あの……ちっさすぎて紀伊国屋を踏みつぶしたりしてないですか? ええっ? そんなはずがない? 地球人はわれわれより大きいんだし……って?……じゃあわれわれがいるのは……何なんだ、この星は?!」

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みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
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