ショート・ストーリーのKUNI[54]発明/やましたくにこ

投稿:  著者:  読了時間:6分(本文:約2,500文字)


タケシ「おかあちゃん、いてるかー」
母  「ああ、タケシちゃんか。びっくりするやないの、急に来て。どないしたん。まさかパチンコのやりすぎで嫁のシゲ子さんに追い出されたとか、にんにくラーメンの食べ過ぎで臭いから嫁のシゲ子さんに追い出されたとか、大きななりして仕事もせんと寝そべってばかりで掃除のじゃまやゆうて嫁のシゲ子さんに追い出されたとか」
タケシ「どうしてもぼくを追い出させたいんかいな。ちゃうねんちゃうねん。実は、あるものを発明してん」
母  「またかいな。どうせ朝顔の自動水やり機とか10円玉入れたら豆球がつく貯金箱やろ。それより絵日記は書いたん、夏休みの友は」
タケシ「いま夏休みとちゃうねん。だいたいぼく、もう45歳やし」
母  「ほな何やのん。早よ言わな私も忙しいんやからね。今日はそこのスーパーでL寸の卵1パック78円、先着100名様やねん」
タケシ「わかったわかった。あのな、お母ちゃん、いつも言うてるやろ。『あー人生はむなしい。あっと言う間や』て」
母  「そうやでーほんま。私なんかついこないだまで宮崎あおいみたいやったし、お父ちゃんも水嶋ヒロみたいなイケメンで髪ふさふさやったのに、あっという間にはげておじいさんになって、死んでしもたわ」
タケシ「好きなこと言うてるな。いや、しやからな、『人生があっという間ではないように思える薬』を作ってん」



母  「何やのんそれ」
タケシ「若いころがついこないだの事のように思えるから、人生はあっと言う間で、むなしいと思うやろ」
母  「そうや。50年前のことでもついこないだのことみたいやろ。なんか手応えないやんか」
タケシ「ところが、ぼくの作った薬をのんだら、若いころはやっぱり、ふつーに遠いむかしのことと思えるようになる」
母  「それで?」
タケシ「いや、それだけやけど」
母  「私、やっぱりスーパー行ってくるわ」
タケシ「わ、そんなこと言いなや! せっかくお母ちゃんのために作ったんやんか。ちょっと飲んでみて」
母  「ええっ…あんた、私を実験台にしよ思てるやろ」
タケシ「いや、そそ、そんなことないし」
母  「ほなあんたがのんだらええやないの」
タケシ「いや、45歳の人間より69歳のひとのほうが、効果を実感できるやろと思て」
母  「またうまいこと言うて。そういうテキトーなこと言うて人ごまかそうとするとこは死んだお父ちゃんそっくりやな。ああ、お父ちゃんのせいで私がどんだけ苦労したか。うううああ。あの吉村さんが」
タケシ「急に泣きなや。吉村さんてだれやねん。ああ、もう困ったな」
母  「はいはい、しゃあないな。大事な一人息子のタケシちゃんの頼みやからのんでみるわ。実験台でもなんでもええわ。その薬ちょうだい」
タケシ「ほんま、よかった。はい、これ」
母  「…あんた器用やなあ。じょうずに字まで打って。BF-R…」
タケシ「あ、ごめん、それはビオフェルミンや。今朝からおなかの調子悪かったから。えっと、それはのまずに、こっち」
母  「こんどは本物やな…ごっくん…うわあ、効いてきたわ」
タケシ「どどどど、どんな感じ?!」
母  「…私、どうも長生きしすぎたみたいやわ」
タケシ「え、そんな感じがするん?」
母  「小学校の同級生の中村くんに告られたんが300年くらい前のような気ぃするし、高校のとき信田くんと交換日記してたんが…500年くらい前やろか…」
タケシ「いや、順番逆と思うけど…」
母  「はじめてキスしたのが19歳で、それももう、何百年も前やなあ。二人目が283年前…3人目が…」
タケシ「お母ちゃん、けっこう男性遍歴華やかやったんや…いや、そんなことより、えらい効果あるもんやなあ」
母  「何もかもものすごい昔やわ。人生は長いわ〜。もうおなかいっぱいや。もう生きてんでもええわ…」
タケシ「え、ほ、ほんまかいな、そらあかん」
母  「と思ったら、もう普通になってきたわ。なんやこれ。えらい効き目短いねんな」
タケシ「ああ、やっぱり。そやねん、材料費があんまりなかったもんで。1錠で3分しか効かへんねん」
母  「なーんや。しょーむなっ。ほなスーパー行ってくるわ」
タケシ「あー、ちょっ、ちょっ、ちょっと待って」
母  「なんやのん、この子は、もー。止めんといてえな。卵1パック78円ゆうてるやろ。はよ行かななくなるやないの」
タケシ「卵くらいぼくが買うたるさかい、ちょっと待って。実はもうひとつ作ったんや。反対の効き目の薬」
母  「反対て」
タケシ「人間は勝手なもんやから、記憶によっては色あせてほしくない、いつも『つい最近の出来事のように思える』ほうがうれしいこともあるやろ。しやから、そういう薬も作ったんや。これをのんだら昔のことも、ほんまについこないだのように思えるねん」
母  「ふーん」
タケシ「はい、これ。のんでみて」
母  「ほんまに卵買うてや」
タケシ「はいはい」
母  「L寸やで」
タケシ「わかってるて!」
母  「ごっくん…ああ…うん、うん…効いてきた…うわああああっ」
タケシ「なんやねん、ぼくの顔見てそないびっくりせんでも」
母  「さっき陣痛が始まったと思たら、もうこんな…ええっ、あんたが私の息子?! 私、こんなおっさん生んだ覚えないわ!」
タケシ「うーん、そう来るか…」
母  「あんた、また女の子のスカートめくってからに!」
タケシ「そら小学校のころやろ」
母  「ついこないだのように思い出したわ」
タケシ「難儀やなあ」
母  「いやあ、お父ちゃんとデートしたときのことも昨日のことのようやわ。生駒山の遊園地で飛行機乗ってん。うふっ。それからアイスクリーム食べて…楽しかったわ…あんた覚えてへんか?」
タケシ「ぼく、存在してないって」
母  「それから、お父ちゃんの車で送ってもろて…帰りにお茶でも、と喫茶店に入って、私はミックスジュース、お父ちゃんはコーヒー注文して、ラブラブでお話してたんやけどな、そこへ吉村さんが…! そうや、つい昨日のように思い出したわ。ああ思い出したないのに、もー。あんた、こんなしょーむない薬作りな! だれが吉村さんのことなんか」
タケシ「心配せんでも、その薬も5分しか効き目続けへんし…しやけど、吉村さんて誰やねんって」

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