伊豆高原へいらっしゃい[32]ルーリン彗星を観測してはみたものの
── 松林あつし ──

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一昨日(2009.2.24)は、ルーリン彗星が地球へ最接近した日でした。ルーリン彗星とはちょっと聞き慣れない彗星ですが、発見されたのが2007年と最近であるのと、眼で見えるほど明るくはならない(4等級ほどにはなるそうですが、明るい日本の空ではなかなか肉眼で見るのは難しいでしょう)という点から、それほど注目されていないようですね。事実、最接近とはいえ、地球からの距離は1億6000万キロメートルもあるそうです。位置としては、地球と火星の軌道の中間点ぐらいの位置にあります。

まあ、そんな微妙な彗星なので、注目度も低いのでしょうね。ただし、今回の最接近には「おまけ」が付くのです。それは土星とのランデブーです。

ここ数年の傾向として、夏は木星、冬は土星が夜空の主役を受け持っています。どちらも地球から遙か遠くの惑星なので、黄道上を移動するのも時間がかかります。事実、2年前に獅子座の前足あたりにいた土星ですが、今年はまだ獅子座の後ろ足あたりをゆっくりと移動しているのです。惑星の運行は(惑星という名前の由来通り)逆行という、複雑な見かけ上の動きをするので、直線的な動きと考えるわけにはいきませんが、未だ獅子座をうろうろしている事には変わりありません。



●極寒の中の3時間

そんな土星ですが、24日を中心にルーリン彗星が横をかすめて通ったのです。見かけ上の距離は、満月の半分ほどの距離でしょうか……これは是非観測したい! そう思っていたのですが、伊豆は23日からずっと雨が続いています。この時期珍しいのですが、今週いっぱいこんな天気が続きとても観測できません。

実は、最接近の3日前、21日は晴天だったので、練習も兼ねて事前観測をしていたのです。結局これが唯一の観測となってしまいましたが……。

観測目標の土星とルーリン彗星は、どちらも獅子座近辺にあります。ですので、まず獅子座が観測可能な位置に来るのを待ちます。高度が低いと大気の影響を受けやすいのと、光害も気になるので、南中(獅子座はほぼ真上を通る)するのを待っていたら、結局深夜12時です。寒い中、自宅駐車場に望遠鏡とパソコンをセットし、北極星を基準にした「極軸アライメント」を行います。これを正確にやらないと、その後の観測がほとんど無駄になります。

そして、まず目指すのは土星……ルーリン彗星は南に向かって、土星の左下にいたので、まず土星を導入することから始めます。我が愛機LX90GPS20はオートスターと呼ばれる自動導入装置が付いていますので、リモコンに「ドセイ」を表示させて「GOTO」ボタンを押せば、望遠鏡は土星を捉えます。

ひとまず、土星の導入は成功。小さな串団子のように見える土星がレンズに収まっています。次に高倍率のレンズに変えてピントを合わせます。久々に見る土星はすっかり環が水平になり、ほとんど一直線の棒のようになっていました(2年前はしっかりと環の形状を見ることができる角度でした)。でも、やはり土星は感動します。木星も良かったのですが、環という異質な形状を持った天体が、夜空に張り付いているのは、とても不思議な感じですね。写真で見るのと、自分の目で確認するのとでは、大違いです。さらに、環の延長上には衛星が一直線に連なっています。

何はともあれ、撮影、という事で、パソコンに繋いだwebカメラをレンズに装着し、640×480ピクセルのムービーを800フレームほど撮影しました。このムービーは後でRegistaxを使って画像処理する事になります。木星の時は、このやり方で、非常に綺麗にできたので、期待していたのですが……。

さて、土星も見られたし、今度はルーリン彗星です。これは望遠鏡にデータとして入っていないので、手探りで探さなければなりません。シミュレーションソフトを頼りに「しし座のレグルスと土星を結んだ延長線上で、おとめ座のスピカまでの距離の約半分のちょっと下……」などど、ブツブツ言いながら、筒鏡を動かしますが、なかなか見つかりません。

星を探す際は、なるべく低倍率で探します。今回も、最低倍率となるレンズで探していたのですが、対象があまりにも淡い存在なので、見つけるまでかなり時間がかかりました。そして、やっと「これだ!」と思える天体を見つけたのです。しかし、彗星は淡い雲の塊にしか見えませんでした。これはとても眼視で見る対象ではないなと思い、3分の露出撮影をすることにしました。直焦点での撮影なので、直接望遠鏡に一眼レフを取り付けます。

しかし、ぼや〜っとした淡い天体はカメラのファインダー越しではまったく確認できません。ピント合わせができないのです。しかたなく、また明るい土星に戻り、ピントを合わせた後、再び彗星を探さなければならなくなりました。ただ、今回はどの方向にどのくらいの距離動かしたか、記憶にあるので、すぐに見つかりましたが。

そして、ISO感度800、露出時間1分〜3分で数枚の撮影を済ませ、この日の観測は終了です。ここまで約3時間……写り具合は祈るしかありません。

深夜3時を回っていましたが、結果を知りたく、とりあえず、パソコンで土星のムービーとルーリン彗星の露出撮影画像を確認です……結果、一目瞭然、大失敗!! 土星はピントが合わず、ボケボケ……さすがのRegistaxも処理できないほどだめな映像です。ルーリン彗星は1分露出ですら大きく星が流れ、まったく人に見せられないような仕上がりとなりました。うまくいっていたと思った「極軸アライメント」が、どうやら失敗していたようです。極寒の中の3時間は何だったんだ!

とは言え、土星、彗星とも目で捉えることはできたので、収穫ゼロという訳ではありませんね。ちなみに、ルーリン彗星は最低倍率で見ても(うっすらとですが)視野いっぱいに見えます。望遠鏡の最低倍率の条件で、月を見たときと同じぐらいに見えるのです。彗星までの距離を考えると、その巨大さに驚かされます(コアと呼ばれる氷の塊は小さなものだと思いますが)。

それと、彗星=ほうき星と呼ばれるように、彗星と言えば長い尾を想像される方も多いかと思いますが、近年観測された彗星の多くは、ヘロヘロっとした尾がちょっと付いている程度で、とてもほうき星と呼べるほどの形状はしていません。今回のルーリン彗星もそうです。資料では多少の尾が見えるはずなのですが、僕の観測ではぼやっとした丸い塊にしか見えません。生きている間に、100年ほど前のハレー彗星のような荘厳な天体を見られるでしょうか(ルーリン彗星の周期は数万年だそうです。もし次に来たとしても、記録に残っているかどうか……)

●遠くからやってくる彗星

最後に彗星とはなんぞや、というお話です。そもそも、彗星はどこから来るのでしょうか。これを考えるには太陽系の構造を理解する必要があります。太陽系は円を描いて公転する各惑星を含めて、海王星を外輪とする円盤状の範囲を想像しがちですが、実はもっともっと外側にまで広がっています。

まず、海王星の外側にはカーパーベルトと呼ばれる小惑星帯があり、さらにその外側を球状に取り囲む、オールトの雲と呼ばれる、氷を主成分とした塵に満たされた領域があると言われています(オールトの雲はまだ仮説の域を出ませんが)。

このオールトの雲は隣の恒星重力との境界線となる、半径1.5光年にも渡って広がると考えられます。太陽から地球まで光が届くのに、8分ちょっとかかるのですが、オールトの雲の外輪までは1年半かかります。ここまでを太陽系とする向きもありますが、広大すぎて想像できません。

彗星はカイパーベルトやオールトの雲など、すごく遠くからやって来る場合が多いようなのです。なので、76年に一度やってくるハレー彗星のような存在は珍しく、ほとんどの彗星は1回ぽっきりか、周回したとしても、数百年、数千年という気の遠くなるような軌道を回っているそうです。

ただ、彗星を調べる事は、生命の誕生の謎を解くひとつの鍵と考えられており、多くの学者が、その成分、成り立ち、原始世界における天体との衝突をテーマに研究しています。もし、彗星と生命の誕生が結びつけられれば、宇宙にありふれた存在の成分こそが生命の誕生に関わった事になり、他の天体での生命発生の可能性も大きく広がります。

なかなか目では捉えられない天体ですが、今後も新たな彗星が飛来するのを楽しみにしたいですね。

【まつばやし・あつし】イラストレーター・CGクリエイター
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