ショート・ストーリーのKUNI[56]今年の目標
── やましたくにこ ──

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ヤマモト「先輩…」
先  輩「おお、ヤマモトか。どないしたんや」
ヤマモト「実は、ぼく、今年の目標を立てようと思うんです」
先  輩「今年の目標? おまえ、いま何月や思てるねん。もう3月の、それもしまいかけやないか」
ヤマモト「ええ…やっぱり手遅れですかねえ」
先  輩「いや、まあまだ今年が終わったわけとちゃうからな」
ヤマモト「先輩もご存じやと思いますけど、ぼく、ものすごく優柔不断なんです。すぐに迷って、決められないんです」
先  輩「そうやなあ」
ヤマモト「それで、去年は今年の目標を立てよう立てようとしてる間に一年が終わってしまいました。実はおととしもさきおととしもそうでして。それで、なんとか今年こそはと思ってるんです」
先  輩「どんだけ優柔不断やねん。よし、わかった。おまえと違うて、おれはめちゃめちゃ決断が早いねん。よう相談してくれた。おれがさっさと、今年の目標どころか来年、再来年、10年後の目標も立てたる」
ヤマモト「ありがとうございます。で、いつごろまでにたてたらいいでしょうか」



先  輩「いつごろまでに?! あほか。家たてるんちゃうぞ。そんなもんに何ヶ月もかかるかいな。今じゃ。今立てんでどないする」
ヤマモト「やっぱりそうですか…」
先  輩「そんな暗い顔すんな。たいしたことやないがな。なんか候補があるやろ、目標の。いくつか出してみ。その中から『これ』と決めたらそれで終わりや。簡単なこっちゃがな」
ヤマモト「はあ、候補ですか…ないこともないんですが、それを先輩に言うべきかどうか」
先  輩「なんやねん。さっそく迷てるんか。難儀やな。どうせたいしたもんやないやろ。朝遅刻しないとか廊下を走らない、知らないひとについていかない」
ヤマモト「それは児童会の目標です」
先  輩「ほなシューカツとかコンカツか。ゆうとくけど、コンカツゆうてもこんにゃくにパン粉まぶして揚げたんとちゃうぞ。間違えたらあかん」
ヤマモト「だれが間違えるんですか。そんなんやなくて、普通の目標なんですけど…やっぱりゆうたほうがいいですか」
先  輩「あー、めんどくさいやっちゃな。よし、ほな、この中から選べ」
ヤマモト「なんですか、この汚いノート」
先  輩「おれがこれまでの人生で立ててきた目標が書いてある。後輩のためなら惜しくもない。譲るからどれでも持っていけ」
ヤマモト「ありがとうございます…読ませていただきます…今年の目標・ヤマモトに借金を返す…返してもらってないですけど」
先  輩「ああ、すまん、悪い。いや、ほかのもあるやろ」
ヤマモト「TOEIC満点をめざす。ヨットで世界一週。株でもうけてビルを建てる。選挙に出る。外務大臣になる…これ、目標やなくて妄想では」
先  輩「目標は高いほうがええやろ」
ヤマモト「先輩、外人が近づいてきたら死んだふりしてるやないですか。だいたいなんで外務大臣に」
先  輩「総理大臣はしんどいやろ。外務大臣あたりがなんとなくかっこええ」
ヤマモト「はあ…しかし、こんな目標では立てることができても、達成できる確率はほとんどないでしょ」
先  輩「ええねん。それが男のロマンや」
ヤマモト「いや、やっぱり、目標はささやかに。でないと、達成感が味わえません。達成感が、またこれからもがんばろうという活力を生み出すのです」
先  輩「おまえ、優柔不断なくせに言うことは言うな」
ヤマモト「ぼくが考えた『今年の目標候補』はこれだけです。1、メールの返事をその日のうちに出すかどうか決める。2、昼の弁当を迷わず、昼休みが終わる前に買う。3、賞味期限を過ぎたものは迷わず捨てる。4、朝、会社に行くかどうか迷っているうちに遅刻にならないよう早く決める。このうち、どれを今年の目標にしたらいいか…」
先  輩「うっとうしいやつやなー。おまえの人生は迷いっぱなしか。なんでそんなことが目標になるねん。おれなんか昼の弁当なんか一瞬で決められる。賞味期限が過ぎたら捨てる。あたりまえやろ。メールなんか、向こうから来る前に返信書いたるわい。いちいち目標にするか」
ヤマモト「そうですか。どれもだめですか。じゃあ、もう一度練り直してきます。また三か月くらいかかると思いますが…」
先  輩「うわー。それをやってるとまた今年も目標が立てられへんやろ」
ヤマモト「いいんです、もう、ぼくなんかどうなっても」
先  輩「あ、そうや」
ヤマモト「なんですか」
先  輩「おまえ、今年の目標を立てたいんやろ。ほな、『今年の目標をたてる』というのを今年の目標にしたらええやないか」
ヤマモト「あ、そうか!」
先  輩「そうや! もう目標はできたんや!」
ヤマモト「先輩!」
先  輩「ヤマモト!」
ヤマモト「なんか感動で胸が熱くなってきました。こんなにすばらしいものだったんですね、今年の目標を立てるということは。ああ、涙が」
先  輩「泣くな、ヤマモト。おまえという後輩を持って幸せだ」
ヤマモト「ぼくも、先輩に出会えたことが誇りです。しかし…そうすると、いよいよ今年中になんとか目標を決めないといけないんでしょうか」
先  輩「今年の目標を来年に立ててどないすんねん」
ヤマモト「とても自信が…ああ、『今年の目標をたてる』という目標は、やっぱりぼくには大きすぎる目標だったのかも…」
先  輩「おれにまかせろ。ここに、おれの目標を書いたノートがある。この中から選べ。後輩のためなら惜しくない、譲ってやる」
ヤマモト「それはさっきやりました…お金返してくださいね。いや、というより先輩、やっぱり、ここは原点に帰って、そもそも今年の目標を立てたほうがいいのかどうか、いや、そういうことを考えるべきかどうかを考えていったほがいいような、そうでもないような、どちらかといえばいいようで案外ちがうかもしれないという、そんな気分になってきましたが、どう思います」
先  輩「おまえはいったいなにをゆうとんねん」
ヤマモト「申し訳ありません。実は、だれに相談していいのか、決めかねていろいろあたっておりまして。先輩で11人目です。これからみなさんのご意見を集約して、それから、もう一度ゆっくり、今年の目標をたてたほうがいいかどうか考えてみようと思います」
先  輩「しばくぞ」

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