伊豆高原へいらっしゃい[34]学生にとってクリ職ってなんだ?
── 松林あつし ──

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長らくこのコーナーを担当して来ましたが、仕事の都合で今回をもちまして最終回とさせていただきます(ネタ切れという噂もありますが)。ご愛読いただきました方々に感謝申し上げます。

さて、最後の記事ですが、やはりCGやイラストを生業としている者らしく締められたらいいなとは思いますが、この歳になって今更クリエイターとはなんぞやと説いても、自分さえ軌道に乗せることが出来ない現状では、そんなやつが何をか言わんや、ということになりかねませんね。

しかし、よく考えれば、今の時代、クリ職ならとりあえず目指したいという若者も多いのが現状で、私の今までの経験が少しでも参考になればと思い、クリエイターを目指すってどういうことなんだろう、というテーマで書いてみたいと思います(「クリエイター」というくくりはあまりにも曖昧で、あまり多用したくはない言葉ですが、他の言い回しが見つからなかったので、今回はクリエイターを職業の一環として捉えさせていただきます)。



まずは、今の時代のクリ職がどんなものかを主観的にまとめてみたいと思います。IT革命と騒がれた時代はすでに過去のものとなり、Information Technolo-gyはすでに我々にとって、空気のように当たり前の存在となりました。情報通信を扱うメディアにおいては、CGは必要不可欠な存在なのです。そんな、右を見ても左を見てもCGだらけの中で育った若者が、それらを広義に捉えて、クリエイターになりたいと漠然と思うのも頷けます。

事実、CGソフトが安価になり、誰でも扱えるようになった時代を象徴するかのように、CGクリエイターに憧れる若者の裾野は広がっています。しかし、だからといってクリエイター志望の学生が、業界から引く手あまたかと言うとそうではありません。とくにこんな大不況の時代では、クリ職が有利という感覚はまったくないのです。

これだけCGが溢れかえっている世の中でありながら、何故CG系の就職が困難なのでしょうか。一つには、あまりにも多くの学生や若者がその分野を安易に目指してしまうことが上げられますが、他の理由として、職場のキャパシティ自体はあまり増えていないのではないか、ということがあるのです。

ここで、あまりにも漠然としている「クリエイター職」というものをまとめてみたいと思います(デザイン系志向の強いまとめ方になっています)。

1)世界的なメディアに取り上げられたり、世間からは「アーティスト」と呼ばれる、少数の突出した才能を持ったマルチクリエイター、芸術家。
2)著名な映像作品やゲーム制作において才能を発揮する、企業内またはフリーのクリエイター、デザイナー。
3)ある分野に限って、注目を集める著名なCGクリエイター、デザイナー。
4)ある分野に限って、独自の作品を仕事に生かす無名のCGクリエイター、イラストレーター。
5)企業内で商品のデザインやイラストを担当するサラリーマンデザイナー。
6)企業からの「外注」としての依頼を受ける、デザイン事務所や個人のデザイナー。
7)企業内でデザインやテキスト打ち込み、レイアウトなどを担当するオペレーター。

7項目に分けてはいますが、それぞれは大きく重なっており、厳密な違いがあるわけではありません。

こうやってまとめてみると、20年前に比べて、クリエイターの活躍する分野が広くなったという印象は受けません。例えば、新たに誕生したWebという分野も、以前はデザイン事務所として印刷系のデザインを担当していた会社が、Webデザインにまで仕事の範囲を広げた、というだけであって、まったく新しい仕事の分野が生まれた訳ではないのです。場合によっては、デザイン事務所が映像編集を行うこともあるでしょう。つまり、近年、クリ職と呼ばれているものの多くは、以前の業種から移行したり、活動範囲を広げただけの既存業種がシフトした結果だと思うのです。

しかし、学生達の多くはそんな業界を目指したい、と思っています。僕はここ5年ほど、CGを扱う専門学校の非常勤講師をしてきました。そんな中で感じたのは、学生達のあまりにも漠然としたCG志向なのです。

クリ職を目指したいという学生のモチベーションは様々です。何が何でもゲームクリエイターになりたくて、独自にプログラミングやCGソフトの研究をしたり、著名なアーチストの所属する事務所の門を叩いたりする者もいるでしょう。映画制作に参加したくて、単独アメリカに修行に出かける者もいるでしょう。何年もかけて一人でこだわりの作品を作り上げ、世間に発表する者もいるでしょう。とにかく、キャラクターデザイナーになりたくて、地方から出てきて、東京の有名専門学校で頑張る者もいるでしょう………しかし、それらは少数だろうと思います。その他の多くのCG志向の学生は目標を持てないまま、専門学校の2年、3年を終えてしまいます。

まあ、これはしかたのないことだと思います。僕の学生時代も別に目標があった訳ではありませんから………しかし、20年前と今とでは明らかに学生の「気質」の違いを感じてしまいます。もちろん、僕が見た一部の状況を日本全国の学生に当てはめることはできませんが、メデイアが発信する今の学生のモチベーションに関する情報を見ると、僕が感じた状況とかなり近いな、と思うこともあるのです。

ある番組で、不況下の就職活動を取り上げていました。その中で、企業の担当者は、今の新入社員は「これは学校で習っていないので、できない」と言う者が多い、と嘆いていました。これと同じ言葉を僕は何度も授業の中で聞きました。「だって、習ってないもん………」

学校は「習う場」ではなく「学ぶ場」なんですけど………学ぶ、とは自発的学習のことで、わからないことがあれば、調べるというのが「学ぶ」のスタンスです。「習ってないから、わからない」という理論では、我々の年代のクリエイターと呼ばれる人たちは、誰も仕事を遂行できなかったでしょう。何せ、学生時代〜就職後にかけても、パソコンなんてない時代で、パソコン登場後もソフトの使い方を教えてくれる人なんていませんでした………学ぶ、というスタンスが欠けていれば、今の我々はなかった訳です。

しかし、今のCGデザイン系の学校で学んでいる多くの学生に、この「学ぶ」という姿勢が乏しいと感じてしまいます(とくに地方の学校はそうですが、これは一極集中の社会にあっては当然かも知れません)。その結果、多くの学生が途中でやる気をなくしてしまい、ただ流されるだけの学生生活を送るようになります。得に、1年を経たあたりからモチベーションは大きく落ち始め、2年生の半ばに「クリエイターになんかなれないんだ」「別にクリ職でなくてもいいや」と感じるようになるのです。

これは何故でしょうか。僕が思うに、多くの子供達が物に興味を持てなくなっている結果ではないかと思うのです。CG系の学校に入学したということは、少なくともCGに興味があったからではないかと思いがちですが、実はそうでもありません。今の子供達は、コミック、アニメ、ゲームにどっぷり浸かった中で、自分の進む道を見つけようとします。その結果、これら以外に今まで興味を持った対象がないので「自分の興味を持てる分野=コミック、ゲーム」と捉えてしまいます。

その流れで、CGを学べばそういう方面の仕事ができるのではないかと、安直に考える傾向にあるのだと思います。事実、CGをやりたかったからその学校に入学した、というのではなく、他に進む道が見つからなかったので、しかたなくCG系の学校に入った、という学生が圧倒的に多いのが現状なのです。

そういう学生に作品を作らせると、決まって「美少女系」「ゲームヒーロー系」「トレンディコミック系」のキャラクターを描きます。しかし、彼らは今まで絵をほとんど描いたことがありません。ですのでそのクオリティは………。そして、「何故そのモチーフを選んだのか」という問いには、必ずこういう答えが返ってきます………「好きだからです」。

ここに、モチベーションが上がらない大きな要因があります。多くの学生にとって「好き」というのは、コミックを読む、ゲームをプレイすることが好きなのであって、決して「造る」のが好きではないのです。

CGが使われる分野は多岐に渡ります。そんな中、アニメ、ゲーム系キャラの分野はほんの一部なのです。しかし、彼らは「CG=アニメ、ゲーム系キャラ」と捉えてしまいます。他に興味が持てないからです。そして、見たり、読んだり、遊んだりするのと「造る」こととのギャップに気づいた時、モチベーションを落としてしまいます。

僕は、学生時代にそれほど高いCG技術の獲得は、必要ないと思っています。大事なのは「自由な発想と豊かな表現力」です。そのためにも、学生時代、多くの作品に触れ、色々な方向性を試してみることは非常に大事です。在学期間中に何かの結果を出す必要はまったくないのです(企業の人事担当者も、CG検定とか、使えるソフトは何かとか、作品の仕上がり度ばかりに目を奪われず、その学生が持つ感性を見抜く目を持ってほしいものですが)。

さらに、想像していたクリ職に就けなくても、気を落とす必要もなければ、あきらめる必要もありません。何故なら、本当に進みたい道を見つけるのは、就職後で良いからです。もちろん、そこに「学ぶ」の姿勢がなければなりませんが、学生時代に明確な目標を持って進む、というのはある意味無理があると思うのです。

そんな漠然とした目標を探すより、広大なCGの世界に触れ、造る楽しさ、おもしろさに目覚めることが最も重要だと思うのです。使い古された言葉ですが、「好きこそものの上手なれ」です。しかし、こればかりは、当人がそう思わなければどうしようもありません。画一的な義務教育にも問題はあるような気がしますが、学生達の視野を広げるためには、専門学校としての取り組みも必要だと感じています。

最後に我々の世代(自分)に向けての提言ですが、上記学生に対する考察はすべて、自分に対しても当てはまります。広い視野を持って物事に挑むのは何歳でも構わないのです。とくにフリーランスの場合は何でもできます………できるはずです。この不況で原稿料を抑えられたり、依頼が減ったりしていることと思いますが、こんな時代だからこそ、考え方を大きく広げて多くのものを吸収し、挑戦していきたいものです。チャレンジ精神は、健康の次に大事な要素だと思うのです。

【まつばやし・あつし】イラストレーター・CGクリエイター
< http://www.atsushi-m.com/
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