音喰らう脳髄[66]妖しくも物狂おしい春/モモヨ

投稿:  著者:  読了時間:3分(本文:約1,100文字)


桜の開花宣言が出てから花寒が続き、我家近くのソメイヨシノも三分咲きがいいところ。早咲き品種のみが元気よく咲き誇るのみで、まだまだ蕾の方が目だつ有様だ。が、これはこれで、開花が早すぎた去年、学校の入学式が開催される頃には花が散り終えてしまったことなどを思えば、一概に悪いことではなかろう。

それでも、開花宣言を聞けば花が恋しくなる。先日、気が早い私は、ソメイヨシノ発祥の地、駒込は染井の墓地から六義園を歩いてきた。当然、桜目当てだったのだが、花はまだまだで、ただ肌寒いだけだった。



六義園では例年のごとく三月いっぱい『しだれ桜と大名庭園のライトアップ』という催し物をやっていた。タイミングがよければ、満開のしだれ桜の背景に、ソメイヨシノの花がたなびいていたりするわけだが、今年は、当然ながら背景も寒色が濃い。ただ二本のしだれ桜のみが妖艶な満開の姿を誇っている。そんな感じだ。

それでも相当の人出で、普段の閑散たる園内を知っている私からすれば困惑するのみなのだが、この人出、やはり桜の魔力のなせる業なのか、日本人の心性の根底に何か魔物が潜んでいて、春になると桜を訪ね歩くべく私たちを駆るものか、それは知らぬが、とにかく、なにやら怪談じみた底知れぬ凄まじさを感じさせるものがある。

もちろん、上野の花見のように酒を呑んで裸踊りをするまでの舞踏病じみた狂騒状態とは程遠く、人々は、ただひたすら園の中心にある池のほとりをひたひたと歩むのみなのだが、その様もまた少し妖しく見えてくる。といってもその実はただの団体旅行だ。その一群が隊列をくみ、ゆっくりと動いていく。まるで巡礼のような峻厳さをおびて見えてしまうのは、私の錯覚に他ならないが、そんな感覚も、二もとのしだれ桜の花しべが園内に煙っているせいかもしれない。

おしなべて花というものは、私たちにとって、他界を意識させる存在である。そこから性と死を演繹してあれこれ繰言をつらねることも可能だが、死も狂気も、そしてセックスもありふれたこんな時代である。毎日、電車のダイヤは乱れている。いまさら性も死もあるまい。

こんな時代、私は、ただひたすら生命の豊饒を花に見たい、生命の力強さを花に見たい、そう思う。

ちなみに、六義園のしだれ桜とソメイヨシノのラプソディ、今週末くらいが一番、きれいかも。花は潔くなんて散らない。けっこうしぶといんだよね。

Momoyo The LIZARD 管原保雄
< http://www.babylonic.com/ >

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