[2618] 存在しない映画で論争する?

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<誰もそこまで聞いてないですね>
 
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 存在しない映画で論争する?
 十河 進

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■映画と夜と音楽と…[414]
存在しない映画で論争する?

十河 進
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●佐々木譲さんと同じ部屋で泊まった熱海の夜のこと

ちょうど一年前になる。熱海の冒険小説協会の第26回全国大会に参加したとき、佐々木譲さんと同室になった。長編小説「警官の血」が評判になっていたから大賞だろうと思ったら、やはり日本軍大賞を受賞して佐々木さんは宴会場で挨拶をした。人柄の出たいい挨拶だったし、偉ぶらない人だなあと僕は思った。

相手が有名作家だと何となく構えてしまうものだが、部屋で佐々木さんに会って、なぜ僕が作家部屋で同室かを説明するために言い訳のように「昨年、映画の本で特別賞をいただいたものですから」と口ごもって言うと、「どんな本ですか」と聞き返された。タイトルを言うのが少し恥ずかしくて、僕は曖昧な返事をした。

その後、寝る前も朝起きてからも話をしたが、映画の話はなるべく避けていた。例外は「われに撃つ用意あり」(1990年)について話をしたこと。これは原作が佐々木さんの長編小説で若松孝二監督作品である。そのときも、僕が小倉一郎の役を「助教授」と言い「あれは予備校の講師です」と訂正された。

熱海から帰った後、佐々木さんのブログを覗いたら頻繁に映画の話が出てくる。それもかなりマニアックな記述だった。作家らしい洞察力のある批評だ。佐々木さんとは世代的にはほぼ同じだから、よくわかる部分もあった。僕は佐々木さんから名刺をもらっていたので自分の本を送ろうかと考えたが、何となく売り込んでいるような気がして臆してしまった。

その佐々木譲さんの「幻影シネマ館」(マガジンハウス刊)という本が、昨年暮れに出た。1992年から1995年にかけて雑誌連載した映画エッセイだ。ただし、「存在しない映画」について書いた本で、その内容すべてが「幻影」なのである。それもずいぶん手が込んでいて、前回の原稿の内容について読者から情報をもらったなどと、もっともらしく訂正を入れている。こんな具合だ。

──「ハード・ノーベンバー」の最後でヘンリー・シルバが使った拳銃は、オートマチックではない、という指摘をいただいた。あれはリボルバーのS&W44マグナムM29だそうだ。藤沢市のKさん、ありがとう。

これじゃあ、けっこう騙される人は多いだろう。連載中にも「残念ながら、その映画は見逃しました」という読者の反応もあったらしい。それにしても、佐々木さんは地味な脇役に至るまで相当に映画に詳しくて、映画ファンを自認する人であればあるほど騙されやすい仕組みになっている。ニヤニヤしながら原稿を書いている佐々木さんの顔が浮かぶ。

たとえば「ヘンリー・シルバ」という俳優は、60年代ハリウッド映画を見ている人(それも犯罪映画マニアなど)にはたまらない名前なのだが、その名前が出てくることで、もっともらしい嘘が本当に思えてくるのだ。佐々木さんは実に楽しそうに、映画エッセイを綴っている。

●自分が見たい映画を夢想するのは映画ファンの特権

「幻影シネマ館」の最初の話は「日本映画の奇妙な影響」というもので、ゴードン・ダグラス監督「ハード・ノーベンバー」とトニー・リチャードソン監督「汝等の誓約」という映画を紹介している。この「幻の映画」を見た佐々木さんは「ハード・ノーベンバー」が黒澤明監督「椿三十郎」(1962年)の、「汝等の誓約」が山下耕作監督「博打打ち・総長賭博」(1968年)のリメイクであることを見抜く。

「ハード・ノーベンバー」は佐々木さんがニューヨークにいた頃、ケーブルテレビで見たことになっていて、主人公はリー・ヴァン・クリーフ。彼は名前を問われると「ジャック」と答え、あたりを見渡して壁のカレンダーに目をとめると「ノーベンバー、ジャック・ノーベンバー」と答える。映画は11月の話なのだろうか。このくだりに僕は笑った。

トニー・リチャードソンの「汝等の誓約」はシェークスピア悲劇のような映画で、王の継承者をめぐる話になっていた。「博打打ち・総長賭博」は、公開後、三島由紀夫が「まるでギリシャ悲劇のようだ」と評したので話題になった。あの設定をそのままイングランドの王朝に移し替えても、かなりいい映画になりそうだから佐々木さんの嘘(空想)にも説得力がある。

「博打打ち・総長賭博」はラストシーンで主人公(鶴田浩二)が叔父貴分(金子信雄)にドスを向けると「おまえの任侠道はそんなもんか」と言われ、「任侠道? そんなもんは知らねぇ。おれはただのケチな人殺しよ」と言うセリフが有名なのだが、「汝等の誓約」のラストはこうなっているらしい。

──「お前はそれでも騎士か。なぜ恩あるわたしを殺すことができる?」とアッテンボローに問われて、アルバート・フィニーが答える。「騎士道など知ったことか。おれはただの怒れる獣だ。貴様たちの誓約など、地獄へでも持ってゆけ」ここまで観て、わたしはこれが「総長賭博」であったことを確信したのだった。

それにしてもこの映画、配役が素晴らしい。鶴田浩二=アルバート・フィニー、藤純子=ヴァネッサ・レッドグレーブ、若山富三郎=オリバー・リード、金子信雄=リチャード・アッテンボロー、名和宏=エドワード・フォックス、沼田曜一=テレンス・スタンプなのである。ホントに存在するのなら、絶対に見たい映画である。

その他にも佐々木さんが出してくる映画がどれもたまらなくて、僕は一気にその本を読んでしまった。ケン・ラッセル、ジャン・ピエール・メルヴィルなど、監督の趣味もいい。こんなことなら、一年前の熱海の夜、佐々木さんと映画の話をしておくのだったと悔やまれる。

そして、本の最後に置かれた文章が「あの『冒険者たち』のリメイク」と題されたものだった。リュック・ベッソン監督の「ザ・フォーカス・ポイント」という架空の映画についての話である。その文章の中で佐々木さんは、こんなことを書いている。

──さて、「冒険者たち」を愛する映画ファンなら、リュック・ベッソンの「グラン・ブルー」(1988年)が「冒険者たち」への熱いオマージュであったことに気づいただろう。舞台といい、三人の関係といい、テーマといい、あれは見事なまでにアンリコ的世界であった。

●「冒険者たち」のローランの配役だけは譲れない

「世界観が変わる時」(日刊デジクリ2001年3月16日号/「映画がなければ生きていけない」第一巻228頁掲載)というコラムで、僕は「グラン・ブルー」と「冒険者たち」について書いた。以下、少しアレンジして引用する。

──素潜りの素晴らしさを見せてくれたのは、リュック・ベッソン監督の「グラン・ブルー」である。「グラン・ブルー」を見ながら、僕はもう一本の映画を思い出した。男二人とひとりのヒロイン。素晴らしい水中シーンにジョアンナという名が出てくれば、僕が思い出す映画は「冒険者たち」の他にない。

「幻影シネマ館」の装丁を担当し本文中のイラストを描いているのは宇野亜喜良さんである。表紙にはクリント・イーストウッド、ブラッド・ピット、キム・ノヴァクなど、宇野さんが彼らに似せて描いたイラストが載っている。そして、裏表紙はジョアンナ・シムカスの似顔絵だ。それは、「冒険者たち」でコンゴの海に浮かぶ船のデッキで潮風に吹かれる逆光のレティシアだった。

そうか、佐々木譲さんも「冒険者たち」が大好きなのだな、と僕は確信した。二年前、やはり熱海の日本冒険小説協会の全国大会では大賞受賞者の大沢在昌さんと話が盛り上がり、その中で大沢さんも「冒険者たち」が好きだとわかった。半年ほど後、デジタルリマスターの「冒険者たち」特別版DVDが出た時、帯の推薦文は大沢さんが書いていた。

「冒険者たち」の公開時、大沢さんは中学生、佐々木さんは高校生だと思う。やはり、彼らにとっても生涯忘れられない映画なのだ。僕は、無人島に一枚だけDVDを持っていける(プレーヤー、そもそも電気はどうするのだという問題は別にして)としたら「冒険者たち」を選ぶ。棺桶には「冒険者たち」のLDを入れてもらうことをカミサンに遺言した。

さて、佐々木さんが空想するリュック・ベッソン監督のリメイク版「冒険者たち」の配役は、アラン・ドロン=ブラッド・ピット、リノ・ヴァンチュラ=ビル・プルマン、ジョアンナ・シスカス=ユマ・サーマンだという。人は、思い入れがあればあるほど、自説を曲げない。だから、やはり僕は佐々木さんと映画の話をしなくて正解だったのだ。

なぜなら、この存在しない映画で佐々木さんと論争になっただろう。「冒険者たち」をリメイクすることそのものが神をも怖れぬ行為(?)だと思うが、加えてこの配役はちょっと違う。リメイクしなければならないとしたら、リュック・ベッソン監督以上に適任者はいないかもしれないけれど、ロベルト・アンリコ監督独特の詩情は彼には出せない。

キャスティングでは、マニュ・ボレリ(アラン・ドロン)の役は現在人気の美男俳優(たとえばヒュー・ジャックマン)でよいけれど、ローラン・ダルバン(リノ・ヴァンチュラ)の役は「イースタン・プロミス」(2007年)のヴィゴ・モーテンセンあたりにお願いしたい。しかし、レティシア(ジョアンナ・シムカス)役で悩む。僕は、最近の外国の女優では思い付かない。

そう言えば、昔、「黄金のパートナー」(1979年)は日本版「冒険者たち」と言われた。この時、三人の男女を演じたのは、三浦友和、藤竜也、紺野美沙子だった。あの頃の紺野美沙子だから許したけれど、今なら誰だろうか。「サイドカーに犬」(2007年)の竹内結子なら許してもいい気がするが、それでも何となくしっくりこない。

おそらく、僕がそんなことを主張すると、枕を並べて寝ていた佐々木譲さんは、やおら布団の上に起き直り、丹前を羽織り紐を結びながら頭を少し傾け、「ソゴーさん、僕はちょっと違うと思いますね」とメガネの奥の視線を据えて言ったことだろう。たった一夜だったが、佐々木さんは相手の間違いをきちんと糺す人だと僕は知った。

昨年、僕は佐々木さんの新人賞デビュー作「鉄騎兵、跳んだ」の掲載誌を、間違って「小説現代」と言ってしまったのだ。僕は、完全に思い違いをしていた。佐々木さんは、少し困ったような表情をして「僕がとったのは『オール読物新人賞』なんですけど…」と答えた。ホントにマジメな人なのだ。

僕はどちらかというと、そういうときに相手の間違いを「まあ、いいや」と聞き流すタイプだ。それは、あまりいいことではない。最初に訂正しなかったために、そのまま会話が進みばつの悪い思いをした経験もある。それに、最後に相手に大恥をかかせる可能性もある。佐々木さんのように、そのときにきちんと訂正しておくべきなのだ。

しかし、やっぱり佐々木さんとは「冒険者たち」で論争しなくてよかった。ユマ・サーマンは「キル・ビル」(2003〜2004年)で日本刀を振り回していたのはよかったけれど、「パルプフィクション」(1994年)ではヤクのやりすぎで白目剥いてた人ですよ。まあ、人の好みはいろいろなので、とやかく言うつもりはありませんけど(充分言ってます)。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
今年も日本冒険小説協会の全国大会で熱海までいってきました。昨年暮れの日本冒険小説協会の忘年会のときに会員の中では重鎮らしきカルロス(と呼ばれている男)と兄弟盃を交わしました。カルロスとは五分盃ではなく五厘下がりの兄弟盃なので、こちらは弟分。会うと叱られてばかりいます。

●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.bookdom.net/suiyosha/1400yomim/1429ei1999.html >
受賞風景
< http://homepage1.nifty.com/buff/2007zen.htm >
< http://buff.cocolog-nifty.com/buff/2007/04/post_3567.html >

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■Otaku ワールドへようこそ![93]
芸能欄 読んでネットで 検索し

GrowHair
< http://bn.dgcr.com/archives/20090403140100.html >
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インターリンクが実施した「オタク川柳」コンテストで大賞を獲得した句は、「聞いてない 誰もそこまで 聞いてない」だそうである。熱愛する対象についてひとたび語りはじめたら、何時間でも止まらなくなるオタクの特性をよく捉えて、なるほど笑える。好きなことには徹底的にのめり込める天賦の才に恵まれたおかげて、ひとつのことにばかりやたらと詳しくなり、知識が偏る偏る。その「ひとつのこと」が、一般の人にとってはどうでもいいことだったりするあたりが、またオタクの悲劇というか喜劇というか。
< http://www.575.cc/ >

さて、偏るというからには、ぎゅっと詰まった反対側には知識の空白というべきスカスカな領域が存在するわけで。誰でも知ってそうなことについて意外に疎かったりするのもまたオタクにありがちなこと。私の場合、3次元。生身の人間。芸能人とか有名人とか。浜崎あゆみや宇多田ヒカルはよく聞く名前だけど、顔も歌もまったく浮かばない。デ・ジ・キャラットのうさだヒカルならわかるんだけど。江角マキコは、何回ウィキペディアで調べなおしても、エカクだかエカドだかエスミだか、ちっとも覚えられない。大リーグで活躍したピッチャーはノシゲだと長いこと思い込んでいた。イナバウアーをネタにした冗談は山ほど聞いたけど、肝心のイナバウアーの映像を見たことがない。フィギュアったらやっぱ海洋堂でしょ。

●テレビを見ないとどうなるか、試してみる

テレビを見て、くだらない、くだらないとこき下ろす人はいるけれど、じゃあ見ずに過ごせばいいじゃないかというと、なかなかそうもいかないものらしい。テレビを見ずに生活していると、どうなっちゃうんだろ? 自分を使って実験してみよう。そんなことを思い立ったのは、フランス語の単位を落として再履修していたときだから、大学の3年か4年のころ、今から25年くらい前のことである。

エリマキトカゲのCMが話題になっていた。エリマキトカゲを売ってたわけではなくて、商品は車かなんかだったっけ? 襟を立てて、後ろ足でばたばたと走ってくる姿が人間に似て、インパクトのある映像だったらしい。みんな折にふれて話題にするので、私だけ知らなくて、けっこうさびしい思いをした。フランス語の授業での雑談で白川先生(だったか、名前よく覚えてない)まで「あのCMにはびっくりしたなぁ」とか言うし。授業が難しくてついていけないということはしばしばあったけど、こういうことでついていけなのは、けっこうくやしい。

しかし、思いなおしてみると、そういうくやしさって一過性のもんであって、人生全体から鑑みたとき、エリマキトカゲのCMを見ずに過ごすことがどれほどの損失かというと、大したことないようにも思えてくる。まあ、いっか。で、そのまま25年経ってしまった。厳密に封じていたわけではなく、NHKの「将棋講座」とか深夜のアニメ番組は見たりしてたんだけど。

ひところ、一度しか言っていないことをあたかも再三述べてきたかのように念押しするような言い回しをする人が多くて違和感をもっていたが、あれはパイレーツとかいうお笑いコンビの決め台詞を真似したものだったのだと、ずいぶん後になって知った。その仕草をまだ見たことがないんだけど、テレビの中でやってないで、目の前で実演してくれないかな。最近だと大げさに残念がってみたり、関係ねぇとか別にとかふてくされてみせるのが流行ってるみたいだけど、あれも何かの影響なんだってねぇ。

●EXILEをウィキペディアで調べると笑われる

何週間か前、童謡の「冬の夜」ってどんな歌だったか、ふと思い出してみたくなり、YouTubeで検索をかけてみた。ところがうっかりタイトルを間違えて「冬の歌」と入れていた。そしたら出てきたのがkiroroの「冬のうた」だった。間違いにはすぐに気がついたが、これも何かの縁だと思って聴いてみた。そしたらめちゃめちゃいい歌じゃん。なんか得した気分。さっそくmixi日記で自慢。「偶然なんだけど、すんごいいい歌みつけちゃった。みんなkiroroって知ってた?」。

そしたら返されたコメントに「えっとー(改行)すごく(改行)有名」。あれれー。みんな知ってたの? ずるいぞ、教えてくれよぉ。なんかすっげー損した気分。こういうのをひとり知らずに過ごしてきちゃった損失って、量的には測れないけど、けっこう甚大なように感じられる。「どうしたらそういう情報って乗り遅れずにキャッチできるんだ?」とまわりに聞いてみたら、「どうしたらそういう情報から取り残されているってことが可能なんだ?」と聞き返されてしまった。やっぱテレビですかね? 見なきゃあかんですかね? これほどまでに世の中の動向について行けていない私なんぞが、こんなところにコラムなんか書いてていいんだろうかと若干不安にならないでもないが、まあ、4年も連載してから言ってもしょうがないやね。

また、こんなこともあった。3月15日(日)、カラオケの"clubDAM"というのに入会した。カラオケの機種には、DAM、JOYSOUND、セガカラ、UGAなどがあるが、私は最近DAMの"精密採点II"にハマっている。これがなかなかすごいんである。五線譜に相当する罫線の上に、この音程でこの長さで歌え、というガイドメロディーがグレーの太線で表示されている。そして、自分の歌ったところがリアルタイムで、ピンクの太線で塗り重ねられていく。音程がはずれると、一目で分かっちゃう。げげ、低音がちゃんと下がりきってないやんけ、とか、メロディーの途中を適当にちょろまかしてるやんけ、とか。更に、しゃくり、こぶし、ビブラート、フォールなどの歌唱テクニックも検知されて、加点されていく。

で、clubDAMに入会していると、会員カードをコントローラの上に置くだけでログインした状態になり、自分の点数が自動的に記録されていく。ウチに帰ってからでも、ウェブからログインして、自分の点数を見ることができるのである。この点数がショボくて、自分の下手っぷりに凹む。べ/サさん(仮名)は"Proud Mary"(←私は知らん)を歌って99点出したというが、私の最高点は88点。た・い・へ・ん・く・や・し・い。ちなみにその曲は河合奈保子の「大きな森の小さなお家」。こういうの得意なんだけどなぁ。こう見えても心は少女なもんで。聞いてみたいですか?

で、入会した2日後、やらかしてしまった。うっかりログアウトするのを忘れて帰ってしまったのである。翌日、ウェブでチェックしてみると、歌った覚えがないどころか、そもそも知らない歌の点数が記録されている。最初、バグかなんかかいな、と思ったけど、よくよく思い返してみて、自分のミスに気がついた。後から入った赤の他人の点数が記録されちゃったということらしい。

うわ、もしかして、見ちゃいけないもん見ちゃった? けど、記録されたデータから推察するに、わざとやってくれたようだ。点数といっしょに"GrowHair"と表示されるので気がつきそうなもんだが、9曲分も記録されてるし。ビブラートやリズムなどの評価の特徴から、同一人物らしい。ほぼ15分おきに記録されているということは、何人かで入って、その人の歌ったとこだけ記録されるように操作したということらしい。やられたっ。いつか、逆の立場に遭遇したら、俺もやってやろっと。

さて、その9曲だが、私はひとつも知らない。歌手名では、安室奈美恵とSPEEDには聞き覚えがあるけど、あとはぜんぜん。EXILEとかMAXとかBoAとかRihannaとか、みんな知ってた? いちおうひととおりウィキペディアで調べてみたけど、けっこう有名みたいね。翌日、職場の同僚に聞いてみたらEXILE知らない人はいなかった。彼らによると、EXILEを知らなくてウィキペディアで調べちゃうという行為がそもそも考えられん、ということで、大いに笑われてしまった。こっちは、そんなに面白いことをしていたという意識がまったくなかったんだけど。

余談だが、DAMには美野春樹氏のピアノ伴奏の曲があって、これがたいへんいい。まあ、伴奏がシンプルなほうが、自分の存在の比率が高まるから気分がいいってこともあるけど。今のところ見つけたのは、柏原芳恵の「春なのに」、大橋純子の「シルエットロマンス」、イルカの「なごり雪」。それとkiroroの歌がいろいろ。というわけで冬までに「冬のうた」をちゃんと歌えるようになるぞ、というのが今年の目標なのだ。

●昭和の逆襲

そんな私だが、'70年代後半から'80年代前半にかけては、けっこうよく歌を聴いた。まあ、アイドルヲタというほどまでには至らなかったけど。さすがにテレビ番組の収録を生で見に行って、野太い声で「○○ちゃーん」と声援を送る、いわゆる「親衛隊」まではやらなかったし。今振り返ると、やってりゃよかったと、ちょっと悔いの残るわが青春ではある。

あのころイントロ当てクイズというのが流行ったが、私は、最初の一拍がジャンと鳴るのを聞けば、たいていの曲は言い当てられる自信があった。「ポスト・キャンディーズの座を狙って出てきた3人組が、イマイチ振るわなかったなぁ」なんて話題になれば「トライアングル」、「チェリーズ」、「アパッチ」ぐらいは、ささっと出てきたし。まあ、その程度。ちょいヲタぐらい。

そんな私が発掘する、昭和のいい歌。当時を生きてきた人なら誰でも知ってそうなメジャーどころから、これ分かる人がいたら友達になりましょう的なマイナーどころまで取り揃えてみました。メジャーどころは、当時はヒットしてても、今の人からは「知らない」と言われそうなので、知らなかったらぜひ聴いてみてちょ、というメッセージ。YouTubeにはマイナーどころまで意外とアップされてるんで、びっくりしてしまう。上げてくれた人、ありがとありがとありがと。専門用語でいうところの、うp乙。けど、カラオケの曲目には、なかなか入ってないんだなぁ。入れてよ。お願い。余談だけど、'81年に上映された「の・ようなもの」という映画に、じーんと響く、いい台詞があったなぁ。「メジャーなんて、めじゃぁないっすよ」。

倉田まり子「How! ワンダフル」(1979年)。恋をすることのすばらしさと不思議さを初めて知りました、というイノセントでさわやかなテーマ。けれん味のないきれいな歌唱、はつらつとした笑顔、アイドルの王道なり。けど、日本歌謡大賞放送音楽新人賞受賞で大泣きする映像には、それまでの人知れぬ努力の蓄積がうかがわれて、思わずもらい泣きしてしまったよ。その後もぐんぐん歌唱力をつけて、いい歌うたってたのに、あのスキャンダル、まったくの濡れ衣だったんだってねぇ。今はキャリア・カウンセラー。カラオケに入ってる曲目、もっとあれば。「カナリヤ」とか。
< http://www.tsubotamariko.com/ >

石川ひとみ「ひとりぼっちのサーカス」(1979年)。飲みかけのワインと散らかしたままのトランプを残して「ごめんね」と言って帰った彼。不倫ですね。しんと静かな真夜中、人形を目覚めさせ、ついでにナイフと鏡も目覚めさせ、さあお祭りよ、踊りましょう。朝まで。せめて涙の乾くまで。かわいい顔ときれいな声が、テーマの怖さを引き立たせる。

石川優子「レット・ミー・フライ」(1979年)。つれなくされてもまだ希望を見つけようとすがるような苦い恋だったけど、もう雨はあがる。季節が変わればすべてを忘れて、ひとりで歩いていけるでしょう。作詞作曲も本人。キーの高い歌声は透明感あって、気持ちが浄化される。YouTubeにあがっている、白い壁に白い衣装の映像がほんとにきれいできれいで、何度も何度も見入る。「ラブイズドリーム」もよい。

石野真子「狼なんか怖くない」(1978年)。大好きなあなた。けど、いつか狼に豹変したりするのかしら。そのとき逃げたりしちゃだめよね。傷つけたりできないもんね。でもどうすればいいのかしら。あれこれ考えちゃう。っていう、めっちゃかわいい歌。澄んだ声が、気分を明るくしてくれる。YouTubeにあがっている映像の一部は'87年収録のもの。「春ラ!ラ!ラ!」も脳天気で楽しい。現役。
< http://www.aceofhearts.jp/mako/ >

柏原芳恵「春なのに」(1983年)。卒業してもいつもの白い喫茶店でまた会えますよね、って言うつもりだったのに。言えなかった。だって、さびしくなるね、って先に言われちゃったから。え? お別れなの? 「記念にくださいボタンをひとつ。青い空に捨てます」。中島みゆき作詞作曲。芳恵ちゃんにはメランコリックな歌が合う。

河合奈保子「ハーフムーン・セレナーデ」(1986年)。結ばれたい。この想い
伝えたい。「誰もみなひとりぼっちだから、優しさをいとおしむのね」。デビュー当初はアイドルとして、はつらつとしたかわいらしさで人気をつかんだが、この歌は重くて力強さがある。本人作曲。

桑江知子「ブルーブルーアイランド」(1979年)。真夏。エメラルドの海、紺碧の空。さようなら。恋は完全燃焼、そして燃え尽きた。私は都会に帰ります。いちばんヒットしたのは「私のハートはストップモーション」だが、この曲や「永遠(エテルナ)の朝」も劣らずいい。現役。
< http://www.kuwae.cc/ >

甲斐智枝美「スタア」(1980年)。あなたは輝く星。もっともっと輝いてね。ずっとずっと輝きつづけてね。17歳の夏、物語は始まったばかり。南の島のおとぎばなしを聞かせて。日焼けした私の肌にそっと触れられたら宇宙まで舞い上がってしまいそう。……けど、けど、27年後、物語は終わってしまいましたね。智枝美さんは、旦那さんと二人のお子さんを残して、星になってしまいました。

杏里「オリビアをききながら」(1978年)。歌の好きな人からは定番のように好まれていた歌で、オーディション番組ではこれでエントリしてくる人が多かった。ひとりジャスミンティーを飲みながらあなたとの愛の終わりをしみじみ感じる。本気なのも分かる。やさしい人なのも分かる。けど、あなたの思いはちゃんと私に焦点が合っていない。疲れ果てたあなたは私のまぼろしを愛したんでしょう。
< http://www.anribox.com/ >

岩崎宏美「思秋期」(1977年)。始まりかけて淡く消えた恋など思い出し、はらはらと涙がこぼれる秋。「青春はこわれもの、愛しても傷つき。青春は忘れもの、過ぎてから気がつく」。岩崎宏美の歌唱力のすばらしさは、別格って感じで、みんな知ってるからあえて挙げなくてもいいかな、とも思ったけど。「知らん」って人もいそうな気がして。どの歌も全部いい。けど、幸せな歌よりせつない歌がいい味わい。童謡を収録した「ALBUM」というアルバムもいい。
< http://www.teichiku.co.jp/artist/iwasaki/ >

太田裕美「木綿のハンカチーフ」(1975年)。都会に越していった彼。「恋人よ」で始まる手紙が、一通、また一通。刺激がいっぱいの都会生活に浮かれている彼。どんどん垢抜けていくことに鼻高々な彼。けど、昔の素朴な彼が好きだったの。都会の絵の具に染まらないで。遠くなっていく彼。最後のお願いよ、涙拭くハンカチーフください。……内緒だけど、ヒトカラで入れてみたら、俺に木綿のハンカチーフが必要で、歌えなくなってしまった。「青空の翳り」もいい。
< http://www.sonymusic.co.jp/Music/Info/hiromiohta/ >

大橋純子「たそがれマイ・ラブ」(1978年)。幸せな夏だったけど、今は冬、そばにあなたはいない。「引き裂かれ、愛はかけらになって、それでも胸で、熱さをなくさない」。歌が上手いなんてレベルではない。この人が歌そのもの、歌うことが生きること、って感じ。全身の筋肉の強さとしなやかさがそのまま歌に乗っかったような、パワフルな歌いっぷり。「シルエット・ロマンス」が多分一番売れてるし、「シンプル・ラブ」もいいんだけど。どの歌も好きなんだけど、ちょっとやそっとじゃ真似できん。ウェブサイトがあり活動している。
< http://www.junko-ohashi.com/ >

荒井由実「悲しいほどお天気」(1979年)。上水沿いの小道で仲間たちと写生した学生時代を振り返り、みんな一緒に歩いていけると誰もが思い込んでいたあのころと、別々の道を歩んでいる今との対比に、せつなさを感じる歌。臆病だった私は平凡な道を歩んできた。あなたからは個展の案内が届く。

水越恵子「Touch Me in the Memory」(1979年)。昔の彼と再会。言葉に詰まる。彼の心の広さに甘えすぎて、壊してしまった恋だった。好きだった。今も好き。「雨のしずく払いながら、店のドアを開けたあなたを見た時は、急な言葉もみつからず、元気そうねなんて、ぎこちなく笑った」。顔がかわいいし、最初はアイドル路線を行きそうな気配だったけど、当時、テレビでウケのよかった「ぶりっ子ぶりっ子」した振る舞いをみずから封印していったように見える。人気をとるよりも、分かる人にだけ心の深いところを伝えたかったのかも。それでよかった。弾力ある太い声に、しっとりとした大人の歌が似合うのだ。な〜んて。あんまり人に言ったことはなかったけど、私が今までにいちばん熱を入れて聞いた歌手はこの人。新宿の厚生年金会館へコンサートにも行ったし。「踊り子」もめっちゃいい歌。全曲、カラオケに入っていたらなぁ、なんて。
< http://www.mcrew.jp/teto/ >

香坂みゆき「青春舗道」(1977年)。「欽ちゃんのドンとやってみよう」では、アシスタントとしてただにこにこ笑ってるだけのお飾りのような存在だったのに、歌手デビューしたら本格的な歌唱力に裏打ちされた重厚な存在感にびっくり。あなたとめぐり合うことができて、さびしくつらい日々は終わりを告げる。これからはずっと一緒に歩いていきましょう。もう泣きません。幸せなテーマなのに、重く、せつない。

宮本典子「エピローグ」(1980年)。すっかり関心が別の人に移っている彼への怒りと嫉妬と敗北感を丸めて固めて思いっきりぶつける歌。「もしもう一度チャンス与えられても、それは物語のエピローグ飾るだけ」。悲しいテーマなのに、場外ホームランのようなスカッとした感じがするのはなぜ?

柴田まゆみ「白いページの中に」(1978年)。もう取り戻すことのできない短かった愛の日々を振り返る。安らいでくつろいで寄り添える時の貴重さにあのときは気づくことができずにいた。「好きだった海のささやきが今は心にしみる」。

上田知華+KARYOBIN「さよならレイニー・ステーション」(1980年)。ぼくはもう去らなくてはならないけど、しっかり生きてゆけよ、幸せになれよ、君のことは忘れないからな、と言い残す歌。ピアノと弦楽四重奏に乗る歌声がきれい。倉田まり子に提供してもいる。

パル「夜明けのマイウェイ」(1979年)。挫折から立ち直る歌。ずっとつらかったけど、たぶんもうだいじょうぶ、次の夢がふくらんできたよ。たとえて言うなら、重い風邪をひいて何日か寝込んだあと、すっと熱が引いて目覚めた朝、世界が見違えるようにさわやかにきらめいて見える、あの感覚。大宮京子&オレンジ「シーズン」(1979年)。すごくきれいな歌。きれいすぎてつらくなるほど。愛しき君に会うためにさすらう旅人。めぐりめぐる季節の一瞬一瞬を捉えた情景。その積み重ねが君への思いの積み重ね。「いま君に捧げる愛のすべては、巡る季節の綴れ織りだけ」。

しまった。語り始めたら止まらなくなった。誰もそこまで聞いてないですね。どもっ、失礼しましたぁ。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
4/5(日)はデリシャスウィートスの公演。杉並区にある井荻會館という、築80年の木造の建物で。いやはや、すごオ〜い人気。私がチケ予約した直後、3月中旬の時点で前売り完売してました。13:30からの第1公演に行く方、10ヶ月放置したヒゲぼうぼうのおっさんがキヤノンの一眼レフ持ってうろうろしているのを見かけたら、声をかけていただけると喜びます。/3/28(土)は新宿のゴールデン街にある「すみれの天窓」に行ってきました。黒色すみれさんのお店。ハンドルをぐるぐる回してコーヒー豆を挽くゆかさんの手つきが優雅でした。CDを2枚、購入。いや〜すげすげ。クラシックな先鋭化された調和の美を踏襲しながらも自由自在な発想で面白い音を作ってる。いや〜、いい、いい、めっちゃいい。一曲ずつそれぞれテイストが違うので一言ではくくれないけど、どれも楽しい。次のCD、まもなく完成とのこと。
< http://www.derisya.com/ > デリシャスウィートス
< http://www.kokusyokusumire.net/tenmado/ > すみれの天窓

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■編集後記(4/3)

・初めてそいつを見た時は、自分の目を疑った。何度か目にするようになって、あまりの不快さに怒りをおぼえた。野菜と果物でつくられた顔の男(野菜人間というらしい)、どうにも気味悪いビジュアルだ。なんのCMかわからなかったので「アイラブベジ」で検索してみたら、このCMがこわい、気持ち悪いという人が多いことを知って、やっぱりなあと思った。サントリーのI love vegiのCMである。子供がこわがる、ホラー、鳥肌が立つ、根源的な恐怖を感じる、視覚テロ、子供の時にみたら絶対トラウマになってたと思う、キツイ、こわくてたまらない、キモイ、グロイ、ショックで病気になった、といった発言が見られる。サントリーのサイトでCMを確認してみたが、やっぱりそうとう不気味だ。淡々とした日常に、非日常の怪物(としかいいようがないだろう)がいる。野菜人間のおだやかな声が逆にこわい。あきれたことに「もしもわたしたちに子供ができたらさあ、人間かな野菜かな」なんて会話している(そこまでいっとるんかい!)。このCM関係者の中に、気持ち悪いからやめようと言う人がいなかったのだろうか。このビジュアルの元は、野菜や果物、花などを組み合わせて肖像画を描いたジュゼッペ・アルチンボルドの絵であることは想像できる。西澤保彦のホラー小説「収穫祭」のカバーにもあったが、これはじつに気味が悪い。まさに根源的な恐怖を感じる。まあ、あれにくらべればベジ君はかわいいもんだが、平和なお茶の間に予告なく侵入するビジュアルとしては最悪、最凶レベルにある。こんなのが等身大でスーパーの売り場にいたらいやだな。サントリーのサイトには壁紙サービスまである。どんな感覚しとるんじゃ。わたしは、このCMが出る度に「マタンゴが来たぞ」と言う。(柴田)
< http://www.suntory.co.jp/softdrink/ilovevegi/cm.html > I love vegi
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4344013484/dgcrcom-22/ >
西澤保彦「収穫祭」のカバー

・「精密採点II」面白そう〜。自動的にログインって世の中そこまで進んでいるのか。部屋から出たら自動ログアウトしてもらいたい。いやいやそれが出会いになり……。精密採点IISNSとか? DSのすれ違い通信的な。/(続き)矛盾しているとは思うのだけれど、広告を多数うっていたり、一等地にオフィスを構えていたり、社員さんたちの身なりを見ると、うわーどんだけ上乗せされてしまうんだよ、なんて思ってしまう。支払う金額の内訳を考える。なのに、こじんまりとしすぎる会社だと、儲かっていないのかなぁ、儲かってそうなところの方がいいのかなぁと。経費節減した上で、ぎりぎりまでマージン下げてくれている良心的なところなのかもしれないのに。お客さんに負担をかけないようにとする気遣いは逆効果かもしれないんだ。海外との価格競争のために経費節減しているところならともかく。「武士は食わねど高楊枝」、ですかね。うーん、もうちょっと身なりや持ち物にも気をつかわないとな……。基本的なことすっとばして今まで来たような気がする。たまには異業種仕事の進め方セミナーあたりに参加したりするのも面白そう。通販や店頭販売以外の買い方をするのは勉強になるわ。(hammer.mule)