ショート・ストーリーのKUNI[58]ワークシェアリング
── やましたくにこ ──

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──そのときぼくは帰宅してテレビをつけたばかりだった。ニュースキャスターの顔が画面いっぱいに映った。

「本日から、ワークシェアリングが始まりました。社会全体で職を分け合いましょう」

──ワークシェアリングってなんだっけ…と思っているとドアチャイムが鳴った。ピンポーン。ドアを開けると初老の男性が立っていた。

「どなたでしょう。新聞の勧誘ならけっこうですが。もう新聞読んでないんで」
「新聞勧誘員ではありません。私はラーメンアドバイザーです」
「はあ?」



──男は勝手に上がり込み、ぼくがテーブルに置いたスーパーの買い物袋の中を探った。

「ああ、やっぱりあるじゃないですか。チキンラーメン。では私がこのチキンラーメンの正しい食べ方をアドバイスいたします」
「いや、いまさら、そんな。だいたいラーメンアドバイザーって…ぼく、呼んだ覚えもないですけど」

「あなたが呼ぼうが呼ぶまいが、ラーメンにはラーメンアドバイザーがもれなくついてくるのです。今日からいっせいにワークシェアリングが実施されているのをご存じないのですか。ほら、そのテレビでも言ってるでしょ」

──テレビでは駅の自動改札機の横に立っている男が映っていた。

「あれは自動改札指導員。自動改札機は便利だが、その分人間は不用になってしまった。機械化は人間の職を奪う。そこで、自動改札指導員を全自動改札機につけることになったのです」
「で、何をするんですか、自動改札指導員は」

「自動改札機の使い方を指導するに決まってるじゃないですか。切符をどう入れたらいいかとか、定期券と間違って診察券や図書館の貸し出しカードを入れないようにとか、改札機が閉まって通れなくなったらまたいで通るのではなく、係員を呼ぶようにとか。あ、その横に映っているのは自動販売機指導員です」
「自動販売機指導員。それは何をするんですか」
「自動販売機の使い方を説明するに決まってるじゃないですか。お金をどこに入れたらいいかとか、『冷た〜い』と書いてあるのが冷たい飲み物だとか、お金を入れてランプがついた飲み物はどれでも選べるとか、ごとりと音がしたら下を見て飲み物を取り出すことを忘れないようにとか」
「そんなことみんな知ってますけど。それに、それなら最初から自動改札機や自動販売機を廃止すればいいのでは」

──男はぎろりとぼくを見た。

「そういうことを言うと大変な目にあいますよ」

──テレビではさらに、オフィスにコピー機指導員、ファクス指導員、シュレッダー指導員が張り付けられた様子が映っていた。そういえば会社で、見たことない人が何人もいたようだが、気にしていなかった。あれもそうだったのか。

「とにかくそういうわけで、私は私の仕事にとりかかりたいのですが。よろしいでしょうか」
「え、チキンラーメンですか、ええ、うん、まあ」

──そこでまたドアチャイムが鳴った。
ピンポーン。

「初めまして。私はのり弁アドバイザーです。あなたは先ほど角のぬくぬく亭でのり弁当を購入されましたね。ごはんの上に海苔が一枚、その上に白身魚のフライとちくわの天ぷらがのっかってるやつです。私はそののり弁の食べ方についてアドバイスさせていただきます」
「ああ、忘れてた。のり弁を食べるんだった。チキンラーメンは夜食にでも」

──ラーメンアドバイザーはむっとした顔をした。
そこへまたドアチャイムが鳴った。ピンポーン。

「初めまして。私は日本茶ティーバッグインストラクターです。先ほどあなたがスーパーでお買い求めになった日本茶のティーバッグセットですが、そのおいしい飲み方についてご説明するためにやってまいりました」
「ああ、確かにお茶も買ったんだ。そうだな、先にお茶をいれようか」
「ぬくぬく亭ののり弁は、購入後一分ごとにおいしさが8%低下することが確認されております。一刻も早く食べていただかないと」

──のり弁アドバイザーがまじめな顔で言った。

「あ、そ、それもそうだ。では、あのう、お茶をいれる一方でぼちぼちのり弁を食べるということで」

──ぼくは割り箸を手に取り、割ろうとした。すると、
ピンポーン。

「割り箸アドバイザーです。間に合って良かった。割り箸の正しい割り方をご説明申し上げます。まず両手に持って、左右均等に力を入れて…右肩が下がってますね。おなかの力を抜いて…はい…はい、それでけっこうです。あ、はい、うまく割れましたね。では私は次のお宅に参りますので、これで」

──ぼくはほっとしてのり弁のふたを取ろうとした。
ピンポーン。

「間に合ってよかった。私はのり弁アドバイザーです」
「え、のり弁アドバイザーならすでにおひとり」
「そうとも、この私がのり弁アドバイザーです。いったいあなたは何者」
「あぶないところでした。今日は初日ということでこのような混乱も予想されてはいたのですが。えー、この人はのり弁協議会所属のアドバイザーですが、私はのり弁連盟所属のアドバイザー。国際的に認められているのはのり弁連盟のほうです」
「いや、のり弁が国際的にとか言われても」
「連盟基準としましては、まずちくわの天ぷらをふた口食べ、十分咀嚼したうえで添えられている漬け物もしくはきんぴらを一口味わい、その後おもむろに白身魚のフライへと進みます」
「なんという誤った食べ方だ。そんなものはのり弁協議会としては認めるわけにいきません。協議会公認の食べ方は、まず白身魚フライもちくわの天ぷらもいったん取り出して、ふたの上に置くのです」

──ピンポーン。

「ああ、間に合ってよかった。私はのり弁コミッティー所属ののり弁アドバイザーです。お待たせしました。私が正しいのり弁の食べ方をご説明申し上げます。まず最初に、これまでののり弁のあゆみに思いをはせ、お祈りを捧げます」
「いかにもあやしげな団体だ。何がお祈りだ。なにがあゆみだ。いまごろ来て。いいですか、あんなものに惑わされることはありません」
「ただ食べればいいと思ってるのですか、あなたたちは。信じられない。日本ののり弁文化はおしまいだ」
「日本茶インストラクターとして申し上げますが、ちくわの天ぷらより白身魚フライより、まずお茶を一口飲んでいただくことになるかと」
「さっきから見ていたら時間がかかって、ぬくぬく弁当がすっかりさめてしまってるではありませんか。悪いことはいいません。のり弁は明日レンジで温めることにして、まずチキンラーメンを食べてはいかがです。私の仕事をさせてください」
「あの、なんでもいいんですが、皆さん、座っていただけませんか。といっても、椅子がないか…なんだか、その、まわりに何人も立っていられると食欲もわかないというか…」

──すると、ぼくの言葉に反して、ぼくのおなかがものすごい音量でぐごごごごおおお〜っと鳴った。

「ああっ、すいません。あのう、とりあえずおなかがすいて、もう、いや、その何というか…食べさせていただきます」

──ぼくはえいっとばかりに発泡スチロールの容器のふたを取った。すると、なんと。そこにあったのはさけ弁だった。白身魚のフライもちくわの天ぷらもなく、ごはんの上にばら色のさけの切り身がすました顔で載っている。ぬくぬく亭の店員が間違えたのだ。

──3人ののり弁アドバイザーは眉をひそめ、互いの顔を見合わせた。そのとき、チャイムが鳴った。
ピンポーン。

「間に合ってよかった。わたしは全日本さけ弁委員会所属の、さけ弁カウンセラーです」

【やましたくにこ】kue@pop02.odn.ne.jp
みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
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