装飾山イバラ道[34]美容院の達人/武田瑛夢

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●お気に入りの美容院

毎月毎月定期的に床屋へ行くだんなさんを見ていると、新学期と正月くらいしか美容院に行かない自分をえらいと思う。いや、毎月行く方がえらいのか?とはいえ。年12回の床屋と年3回の美容院費用の、それぞれの合計はほとんど同じだった。男も女もかかるお金はけっこう一緒かもしれない。

通販雑誌でペットの毛を掃除機で吸いながら切るバリカンを見るたびに、うちのだんなさんもこれで……と提案してみるけれど、そうもいかないらしい。実際短い髪型の方がいろいろデリケートだ。もみあげのところとか襟足のところとか、いつもどおりでとオーダーしているらしいけれど、毎回微妙に違う。

うちの母は「髪はみじか〜く切るのが一番」と言う。「短く」ではなく「みじか〜く」なところに、その度合いの強さが示されている。確かに洗うのも楽だし合理的そうではある。たぶん最も大きな理由は、次に美容院に行くまでの期間を延長できるからだと思う。昔の人らしい節約法のひとつかな。しかしながら、それも行き過ぎると、損なのか得なのかわからない事態になってくる。



ある時、いつも通りに髪を「みじか〜く」切って、パーマをかけてきた母。さっぱりとして良い雰囲気ではあるけれど、私は「それって、肝心のパーマがかかってる毛の部分がすごく短いってことだよね」とするどい指摘をしたのだった。美容院の人も、きっとパーマ液の節約になってよかったろうな。

髪はのびるから、どんどん毛先だけのパーマが残っていく形になる。もう少し、パーマのかけがいのある長さを残しておいた方がお得ではないだろうか。長い目で見て決定したような習慣も、他者から見ると疑問に思えることもある。結局は自分が得して良かった! と思える方法が一番納得できるんだろうけれど。

私の美容院代がちょっと高いのは、10年以上お世話になっている女性の美容師さんが、いつの間にか「ディレクター」という立場になっていたからだ。美容師さんの格によって、施術代が変わるしくみは最近多いらしい。そこではディレクターは、指示を出すのと仕上げのカットだけをして、後はほとんどの作業を若手の美容師さんに任せている。

本当は昔のように、すべての施術を本人にお願いしたいけれど、指名するお客さんも多いのでそうはいかない。そして、この最初の「指示」と最後の「仕上げ」部分がとても大切なので、関わる時間は短くても全体的な価値を認めているのだ。お任せで安心していられる価値は、ちょっとの値段の差を気にならなくさせる。

たくさんいる若手の美容師さんたちは、皆おしゃれでいろいろな髪の色。個性を認めているためか、外見は本当に自由らしい。今時の若者そのものなイメージなのに、ものすごく礼儀正しい。作業に入る前には必ず挨拶をし、適度におしゃべりをしてくれるけれど、決して美容師同士では私語を交わさない。

入れ代わり立ち代りなのに負担を感じないのは、全員にこの流儀が徹底されているからかもしれない。人数は多いのに、スタンバイしている場所と動く場所が決まっているので流れを妨げない。こういった教育の行き届きかげんが、私が長年ここに通う理由のひとつでもある。

●iPhone「美容院ゲーム」

iPhoneに、まさにこの美容院の作業の流れをゲームにした「Sally's Salon」というアプリがある。自分が開いた美容院にやってくるお客さんを、シャンプー台に誘導したり、カットをしたりする。次々と増えるお客さんは、同じ場所で待たされるとストレス値が上がってハートのマークが減り、ハートがゼロになると店を出て行ってしまうのだ。お客のストレスを気にしながら、うまく全体の流れを仕切っていくというゲーム。

そんな仕事みたいなゲームのなにがおもしろいのかと思ったけれど、これが案外スムーズに進んでお会計がチャリンチャリンと決まっていくと快感なのだ。お客さんへの施術がすべて終わって本日の売上目標に達すると、そのお金で新しいシャンプー台が買えたり、従業員を雇えたりする。Yahoo! Games版もあるので、iPhoneを持っていない人でも楽しめる(英語:お試し版あり)。

・「Sally's Salon」Yahoo! Games版
< http://get.games.yahoo.com/proddesc?gamekey=sallyssalon >

ゲームでやってみると、いかに効率よく持っているものを活かすのが大切かわかる。場所も道具も人間も、ただそこにあるだけではもったいない。一か所に集中させず、うまく分散させて無駄を作らないようにする。慌てると髪型を選ぶのも雑になって、満足度の高いものが選べなくなる。

しかし、与えてしまったストレスも良い仕事で取り返すことができる。全員をパーフェクトな満足度にするのは難しいけれど、目を行き届かせてまんべんなくサービスを分配する。

私が行っている美容院にも、お客を誘導する役目をメインに任せられている人がいる。人の出入りや作業の状況が頭に入っていてすごい。状況は常に変化するのだから、緊張感のある仕事だ。地味だけれど、こういう人のおかげで美容院の評価も上がるんだと思う。

どんな仕事にも、全体を見通す力が必要だけれど、細かい失敗や成功の連続の中で最適な道がハッキリ見えてくることがある。時間経過とともに空気が冴え渡って、視野が広がったような感覚。すごくうまく回せているなという実感。でもそう思ったのもつかの間、今度は疲労という障害がやってくるんだけれど。

美容院ゲームでは、慣れてしまえばお客をシャンプー台やドライヤーへとスタスタと運んで、ほとんど人間テトリス状態になってくる。合う場所に人をはめ込む感覚だから。生身の人間には慣れが通用しないので、毎日違う問題に対処するんだろうな。私も教師をしていると、一人一人にその度ごとの対応を迫られる日々だ。でもそんな苦労が嫌いじゃないから、続けているんだと思う。

【武田瑛夢/たけだえいむ】eimu@eimu.com
< http://www.eimu.com/ >
装飾アートの総本山WEBサイト“デコラティブマウンテン”

切り干し大根の煮物を初めて作って大成功。安くて量があっておいしいのに、なんで今まで作らなかったんだろう。