「難解」が評価された「混沌の時代」が甦る──「『芸術』の予言」
── 十河 進 ──

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遺言昨年、葛井欣士郎さんにインタビューをしてまとめた「遺書──アートシアター新宿文化」(河出書房新社)を読んだ。帯には「60/70年代の伝説=葛井欣士郎 アートシアター新宿文化・ATGのプロデューサーがすべてを語る」とある。十代末の僕が通った映画館の支配人が、当時のことを詳細に語った本だ。あの時代を表現するひとつの言葉は「アンダーグラウンド=アングラ」だろう。様々なサブカルチャーが花開いた時代だった。

その頃、フィルムアート社という気になる出版社が「季刊フィルム」という雑誌を出していた。後にフィルムアート社には敬愛する詩人の稲川方人さんが社員で在籍しているらしいと知り、僕のあこがれの出版社になった。しかし、小ロットのクオリティの高い雑誌故に一冊当たりの単価が高くて、買いたいと思いつつ立ち読みですまさせてもらうことも多かった。数年後、僕自身が映像関係の専門出版社に入社するとは予想もしていなかった。

「芸術」の予言!! 60年代ラディカル・カルチュアの軌跡 (「季刊フィルム」コレクション)その「季刊フィルム」と「芸術倶楽部」に掲載された記事を抜粋してまとめた本が出たというので、さっそく手に取った。「『芸術』の予言」(フィルムアート社・本体2700円)である。帯には「60年代ラディカル・カルチャアの軌跡」とある。そうか、「サブ・カルチャア」は「宝島」や「ポパイ」が創刊された頃に出てきた言葉だったかな、と改めて思った。今年、70年代前半に「宝島」を創刊した津野海太郎さんの「おかしな時代」(本の雑誌社)を面白く読んだが、その本にも60年代末から70年代初めの文化的混沌が活写されていた。

60年代のラディカル・カルチャアの特徴は、文学、映画、アート、写真、デザイン、広告、ミュージック、建築、演劇、舞踏、テレビドラマ、ドキュメンタリー、マンガなどがジャンルを超えて混ざり合い、様々な芸術の試みがなされていたことだろう。そういう意味では「『芸術』の予言」というタイトルはぴったりである。登場する人たちも寺山修司、横尾忠則、森山大道、中平卓馬、杉浦康平、大島渚、磯崎新、武満徹、今野勉、飯村隆彦など、多岐にわたっている。

あれは四方田犬彦さんの「ハイスクール1968」(現在は新潮文庫)だったと思うが、「あの頃のキーワードは『難解』だった」という意味の文章が出てきた。そう言えば、60年代後半のカルチャアを担った月刊誌「ガロ」か「COM」に掲載されたマンガで、主人公が「ナンカイよ〜ん」とつぶやいたコマを僕は未だに憶えている。作者は佐々木マキか、伝説の岡田史子か、少なくとも宮谷一彦ではなかった。

「『芸術』の予言」を読み返していて、僕が思い出したのはその「難解」という言葉だった。あの頃は、難解であればあるほど珍重され評価されたのだ。訳がわからなければ「凄い」と言われた。今でも僕は新宿文化や蠍座で見た難解な映画群を思い出す。「空、見たか?」「修羅」「薔薇の葬列」「絞死刑」「新宿泥棒日記」「エロス+虐殺」などなど。横尾忠則風のサイケデリックなポスターが、新宿の酒場にはいっぱい貼られていた。路上で、突然、難解な詩のようなものを叫び出す若者がいた。新宿駅前では紅テントの役者たちがハプニングを繰り広げた。ジャズ喫茶ではフリージャズが咆吼した。「『芸術』の予言」を読むと、そんな時代の空気がよもがえる。資料としても貴重だが、「混沌」とした時代を体験できる本としておすすめしたい。


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■「芸術」の予言!! 60年代ラディカル・カルチュアの軌跡
< http://www.filmart.co.jp/cat138/60_1.php
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1968年から1974年にかけてフィルムアート社より刊行されていた、知る人ぞ知る幻の雑誌、『季刊フィルム』『芸術倶楽部』がいま、甦ります! 混沌と崩壊の先が見えない時代である今こそ響く、60年代・70年代という時代を読み解くバイブルです。

執筆陣:松本俊夫(映画監督)、粟津潔(デザイナー)、武満徹(音楽家)、赤瀬川原平(芸術家/作家)、荒木経惟(写真家)、寺山修司(演出家)、森山大道(写真家)、中平卓馬(写真家)、横尾忠則(アーティスト)、高橋悠治(音楽家)、篠田正浩(映画監督)、大島渚(映画監督)、足立正生(映画監督)、磯崎新(建築家)、桑原甲子雄(写真家)、杉浦康平(デザイナー)、高松次郎(アーティスト)、飯村隆彦(映像作家)、中原佑介(美術批評)…他

ISBN:978-4-8459-0929-2
定価:2,835円(本体2,700円+税)
仕様:四六変型/400ページ
発売:2009年5月18日
編集:「季刊フィルム」コレクション・編集部
発行:フィルムアート社

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「芸術」の予言!! 60年代ラディカル・カルチュアの軌跡 (「季刊フィルム」コレクション)
「季刊フィルム」コレクション・編集部
フィルムアート社 2009-05-19

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