MKチャット対談 特別編 1982〜多摩蘭坂〜スローバラード
── まつむらまきお ──

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PLEASERCサクセションが流行ったのはちょうど浪人生〜大学の頃だった。弟が買ったアルバム「PLEASE」を聞いたのが最初だったと思う。

当時、サディスティックミカバンドやムーンライダーズを聞いていたぼくにとって、RCの第一印象は「かっこわるいな」だった。けばけばしいビジュアルと奇妙な声。面白いとは思ったけれど決して好きではなかった。「トランジスタ・ラジオ」や「Sweet Soul Music」はいい曲だとは思ったけれど、「体操しようよ」の奇妙さは気に入ったけれど、他の曲は好きにはなれなかった。

大学一年の時、なぜかその好きではなかったRCのライブカセットを買った。たぶん、当時好きだった女の子が、RCが好きとか、そんな理由だったように思う。その子が住んでいた国分寺出身のアーティスト、ということもあったのかもしれない。

LPではなくカセットテープを買ったのは、下宿にカセットウォークマンしかなかったからだ。「Yeahhhhhh...」という、武道館のライブを納めたそのカセットは、白ご飯のジャケット写真で、カセット本体はラメ入りのピンク。なぜか安っぽいピンクのイヤリングがオマケに付いていた。「かっこわるいな」と、やはりその時も思ったのを憶えている。

下宿に帰ってさっそくウォークマンにカセットをセットした。「ロックンロールショー」「Sweet Soul Music」「ダーリン・ミシン」とまさにドカドカうるさいナンバーが続く。下品だ。やはり好きになれない。当時はまだレンタルレコードもなかった時代。試聴なんてできなかった時代。音楽を買うのはいつだって賭だった。なけなしのお金で買ったのに失敗だったかな、と思った。うるささ最高潮の「ガ・ガ・ガ・ガ・ガ」の後、それは訪れた。



「多摩蘭坂」だった。

たった2音のギターのイントロからいきなり始まるその歌は、それまで知っていたRCとは全く違った。一人暮らしをはじめて、ようやく慣れてきた大学二年生の春。たった4室しかない小さな木造アパートの、六畳一間の部屋。窓に腰掛けて、タバコを吸いながら雑木林越しの月を見上げていたその気持ちが、不器用な恋愛をしていたその時の気持ちがそのまま、歌になっていた。

そして「スローバラード」

完全にやられた。せつないピアノソロのイントロから、振り絞るように歌い上げる清志郎の声。当時、市営グラウンドのそばに下宿していたというシンクロニシティも大きかった。クルマは持っていなかったけど、その歌詞は、下宿のある武蔵野の雑木林の、徹夜明けの白々と明けつつある風景と、不思議なほど重なった。歌の中の彼女の寝顔と、好きだった女の子の顔がぴったりとシンクロした。

当時下宿していた小平と、清志郎の出身地である国分寺は自転車で行ける距離。思いこみかもしれないけれど、自分の見ている風景、体験がそのまま、美しい歌詞とメロディで完璧なまでに表現されていた。

女の子が「多摩蘭坂はすぐ近くにあるのよ」と教えてくれた。ふたりで自転車で多摩蘭坂まで行ってみた。そこは特別な場所でもなんでもなく、どこにでもあるような、住宅地の中をつっきる自動車道だった。「多摩蘭坂」と書かれたバス停で記念写真を撮った。

その後買った中古のラジカセで、ふたりですり切れるほどカセットを聴いた。月を見るたびに多摩蘭坂を、グラウンドの横を通るたびにスローバラードを、彼女の顔を思い浮かべながら、口ずさんで歩いた。

この二曲はとても特別な歌になった。

その後はRCをあまり聞くことはなかったけれど、この二曲だけは口ずさみ続けてきた。卒業し、その女の子とは別れ、いつのまにか大人になっていったけれど、深夜、寝静まった街を一人歩くと知らず知らずのうちに多摩蘭坂が自然と口から出てくる。

夜の湿気を感じると、スローバラードをうたっている。
気持ちはあの頃となにも変わっていない。

そして、先月、清志郎が亡くなった。

清志郎が亡くなったと知った時、おどろいたし、残念だと思ったけれど、それほどショックではなかった。でも、ふと気が付くと、スローバラードを、多摩蘭坂を、歩きながら口ずさんでいた。

そして「ああ、歌にはかなわないな」と思った。

人間はいろんなものを作り、表現してゆく。ぼく自身は絵やマンガという手段を選んだけれど、演劇や建築をやっていたこともあるけど、でも、歌にはかなわないのだ。

絵でも映画でも建築でも、ふとそれを見たときの感覚を思い出すことはある。気に入った作品やレプリカを飾っておくこともある。何度も見たいと思ってDVDを買ったり、キャラクターグッズを買ったりする。

でも歌はそんなメディアを必要とせず、多くの人の中に歌そのものが、存在し続ける。作者が亡くなっても、原盤がなくなっても、何十年もたっても、ネットも紙もなくても、歌詞とメロディは残っていく。それをよく聞いていた頃の記憶を鮮明に蘇らせる。

こんなことは他の表現にはできない。なんだって歌にはかなわないのだと思い知らされた。

そういえば自分で作品をつくるとき、歌のような作品を作りたいと漠然と思ってきた。そうか、そういうことだったんだ。歌に少しでも近づきたかったんだ。

多摩蘭坂のように、スローバラードのように、だれかの気持ちにひっかかって、特別で忘れられない何かを作り出せることができたら、そんなうれしいことはないだろう。自分がいなくなっても、自分が作ったことなんて誰も知らなくても、それがいつか、知らないだれかの気持ちに重なって、寄り添ってくれれば、それだけで生まれてきた意味があるだろう。

いや、だれかに聞かせたり、見せたりするために作るのではだめな気がする。その時の気持ちをそのまま、定着させることができれば、それが一番いい作品になる。この歌もきっとそうやって生まれてきたように思える。

そういったものは作りだそうとして作れるものではないのかもしれない。でも、作り続けることだけが、唯一の可能性であることはわかっている。

ならば、その時の気持ちを、見ているものを、印象を、そのまま描き止めてゆこう。そうすれば少しでも、歌に近づくことができるかもしれない。

清志郎はいなくなってしまったけれど、歌は残る。
くちびるにくっついたまま、そのまま。

【まつむら まきお/まんが家、イラストレーター・成安造形大学准教授・TSUTAYA会員】
< http://www.makion.net/
> < mailto:makio@makion.net >

今回、笠居さんが忙しいということで、めちゃくちゃ久しぶりに一人で書くことに。えらくプライベートな文章で申し訳ない。
インプレスのムック、「EOS kiss X3マスターガイド」にイラストを描きました。X3買った人、購入検討の人はぜひ〜。

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キヤノン EOS Kiss X3 マスターガイド (インプレスムック DCM MOOK)
高橋 良輔
インプレスジャパン 2009-05-16

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by G-Tools , 2009/06/03