ショート・ストーリーのKUNI[62]家電
── ヤマシタクニコ ──

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私の友人で次のように言ったものがいる。
「電化製品って、こわれかけてから本当にこわれるまでが長いのよね」
まったくその通りである。

たとえば、ふたが開かなくなった、スイッチランプが点灯しなくなった等の軽微な故障の段階で、早くもあきらめて買い換える人が世の中にはかなりの割合で存在する。「こわれかけてから本当にこわれるまでの長い期間」を電化製品とともに過ごすことを拒否した人々である。

ところが、一方では「本当に」「確実に」こわれるまでしつこく使い続ける人が、少数派ではあるが、いる。後者の場合、電化製品はしばしば20年、時には30年を優に越えて家庭に居続ける。そして人間達と密に接しているうちに彼らは電化製品としては衰退するものの、ある種の「進化」をとげ、言語を操り、思考し、意志の疎通をはかることのできる電化製品を超えた何かに変貌していくという。もちろん、言語といっても人間の耳には聞こえない「家電語」であるが。



「おいおい、たいへんだ。また奥さんの機嫌が悪いぞ」
この家に来て25年になる冷蔵庫が言った。人間でいえば75歳くらいだ。時々異常に冷えて卵が凍ったりするが、「まだだいじょうぶ」と言われてはや10年。購入後7年目で冷凍庫のドアがはずれて落下するということもあったが、はずれたドアは割と簡単にはめなおせることがわかり、その後何回かはずれてもまったく意に介されていない。

「なんだって、またかい。今回は何が原因なんだ」
奥さんが実家から持ってきたので、電気店を出てから通算32年になる電子レンジがため息まじりに言う。人間で言えば90歳近いだろう。「あたため」しかできない。白かったプラスティック部分が黄色になっているし、あたためムラもないとはいえないが「もう2、3年使えるわ」と言われ続けて15年。

「何が原因ってことはないんだ。しいていえば最近暑いから。熱帯夜が一週間続いてるし」購入してから21年。そのとき購入した店も、もはや倒産したという掃除機が言う。ホースが時々ぽとんと抜ける。ON、OFFのスイッチが時々効かなくなる。それどころか時々、本体接合部からぱくっと勝手にふたつに分かれてホコリが噴出する。それでも「まだ使える」と言われて15年。壊れてからのほうが長い。人間で言えば78歳。なまじピンク色なのが悲しい。

「そういう、特に何ということはないのに、機嫌が悪いってときが、大変なんらよ。何がきっかけになって、ハツバクするか、わからだいからな」購入後18年の全自動洗濯機が、リビングに隣接した洗濯機置き場から言う。購入4年で時々脱水の途中でとまるようになったが「まあいつもじゃないし」と言われてはや14年。途中で止まる確率は徐々に高まり、いまでは5回に3回は途中で止まるが「やりなおせばいいわよ」と言う奥さんのもと、居続けている。言葉もやや不自由だ。洗濯槽にかびがたまっているからかもしれない。人間でいえば72歳。

「ここはなんとかみんなで団結して、危機回避しなければ。奥さんのことも心配だが、やけを起こして電化製品衝動買い換えというのも世間ではあることだからな。気を抜くな」
冷蔵庫と同時購入のエアコンが言う。いまでもちゃんと冷えるが、音がかなりやかましい。慣れているので気づかないが、エアコンを止めると急に静かになり、テレビがよく聞こえるようになるのでびっくりする。リモコンがすっかりでたらめになっていて、奥さんはほとんど「カンで」使っている。人間で言えば73歳。

「うん。それにおれたち、奥さんには恩義があるし、なあ」
部屋のコーナーからそう言ったのは、購入して11年になる29型のブラウン管テレビだ。バーゲン品だったせいかどうか、まだ11年なのに今やどんな場面も黒と緑と黄色になってしまう「三色テレビ」だ。時々「二色」にもなる。でも、「これでもだいたいわかるから」と奥さんが存続を決めた。最近はごくたまに、見てる最中に砂嵐が起きる。人間で言えば52歳。

……とまあ、そういう家電語の会話が交わされている間も、奥さんはバタッ!と戸棚を閉めたり何かの紙をくしゃくしゃっ! と丸めたりして機嫌が悪いことを誇示しているようである。古新聞やチラシの整理もし始める。ビックカメラのチラシを広げたりされると家電たちはいっせいにどきっ! とする。

「もしもし……私。今、いい?」
奥さんは携帯でだれかと話し始める。携帯は購入してまだ1年。家電語を発しない。ただの携帯だ。人間でいえば……いや、まだ人間になっていない人間のような状態だ。
「……ううん、元気よ。でも、元気じゃないの。なんかさあ」
奥さんはそっと涙ぐむ。家電たちはぎょっとする。
「どうしたんだろ!」
「いったい何が!」
「心配だ!」
「黙って聞いてろよ!」

「……なんだかさびしいんだよねー。おかしいでしょ……え? ううん、最近は浮気はしていないみたいだよ。たぶん……うん……もう飽きたんじゃないかなあ。いい歳だし」
家電たちはしーんとして聞き耳を立てている(もともと人間からみればしーんとしているのだが)。
「うん、だいじょうぶ、ごめんね。ちょっとぐちってみたかっただけ」
「……ああ、うちの近所にも咲いてるよ。クチナシでしょ……いい香りだよね。うん、うん、だいじょうぶ。最近気分が不安定でさ。おかしいよね。歳のせいかな」
奥さんは電話を終える。それから、遅いなあと言った顔で時計を見る。あきらめて、寝支度にとりかかる。奥さんの連れ合いは奥さんが眠りについてしばらくしてから帰宅し、翌朝は普通に出かけていった。奥さんとの会話はほとんどない。

「おい、今日の奥さんはどうだ」
洗濯機が心配そうに言う。
「やっぱり暗いよ。一触即発とみた」テレビが言う。
「よし、今日一日、われわれががんばって、奥さんの機嫌が少しでもなおるようにするんだ」
エアコンの言葉にみんながうなずく。

一人になって奥さんはまず冷蔵庫を開けた。
「冷蔵庫、だいじょうぶか! 氷はできてるだろうな!」掃除機が言う。
「だ、だいじょうぶさ!」
奥さんはコップに氷を入れ、水を注いでおいしそうに飲んだ。
「よかった」エアコンが胸をなで下ろす。
暑いので、次に奥さんは扇風機のスイッチを入れた。

忘れていたが、扇風機も購入24年、人間でいえば83歳くらいだ(換算年齢の算出の仕方は家電の種類によって異なる)。もうよぼよぼでずいぶん前から首は振れなくなっているし「強」「中」「弱」の区別が判然としない。

家電たちの心配そうな視線が扇風機に集まる。扇風機は必死でモーターを回した。なんとか風を送ることができた。奥さんは気持ちよさそうな顔をした。
「よし、それでいいぞ、扇風機」

みんなが安心しかけとき、ぱたっと風がとまった。あーっ! とみんなが声を上げたとき、また、ぱらぱらぱら……と動き出した。ほっとすると、また止まりそうになる。あーっ! また、ぱらぱらぱら……ぱら…………
動かなくなった。

「やっぱり無理ね」
奥さんはつぶやいてエアコンを入れる。エアコンに緊張が走る。ご、ご、ごごごごごおおお〜〜〜!
「いつもより音が大きいわねえ。これもだめかしら」
「エアコン、がんばりすぎだ!」
「自然体でいけよ」
「オーライ、オーライ」

だんだん調子が出てきた。部屋がどんどん涼しくなる。騒音もそれなりに落ち着いてくる。奥さんはほほえみを浮かべる。機嫌がよくなってきたようだ。家電たちはうれしくなる。奥さんがテレビのリモコンを手にした。

「今度はおまえだ、テレビ!」「きれいに映すんだぞ!」「砂嵐厳禁だ!」
テレビは必死でがんばって三色を保ち、それどころか、かすかに赤のような色、というか赤のようでもあり黄色のようでもあるがどっちかといえば赤、というような色を出すことに成功した。
「やればできるじゃないかー!」
「おまえを見直したぜ!」
がんばりすぎて軽く貧血を起こしながらも、みんなにほめられてテレビはすっかりご機嫌だ。でも、肝心の奥さんはほとんど気づいていない。それどころか若い女性モデルが出てきてダイエット食品の宣伝をしているのを見て
「どうせ私なんかだめね」
また暗くなってしまった。

奥さんはテレビを消し、掃除機を持ち出した。本体がぱくんと分かれないようチェックをした後で、がーがーと部屋を掃除し始める。
「あーっ! 前方に不審な物体発見!」
掃除機が悲壮な声を出す。
「どうした、なんだ、何があるんだ!」
「レ、レシートだ」
「レシートがどうした!」
「ここここ、高級レストラン『M』のレシート。2人分のディナーだ! ひ、日付はこないだ『残業で遅くなってねー』とだんなが言ってた、あ、あの日」
「なな、なんだって!」
「やばいだろ、それ!」
「吸い込め! 早く! 奥さんが見つける前に!」
「わわ、わかった!」

掃除機はまだノズルから30センチ以上も離れているそのレシートをありったけの力をこめてきゅるきゅるきゅる! と吸い込んだ。レシートは無事に掃除機の中に収まった。
「よくやった、掃除機!」
「おまえにそんなパワーがあったとは!」
「感動した!」
苦しさに返事もできないでいる掃除機に家電たちの賞賛の拍手が送られる。熱気に包まれるリビングルーム。といっても、当の奥さんは何も感じていなかったが。

「ふーっ」
奥さんは掃除を終え、掃除機をしまうと、ふと目についた体重計を手にした。2年前に買ったデジタル体重計。まだ家電語は使えないはずだ。奥さんはそうっとそれに乗った。3日ぶりだ。数字が表示される。
53キロ。
「きゃーっ」
奥さんは飛び上がって喜んだ。リビング中をスキップしてまわった。その晩、ひさしぶりに早く帰った夫に、奥さんは子どものような笑顔で話しかけた。
「体重が減ったのよ! 5キロもいっぺんに!」
「え、そうかい? ふーん」
「やっぱりこないだから間食減らしたのがきいたのかしらねえ。やったわ〜。きゃー、うれし〜」
「見かけはあまり変わってないようだけど、いや、なんでもない」

その晩、リビングに家電語が行き交う。
「おい、どう思う?」
「体重計のことかい?」
「おかしいだろ、いっぺんに5キロも」
「故障だよ、故障。若いのにかわいそうなやつだ。ま、最近のデジタルなやつって案外もろいんだよな。ふん」
「奥さんのご機嫌はいちおうなおったけど、おれとしてはなんか気に入らない」
「ただの故障があんなに受けるなんてな。フェアじゃない」
「でもさ、もしかして、あれが体重計がわざとやったことだとしたら?」
「ええっ」
「あるかな、そんなこと」
「わからないぜ、案外そういう人情の機微が分るやつかもしれないじゃないか」
「体重計が?」
「違うと思うなあ」
「おまえたち、嫉妬してない?」
「そそ、そんなことないよ」
「ああ、ないとも」
「嫉妬なんか」

ぶつぶつと、リビングルームの会話は続く。ちなみに「家電」とはこの場合「家族の一員となった電化製品」をさしている。そして、電化製品がこのような「家電」へと変貌するか否かは、別に持ち主が愛情を持って接したとかとは関係なく、ただずるずると、なりゆきであることが多い。

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