わが逃走[48]鉄道と富山の巻/齋藤 浩

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ポスタートリエンナーレのレセプションに出席し、先日富山から帰ってまいりました。

世界のグラフィックデザインはとんでもなく元気です。日本では『チラシの大きいやつ』などという誤った認識をしているエライ人が多いのか、デザイナーが提案するポスターと、実際に街に掲出されているポスターとのギャップがまだまだあります。

その溝を地道に埋めていくことが、今の私にできる社会貢献なのかもしれません。そんな訳で、これからも世のため自分のために制作を続けようと心に誓った齋藤浩です。

さて、その富山にて羽目はずしたせいか風邪をひいてしまいまして、少々ぼーっとしています。ぼーっとしたまま本業に関わりのある文章は書けないので、今回はデザインとは無関係な部分を中心に、富山の旅について書きます。



●新幹線2階席で駅弁とビール

『世界ポスタートリエンナーレトヤマ』は、3年に1回開催されるポスターの国際コンペで、世界中からスゲー人達がスゲーポスターを出品してくるグラフィックデザイン界の祭典だ。私も独立してからずっと出品し続け、今回もめでたく入選しちゃいました。これで富山に行く口実ができた! 仕事は弟子2人に任せ、出張という名目の一人旅に出かけるのであった。

さて、旅とは目的地までの過程にこそ醍醐味があると言えよう。そんな訳で、今回も鉄路にて車窓を楽しみつつ富山まで向かうことにした。

11:40東京。発車までまだ30分ほど時間があるので、駅弁を物色する。先月の旅で名物駅弁『チキン弁当』を食べたので、今日は久しぶりに『深川めし』にしようか、などと考えつつ新幹線改札近くの駅弁売り場へ向かう。

あいかわらず種類は豊富なのだが、駅弁には当たり外れがあるのだ。ここで選択を誤ると、旅のテンションが一気に落ちるので慎重に選ばねばならない。と思いつつじっくり検討するも、どれも魅力に欠ける。ふと別の売り場に目をやると、厳密な意味での『駅弁』ではない弁当が販売されている。いわゆる駅ナカに入っている店舗の商品を扱っているらしい。その中で“まい泉”のとんかつ弁当が目に入り、急激に気になりはじめた。

実はこのところ揚げ物断ちダイエットをしているので、このような弁当の購入は自ら課したルールに背くのである。が、しかし。なんといっても一人旅である。車窓を眺めながら揚げ物とビール。たまにはこういうのも良いのではないかと思い一歩売店に近づくも、結局良心の声に説得され購入を見送り、ホームへと向かう。弁当は越後湯沢での乗り換え時に購入しよう。

そうこうしている間に出発10分前になる。水を買おうと売店に行くと、やはりビールが気になってしまった。昼間っから新幹線でビールを飲むなんて、昔のオレが聞いたらうらやましがるだろう。なんてことを想像していたら、ついエビスビールを買ってしまった。いわゆる衝動買いである。ビールといえばやはり揚げ物だ。ああ、やはり買っておけばよかった、とんかつ弁当。

で、ふと顔を上げると、あるではないか、目の前に『こだわりのとんかつ弁当』。どこが作ってんの? NRE? ああ、日食のことか。日食といっても7月22日に観測された太陽が月の影に隠れる現象ではない。日本食堂のことである。で、手にとってしまったら買わないわけにはいかない気がしてしまい、結局買ってしまいましたとさ。熱量1135kcal。


日食観測しました

ビールと駅弁を持って『Maxとき』の2階席へ。ホームをゆく人たちよりも少し高い目線でビールで一杯やれるのは、なんか優越感に浸れるのだが、発車するまでは手をつけてはいけない。駅弁とは、流れる車窓の風景とともに味わうことによって旨さが引き出されるようにできている(あ、あくまでも私の主観ですよ)。

なので、発車して、せめて上野駅を出てからふたを取りたいのだ。などと思いながら窓の外を見ると、おお、すでに動き出している。なんかテンション上がるなあ。隣のサラリーマンを見ると、なんと、驚くべきことにもう駅弁を食べ終わっている!! あんた、そんなことでいいのか? 新幹線で出張なんだよ?もっと旅の風情を大切にしないと…と言いたい気持をぐぐっと抑えた。

さて、上野駅も過ぎ、地上に出たところでふたを取る。想像以上でも想像以下でもない構成。いわゆるとんかつとごはんと梅干しである。

食べてみた。まあ、いわゆる駅弁の普通レベルだ。衝動買いだしな。仕方ないか。とんかつといえば、以前寝台特急『なは』車内で食べた大阪・水了軒の名物駅弁『かつ弁当』が思い出される。あれは旨かった。冷たくてもやわらかく旨い大きなとんかつと米。日食にはもう少しがんばってほしいところ。

そうこうしているうちに大宮を過ぎ、あっという間に越後湯沢に着いてしまった。ここで特急サンダーバードに乗り換え、ほくほく線経由で日本海に出て、北陸本線で富山へ向かう。

いわゆる山から、だんだん海へと変わりゆく風景は実に見応えがある。鮮やかな夏の緑一色の水田がまだ目に焼き付いているのに、気がつけばもう海だ。車内販売で買ったコーヒーなんぞ飲みながら、小説を読み、一章読み終えるとまた車窓を眺める。素敵だ。やはり旅はイイ。

糸魚川を過ぎ、フォッサマグナを飛び越え、魚津に到着。車窓から見える日本カーバイトの工場が物悲しい雰囲気でイカすぜ。なんて思っていたら、もう富山だ。新幹線ができて便利になったのはいいが、ちょっと早すぎる気がしなくもない。

この日はそのままホテルにチェックインし、夜はオープニングレセプションに出席。9年ぶり(?)の再会を果たしたデザイナーのHさんやYさん、そして審査員の巨匠達とともに、実に楽しく過ごしたのでした。

●富山はエラい

富山県立近代美術館での授賞式+内覧会が2時からなので、それまでは自由時間だ。なので、『富山ライトレール』に乗ってみることにした。富山ライトレールは3年前にできた新世代の路面電車だ。全車両が低床車で完全バリアフリー。車両のデザインも機能的で、美しい。

路線は富山駅前の電停『富山北』から、海水浴場や漁港のある『岩瀬浜』まで7.6キロを結ぶ。もともとはJR富山港線だったものを、一部路面区間化し、本数も大幅に増やして、まさに“地元の足”になっている。これから延伸の計画もあるらしい。なんでもかんでも自動車優先だった日本にも、文化的な乗り物ができたのだ。富山はエラいなあ。

という訳で、とりあえずは終点まで乗ってみることにした。ところがJR富山駅に着くも、どこにもライトレール乗り場を示すサインがない。普通「◯◯線のりばはこちら」とか、「◯◯バスはこっち」とか何かしら案内表示があると思うのだが、一切見当たらないのだ。駅の反対側に乗り場があるのはわかっていたので、北口へ行こうとしたのだが、北口への通路のありかもわかりにくかったなあ。このあたりは改善してほしいところ。

さて、なんとか乗り場を発見し、早速乗車。車内がやや狭い感じはしたものの、シートのレイアウトや降車ボタンの色彩設計など、きちんとデザインされている。機能している。車両もさることながら、電停のデザインがかなり良かった。構造はもちろん、広告スペースも1点あたりの面積を広くとってあり、またいずれの広告もアートディレクションがしっかりしていた。

これはすごいことです。媒体料を荒稼ぎする広告代理店が絡んでいないのか。公共の場における広告コミュニケーションの良心を見たようで、富山の人々の実直さを感じた次第。すばらしい。

なんだかんだで楽しく車窓の風景を眺めていると、もう終点だ。港町らしい落ち着いた佇まい。とりあえず海岸まで歩いてみることにした。平日の昼前だというのに、人っ子一人歩いていない。車も全く通らない。この辺りは朝が早いからもう昼寝の時間なのか? 天気がいいだけに不気味である。某国の工作員が現れてもすぐに逃げられるよう、周囲に気を配りながら歩く。

海が見えた。遠くに船が見える。

波の音しか聞こえない。贅沢な時間だ。
ちょっと歩くと灯台やコンビナートを発見。うー、こういう風景をフィルムで撮りたかった。
 

そうこうしているうちに、急激に雲行きが怪しくなってきた。と思ったら突然豪雨だ。慌てて電停に戻り、富山駅へと戻る。わずか2時間ほどの旅だったが、いわゆる観光地ではない地域の方が、地方都市の文化がよく見える。途中、気になった電停がいくつかあったので、こんど来るときには途中下車もいいかもしれない。駅に着くと1時40分。いそいでタクシーで美術館へ向かった。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。