電網悠語:日々の想い[129]プロジェクトの生まれるところ:提案@コンペ
── 三井英樹 ──

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コンペティション(コンペ)への参加の声がかかる。基本的にはそれがプロジェクトの始まり。正式には、予算化されていないが、メンバーが招集され、提案を作りこんでいく。召集は、RFP(Request For Proposal/提案依頼書)の傾向から、個々のスキル適性を考えてチーム編成候補案とし、あとは自己推薦型で調整する。やる気に燃え手を挙げた者が、舵を取る。それがクリエイティブの源泉なのだろう。

RFPを読み解き、状況分析と何がWebでできるのか、何があるべき姿かを考え、議論する。自分たちの経験も活かされる。これで本当に買う気になるか、これで理解できるのか。自分たちを様々な状況に当てはめてみて考える。妻ならば、子ならば、父ならば。身近な仮想ユーザも総動員で出演していただく。メンバー間での議論も熱い。職位とか殆ど関係ない。それはないだろう、と誰でも言える。そして言えなければならない。ユーザの目の前で説得力がなくては手遅れだ。

コンセプトを詰めて、デザインを進める。選考ポイントによって、焦点の当て方は異なるけれど、どの要素にもどの表現にも基本的には理由が必要だ。ただなんとなくという理由で、何かを「そこ」に配置することはない。先ず、デザイナが質問してくる、「これ何?」。通常開発プロジェクトを抱えながら、提案プロジェクトは進むので、根源的質問はかなり「ウザイ」。でもそれが説明できない自分はかなり「ユルイ」。反省を重ねつつ、精度を上げていく。そうした格闘の結果が、一つの提案にまとめられる。だから重みがある。



コンペに提出する提案書類の品質は、手前味噌かもしれないが、かなり高い。パワーポイントは、どの参考書よりも、濃密な作り込みと言っていいだろう。下手な参考書を読むよりも、これを解析するか、テンプレートとして使った方が、確実に刺さるプレゼンになる。デザイン案も、手抜きなし。情報設計部分は、提案までが1〜2週間程度なのでズレはありうるが、そのまま使っても遜色はない。見せかけ効果は殆ど付けていない。生身で語りかけるのが王道だ。だから実際のプレゼンは、デジタル資料以上のインパクトが付け加わる。真剣に語りかけることが最善の策。だからプレゼンの後は精も根も尽き果てる。クタクタ。

私自身は、そこそこの人数の前でお話しさせて頂くことが増えている状況にある。でもコンペは、せいぜい10名前後。そのうち半分は自陣メンバー。互いのため息まで聞き取れる距離。その小さな空間でのパフォーマンス。専門領域の説明は任せるにしても、自分がプロジェクトリーダーのときは、全般的に話せるように準備する。でも独演会にならぬよう、メンバー同士の言葉が相乗効果を生むようにする。そしてそれを可能にするのは、その場の阿吽の技でしかない。互いに信頼できるからこその技。クライアントがWeb用語に精通しているとは限らないので、通じていないと感じたら、即座に誰かが補足・補完する。

メンバー間で競っている感もある。提案メンバー内の役割は固定ではない。刺さるプレゼンは、メンバー内で自律的に増幅され再利用される。皆がいい意味で盗んでやる気満々だ。ファイルというデジタルデータ(社内では共有サーバ内に完全共有)だけではない、言い方や資料の見せ方から惹きつけ方、プレゼン手法そのものが資産化されていく瞬間。客先でプレゼンを重ねる度に、自分たちが強くなっていく。

「ファシリテーター(促進者)」という言葉がある。司会者的な位置付けにありながら、参加者の心の動きや状況を見て議論を深め、全体の流れをスムーズに調整しつつ合意形成に向けていく役。促しや、確認、介入を積極的にしつつ、お節介さを感じさせないことが望まれる。

提案プレゼンは、基本的にはそれに似ている。絶対的な自信の下に提案をしている訳だから、そこが落としどころ(ゴール)である。クライアントの不安を察知し、それを引き出し、答えを示す。たとえ用意していない問題であろうと、目配せで答えられるメンバーを探し、答えてもらう。ゴールに徐々に徐々に追い込んでいく作業。

無論、この文字通りに常にことが運ぶわけではない。でも、場数が効いている。社内の活発な議論と、大手系コンペへの参加は、他では得がたい莫大な財産である。まさに毎回のように鍛えられる。失敗すれば落ち込むし、よりよい手をウジウジと何週間も脳内反復する。うまくいけば、刺さったならば、帰りの電車でニヤニヤしている危険人物ともなる。スリルと達成感。背中合わせの真剣勝負の訓練の必要性が身にしみて分かってくる。

メインで話す人には、チーム内からの重圧もかかる。今説明しているのは、目の前か会社で待機している仲間が(ほぼ)寝ないで作ったモノである。その重みを感じる。これで勝ち取るんだと意気込みもする。以前プレゼン中に「……と私は考えました」と言ってしまってから訂正した。「……と"私達"は考えました」。それは、やはり様々なデータの作者の顔が瞬時に浮かんだからだ。

つくづく、Webが個人技から離れてきたと実感する。一人の考えやアイデアが、超人的な場合もあるけれど、信頼できるチームで、未だ見ぬ世界を提案できて、それを構築していける世界の割合は明らかに広がった。大企業レベルでの情報発信+情報収集システムは、そうしたチームで生み出されるべきなのだろう。そして、このワクワク感がたまらない。


整然とした情報構造と、思いっきりエモーショナルな情報発信。そんな水と油も共存できる。整然側から得た信頼がエモ系に発展し、その逆もある。業種も職種も飛び越えて、短期間に様々な重い責任ある仕事が任される。しかも、その多くは、非常に多くに人の目に触れ評価され、馴染んでいく。Web屋であることの最大の醍醐味。

そんな未曾有の作業が、実はコンペへの誘いと提案までの数週間に、少なくとも原型が凝縮されてある。コンセプト、予算、チーム編成、技術、スケジュール、全ての原型がここにある。ここがプロジェクトの生まれるところ。

【みつい・ひでき】感想などは mit_dgcr(a)yahoo.co.jp まで
ということで、お仕事ください(笑)。
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