わが逃走[50]猛暑の魚津を散歩するの巻/齋藤 浩

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みなさん、こんにちは。暑かったり寒かったりする今日この頃ですが、先日の朝起きるとなんだか熱っぽいので体温を計ってみたところ38度5分もあって、で、慌てて医者に行ってインフルエンザかどうか調べてもらったところ幸い陰性でした。

とはいえ意識はもうろうとして、とるもの手につかず。さらに熱が下がったところで、手と足と腹に不気味な斑点が出まして再度医者へ行ってみたところ、『手足口病』という2歳児がかかる病気であることが判明。「いやー、大人がかかるのもめずらしい」と医師に褒められましたとさ。「なあに、2〜3日で治るよ」と言われたら、本当に治った齋藤です。みなさん、いかがお過ごしでしょうか。

なんだかんだでこの連載も50回目を迎えることができました。よくもまあ、こんなくだらない話を書き続けたもんだと自分で自分を褒めてあげたい。で、50回といえば一応節目ってことなんで、それなりに盛り上がりそうなテーマを考えてみたものの結局どれもパッとしなかったので、例によって狭く深い散歩の話とか、テキトーに書くことにしました。



●「何もない」印象の魚津駅前

またもや富山ネタである。7月に富山へ行った際、JR魚津駅をちょっと過ぎたあたりの車窓に、なにやらイイ雰囲気の工場を発見した。家に帰って地図帳を広げてみると、日本カーバイドという会社の工場であることが判明。で、さらにじっと地図を見てみると、魚津駅から不自然になだらかなカーブを描いて工場へと繋がる道がある。え? これってもしかして廃線跡??

さっそくネットで調べてみたところ、かつてそこには工場への専用線が敷かれており、工場と駅の間を蒸気機関車が貨物列車を牽引していたそうな。蒸機と聞いちゃ黙ってられんわい、ということで蔵書をひもといてみたところ、近所の村木小学校にドイツはコッペル社製の小型SL『日本カーバイド1号』が保存されているとある。こりゃー、見に行きてえ。で、見に行ってきました。

今回の旅では富山に2泊した。初日は県立近代美術館をじっくり見て、寿司を食って飲んだくれておしまい。

翌日、朝から富山地方鉄道でまず立山へ向かい『立山カルデラ砂防博物館』を見学。ここがまたすげークオリティ。地形好き必見。

昼過ぎに寺田経由で新魚津(JR魚津駅に隣接)に向かい、遅い昼食をとる。つもりだった。が、駅前には何もない。JR魚津駅側に出てみると、広くてきれいな再開発された駅前が広がっていたが、何もない。ホントは店もあれば人もいるんだけど、印象として何もないのだ。魚津といえば名の知れた地方都市なのに、なんでこうも寂しいのだろうか。ぐるっと見回してみても、どこも店じまいしている。ような印象。

ホントは営業中なんだろうけど、どこもかしこもそういった印象なので、結果として「何もない」と同義語なのだ。天気は快晴。暑い。なんとかしたい。駅の端っこへ移動してみると、『コーヒーとカレー』と書かれた看板が目についた。もはや何でもいい、腹が減った。

という訳で、その建物の狭くて急な階段を登り、2階にある喫茶店(というか地元のスナックが昼間は喫茶店と名乗ってる感じ)に入った。で、カレーとコーヒーを注文し、待つこと数分。昭和風の深い楕円の皿に盛られて出されたカレーライスを一口食べて驚愕する。旨い。スゲー旨いのだ。

スミマセン、正直全然期待してなかったのですが、なんか凄いっす。独特のコクと香り。ほんのりとした苦み。◯◯系などとジャンル分けできないオリジナリティ。どうにも腹が減っていたので、黙々と食べてとっとと出てきてしまったから店の名前も覚えてないが、あとからあとから、思い出とともにあの旨いカレーが脳裏をよぎるのだ。ああ、お店の人にもっと美味しいと言えばよかった。スミマセン、また行きますんで、美味しいカレーを食べさせてくださいませ、お店の人。

●「人っ子一人いない」線路とSLを見に

陽も傾きつつあるので、目的地に行こう。再度JR魚津駅側の地下道を通り、海側に出る。自転車置場以外何もない。線路を左手に見つつ歩き出すと、道が右に向かってゆるーくカーブしている。おお。地図で見たとおりだ。当たり前だけど。

道に沿って、すぐ脇の築堤も道に沿ってカーブしている。これってもしかして廃線跡か? にわかに早足になってくる。と、発見! 線路がまだあったー!

以前踏切だったであろう場所から先には、まだレールが西日をにぶく反射させながら続いていたのだ。

公園になるでもなく、宅地にされるでもなく、当時のままにゆったりと弧を描きながら工場へと延びるレール。その昔、ここを貨物列車を引いた蒸気機関車がトコトコと走っていたんだなあ。しばし感慨にふける。周りには相変わらず人っ子一人いない。住宅地なのに。

線路に沿って歩きはじめる。ゆるやかなカーブが続く。しばらく歩くと、小さな小さな川を渡って広い道に出る。

線路はそこで途切れていたが、道の向こうの工場の敷地から再び始まり、機関庫跡と思われる建物へと続いていた。ああ、柵を越えて線路に沿って歩いて行きてえ。

一通り満足したので、村木小学校を探す。保存してあるSLを一目見ておきたいのだ。歩くこと数分、村木小発見。果たしてこの学校のどこに蒸機が? カメラを持った男が勝手に敷地内へ入るのも誤解を招きそうなので、とりあえずぐるっと一周してみた。

すると…あった! 道からすぐの校舎内に保存用のスペースが設けられ、かわいいコッペルがちょこんと座っていたのだ。

これがあの線を走っていたのかー。一応小学校の敷地内なので、ひとこと断りを入れようと思い周囲を見渡すも、人っ子一人いなかったので近くまで行って見学しちゃいました。

まず驚かされたのがその保存状態の良さ。火を入れればいつでも動くんじゃないか? という印象。足回りにも油が塗られ、大変美しく整備されている。地元の方達にいかに大切にされているかが伺い知れる。よく公園などで保存という名の放置によって錆び、朽ちていく機関車を見かけるが、この『日本カーバイド1号』は周囲の文化財に対する意識によってしっかりと守られていたのだった。すばらしい。

そして、嬉しかったのが匂いだ。ちゃんとSLの匂いがする。それがオブジェや彫刻ではなく、機械なんだということが本能に伝わる。すばらしい。保存SLは良かれと思っておかしな色に塗られてしまうことも多いのだが、この『日本カーバイド1号』のボディは当然、ペンキではなく鉄の黒だ。現役時代の黒と同じ黒。オレは猛烈に感動した!!

思い起こせば、私が人生で最初に体験したSLがやはりコッペル社製の機関車だったので、なんかもう、他人とは思えないなあ『日本カーバイド1号』。ああ、いつの日かこのカマに火が入るときが来るのだろうか。そのときは是非、その勇姿をまぶたに焼き付けたいものよ! という訳で、いろいろ満足して魚津を後にしました。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。
【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp