[2709] 顔に見えるコレクションの巻

投稿:  著者:  読了時間:28分(本文:約13,600文字)


《図画工作系男子、略して図工系男子。マルシーってことで》

■わが逃走[51]
 顔に見えるコレクションの巻
 齋藤 浩

■つはモノどもがユメのあと[08]
 mono07:終わらない道の始まり──「SONY RMO-S360」
 Rey.Hori

■電網悠語:日々の想い[131]
 変化に対応する、変化を防ぐ、変化を作るサービス
 三井英樹

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 DTP Booster 008(Osaka/091030)「カラーマネージメント講座--書籍がで
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■わが逃走[51]
顔に見えるコレクションの巻

齋藤 浩
< http://bn.dgcr.com/archives/20090924140400.html >
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数年前、某大手電機メーカーが関わる公共事業の一環で、水害を未然に防ぐための『ナントカシステム』とかいうものをアピールせよ、というお題をいただき、新聞広告を作ったことがある。

その際、キービジュアルとした写真が、3つの穴の開いたマンホールの蓋から雨水が溢れているというもの。穴の配置がまるで人の顔を思わせるような位置関係にあったため、泣きながら水を吐き出している人の表情にも見える。

コミカルに、そしてシリアスにナントカシステムの重要性を訴える、我ながらすばらしい広告だったにも関わらず、最終的にはお蔵入りしてしまった。校正刷りまで出したのに、今思い返しても残念である。

で、その人の顔に見えちゃう効果を『シミュラクラ現象(類像現象)』というらしい。最近ではその効果を活かしたプロダクトデザインの研究なんかが進んでいて、例えばバイクを正面から見たときに人の顔に見えればその分視認性が増し、事故防止につながるといった話などなど。

なんでこんな話をしているかというと、先日私のゼミの学生がシミュラクラ現象をテーマにポスターを作ったのだった。なんかソソるテーマであったので、ここらで私も顔に見えるモノたちの写真を撮ってやれ! と思い立ったところ、そういえば20年ほど前に同じテーマで写真集を作ろうとして途中で挫折していたことを思い出したのだ。

そういえば、その後も"顔"を発見するたび写真に記録していたといえばしていた。ネガやらデータやらを引っ掻き回してみたところけっこう出てきたので、『なんとなく顔にみえちゃうコレクション』のごく一部をご紹介いたす所存。

・町工場の柱
< http://www.dgcr.com/kiji/20090924/01.jpg >

思えば、この写真が全ての発端だった。学生時代の写真の課題で撮影したもの。今はなき実家の近所の廃工場というか作業場の柱。錆びた金属の色調と生い茂る雑草とのコントラストが美しかった。

ところで、ここはいわゆる廃墟なんだと思うが、廃墟と言ってもいろいろある。この場をお借りして、これについてひとこと言わせていただきたい!!

私は以前からこのジャンルには『陰の廃墟』と『陽の廃墟』があると考えており、『陰の廃墟』とは、いわゆる廃病院などに代表される心霊スポット的なものや、宇宙からの毒電波を受信した人が作ってしまったトンデモ物件が朽ち果てたもの。それに対し、『陽の廃墟』とはオバケや宇宙人なんかとは無縁の、自然との対比が純粋に美しい物件をさす。

私が魅力を感じるのはあくまでも後者である。おそらく私にとっての原体験は、アニメ『アルプスの少女ハイジ』に登場する"冬の家"や旧信越本線横川─軽井沢間の丸山変電所跡(修復前)など。

陰と陽では全くの別モノ、香り立つものも全く違うのに、それを一括りに"廃墟好き"と言われてしまうことに私は非常に! 違和感を感じているのだ。"陰"における興味の対象がオカルト的なものであるのに対し、"陽"の興味の対象はあくまでも美しさなのだ。そのへんを是非ご理解いただきたい!!!

などと熱く語ってしまったが、残念ながらこういう男はモテない。鉄道マニアにおける"乗り鉄"と"撮り鉄"で論争をしているようなもので、普通の人にとってはどちらも同じ変わり者(≒キモイ人)なのだ。しかし、もはや私はモテなくてもいい。廃墟における陰と陽の存在に、同意してくれる人さえ現れてくれればそれで本望なのである。

・クロスヘッド
< http://www.dgcr.com/kiji/20090924/02.jpg >

この写真も学生時代の課題より。クロスヘッドと呼ばれる蒸気機関車の足回りの部品。踊るハニワみたいでかわいいなあ、なんて思っている。大抵のSLにはこの部品がついているのだが、機種によって顔つきが異なる。今後世界中のSLのクロスヘッドの写真を一堂に並べた写真展なんかやってみたら無意味でイイかも。

このように、装飾ではなく機能を追求した結果、顔的造形になった工業製品というものに、私はより一層グッときてしまう傾向にあるようだ。

・ドラム缶兄弟
< http://www.dgcr.com/kiji/20090924/03.jpg >

平湯温泉の神社の床下で発見。カワイイ。よく似ているので勝手に兄弟だと思っているが、違うかもしれない。左の奴は素直でいい子そうだけど、右の奴は独自の世界観を持っていそうなので、話すと楽しいかも。

そもそも彼らが何の為にここにいるのかも不明だが、機会があれば是非また会いに行きたい。どうでもいいけど、この近所の店で飼われていたバカそうな雑種っぽい犬も大層かわいかった。

ドラム缶にしろ、犬にしろ、私はこういう素朴で人に媚びないかわいさが好きだ。それに対して、ギャルに人気の、有名な猫のキャラクターとかはどうも苦手だ。あの猫は自分のことをかわいいと自覚しているのだ。その心根が許せない!!! また話がそれてしまった。

・蓼科の蔵
< http://www.dgcr.com/kiji/20090924/04.jpg >

某温泉に行く途中で発見。いい人そうですね。話しかけると「ござる」とか言いそう。ヘアスタイルもイカしてるぜ。

・水栓
< http://www.dgcr.com/kiji/20090924/05.jpg >

昨日、長野県某所にて。目が合ったので早速撮らせていただいた。ありふれた工業製品も、見方を変えると突然顔になる。こういった気づきってとても大切で、例えば相手が顔に見えるように促すにはどうすればいいか? なんて考えることは、そのままグラフィック広告の構造を考えることに繋がるのだ。ほんと、趣味に直結した仕事をさせていただけるって幸せ。

・床の木目
< http://www.dgcr.com/kiji/20090924/06.jpg >

ウチのトイレの床に住む『ゴッホの描いた宇宙人』。ウンコしているとよく目が合う。どうやら、いかなる木目にも顔らしきものは存在するようで、過去に暮らした家にもこういうヒトが何人かいた。熱出して寝てたりすると、天井にいろんなものが見えてきて大変なことになる。ちなみに敬愛するタモリ氏は、「木のうろが女性器に見えれば一人前」と仰っていました。さすがです。

今回は以上ってことで。ちょっと探しただけでけっこう見つかるもんですね、顔。そんな訳で、今後も『顔に見えるコレクション』は続けていこうと思います。そういえば、『シミュラクラ現象ポスター』を作ったウチの学生ちゃんにも、これをライフワークにせよ! なんて無責任なことを言ったので、そのうち顔に見えるコレクション師弟対決! なんてできたら素敵だなあ、なんて思うのだった。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。
【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp

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■つはモノどもがユメのあと[08]
mono07:終わらない道の始まり──「SONY RMO-S360」

Rey.Hori
< http://bn.dgcr.com/archives/20090924140300.html >
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夏休み明けのデジクリでは、何故かデータバックアップの話題が相次いだ。本連載も急遽(でもないが)当初予定を変更して、そのバックアップ話に乗っかることにする。話題の流れということもあるが、筆者のバックアップ環境や方法がそろそろ幾度目かの曲がり角に差し掛かっている気がするのもその理由だ。

筆者初のコンピュータには外部記憶などというシャレたものは、予感すらなかった。電源を入れる度、CPUにHALTをかけて、真っ白アタマに前面パネルのアドレススイッチを一つずつ進めながら、テンキーを動作させるブートプログラムを一語ずつ書き込むのだ。バーストモードDMAというヤツで、バックアップ、などという単語はそこにはカゲもカタチもまだない。1978年頃のことだ。

PC-8001の頃にカセットテープにデータを保存するようになって、バックアップに近い行為を行うようになる。かなりの前進と言えるが、今で言うバックアップではない。オリジナルあってのバックアップ。OSもHDDも不在、電源を入れるとROM内のBASICインタプリタは立ち上がっても、真っ白アタマなのは変わらないわけなので、そこからチマチマ入力する手間を省くためのもの、というのが正確だろう。表参道アドベンチャー、なんてな単語が思い浮かぶ。

キューハチことPC-9801に移ってようやく、メモリ&HDD&外部記憶ドライブ+メディア、の三役が揃う。HDD上に保存したデータを外部メディアに"バックアップする"、という言い方が成立するようになったわけだ。といってもメモリが640KB(若人よ、MBではないぞ)、HDDが40MB(若人よ、GBでもTBでもないぞ)という世界なので、外部記憶といっても1.2MBのフロッピーディスクだ。ようやく多くの読者諸氏もご存じの......でもないか......5インチ両面倍密度フロッピーディスク、というメディアにHDD上のデータを定期的にバックアップする、という作業が開始される。

筆者の場合、Macを導入してプロになる少し前辺りまでは基本的にこの状態がしばらく続く。バックアップすべきデータが日々どかんどかん生まれるわけで

はないので、それでも何とかなっていたわけだ。Macのフロッピーは3.5インチ1.4MB。5インチと違ってプラスチックケースに入っているぶん安心感はあったが、安価なノーブランド品をバルクで買うと一箱50枚に数枚不良品があったことを覚えている。ローカルな話だが、まだ秋葉原ラジオ会館の6Fだか7Fだかにあったメディア激安店のエフ商会には、以来長らくお世話になったものだ。

プロを意識し始めた辺りから、作る絵の解像度が上がったこともあり、バックアップと出力ショップへの入稿に使える記憶メディアが必要になった。やっとCD-ROMが出現した辺りでCD-Rの本格的登場まではまだ遠く、色々コンパクトな磁気系メディアが登場してきていた。90年代初頭辺りのことで、当時の特に印刷&出力方面をご存じの方には筆者の選択肢がほぼ一つしかないことがお判りのことと思う。3.5インチMO(Magneto Optical:光磁気)ディスクだ。

MOはメディア上の極小面積をレーザで加熱し、そこに磁気で情報を書き込む。温度が下がると記録層が安定するので、フロッピーと違って常温では磁石を近づけても情報は破壊されない。書き換え可能回数や記録の保存寿命が優れているというのもウレシイ。カートリッジ入りで何となく未来っぽいし、あの不必要なまでにカッコイイNeXT cubeが採用しているではないか、というアコガレがあった事も否定できない。あっちは5インチだけど。

というわけで、バックアップ及び入稿用に買った筆者初のMOドライブが今回のモノ、SONY RMO-S360だ。前面パネルの丸みを帯びたデザインが気に入って選択した覚えがある。多分93〜4年頃の購入だと思うが、値段を記憶していない。ヒト桁マン円後半だったか。当時3.5インチMOと言えば128MB一本槍。当然本機も128MB専用で、インタフェースはSCSIだ。今改めて見てもなかなか端正であまり古びた印象はないが、ちとデカい。ACアダプタ内蔵なのはエラいけど。

< http://www.dgcr.com/kiji/RH/mono07.html >
< http://www.dgcr.com/kiji/RH/mono07.html#p2 >

後面を見ると、電源スイッチ、SCSIのIDと動作の設定を行うDIPスイッチ(ってのもそういえば見なくなったなー)とSCSIのハーフピッチコネクタがあるが、その隣にかなりかさばっているのが交換式のエアフィルタだ。レーザ光学系が内蔵されているのでホコリを嫌う。そこで冷却のための空気取り入れ口にフィルタを設け、これを定期交換せよ、とマニュアルに書いてあった気がする。面倒臭い話ではあるが、プロフェッショナルな香りも少し漂う、かも。

< http://www.dgcr.com/kiji/RH/mono07.html#p3 >
< http://www.dgcr.com/kiji/RH/mono07.html#p4 >

本機と128MBのMOを使ったバックアップ作業が、今に至りこれからも続く終わらない道の始まりだった。バックアップ履歴データを見ると、128MB MOでのバックアップは50枚が記録に残っている。その後の筆者のバックアップメディア遍歴は微妙にスキップを繰り返す。バックアップという作業の性質上、そう度々新しいメディアに乗り換えたくないのだ。128MB MOの後に出現した230MB MOはスキップし、97年頃新しいドライブを買って640MB MOへ移行した。

640MB MOは110枚のメディアが残っているが、最後のほうでは一つの仕事データが何枚にもまたがるどころか、どうかすると一つのPhotoshopファイルが640MBを越えたために、レイヤーで分割して数ファイルに分けた記憶がある。

ほぼ同容量のCD-Rはこの頃から劇的にメディア価格が下がったものの、再びスキップして2001年頃にDVD-RAMに乗り換えた。両面9.4GBの霊験はアラタカで、現在までに61枚で済んでいる。今も毎日、どころか作業の切れ目で作業中のデータをHDDからメディアにバックアップしつつ仕事をするスタイルを続けている。作業中に「今日はまだ一度もバックアップしてない」と気付くと居心地が悪くなる特異体質なのだが、といってTime machineなど機械任せにするつもりも(まだ)ない。

2001年の時点でDVD-RAMを選んだのは、やはり記録メディアとしての耐久性と容量、カートリッジに入っている安心感からなのだが、最近はDVD-R/RWに押されたこともあり、カートリッジ入り(いわゆる「殻付き」)のType4 DVD-RAMがメディア、対応ドライブ共に消えかかっている。冒頭に書いた曲がり角というのはこの事なのだ。殻ナシならメディアもドライブもまだ大丈夫なのだが、曲がり角を感じる理由は殻以外にもある。

願いましては、128MB×50枚+640MB×110枚+9.4GB×61枚、では?......答えは650.2GB。これが筆者が過去10数年で残して来たバックアップメディアの総容量なのだが、数TBのRAIDを組んでNASにでもすれば全部入ってオツリが来る。本棚の一角もスッキリするだろうし、その費用はいまや今回のモノSONY RMO-S360と大して変わらない金額で済んでしまう。うーん、と考え込まざるを得ないのだ。

元機械系エンジニアである筆者の信念としては、どんなに多重化しても精密機械であるHDDは必ずいつかトン死するわけで(RAIDだって誘導雷で全滅、があり得る。テキは経年劣化だけではない)、どんなにHDDの信頼性が向上したってタダの円板に過ぎないメディアに障害率的、MTBF的に追いつくわけはない!のだ。この考えで順当に進むなら次はBlu-rayなのだけれども、うーんうーん。

うなりつつウル目で「お前どう思う?」などと今回のモノを見つめていても答えは出ない。今後の悩みはさておき、それでも、あまり思い入れなくどこかへしまい込んだ640MB MOドライブには比べるべくもない思いが、なぜかこのRMO-S360には残っている。ちなみにDVD-RAMドライブはPowerMac G4(グラファイトのGigabit Ether)内蔵で、マシンごと現役だ。このマシンは640MB MOドライブも内蔵しているので、言わばバックアップ&レガシーメディア担当となっている。

現在のSONYのサイトを見たが、データストレージのページには何とUSB接続のフロッピーディスクドライブがラインナップされているのに、MOドライブは見当たらない。生産終了モデルの中にもない。もうすっかり過去のオハナシなのであろう。MOというメディア自体が黄昏れているから仕方ないか。バックアップ、この先も終わらないこの道はどこへ続いているのだろう。

【Rey.Hori/イラストレータ】 reyhori@yk.rim.or.jp

フロッピーと言えば、AドライブとBドライブ。WindowsってひょっとしてVistaや7になってもまだローカルディスクはCドライブから始まってるんでしょうか。だとするとそれはそれでスゴいかも。もはや由来を知らない人のほうが多いぞ、きっと。内部構造的に変えられないとしてもそろそろ一般ユーザからは見えなくすべきじゃね?>MS。Vista&7で見えなくなってたらゴメンナサイ。ウチにゃXPしかないんです。

お話変わってMac。Leopardは出た当初「レパード」と言い慣れなくて「レオパルト」と個人的には読んでました。ミリオタじゃないけど「ド」じゃなくて「ト」ね。といって、Pantherは「パンター」とは読まないし、Snow Leopardは最初から違和感なく「スノーレパード」で「レオパルトII」って呼ぶぞコノヤロー、などと言い張ったりはしません。筆者の制作環境は、Flash以外はCS3がまだ現役なので雪豹クンはしばらく様子見です。

一方ミリ方面。先日某所で友人と呑んだくれていたら、隣の席の若いカップルの女の子が男に「ゼロ戦って何でゼロ戦って言うの?」と意外な質問。例のTVCFの影響かと思いつつも男の回答はアヤフヤ。その男がトイレに立った隙に零式の由来を解説したくなるのを思いとどまるのに苦労しました。お嬢さん、そもそも十二試艦戦つってね......もう少しで超アヤしいオヤジになるとこでした。繰り返しますが筆者、ミリオタではありません決して。年代的に図画工作系男子の必須科目だったんですってば!(図画工作系男子、略して図工系男子。マルシーってことで)

3DCGイラストとFlashオーサリング/スクリプティングを中心にお仕事をお請けしてます。サイト:< http://www.yk.rim.or.jp/%7Ereyhori >

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■電網悠語:日々の想い[131]
変化に対応する、変化を防ぐ、変化を作るサービス

三井英樹
< http://bn.dgcr.com/archives/20090924140200.html >
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Webサイト構築プロジェクトは、良い悪いの判断を別にして、当初から揺れるものである。行き先が変わったり、同乗者が変わったり、車掌が変わったりする場合もある。行き先を失うことすら稀ではない。生まれて10年強のメディアである。しかも、日夜それを支える技術が進んでいく。担当者も担当部署も、ある程度の試行錯誤は致し方ない。

それらに応じて、車を変え、人を変え、様々な臨機応変体制は、多かれ少なかれ要求される。それがWeb屋の幅であり、スキルや発想力とは別の「力」として期待される部分なのだろうと、最近よく思わされる。

どうあるべきか論も大切だが、そうなってしまった時にお手上げでは専門職としては淋しい。諭したり、文句を言ったりする前に、対策を講じることも大切だ。燃え盛る火事を前に、説教されても、聞かされる方は不愉快極まりないだろう。火を見れば、どうしたら火がつかないかは置いておいて、バケツリレーの列に参加してくれる方が頼もしい。

でも、同時に、分かっているのなら先に言ってくれよ、というのも本音だろう。目前に大きな穴があるのなら、危険だよと言ってくれればいいのに。でも、そのあたりの言い方には工夫が要る。実際、普通のプロジェクトでは、ある程度のアラートは初期の頃からあがっている。構想を練る段階ですら、危険シグナルを、開発者は感じ取る。そして、それとなく、伝えている場合が多いように思う。伝えているつもりが、伝わっていないのには、何かしら壁があるということだろう。言い方であったり、遠慮であったり、上下関係であったり、技術や論理以外の部分での壁なのかなと思う。

複数の会社が一緒に仕事をするのだから、それなりの壁は生まれる。全くなしにやらせてもらうという選択肢はない。そうした壁を考えながら進んでいかざるを得ない。それが仕事だ。短期間で形にするということを考えると、もはやWeb屋はコードやイメージを売っているのではない。コミュニケーションの仕方や、ものごとの進め方を売っていると言っていいだろう。

だから、コミュニケーション・スキルが問われる。様々なシグナルを感知し、それを言葉にし、形にし、確認する。技術的な何か(例えばHTMLの文法)を学んでから、このレベルを求められるようになるまで、そうそう時間的猶予はない。人と接することが苦手ですと言っていられる期間は短い。かと言って、技術情報の入手をサボる訳にはいかない、そこが根幹であることには違いがない。蓄積すべきスキルは増えるばかりで、楽になったためしはない。でも多分、それはどの業界でも同じなのだろう。

自分が何かしらのシグナルを発し始めると、他人のシグナルにも敏感になる。順序として他人のに気付く方から入る人もいるかもしれない。プロジェクトに関わる全ての人が何らかの信号を常に出していることに気が付くと、打ち合わせの場の重みがぐっと増す。

大手システムインテグレータ(SIer)の方を交えて話す場合でおかしいのは、肩書きの大きな正社員が進めている話の横で、そのSIerが雇っている外注さんがしかめっ面で唸る場面だ。「いや、そりゃ無茶でしょう」と顔が言っている。でも、言葉にはしない。言えない関係、言ってはいけない上下関係が存在する。なので、そこを汲み取ってあげる。技術的詳細の部分の意見を求めると、空洞化の進んでいるSIerでは正社員は話さない、いや話せない。そこで、その外注さんが語る場を持つ。困難な部分を聞き出せれば、対策を練れるし、ボツ案に追い込むことだってできる。

そうした小さなシグナルのキャッチボールが何度かできると、何かしらの信頼関係が得られる。別に相手は、SIerの外注さんだけではない、担当部署の現場の方だってそうだし、ヴィジョンに溢れる発案者だって、そう。「こういうことが言いたいのかな」と思うことを引き出して、料理ができるようにまな板の上に置く。引き出すべきシグナルやアイデアをそこに置き、残すものは残し、広げるべきは広げ、潰すべきは潰す。

「べき」の論拠は、基本的には時間的な制約が多い。いまそんな話をしていると、このスケジュールでは間に合いませんよ、が基本。時間は、雇われの身としては拘束期間だけれど、クライアントにとってはビジネスチャンス。そのバランスを考えながら、互いのビジネスの調和を図る。

ボランティアではないので、投入すべき期間やリソースが増えれば、それだけ請求する。請求できる関係を築く。そこの信頼関係がないと、一緒に先には進みにくい。「技術」という言葉を隠れ蓑(みの)にして、延々となぁなぁ依存関係を強める人たちは中々絶滅しないけれど、そんな関係は互いを駄目なものにしやすい。良いものを創り上げるというヴィジョンすら、ビジネスという基本ルールの上で成立させないと、後で道に迷うことになりかねない。


この15年ほどのインターネットの拡大深化の歴史は、実は格差の広がりでもある。皆が一緒に最前線にいる訳ではない。ネット・リテラシのトップとボトムの差は広がるばかりで、担当者の意識もそれに然りだ。社外やユーザとのコミュニケーションの必要性すら感じていない企業も未だ未だ多い。広報担当者の中にも、エンドユーザとの対話など夢にも考えたことがない方もいる。阿吽の呼吸で良かれにはかってくれという方もいる。

でも、時代はより多くの情報を求めているし、低迷する景気も、新しいビジネスチャンスを求める方向に圧力をかけている。闇雲に突き進むことだけが善ではないけれど、立ち止まっている方の分はかなり悪くなっている。どちらに覚悟がいるかと問われると、立ち止まるほうじゃないだろうか。

そんな中で、Web屋は、徐々にサービス提供者になっていると思っている。特定のエンドユーザと話をしたくなったクライアントが、戸を叩く店。あるコミュニケーションを築きたいという想いを具現化する。コミュニケーションは、基本的に一言発して終わりではないので、ある程度の期間継続する。時間という幅がない限り、成立しない。なので、サービスも一定期間必要になる。

ネットも量販店もこれほど増えたのに、街の電気屋さんは絶滅しない。それは、サポートというサービス形態へのニーズがあるためだろう。様々な言葉の翻訳から、絡まった配線の整理や、新商品の紹介から旧製品の廃棄処分まで。

こうした言葉を並べてみても、Web屋が担う作業が浮かんでくる。何かと何かをつなぐ仕事。そのためには、変化に対応する力も、変化を抑える力も、変化を進める力も求められている。

それがなくなった時が、引退というか、邪魔者になる瞬間なのだろう。プロジェクトにとって、クライアントにとって、大きく構えれば国にとって。自分がそこに加わっているが故に、何かポジティブな隠し味でも加えられなければ、自分自身も味気ない。

【みつい・ひでき】感想などは mit_dgcr(a)yahoo.co.jp まで

Macを開かない日が続いていた。Winばかり触っている。娘が動画編集をしたいというので、久々に起動音を聞く。OSもちょっとばかし古い、upGradeしないままだ。娘に教えながら、あ〜Macが欲しくなってきた。雪豹、うずうず。
mitmix<  *http://www.mitmix.net/  >

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■セミナー案内
DTP Booster 008(Osaka/091030)
「カラーマネージメント講座--書籍ができるまでを例に」上原ゼンジ
< http://www.dtp-booster.com/vol08/ >
< http://bn.dgcr.com/archives/20090924140100.html >
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日時:10月30日(金)19:00〜20:30
会場:デジタルハリウッド大阪校(大阪市北区西天満6-5-17 デジタルエイトビル)
参加費:2,000円、学生無料

色空間の違いや変換などの最新知識を印刷物が思ったような色にあがってこないため、落胆される方は多く、ディスプレイと印刷物(アウトプット)を近づけるカラーマッチングは、クリエイターの必須課題です。制作者と印刷会社とはターゲットを共有し、近づける必要があります。カラーマッチングの技術と知識向上のためのセミナーを、書籍ができるまでを例にして行います。

講師は数々の書籍、セミナーで評価の高い上原ゼンジ氏。モニタだけを頼りに画像データを作られ、色校を重ねることなく品質の高い写真集を出版されました。最近ではギャラリー企画による写真個展も行われています。

グラフィックデザイナー、DTP制作者、フォトグラファー、印刷会社、学生、カラーマネージメント初心者、学び直したい・実例を知りたい方に、色空間の違いや変換についてなど、クリエイターに必要な最新知識をお届けします。

上原ゼンジ (有)マミンカ代表取締役 色評価士
< http://www.zenji.info/ >

「本の雑誌」での編集経験の後、1987年よりフリーで編集、デザイン、撮影の仕事を始める。デジタル導入後に印刷での色再現に悩みカラーマネージメントの勉強を始める。JPCカラーマネージメント委員会やMD研究会での活動を通して、カラーマネージメントの研究や啓蒙に務める。また著作物の印刷などを通し、トータルなカラーマネージメントの実践も行っている。
著作に『すぐにわかる!使える!!カラーマネージメントの本─仕事で役立つ色あわせの理論と実践マニュアル』(毎日コミュニケーションズ)、『ボケ/ブレ不思議写真術─カメラプラス』(雷鳥社)などがある。
「ナダール」(大阪)にて写真展「実験写真家 上原ゼンジの世界」(2009年10月27日〜11月8日)開催予定。

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■編集後記(9/24)

・有川浩「三匹のおっさん」を読む(文藝春秋、2009)。あとがきに「イマドキのお年寄りって若いよなあ、と思ったことがこのお話のきっかけでした」とある。そして、彼女のいう“カッコいい年代”を主役にすえて、時代劇を現代でやったらどうなるか、というのがこの小説だ。それで、イマドキのお年寄りという主役たちが“アラ還”なんだから悲しいというか、ちょっと違うと思う。60代でお年寄りって言うな! 定年退職後近くのゲーセンに再就職した剣道の達人・キヨ、柔道家で居酒屋の元亭主・シゲ、そして機械をいじらせたら無敵の頭脳派・工場経営者のノリ。三匹の悪ガキのなれのはての、三匹のおっさんが自警団を結成し活動を開始する。子どもの頃のろくでもないいたずらと同じ感覚で、ただし少しは他人の役に立つ遊びだという、地域限定正義の味方。扱った事件は、ゲームセンターでのゆすりと恐喝、連続婦女暴行、初恋詐欺、学校で飼育する生き物への異常な悪戯、モデル詐欺にあったバカ女子高校生、催眠商法などなど。時代劇の勧善懲悪ものの趣きもあるが、悪人にたいする最後の断罪はかなり甘いものの、スカっとする。事件の謎解きのおもしろさに加え、家族のあり方や、対人関係、人間の生き方などの問題にも迫るが暑苦しくはない。もちろん、筆者の得意とする恋愛モードは、三匹の家族である高校生の祐希と早苗がしっかり演じてくれる。「還暦過ぎても世間からおっさん呼ばわりされたいなら服装で努力しろ」と、キヨを教育するのがスタイリストを買って出た高校生の祐希で、なかなかいいこと言ってるが、むちゃくちゃ言葉が悪いのには辟易させられる。須藤真澄の挿絵はイメージぴったり。テレビドラマ化されたら楽しいだろうな。勝手にキャスティングしている。(柴田)
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4163280006/dgcrcom-22/ >→アマゾンで見る(レビュー17件)

・机や天井、柱の木目でよく顔を想像していたなぁ。/シルバーウィーク、どのように過ごされましたか? テレビで、集中セミナーに参加した人の話をやってて、過ごし方の違いに耳が痛かったり(汗)。半分仕事、半分荷造りで終わった。シルバーウィーク中にお引っ越しを考えていたのに、まだ荷造りが残っている。押し入れの奥から忘れ去られた記憶がどんどん出てくる。子供時代の記憶ってほとんどないんだけど、残っている記憶も適当なもんだなぁと作文や友人からもらった手紙、その他もろもろを見ながら思っている(こんなことしているから進まないのよね……)。教科書が出てきて、小学一年生の甥が使っているものと見比べて唖然とした。今のはレベルが低すぎる。一番記憶力や吸収力の高い時期に、簡単なことしかしないなんてもったいない。最初は簡単でもいいのだ。後半が上り調子であれば。例えば国語だと、ずーっと大きな文字が並んでいて、長文はなく、読んでもわくわくするような話はない。こんなんじゃ勉強が面白いとは思えないんじゃないかなぁ。文字を読んだり、漢字を学ぶことで、世界が広がる面白さを知らないと勉強なんてしないよね。私が教科書を作る人間なら、多少長文になっても、冒険モノとか展開の早い物語入れるなぁ。授業内でおさまらないっていうなら、宿題用の副読本にするとか……。教育叔母になるつもりはないが、宿題以外に何かさせなきゃいけないような気がしてきたよ。(hammer.mule)