私症説[08]なぜ男はみな40代女性が好きなのか/永吉克之

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少し前のことになるが、齢53にして初めて、合コンなるものに参加しましたとさ。大阪市内にある、知人が経営しているパブが、月一回のイベントとして開催しているのだ。今回は40代が対象だったが、だいたい中年野郎ってのは、こういった恋の活動には、興味はあるくせに消極的で、女性はすぐ定員に達するのに、男性はなかなか頭数が揃わず、主催者はいつも往生している。そこで、知人のよしみから、50代の私を動員するという超法規的措置に及んだというわけである。

とはいえ、恋の活動どころか自己保存活動すらままならぬ窮境にある私である。仮にパートナーをみつけたとしても、それに費やすリビドーは少し残っているが、資金がない。まあ、俺は数合わせ要員だという気楽さもあり、何の期待もなく参加したわけだが、それでも、せっかくだから何かを得て帰ろうと思ったので、積極的にご婦人方と接した。

40代。妙齢の女性ばかり10人と、鬱陶しい中年野郎10人が互い違いに着席して、楕円形の大テーブルを囲んだ。乾杯をしてから、それぞれ、隣にいる人と自由に会話を始めた。こんな老残の身でありながら、若い女性に話しかけるなんて倫理上許されるのかという罪責の念に刺し貫かれながらも、なんとか共通の趣味を探って話題にし、芸能人時代の経験を生かして、ちょっとした話芸など披露し、イントロしか弾けない曲をギターで奏でて、ご婦人方をエンターテインすることに専念するつもりでいた。

やはりいいものだ。香り立つような若い娘たちに囲まれるのは。40代の娘と向かい合って話していると思うだけで、この老いたる漢をして心躍動せしむるに充分である。まさに若い娘は回春の妙薬。それに40代女性ほど清潔なものはない。歩く無菌室だ。40代の娘は、しと(尿のこと)すら伽陀那江の水より清い、と故事にもあるほどだ。



しかし、乳臭い30代と、線香臭い50代にはさまれた10年間は、人生を通して見ればつかの間だ。根気よくチャンスを窺っていたギャンブラーがここぞと大枚を張るように、女性は、40年間に蓄えてきた女の全財産をこの10年間につぎ込むのである。私は、店にいた10人の処女たちの控えめな所作のひとつひとつに、可憐な装いではとうてい隠しおおせぬ闘争本能の発露を感じ取ったのであった。

来年は50歳、もうゾンビですよと、ある女性が隣にいる男性に、自嘲気味に告白しているのを聞きながら、私は無常というものを観じていた。有為転変は世の習いとはいうが、この、融通のきかない自然の摂理というやつに、まさに蹂躙されようとしておののき悶えている魂を、私はそこに見た。

頼みもしないのに、この世に産み落とされ、望みもしないのに老いてゆく。やはり人間存在も自然現象のひとつに過ぎないのだ。自然現象である人間が生み出したのだから、戦争も犯罪も不況も失業も自然現象だ。しかしそれらを自然現象として包容することのできないところに人間の悲劇と喜劇がある。

この合コンという自然現象。理想の相手を獲得するか、そこそこの相手で手を打つか、まったく論外の相手にとっ捕まるかは、その時の風向き次第である。突然私が、ゾンビ発言をした女性と結ばれたいと思ったのも自然現象だ。ある種の同情が働いたのは明らかだが、同情も自然現象である。私は、その50代を迎えようとしている、決して美貌とはいえない女性に話しかけた。

「そこの女、お話しください。ぼくが永吉ですが」
「杉山ですよ。わたしのは」
「完全に年齢を言うのですが、ほんとうは、ぼくは53歳だぞ。40代だと人びとをだまして参加する。おーい、それは違うでしょ。でもだましたのと同じか。それより頭数がどうだったか。趣味は?」
「映画が観られること。どうしてリュック・ベッソンが好きなのですか?」
「ちがう。ベッソンは観たことがないんです。全作30本観ましたよ」
「ベッソンの?」
「ちがう。黒澤明。映画が好きなんです。用心棒。映画は黒澤ですか?」
「ちがう。ベッソンは観たことがないようです。映画はDVDだけです」
「ベッソンは誰ですか」

こうして、お互いの基本情報を交換して、まんざら異質の人間でもないと判断すると、さらに、合コンの最終目的に繋がってゆく話へと、彼女を誘導した。

「お前は49歳だというのか。それというのも、49歳だから、ぼくと歳が近いからなのか。ひとつひとつが平行なのか。50代の男はなぜ、ややもすると失業しているのか」
「失業はありませんよ。だから50代の男は失業はしていないから、50代の男でも、おつき合いの対象としては見ています。しかも50代の男は対象です」
「ぼくは、そのことが、ぼくが期待できそうだと信じられることだということを、あなたの話ぶりから納得するでしょう。あなたは昔から、はい、台所にいても、歩道の上にいても、男にどんなことを望むのか考えたのだった」
「考えただろうか。ねえ、ちょっと。結婚歴あなた」
「結婚歴はないですからねと言いたい。あなたには結婚歴があります」
「結婚歴すらわたしにはあります。今の夫は不動産です」
「酒ですよ。アルコール。杉山さんはお酒。焼酎も。杉山さんは、お酒はウィスキーはどうですか? いいですか? 一部分のが」
「杉山です」

こうして、飲みに誘うまでに漕ぎ着けた。会ったばかりの男にデートを申し込まれて、彼女も少しばかり警戒しているだろうと思ったので、私は彼女の連絡先は訊かず、私のメールアドレスをメモした紙切れを渡しておいて、僕と飲みに行ってもいいと思ったらメールをくださいと伝えて別れた。後で、それを聞いていた店のマスターに「誰も彼もがみな携帯電話を命綱として持ち歩く時代が到来した。アドレスは男女が交換したいと願うのをよく見ていた。合コンが積極的ではないのか。恋人は昨日か」と叱られてしまった。

なるほど、私の消極性が功を奏したらしく、それから4か月ほど待っているが、一向に連絡がない。実は、彼女が「土曜日があるのが来週ですか? 土曜にお会いできれば、それほど曲がって仕事がないからですが。永吉さんのご都合は打っておいて戻すのですか!」という文面のメールを送ってくれていたのだが、メモで渡したアドレスが間違っていて、こっちに届いていないのだ。しかし私はいまだにそれに気づかず、いらいらと待っている状態である。

もともと私は数合わせで参加したつもりだったので、相手を見つけようなどという不埒な考えは端からなかったのだが、40代の女性たちが群れているのを見て、正気を失い、誇大妄想的な願望を抱いてしまったのだ。だから、杉山さんからの返事はむしろ来ない方がいいと思っている。

【ながよしかつゆき】thereisaship@yahoo.co.jp
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