[2723] バリュー・プロポジション(value proposition)の3つの円

投稿:  著者:  読了時間:27分(本文:約13,400文字)


《売り物はオペレータ技術ではない》

■電網悠語:日々の想い[134]
 バリュー・プロポジション(value proposition)の3つの円
 三井英樹

■ショート・ストーリーのKUNI[67]
 マイ・ブラジャー
 ヤマシタクニコ

■?×?× CrossOver Talk[2]
 やっていそうでやったことのないことを試してみる
 ──禁断(?)のこそばゆい食べ方
 杏珠


■電網悠語:日々の想い[134]
バリュー・プロポジション(value proposition)の3つの円

三井英樹
< http://bn.dgcr.com/archives/20091015140300.html >
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「バリュー・プロポジション」という言葉がある。日本語訳はどうも定訳はなく、ニュアンスを伝えしようと色々と悩み中というところ。「価値命題」「顧客提案価値」「お客様にとって価値のある提案」などなど。

正式に学んだ訳ではなく、読みかじりで脳内自由解釈をしている最中なのだが、本の中(何故だかWebではない)で目に留まり、脳内で絵を描いて、それが気に入った。3つの円が少しずつ重なっているもの。それぞれ、「顧客が求めている価値」「自分達が提供できる価値」「競合が提供できない価値」を表している。つまり、3つの円が重なっている部分は、「顧客が求めているもので、競合が提供できない、自分達だけが提供できる『価値』」ということになる。

3つの円を描き、概念をつかむのは簡単な作業だ。けれど、その意味することろはなかなか深い。最近、提案案件を抱えるたびに考える。

1○顧客が求めている価値

クライアント(発注者)とエンドユーザ(利用者)を混在して「顧客」と呼んだ方が面白い。例えば、クライアントが求めている価値。コンペ形式で呼ばれる場合には、「提案依頼書(Request For Proposal:RFP)」が基本的には存在する。文字通り、提案して欲しいことが書かれてある訳だが、それが文字通りになっていないことが、Web界の面白いところだ。

自分の価値を高めるためにどこを伸ばせば良いかという問いに、明確に答えられる人がどれほどいるのだろうか。どこを伸ばせば良いかが分かっていれば、おのずとその答えの近くまでは自力で辿り着いている場合が多いように思う。

どの筋肉を鍛えたいかが分かっていれば、そのトレーニング方法は幾つかに絞れていて、あとは体力や生活リズムや嗜好性で決定していける。でも体力をつけたいとか、元気になりたいという総合課題になると、食事療法なのか生活改善なのか筋トレなのか、選択肢は複合的に増大する。

売上を伸ばしたいという課題に対しても然りで、もう少し命題を絞っていかないと、短期間コンペで選ぶ側も困るだろう。困ってしまっているのは、色々と改善&新規提案を語っても、結局トップページの見栄えで決まってしまったりするものが根絶しないところからも読み取れる。

C(コンシューマ)向けばかりではない、B(ビジネス)に目を向けても、状況は変わらない。生産性を上げたい、作業効率を高めたい。そもそも、「生産性」を計る指標が定まってない状況で、それを求められても、多くの異なる立脚点に立つ提案が乱立するのは自明である。

C には「売上」という絶対的な尺度があり、広告代理店的な指標も各種あるので、ある意味まだましなのかもしれない。B はもっと指標が少ないというのが現実だろう。ある特化した作業の効率を上げたところで、その作業がいつまであるのか分からない。個別最適はできたとしても、全体最適を考えたら、もっとよりよい手があるだろうと思ってしまう。更に、社内教育やサポートが行く手を阻む。作業効率は高めたいが、マニュアルを更新するのは嫌だという意味不明のリクエストが根強い。全体最適を考えると、何かを変えたら全部に影響は出る。その覚悟がなければ、総合強化にはつながらないと分かっていながら、実施や社内調整を考えれば腰は重くなるのだろう。

利用者にしても状況は似ている。何が自分達にとって価値あるものかを、その製品やサービスを手にする前に考えさせるのは難しい。基本的には、「それ」なしで生活できているところに、「それ」を押し付けていく作業で、押し付けられて良かったと感じてもらうことが求められる。そして「それ」が定着したら、ない生活を想像できないくらいに深く必要としてもらいたい。例えば、パソコンもそうかもしれない、ほんの20年前、あったらいいなぁと夢想していたものが、今やなくてはならないと思っている人はかなり多い。

育児中、「アメ」が欲しいという子に対して、「実はヨーグルトが欲しいんじゃないの?」とピンとくることがあった。発せられた言葉が的確だとは限らない。要求してくる言葉だけではなく、その子がどれくらい疲れているのか、これから何をしようとしているのか、その時に何が必要なのか、今までの嗜好性から考えるとどうなのか。幾重もの思索をめぐらせて、いくらかギャップのある提案を返す。もちろんハズレの場合もあるけれど、嬉しそうに「ボクのことをよく分かってくれるね」と受け取ってくれるのは幸せな瞬間だった。これは、他の家の子たちの母親もやっていて、「どうしてそれが欲しいと分かったんだろう」と驚かされる場面だ。

分析のスキルとも言えるが、「顧客が求めている価値」の本質を見抜く作業は、単なる洞察力だけではなく、例えば業務知識も要求されるし、日常の普通の感覚も求められる。どこまで彼らの立場に立てるか。やり甲斐のある部分だ。

2○自分達が提供できる価値

こっちも難しい。顧客が自分の立ち位置を正確に把握できないように、自分達も自分たちのことを正確には理解できない。特にこれだけ技術革新速度のある領域では。今自分達が持っているモノが、どこまで根源的なものなのかが分かっていないといけないことになる。

Photoshopが使えます、Illustratorが使えます、Expressionが使えます、ではない。それ自体が「提供できる価値」ではないからだ。いや、それを価値としてしまっては、価格競争に立ち向かっていくしかないと言った方が正確かもしれない。「ツールが使いこなせます」では、誰かが指示するので安く作ってくださいね、という依頼がいずれ来てしまう。この人(集団)に頼んだら良いものが出てくるという信頼感も構築していく必要がある。売り物はオペレータ技術ではない。

「ツールをどう活用するか」を強みにしていかなければ、先がない。だから、プロはツールの最新版にあまりこだわっていないのだろう。古いものでも充分に戦える。最新エフェクトにCPUをゴリゴリと喰われるよりも、エンジンむき出しのシンプルなものを使いこなす方が、実は効率よくいいものができたりする。

余談だが、ツールベンダーは「使い手達」をあまりに無視している。この辺りに、今後も使い続けてもらえるかの分かれ道があるのだろう。ツールが使い手よりも目だってどうするのだろう。

昔DECという会社は、様々なアドオンを開発してくれる会社達とうまくやっていた。しかし、良い機能が開発されると、次々と自社製品に組み込むという戦略に舵を切った。今思えば、いいものを何でも欲しがる若気の至りである。その結果、DEC製品はますます強力になっていき、DEC社内は開発者にとって使い勝手の良いツールに溢れ、あたかも技術者天国となった。

しかし、しかし、仲間であったはずの協力会社にお金が回ることは減り、彼らが去り、DECは孤立して行った。協力会社は一番の利用者でもあったのだ。開発能力がそのまま価値にならない場合もある。「自分達が提供できる価値」を見誤った哀しい例かもしれない(DECはその後、Compaqに買われ、そのCompaqもHPに買われた)。

3○競合が提供できない価値

これもまた難しい。常に競合を見ていないとできない。「これはあそこには提案できないだろう」と瞬時に判断できるためには、日頃の鍛錬は欠かせない。そして方法はふたつだろう。アンテナを強くするか、アンテナ数を増やすか。

アンテナを強くする方法は増えている。最近ではtwitterなのかもしれない。わざわざその人に会いに行かなくても、未編集のアイデアレベルのツブヤキが手に入る。すごい時代になったなと思いつつ。日々他人を監視していて、人生が終わってしまう危惧もなくはない。自分で考える時間が次々と侵食されていく。でも、誰かが危惧や不安を感じたら、それほど経たないうちに新しい何かが生み出されて使われる時代である。期待しつつ耐えよう。

そしてアンテナの数。会社という枠は徐々に希薄になってきている。ツブヤキを共有できることとも相まって、それなりに意識を共有できる人たちが増えている。輪が広がっている感じ。でも、ビジネスにおいては一緒に歩める仲間が必要。経済的な部分でも信頼できる仲間。ギブアンドテイクが文字通り定着できる仲間。そこからの情報が何より支えあえる。


「これはあそこには提案できないよ」と自分達が戦う焦点を絞っていける話し合いをするときに感じる鼓舞感(?)。「ここでは俺達は負けないぜ」と言える、自分達の強みを活かせる領域に持ち込める提案の構築を進める高揚感。「これ絶対気に入ってもらえるぜ」と顧客の笑顔を狙う純粋さ。「この提案すげー」と言ってしまう単純さ(笑)。「お客様にとって価値のある提案」を求める道は、険しくも愉しく遠い。

【みつい・ひでき】感想などはmit_dgcr(a)yahoo.co.jpまで
mitmix< *http://www.mitmix.net/ >

「意味不明」と編集長から返される。こたえるなぁ。蛇口のお話を未だに覚えていてくださることに感謝しながら、負けじとタイプする。あぁ電車の中でももっと気軽に書けるツールが欲しい。ちょっとアプリの起動がとろいけど、サイズ的にはNetWalker < *http://www.sharp.co.jp/netwalker/ > ?

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■ショート・ストーリーのKUNI[67]
マイ・ブラジャー

ヤマシタクニコ
< http://bn.dgcr.com/archives/20091015140200.html >
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あたしはブラジャーが大好きだ。女と生まれながら、ブラジャーが嫌いな人って多い。きゅうくつ。肩がこる。しめつけられる! だから、どこにも出かけない日はノーブラでいるって言うひとも、ともだちの中に何人かいる。

あたしはそんなの理解できない。ありえない。あたしはブラジャーが好き。きゅっとしめつけられ、支えられるのが好き。だから、一日家にいるときだって、寝るときだってはずさない。あたしがブラジャーをはずすのはお風呂に入っているときだけ。お風呂からあがったらまっさきに、つける。ブラをはずしたあたしの乳房はたよりなくて、どうしていいかわからず困っているように思えるから。

生まれてはじめてブラジャーをつけた日のこと、今でも覚えている。真っ白なブラに包まれた自分の胸を、あたしはまぶしく見下ろした。ごく控えめな「谷間」もできていた。それはあたしの胸であって、そうでないように見えた。顔にもスタイルにも自信がなかったあたしだけど、胸は、そこそこのような気がした。やっほー。あたしは乾杯でもしたい気持ちだった。まだ、お酒なんか飲んだことなかったけど。

「ナツミ、今日、ひま? 買い物につきあってほしいんだけど」
ともだちのエリカから電話だ。
「ひまじゃない。デートなの」
「またあの、ろくでもない男と?」
「そうよ、あなたのいうところの、ろくでもない男とね」
「ろくでもない男1? それともろくでもない男2? 3?」
「なに、それ」

「バツイチの自称WEBデザイナーってひとがいたでしょ。あれがろくでもない男1」
「どうしてろくでもないの。オオノさんはやさしいし、お酒を飲むととてもおもしろいブラックジョークを聞かせてくれたわ。そう、もう過去形だけど、いい人だったわ」
「でも、オオノさんは女とみればだれにでも同じジョークを言ってたのよ。ナツミにだけ言ってたわけじゃないのよ」
「で、でもいいのよ!」
「そう? いいの? で、ある日デートの約束場所に行ってみたらいくら待っても来なかった、ダブルブッキングしてたことがあとでわかった...それでもいいの?」
「いいのよ、一度や二度、そんなことあるわよ、だれでも!...うっかりしてたのよ!」
「WEBデザイナーっていうのもあやしい」
「別にいいもん」

「それから、大学院に行ってた男の子がいたでしょ。あれがろくでもない男2」
「どうして、ナカムラくんがろくでもないのよ。ナカムラくんは頭が良くて、何でも知ってて教えてくれたわ。あたしがパソコン使ってて、マウスでドラッグしようとしたら机の面積が足りなくてマウスがそれ以上動かなくなって困ってたとき、いったんマウスを浮かせて戻してやればいいって教えてくれたわ」
「そんなことくらいだれでも教えられるわ。大学院行ってなくても」
「学会の発表で富山や仙台に行くたびにおみやげ買ってきてくれたし」
「あんた、おみやげで釣られるわけ? 富山のしんきろうこけしなんか安いわよ」
「値段じゃないわ! 旅の間も私のことを考えていてくれた、そのことがうれしいの!」
「でも、ほかの女の人には富山のしんきろうこけしプレミアムを買ってきてたかもしれないわよ」
「ありうる...じゃない、ない、ないわよ、そんなこと!」
「結局ナカムラくんにも恋人がいたでしょ? 隠してたのよね、そのこと。認めなさいよ、自分がだまされてたこと」
「いや、たぶん...それはあたしがちょっと距離をおくようになって、それからつきあいだした...と思う。あたしが悪かったのよ。ちょっと誤解されるようなこと言ったから、それで」
「往生際が悪いのね。で、今日のデートの相手はろくでもない男3ってわけね」

「どうしてタナカくんがろくでもないのよ、あんなに純粋な人はいないわ! 口べたで損してると思うけど、小説家になる夢のために定職にもつかず、貧乏生活を堪え忍びながらがんばってるのよ!」
「結局、単なるフリーターかもよ。小説家を『志望する』ことはだれでもできるけど、才能がなきゃなれっこないんだし。まともな職を探したほうがいいんじゃないの」
「ああああたしは、タナカくんの書いたものを読んだことあるけど、とてもおもしろかったわ! 特に野菜三部作『かぶらロードよ永遠に』『電気なすびは電球の夢をみるか』『ピーマン娘の冒険』なんて、最高だったんだから!きっといつか認められるわ」
「あらそう」

「それにね、タナカくんって、いつもとぼけた風で口数も少ないけど、ときどきめっちゃおもしろいこと言うの! ジョークの才能は天下一品よ! あたし、もうおなかが痛くて痛くてどうしようってくらい笑かされるんだから!」
「たまに言うジョークのためにつきあってんの? あんたって、ひま? 結局いつも、言葉でころっとだまされるタイプなんだ。オオノさんはおやじサンダルの裏に目鼻くっつけたみたいな顔だったし、ナカムラくんはゴーヤの陰干しみたいだったから、顔はどうでもいいみたいだけど。ほんとに困ったひとね」
「あんたこそろくな男とつきあってないから、わからないのよ!」

あたしはぶちっと携帯を切って出かける支度をした。エリカは悪いひとじゃないんだけど、こと男に関してはひねくれた見方をするんで、対処に困ってしまう。よっぽど苦い経験でもあるのかもしれない。ある意味かわいそうな人かも。

「待った?」
あたしとタナカくんはN駅前のP書店パソコン関連本コーナーで落ち合う。あたしは30分も遅刻した。タナカくんは穏やかなスマイルを浮かべて「いま来たところだよ」と言うけど、実際にはマニュアル本を1冊の半分くらい読み終わっているにちがいない。あたしはそういうやさしいタナカくんが好きだ。そして、どこか浮世離れしてて、世渡り下手そうなところも。あたしがいないとどうなるのよ、この人...そう誤解して人生誤る女が多いってこと、あたしだって知ってるけど、タナカくんに限っては、ほんっと、その通りなんだ。

あたしはタナカくんと並んで歩き出す。今日のあたしの胸を包んでいるのは数あるブラの中でもお気に入りのやつ。ワインレッドの色もすてきな3/4カップブラ。ホールド感といい、適度の締め度といい、見た目だけじゃなく構造的に優れていて頼りになるやつ。あたしの背筋は自然とぴんとなる。足がすっ、すっと前に出る。ストライドが伸びる。自分がすごくかっこいい女になった気分。

「今、何か小説書いてるの?」
「うん。毎日書いてるよ。書かなくなったらおれがおれじゃなくなるような気がする。たとえお金にならなくてもいいんだ。書くことと生きることは、おれにとって同義なんだよ」
「すてき。がんばって。あたし、タナカくんの感性を信じてるよ。すごくユニークだと思う。絶対、書き続けてね」

あたしは決してうそやおせじじゃなくそう言った。もしタナカくんが売れっ子の作家になったら自慢できる...という気持ちはないこともないけど、それって打算になるんだろうか? いや、そんなことないよね。

いつものようにあたしのおごりってことでオープンカフェのテーブルに着き、カップの中のキャラメルマキアートが半分くらいになったところで、タナカくんはちょっと真剣な顔をしてあたしを見た。

「実はその...頼みたいことがあって」
「頼みたいこと? なに?」
「実は、ともだちから電話がきてね。それによると、ともだちの彼女が、その...できちゃったんだけど、ともだちのほうは、結婚する気はないんだって」
「ふーん」
「で...お金がいるんだけど、ともだちにはそのお金がなくって」
「へー」
「こんなこと頼んでいいのかどうかわからないけど...ナツミ、ひょっとして、その...持ってないかな、大金というほどじゃないんだけど、その」
「え? あたしが?」
「うん」
「でも...それくらい、持ってないの? そのおともだち」
「え? いや、だから...」
「高校生ならわかるけど...そのおともだちって...かなりお金に困ってるわけ?」
「そうだなあ...困ってるみたいだ」
「でも...」

言葉の途中であたしは「あっ」と思った。ともだちの話じゃないんだ。できちゃった、って、それ。えっと。つまり。

あたしの前のタナカくんの顔が、なんともいえない表情になる。あたしを笑っているような悲しんでいるような。それからその顔がぐにゃぐにゃにゆがんで縮んでポロシャツの襟元にしゅるしゅるっと吸い込まれたと思うと今度はどことなく小ずるそうでタナカくんとタナカくんじゃない何か別の邪悪な生き物とを混ぜてこねくりまわしたような顔がぬうっと現れ、それが耳元で
「だいじょうぶだよね、ナツミなら」

あたしは思わず答えた。
「あ...も、もちろんよ! そのくらいのお金...あたし、こうみえてもね、ニコニコ商事の敏腕OLなの。お給料もしっかりもらってるし。タナカくんの...いや、タナカくんのお友達を助けるためなら、そのくらい」
「ほんと?」
タナカくんの顔がぱっと明るくなった。あたしは涙が出そうだった。その笑顔があまりにもかわいくて、同時に、まったくおばかな自分自身がかわいそうで。

その後、あたしはうわのそらだった。カフェを出て歩いているときも、あたしは今にもこぼれそうになっている、いや0.7粒くらいはもうこぼれている涙をなんとか引っ込ませる、もしくは急速乾燥させるにはどうすればいいかで頭の中がいっぱいだった。ああ、どうしよう、困った。困った。

いや、思い出した。あたしにはとっておきの方法があるのだ! これまで食べたおいしいスイーツの数々を、脳裏に浮かべてみる。ホテルTのマンゴーパフェ...なめらかなのどごしがたまらない...カフェJのスイートポテトパイ...ああ、あのぱりっとしたパイ皮とポテトの甘みが...それからコンビニFの期間限定レアチーズケーキ...パティスリーMのキャラメルプリンケーキ...等々。

そうしているうち、あたしはすっかり涙が引っ込んでいることに気づくのだ。おそるべしスイーツの魔力! はたして、タナカくんはまったく私の内なる悶々に気づかず、「おれ、幼稚園のとき、ぶらんこに乗ってて落ちたら、そこに犬の糞があってさー」とか言ってる。ほっ。

信号の手前でタナカくんが言う。
「あ、さっきの本屋、ちょっと寄っていい? さっき買おうかどうしようか迷ってた文庫本があって」
「いいよ」
あたしもいっしょに本屋に戻り、タナカくんが急いで文庫本売り場に向かう間、雑誌コーナーを眺めていることにした。

一人になるとまた、あたしの涙腺がゆるみかけてきた。さっきのタナカくんの件に加えて、オオノさんにデートをすっぽかされたときのことやナカムラくんに「実はつきあっているひとがいるんだ」と聞かされたときのこと、もっと昔につきあってた人からホワイトデーでもらったストラップを喜んでつけてたら、同じものを同時期につけ始めた子をともだちの中に発見したときのこととか、いつのまにか頭の中はこれまでの泣きそうな場面一挙大公開状態。

あわててスイーツの画像と差し替えようとするものの、マンゴーパフェもチーズケーキもいまいちパワー不足だった。ああ、こういうときのためにもっと、スイーツイメージのアーカイブ、充実させておかなくちゃな...強力なやつを2つ3つ入れて...すると、あたしのお尻のあたりに妙な感触が...。

気のせい? いや、そうじゃない...あたしの後ろにぴったりくっついている男の手があたしのスカートの中に! 痴漢だ! あたしは、む・かーっときた。そしたら、それを機にあたしの中で一瞬にしていろんな感情がほとばしり、高速で回転する駅ナカのショップのジュース製造器みたくぎゅわああああんと旋回してあふれんばかりにふくれあがり、バクハツするのが見えた。見えたんだ、迫力大画面3D映画並みに。あたしは叫んだ。

どいつもこいつもあたしをばかにしやがって!

すると、それは起こった。あたしはたくましい腕で抱きかかえられるのを感じた。どんな男よりたくましく、分厚く、頼りになる手があたしの胸をしっかり抱きかかえ、包み込み、ぐーっと持ち上げる。それは、あたしのブラジャーだった! あたしの体はそのままぐわーっと宙に浮いたかと思うとくるりと回転し、降下するとみせてあたしの脚が自分でもよくわからないままに動いた、と思うと男を思いっきり蹴っ飛ばしていた。

ぐ わっしゃー!

あたしはすとんと着地した。自分が今やったことが信じられず、まわりでみんながぽかんと口を開けて見ていることをうっすらと意識しつつ、それはまったく夢をみているようで、しかし次第に霧が晴れるように現実感が増して、目の前の、額から血を流してうなっている男を見た。それはろくでもない男3、もといタナカくんだった...痴漢は、たぶん、すばやく危機を察知して逃げ去ったのだろう。

「ごめん、ごめんね、タナカくん」
痛そうに顔をしかめるタナカくんが、あたしはマジ心配でかわいそうでならなかった。同時に心の中で叫んでもいた。ありがとう、マイ・ブラジャー!
                         続く(うそ)

【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
< http://midtan.net/ >

私も2作品を収録してもらっている「超短編の世界 vol.2」が出ました。
ネットで購入できます。
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4434134841/ >
< http://www.bk1.jp/isbn/9784434134845/ >

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■?×?× CrossOver Talk[2]
やっていそうでやったことのないことを試してみる
──禁断(?)のこそばゆい食べ方

杏珠
< http://bn.dgcr.com/archives/20091015140100.html >
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デジクリ読者の皆さん、こんにちは。studio H.M代表のディレクター/デザイナーの杏珠(あんじゅ)です。連載の2回目ですが、今回も大好きな「食」を例にお話させていただきます。テーマは「やっていそうでやったことのないことを試してみる」です。

突然ですが、皆さんに質問です。箸やフォークを使わず、手で持って食べるモノって何を思いつきますか? おにぎり? 揚げたてコロッケをつまみ食い?枝豆? ポテトチップス? 色々あるとは思いますが、今回取り上げるのは「カレー」です。

インド人が経営しているカレーショップがありまして、そこでカレーをテイクアウトして家で食べたときのことです。ふと「そういえばインドの人って、カレーを手で食べていたよなぁ」と思い出し、多少の躊躇はあったものの「これも経験だよね」と、スプーンを使わないで食べてみました。指でご飯とルーを混ぜるときに「グニュグニュ」となんともいえない感触...だいじょうぶかな、これ? とか思いましたが、勇気を持って慣れない手つきで「ハグっ」と食べてみました。

結果ですが...美味しいんですよね。なんて表現していいのか分からないんですが...食べ物がより身近になった感じというか、五感で味わっているというか。想像していたよりも遙かに美味しいんです。

カレーでなくとも、たとえば「お風呂でアイスを食べる」などでもいいんです。
自分で今までやってみたいなぁ…って考えていたけど、周りの目を気にしてい
たり、自分では「無理!」とか思っていることにチャレンジするのはすごく大
事です。

そうやって普段、無意識レベルで「常識だよな…」とか「こうでないといけな
い」と考えて行動していることを、意識的にいままでやったことのない考えや
方法でやり続けてみると、不思議な体感を得られるようになると思います。

今回のテーマを、私なりに考え経験した事例がふたつあります。
1)仕事における作業の時間、平均時給をエクセルで管理する。
2)計画表、アイデア出しに『Mind Manager』(PC版マインドマップ作成ソフト)を取り入れて、状況に応じてアウトラインエディタ(MacJournal)、手書き、マンダラートと、考えるツールを複数用意して思考するようになった。

1)「作業時間、平均時給をエクセルで管理」は、青色申告をするための会計
ソフトに数値入力する単純作業を、どうにかワクワクしておもしろくできないか? 単純作業の時間を減らすための、見てわかるワクワクする方法はないか?という自分に対する問いかけから行動してみたことです。入力するときに次の目標が分かりますし、どうやったら効率化できるか? という質問を半自動的に自分に投げかけられることがモチベーションに繋がります。

2)はいろいろなツールを使った効用です。手書きの時はパッとしなかったアイデアも、マインドマップを使ったらスルスルーっといいアイデアに化けたり、電車の中で気がついたネタをメモ帳に書くのではなく、あえてiPhoneアプリの「iMandalArt」で入力してみることで、また違った刺激を受けて、別のアイデアが浮かんだりしたことがありました。

このことから「やっていそうでやったことのないこと」をやり続けると、同じようで違う意味の存在に気がつきます。「楽しい仕事をする」と「楽しみながら仕事をする」。同じように見えるんですけど、全く違った意味なんですね。前者は「楽しい仕事」でないとワクワク感は出てこないかと思うんですね。後者は、どんな仕事でも楽しめる方法さえ分かれば、いつでも自分からワクワク感を出すことが可能である、と。これはどんな事例でも当てはまることで、その思考が定着すればいつでもワクワクできます。

小さな第一歩でいいんです。「やっていそうでやったことのないことを試してみる」を実践してみて下さい。そして、違った視点から物事を捉える練習をしてみて下さい。今すぐに「やっていそうでやったことのないこと」思いつかなかったら…もしよかったら、今晩はカレーにして、ぜひ手で食べてみてください。お試しあれ!

【あんじゅ】ask@happy-montblanc.com
Design × Lifehack × CrossOver Lab
< http://happy-montblanc.com/blog/ >

東京都出身。デザイン事務所「studio H.M」代表。愛車のSKYWAVE250にPSPのマップラスナビをつけて、いろんな所に出没しております。大手コンビニエンスストアと某家電量販店でAV機器(カーナビ、衛星放送機器、テレコ)の販売経験を持つ、妙な経歴の持ち主のディレクター/デザイナー。
『みんなが幸せになることはないか?』をモットーに、日々自分が気になることを追求し、仕事にとどまらず多方面で物事を追求し、答えを求めている天国思考な人物です。
機械モノ(PCとかガジェットとか)やゲーム、料理(食べ物)が大好きなので、そういった関係であれば、仕事でなくともいつでもコンタクトいただければ嬉しい限りです。

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■編集後記(10/15)

・嗚呼、またおバカな映画DVDを見てしまった。「ディザスター・ムービー」である。わたしが好きなパロディコメディ「最終絶叫計画」シリーズの製作チームも参加というので期待して見たが、けっこうダレ気味でいまひとつ楽しめない。映画はDVDでBC級ばかり好んで見ているわたしだから、メジャーな映画はあまり知らない。パロディは元ネタを知らなくてはあまりおもしろくない。それでも、ベオウルフ、カンフーパンダ、インディ・ジョーンズ、ナイトミュージアム、ヘルボーイ、ハルク、バットマン、アイアンマン、カスピアン王子、シマリス3兄弟、マイケル・ジャクソンなどはよくわかった。うれしくもないけど。ディザスター(災害)映画を下敷きにしたストーリーで、悪のりエスカレートぶりは半端じゃないが、とにかく下品でグロテスクでブラックで、受け入れ難い描写もあって、アメリカ人の笑いのツボらしきものには強い違和感を覚える。ひとりで見る映画ではない。シャレのわかる仲間と酒飲みながら見るといい。サスペンスホラー「ミラーズ」も見た。鏡の向こうの邪悪な存在との対決みたいなストーリーで、主人公と家族が襲われる怪異はなかなかこわい。暴走キャラ主人公の謎解きプロセスもおもしろい。ラストシーン予測的中率0%と前宣伝があったので期待して待ったが、ナンセンスなオチ。これには肩すかしをくらった。レンタルなので劇場公開版だと思う。完全版ともうひとつのエンディングを見たい。(柴田)
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001WAAAIO/dgcrcom-22/ >→「ディザスター・ムービー」をアマゾンで見る(レビュー2件)
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0026OBVLA/dgcrcom-22/ >→「ミラーズ」をアマゾンで見る(レビュー31件)

・今日は杏珠さんのお誕生日。おめでとうございます。/「WEBデザイナーっていうのもあやしい」に爆笑。そんなブラジャーがあるといいなぁ。窮屈で好きじゃない〜。/提案はするものの実現となると大きなハードルが。まずは予算、そして技術。予算がないならないなりにするしかないんだけど、先に言っておいて欲しかったなぁと思うことしばしば。桁がひとつからふたつは違ってくるの……。Webサイトは安くできると思い込んでいる人が多すぎるわ、運用は自分たちですると言って放置されているわで……。何年こんなことを考え続けているのやら。結局、自分に打破する頭と気力がないってことなのよね……。/引っ越し段ボールを開けたくな〜い。新しいことならやりたいんだけど。エコポイントの申請もやらないとなぁと思いつつ放置。大型テレビの方がエコポイント高いのは不思議。掃除機や洗濯機、電子レンジやIH、エコキュート関連にエコポイントつかないのも。高速道路無料化とかエコカーとか。エコって何? あ、ノートパソコン減税があってもいいかも。Webサイト制作補助金とかってどう(笑)?(hammer.mule)
< http://www.dtp-booster.com/vol08/ >おなじみ上原ゼンジさんのカラーマネージメントセミナー!
< http://gs.dhw.ac.jp/event/090916.html >法律や契約の知識はありますか?