[2747] ワクワクとギラギラ

投稿:  著者:  読了時間:23分(本文:約11,400文字)


《仕事中のオレはさんぴん茶さ》

■わが逃走[55]
 仕事で沖縄の巻 その2
 齋藤 浩

■電網悠語:日々の想い[139]
 ワクワクとギラギラ
 三井英樹

■つはモノどもがユメのあと[10]
 mono09:ウイリアムズご用達──「CANON BJ-10v Custom」
 Rey.Hori


■わが逃走[55]
仕事で沖縄の巻 その2

齋藤 浩
< http://bn.dgcr.com/archives/20091119140300.html >
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前回の続きです。いきなり始まります。

5◎水曜日

5時に起きてシャワーを浴びて、『ゼブラパン』とインスタントコーヒーで朝食。なんでもこの『ゼブラパン』、U嬢の上司の大好物だそうで、お土産に買ってくるよう念をおされているとのこと。

そこまで言うなら食べてみようと、昨夜コンビニで調達したのだった。パン生地に黒糖ペーストとピーナッツクリームが織り込まれていて、断面がシマウマ模様になっている。メーカーはオキコパン。けっこうなボリュームで100円。おまけに超高カロリー。そこまで旨いかといえば微妙だが、費用対効果を考えるとお買い得商品といえよう。コンビニのおばちゃんによれば、温めた方がおいしいそうだ。

6時、ロビー集合。昨日撮影したC地点で、朝の光で撮影せよとのオーダーが入ったので、現地へと向かう。夜明けまで30分くらいあるので、準備も問題なかろう。夜明けとともに撮影開始。夕方とは違った美しさがイイ。周囲は住宅が点在するので、朝ご飯のいいにおいが漂ってくる。

さらにE〜L地点まで、少し歩いては撮影、という具合に進む。天気は快晴。8時頃、ひとまず終了。並木越しに青い海が見えたり、潮の影響でくびれた岩の合間から向かいの島の白い砂浜が見えたりといった、絵になるイイ写真がたくさん撮れた。

また、昨夜「ラフの写真に極力近い状況での撮影も試みるべし」との指令が来ていたので、さらに車で30分ほど移動し、とある島のビーチへ向かう。そう、こういう仕事をしていると、「ラフの写真にもっと近づけるべし」というオーダーがよく入るのだ。

ここでいうラフの写真とは、「この商品を宣伝するにおいて、空はこんな感じ、海はこんな感じで撮影しますよ」という見本に作った合成写真。これに対して本番写真とは、「ラフそっくりの写真」ではなく、あくまでも「提案した考え方に基づいたラフ以上の写真」を意味するべきだと思う。

のだが、往々にして「ラフそっくりの写真」を求められてしまうのだ。合成で作った風景と同じ景色を現実世界で探すというのも不思議な話だが、実際めでたくラフそっくりの写真が撮れたとして、さらに「ラフを越える写真」が撮れてしまった場合、こちらを通すのにひと苦労するのである。今回は、まさにそんなことになってしまったのだ!

島に着くと、ビーチには誰もいない。しかも見事な青い空、エメラルドグリーンの海、白い砂浜。見た瞬間、「勝った!」と思った。純粋に美しい。と同時に、広告の主旨に合致した絵になる風景。コーフンする気持を抑えつつ、M、Nの各地点で撮影。とくにN地点でのものは、まさに「広告に必要な条件を満たした(ラフ以上の)最高の写真」となった。

その後、めでたくラフそっくりの風景O、P地点を発見し、そこでも完璧な写真が撮れた。だが、やはり写真というものは作り手の気持まで焼き付けてしまう。言葉とか条件とか情報とか、そんなのを超越した感動がN地点で撮ったものには感じられたのだ。

一通りの撮影を終え、改めて海を眺めると、同じ景色が平凡に見えてきた。光が変わったのだ。時計を見ると11時。撮影は朝と夕方に決まるなー。わかっているけど、つくづくそう思う。

さて、これから夕方の撮影まで暇かといえば、とんでもない。膨大な写真のセレクトと厳しいネット環境での送信作業が待っている。とくに今回は訳あって一カ所につきポーズA、ポーズB、人物ナシの3バリエーションを、露出違いでそれぞれ12パターン撮影しなければならない。つまり、一地点につき最低でも36枚は撮る計算になる。これを30カ所以上の撮影ポイントで繰り返す訳なので、ほんっっっとに大変。

なんだけど、モデルのU嬢にしてみれば初沖縄だしなーということで、美ら海水族館に行ってしまいました。ここのカフェはあの(!)大水槽を見上げる場所にあり、巨大なジンベエザメやマンタが美しい自然光の中を泳ぐ姿を眺めつつ食事をすることができるのだ。

楽しげな魚の群をぽよーんとした目で追いつつ食後のお茶を飲むU嬢をよそに、ムサい男2人は横並びにくっついてノートパソコンの画面を指差し、「イイね」とか「ボツ!」とか言ってる。周りから見たら変な客だったろうな。

3時頃一旦ホテルに戻り、まとめたデータを東京に送信。モデルのポーズのより細かい指定等クライアントからの意見を聞き、4時過ぎに再度A〜L地点へ向かう。

この日は前日以上に水蒸気が発生したようで、美しい夕焼けという訳にはいかなかった。しかし、独特の色合いの空をバックに、こちらもまたいい写真が撮れたのであった。朝夕とも、この日の収穫はほぼ完璧だった。これだけイイ写真が撮れたんだから、もう誰にも文句は言わせねえぜ。

日没後、すぐに食事に向かう。遅くなると選択肢が激減することを身をもって知った我々は、名護の手前あたりにあるという沖縄料理の店とやらに行ってみることにした。街灯もない山道をひた走り、言われなきゃ気づかない看板の脇を曲がり、対向車が来てもすれ違えないような山中の一本道をゆく。「ホントにこの道であってるの?」と3回目の確認をした頃、いきなり道が開けた。

古民家を移築したというその店に入り、庭のいちばん眺めのいいテーブルを陣取り、アグー豚のナントカコースとやらを3人前注文する。店員の沖縄人らしからぬ手際の良さと、素材はいいが味付けに工夫がみられない食事は値段相応といったところで、けっこう楽しめた。

M氏もU嬢も今回の仕事のことを本当に理解してくれて、無理なスケジュールを全力でやり抜いてくれました。本当にありがとう。まだ明日の朝もあるけどね。これでオリオンビールでも飲めたら最高だったんだが、仕事中のオレはさんぴん茶さ。でも、この日のさんぴん茶は最高に美味だった。

ホテルに戻って夕方撮影した分を整理し、データを東京へ送る。代理店営業のS氏やコピーライターのO氏の反応はすこぶる良好、明日の撮影は衣装を変えて、いわゆる"おさえ"的なものでよいとのこと。これでひと安心だ。

6◎木曜日

日付が変わった頃、電話が鳴った。
朝と夕方の海の見え方を同じにせよという。
「潮の満ち引きの操作はできません」と説明する。
「光の向きを変えられないか」と相談される。
「陽は東からのぼって西へ沈むので無理です」と答える。

6時起床。7時出発。天気は快晴。この日は朝から島へ向かい、前日撮影した場所で再度撮影。もうみんな慣れたもので、リラックスしつつ確実に仕事をこなす。10時には終了し、喫茶店でデータを整理、本日撮影分を送信。昼は本部町の「きしもと食堂」で沖縄そばとジューシー(沖縄的炊き込みごはん)を食す。そばが旨い。実に旨い。出汁の繊細さとそばのたくましさとの対比が相変わらず絶妙。

まあ何回も通っているのでそばの旨さは知っていたが、実は今回初めて食べたジューシーがめちゃくちゃ旨かったのだった。なんというか、素材と料理の関係がスゴイのだと思う。昆布も豚肉もそれぞれのキャラを主張しながらハーモニーになっている。そして香りと食感がすばらしいのだ。ああ、こんな旨いものを毎日食べていたら悩みなんてなくなるなあ。もう、「なんくるないさー」なのである。

腹もふくれ、仕事も終えて「さあ、土産でも買って帰り支度だ」というところで電話が鳴った。営業のS氏から「齋藤さん、申し訳ない!! あれをこうしてこれをああした写真が欲しいです」
「まじで!? もう光が変わったので無理ですよ。とくにあれをこうするには朝の光じゃないと影がきれいに落ちません」
「無理を承知で頼みますー、ではあれをこうするのはナシで、これをああした写真だけでも」
「わかりました。あれをこうするのはナシでいいんですね? では、これをああした写真を撮りに行ってきます」
ということになり、さらに撮影は続いたのであった。

その後無事撮影は終了し、夕方那覇空港に着く。けっこう時間があったので、A&Wの巨大ハンバーガーを食す。なんか食ってばっかりだが、沖縄に来たら真っ当なものからジャンクなものまで、食べておかないと後悔するのだ。そして搭乗口前の売店でオリオンビールを飲む。仕事を終えた後のビール、3日ぶりのビールは最高だった。

夜10時頃羽田到着。2人とも本当にありがとうございました。今日はゆっくり休んでください。M氏とU嬢と別れ、事務所へ戻る。データ整理したところで力つき、寝てしまった。

7◎金曜日以降

なんだかんだでギリギリまで変更や修正が続いたが、無事入稿することができた。写真もN地点で撮ったものが採用された。

ゴーヤチャンプルーを食べつつ、道の駅で買った『琉神マブヤー』のDVDを見ながら、また沖縄に行きたいなーと思う今日この頃。できれば仕事以外でな。そういえば、U嬢が先日沖縄に行ってきたらしい。もちろん観光で。初沖縄から2週間後。こういうフットワークの軽さはかっこいいです。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

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■電網悠語:日々の想い[139]
ワクワクとギラギラ

三井英樹
< http://bn.dgcr.com/archives/20091119140200.html >
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いつもと趣向の異なるイベントに誘われた。いつもは少しはデザインの香りがするものなのだが、ほとんどエンジニアリングだけの香り。実は出自がそこなので、少し懐かしくも感じる。「デザイン」という言葉は出てこない、代わりに「ユーザビリティ」や「リッチ化」という言葉がかすかに聞こえてくる。

今の私の活動との接点は「RIA」。そしてその先にクラウドがありそうだと思わせる予感。でもその話が出たのは全体の数分の一。ほとんどは純粋なエンジニア、というかデベロッパのお話。一瞬睡魔が襲ってきたが、語られる未来路線は興味深いし、なにより無視できない市場が存在し、期待を持っていない訳でもない。

基本スーツ姿の方々に混じって聞き入り、懇親会でもその中に溶け込もうとする。でも何かしら違和感がある。何か本質的な部分で、いつもの場所と違う。「ワクワク」と「ギラギラ」。突然、そんな言葉が浮かんだ。

「ワクワク」は、技術をどう使おうか、どう使ったら楽しいかを考える層。手短に言えば、クリエイタか。「ギラギラ」は、この技術でどう儲けようかと考えている層。でもSEとかエンジニアとは少し違う。少し前までの、ただ儲けんかなとしている、技術への信仰もなく興味もない層とも異なる。今回のギラギラ紳士達には違うオーラが感じられる。

技術の長所も短所も飲み込んだ上で、その先に行こうとする意思。バグがあろうが、それに対処さえすればよくて、ベンダーの遅さなんか折込み済みさ、という達観したようにも見える視線。そして、その上で一段登った方が勝ちなんでしょ、という意気込み。

開発者というよりも、粋な商売人に見える。そのシタタカサが心地よい。永遠のベータという言葉を、青春的に捉えていない。肯定的に次のステップにつなぐ、何かに見立てている意識と意思を感じる。なにより浮ついた感がない。集められた方々は、主催者のよると各社一名。つまり、皆がそれぞれほぼ競合と思ってよい。だからこその緊張感もあったのかもしれない。

以前、みんな一緒に儲けましょうよという基調講演がなされたイベントでは気持ち悪さを感じたが、今回はそれがない。クリエイティブとか美とか、その価値だけで勝負できるんだから、さぁこのツールを買って世界に羽ばたきましょう、みたいなメッセージはただただ嘘くさくて、食い物にしよう感が表に出すぎだった。ツール買って富が築けるなら苦労はない。いや騙すにしても、もう少し気持ちよく騙してくれんかね、と思ったものだ。でも今回は、何かを買えば夢が手に入るとは語られない。聞く我々も儲けるためには、汗まみれのヒトヒネリが必要なのだと多くの場面で学んできた。キャッチーな煽り言葉で高揚させようなどという単純なシナリオは、この会場には皆無だった。

ワクワクだけでは生きていけないフェーズに突入しているのだろう。黎明期の高揚の季節から、腰を下ろしての選択と選別の季節へと移っているのをひしひしと感じる。ギラギラした目線が頼もしい。浮ついた気持ちのビジネスではない、何もかもを飲み込んだ上での更なる飛翔を目指した歩み。こけおどしや薄っぺらな技術コンサルでもない。技術に関しては、並みの腕ではないのだろう。そこへの自信が、コセコセ(セコセコ?)した雰囲気を排除している。その分野は任せろと胸を張れる領域の存在を感じる。

淋しさを感じるのは、単なる回顧趣味なのかもしれない。担い手の特質が変わろうとしているのを直感的に感じている。何かが終わろうとしていて、何かが変わろうとして、今まさに動き出そうとしている。そうした脈動を感じるのは久々だ。懐かしくも新しい鼓動だと感じる。夢だけを語る正義の味方が、徐々に小難しい理屈を並べる、どこか似て非なるものに変わって行く様のような感覚もある。やっていることは似ているのに、何か違う何か。

「Webって楽しい」、そんな段階から、「Webは便利だ」、そして、「Webは使えるぜ」。あこぎなビジネスではなく、少し前のビジネスマンからは地に足をつけたとは言い難い、それでも何かに根を張り巡らせた感の漂うビジネスマン達とその領域。手触りで判断できる領域から、目に見えないデータの塊の領域へ。「所有してなんぼ」から「活用してなんぼ」の世界へ。

頼もしさと同時に、フワフワしたネットという世界が、どこか硬質化していく予感を感じる。その硬さは、堅苦しい雰囲気へのベクトルではなく、積み上げていくことのできるスキルや信用やナレッジの醸し出す堅固さや堅牢さへのベクトル。そうした未来も良いなとも想う。永遠のベータやコロコロ仕様が勝手に変わるマッシュアップの調整への疲れが、その志向性に拍車をかける。


すべてはWebから始まった。そんな声がする。内なる声なのだろう。モノの価値は昔からあった。でもWebがそれに気付かせてくれた。自分の成長期にネットの黎明期が重なってくれた幸運に感謝している。いまだにWebから離れるな、Webはますます面白くなるぞと声がする。今つまらなく感じることこそが幻想なんだと、誰かが囁いている。その証に、ほらこんなに面白い人材がまたここにもこんなにいるぜ。そんな声も響いてくる。

ツールベンダーが本来のコアユーザを忘れて迷走し始めている中、コアユーザはどんどんと貪欲に強かに変貌を遂げている。ベンダーもメディアも実は後手にまわっている。ユーザ本人ですら気がつかない間に、全然別物にバージョンアップしているのかもしれない。一年前にそんな風に考えただろうか、と感じる人もいるのではないか。

時代が求めている全ての荒波を増幅させるかのように、Webがそうした機構として働いている。その仕組みそのものが、巻き込まれた人を変えていく力を持っているかのようだ。情報に育てられ、サービスに育てられ、クライアントに育てられ、経済状況に育てられ、ベンダーに育てられ。ネットという場に居を構える人たちが変わっていく。

ワクワクで進んでいける人たちに、ギラギラした想いで進んでいける人たちが混じり込み、時代やネットは更に混沌と面白く味わい深くなっていく。デザイナでもエンジニアでもない世代が育て来た先に、ビジネスマンという属性を持った世代が育ちつつある。ネットの主要構成要素が技術ではなく、人だと見たならば、これで面白くならない訳がない。そしてその内に、それほど遠くない未来には、もっと別の属性を持ったキャラが活躍していくのだろう。道は続く。明るい方向に。きっと。

【みつい・ひでき】感想などはmit_dgcr(a)yahoo.co.jpまで
・mitmix< http://www.mitmix.net/ >
・RIACでセミナーで司会やります@12/1(火)秋葉原。
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■つはモノどもがユメのあと[10]
mono09:ウイリアムズご用達──「CANON BJ-10v Custom」

Rey.Hori
< http://bn.dgcr.com/archives/20091119140100.html >
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筆者がこれまでコンピュータ周りで買い込んだ製品のうち、明らかに「これは失敗した」とか「手を焼いてばかりで困る」とか「アッと言う間に故障した」といったものはとても少ない。負け惜しみ成分を若干含有しているかもしれないが、マシン本体をはじめとしてどれも一定以上の満足を得つつ使って来た。比較的ラッキーな道を歩んで来たと言える。

そんな中にあって「とても満足した」ことの少ないのがプリンタだ。現在使用中の某モデルは買った当初からマルチフィードを多発するなど調子が悪く、筐体を開けて動作させてみたところ、紙送り系のレバー状部品を引き戻すスプリングが一つ欠損していた疑いが濃い。そこでその箇所を輪ゴム(!)で引っ張ってゴマカしつつ使い続けている。以来筐体はずっと開けっぱなしだ。

色調整方面も何故か設定がズレたりするなど悪戦苦闘の連続で、あまり良い印象がない。そろそろ消耗品の入手に心細い感じが漂う古いモデルなので、そう遠くないうちに買い替えることになりそうだが、現在使っているものは本連載で取り上げるような思いのこもったモノにはならずに資源ゴミ化する公算が大である。......なんて書くとヘソを曲げて、またしても悪戦苦闘させられるかもだが。

そんな中にあって、モノクロプリンタであるにも関わらずとても気に入っていた製品がある。どれぐらい気に入っているかというと、壊れたわけではないので、何とか今のマシンに接続して復活できないかといまだに真剣に考えるほどだ。消耗品供給の心細さは上に書いた現役某モデルよりずっと切迫しているのだが、それでも何とか使えるようにしたいのだ。今回のモノはインクジェットプリンタとしては筆者が初めて買ったCANONのBJ-10v Customである。

(CANONの名誉のために、と書くとヒントが大き過ぎるので、えーと何て書けばいいか、上記の悪印象の現役プリンタはCANON製であるともそうではないとも、敢えて書かないでおくこととする)

ネット上の資料によればBJ-10vは1990年10月発売とあるが、筆者が買ったのは発売からそれほど後ではなかったと思う。正確な記憶はないが恐らく91年の半ばぐらいだろうか。

< http://www.dgcr.com/kiji/RH/mono09.html >

いわゆるA4ファイルサイズの本体はフタを閉じると角丸の直方体で、非常にスッキリした外観になる。ノートPCのように水平に置いてフタを開くとプリントヘッドの駆動系が見えるので、現在の感覚だとその状態で使えるように思うかもしれないが、さにあらず。BJ-10vは筐体を立てて使うのだ。

筐体背部に90度回して畳める平らな脚があるので、これを回して引き出すことで縦置きでも安定させられる。用紙は筐体を貫通するように底部から正面側へ通る仕掛けなのだ。

< http://www.dgcr.com/kiji/RH/mono09.html#p2 >
< http://www.dgcr.com/kiji/RH/mono09.html#p3 >

本体だけだと手挿し給紙なので、複数枚の印刷を便利に行うためには別売のシートフィーダが必要だった。立てた状態の筐体の底面側に取り付けて使うもので、事実上必須オプションだが、これがオフホワイトの本体とは全くマッチしないグレーの筐体な上、いかにも機能丸出しの不細工なデザインで、外観的にはかなり不満だったのを覚えている。捨てていないハズだが、本稿を書いている時点では行方不明と化してしまっている。BJ-10vにはグレー筐体のモデルもあるので、そちらになら少しはマッチしたのかもしれない。

プリントヘッドはインクカートリッジとプリントヘッドが一体化した現在のインクジェットプリンタにも通じる構造で、CANONではこれを「バブルジェット」と呼んでいた。モデル名の「BJ」はこの略称の意味でもあろう。ノートPC状に本機を置き、フタ状の用紙ガイドを開いてから上面手前のカバーを持ち上げるように開くと、そのプリントヘッドと駆動部、それにこの時代の周辺機器には必ず付いていた設定用のディップスイッチが現れる。

< http://www.dgcr.com/kiji/RH/mono09.html#p4 >

ディップスイッチも懐かしい気がするが、昨今コストカットの著しいこの手の機器にも関わらず、プリントヘッドの往復駆動がタイミングベルトではなく、ピカピカの金属製送りネジで行う構造なのが感動だ。恐らく本機の部品では最も製造単価の高いパーツではないかとさえ思う。

性能面では、当時の個人で買えるプリンタとして、モノクロとは言え何より360dpiの解像度は出色で、筆者は当初キューハチ、後にはMacからのプリントアウトにとても感激した覚えがある。

最近ではもちろんプリンタの実解像度も上がったわけだが、そもそもモノクロだけのプリンタに選択肢が殆どない。筆者の場合、ちょっとした打ち合わせ資料、請求書や送り状などはモノクロで十分だし、360dpiの解像度があれば事足りる。使用頻度はそれほど高くないので、感光ドラム、現像剤やトナーといった消耗品の不使用による劣化を気にしなくてはいけない電子写真式プリンタ(いわゆる「レーザプリンタ」ね)には不安があるのだ(そのレーザプリンタにしたって、小さなモノクロ専用機がふと気付いてみればものすごく少ない)。

かつては標準だったセントロニクス式のパラレルインタフェース(って言葉を久々に書いたなー)の本機だが、歴代のMacに接続するにも幾つか変換インタフェースを買い込んだ記憶がある。今は自力で本格的な実験調査をやっている時間がないのだが、このBJ-10vを何とか現在の制作環境に復活させる手段はないものか。理想的にはUSB辺りにインタフェースを変換して一発で動かしてくれる、ような手段があれば良いのになあ。

故障して寿命を終えたわけではない。筆者の周囲に多数あるモノの中でも(前回取り上げたPowerMac G4とは別の意味で)最も「復活させたい願望」の強いモノなのである。

【Rey.Hori/イラストレータ】 reyhori@yk.rim.or.jp

本文の続きみたいになりますが、今回のモノBJ-10vのTVCFに当時のF1ウイリアムズチームのマシン(多分FW-13だったか)が登場していたのを覚えています。その頃のウイリアムズの大口スポンサーがCANONで、マシンのサイドポンツーンやリアウイングに大きくロゴが描かれていました。TVCFではピットスタッフ達がBJ-10vを持ち歩いたりデータをプリントするシーンが描かれていたと思います。この頃から97年まで、ウイリアムズは最速マシンを有するチームとして黄金時代を築きます(CANONの大口スポンサードは93年まで。翌94年、ウイリアムズのマシンでセナがイモラに散ったのでした)。

時は流れて今年のF1。ホンダの撤退を受けて新生したブラウンチームが、前半戦におとぎ話のような連戦連勝の快進撃を見せて、遂にチャンピオンまで登り詰めたわけですが、9月末のシンガポールGP時にそのブラウンのマシンのサイドポンツーンに久々のCANONロゴが復活。

ただしこれは日本の本社ではなくて、現地法人が一戦だけのスポンサーとなったようなのですが、CANONロゴを付けたかつてのウイリアムズの黄金時代を知っている身には何だか懐かしかったのでありました。いつかまた大口のスポンサーに返り咲かないかなあ。......ちなみにCANONは「キヤノン」。「キャノン」という表記をよく見かけますが、誤表記ですので念のため。有名トリビアでした。

3DCGイラストとFlashオーサリング/スクリプティングを中心にお仕事をお請けしてます。
サイト:< http://www.yk.rim.or.jp/%7Ereyhori >

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■編集後記(11/19)

・昨日、とうとうクリックしてしまった。長いこと楽しく悩んでいたが、タイムリミットが来た。販売会社から「キャリングバッグキャンペーンの台数があとわずかになりました。おそらく今週中にはなくなってしまうと思われます。なお、本キャンペーン終了後、YS-11折りたたみモデルの年内在庫もなくなってしまう予定です」というメールが来たのだ。折りたたみモデルを買うと、先着100名に「キャリングバッグ(4,200円)」がおまけについてくる。決断した。YS-11G(Xグレード)超軽量折りたたみ自転車(内装3段変速)が1週間後には手元に来る。折りたたみモデルか、折りたたまないモデルか、迷いに迷ったが、ふと閃いたのが「折りたたみモデルを、折りたたまないで使ってもいいじゃないか」ということだった。ハンドルポストを半分に折りたたみ、サドルポストを下まで下げるだけで、充分コンパクトになる。何かで包めばバスや電車に持ち込めるだろう。フレームもおりたたむとさらに小さくなる。キャリングバッグに格納すると、新幹線で足下に置けるサイズだという。使う場面でどちらかを選択すればいい。悩む楽しみがなくなって、ちょっとさびしい。(柴田)
< http://www.eco4u.jp/ys-11/ > 2本指で持ちあげられます

・あと、「商品名つき」の領収書の「原本」が必要で、自営業な人は購買証明書なるものを発行してもらう必要がある。同時に複数商品を購入したら、ひとつの商品の申請書には原本、その他の申請書にはコピーを貼り付けて、同じ封筒で送れ、ともある。保証書は納品時に日付を入れてくれるのだが、支払いが別の日だったら、購入日にも一瞬悩む。お金払った日(領収書の日付)を書けば良いらしいが、売買の場合、双方の義務が終わった時が本当の終了なわけで。購入店にしても、チェーン店なので保証書にある本社なのか、領収書の支店なのかも迷う。領収書ベースで、保証書は型番・ロットナンバーの確認のためだけなんだろう、と思い支店を記入したが正しいのかどうかわからない。その保証書も領収書や申請書名と違うのでどうなることか。納品業者が勝手に記入したのだが......。(hammer.mule)
< https://eco-points.jp/EP/supporter/pdf/certificate03.pdf > 購入証明書