映画と夜と音楽と...[442]親のこころ・子のこころ/十河 進

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〈子連れ狼・子を貸し腕貸しつかまつる/三途の川の乳母車/死に風に向かう乳母車/親の心子の心/冥府魔道/地獄へ行くぞ!大五郎/ロード・トゥ・パーディション〉

●若山富三郎の本格的な殺陣が見られる

もうずいぶん前のことになるが、西川某が殺人を犯し「かつて人気ドラマ『子連れ狼』の子役として活躍した」としきりにテレビのワイドショーが騒いだ。その裁判の様子も報道されていたが、弁護士は「社会性を育むべき子供時代を芸能界という特殊な世界で過ごし」と弁論し、殺人に対する罪の重さの認識が薄かったことを理由に、情状酌量を狙う戦法に出たようだった。

決定盤!テレビ・アニメ主題歌 オリジナル・サントラ集 昭和38年~昭和43年(1963-1968)芸能人の殺人というと、「光る海、光る大空、光る大地」(最近はスマップがNTTのCMで歌っていた)と歌った「エイトマンの主題歌」の克美しげるを思い出す。彼が殺人犯で捕まったときに受けた衝撃は、やはり僕が「エイトマンの主題歌」が好きだったからだろう。それに僕は彼が歌った「さすらい」や「片目のジャック」という歌も好きだった。

〈COLEZO!〉ビクター流行歌 名盤・貴重盤コレクション(11)決定盤 子連れ狼克美しげるの殺人にショックを受けた僕と同じように、西川某のニュースを聞いて「しとしとぴっちゃん、しとぴっちゃん」(橋幸夫)とか「十石橋で父を待つ」(バーブ佐竹)と歌った「子連れ狼」のテレビ版主題歌を懐かしんでいる、僕よりずっと若い世代が存在するのかもしれない。僕は映画版「子連れ狼」の歌の方に思い入れがある。「親子揃った狼がくるんだぜ」と渋い声で若山富三郎が唄ってくれたのは、東宝で封切られた映画版シリーズだった。

富さんが死んでだいぶ経つから、若山富三郎を知らない人もいるかもしれない。弟の勝新太郎は「おにいちゃん、何で死んだんや」と葬式で男泣きに泣いた。その勝新太郎も死に、今は未亡人の中村珠緒がテレビのバラエティで稼いでいる。もう勝プロの借金も、長男が「座頭市」(1989年)で刃引きをしていない刀で殺陣をやって死なせた俳優への補償金も払い終わったことだろう。



映画版「子連れ狼」シリーズは大映が倒産した後、七〇年代前半に勝プロが制作しヒットした。監督は三隅研次が四本、斉藤武市が一本、黒田義之が一本担当している。併映は勝新太郎主演の「兵隊やくざ」リメイク版や「御用牙」シリーズが多かった。兄弟でそれぞれ主演を張り、東宝が配給した。そのシリーズは、以下のような六本だった。

子連れ狼 子を貸し腕貸しつかまつる [DVD]第一作・子を貸し腕貸しつかまつる(1972年)
第二作・三途の川の乳母車(1972年)
第三作・死に風に向かう乳母車(1972年)
第四作・親の心子の心(1972年)
第五作・冥府魔道(1973年)
第六作・地獄へ行くぞ!大五郎(1974年)

こう並べてみて、すべての作品を見ている己の趣味を改めて顧みた。やっぱり僕は時代劇が好きなのだ。立ちまわりに凝りに凝った「子連れ狼」シリーズは、当時は「劇画調」と言われ本格派時代劇からは蔑まれていたようなところもあったけれど、今から見れば立派な本格的時代劇である。セリフも格調が高い。富さんの殺陣は、さすがに凄い。今、これだけの殺陣ができる人はいない。

●昔の時代劇はお約束シーンがいくつかあった

ところで、昔の時代劇ではお約束のようなシーンがいくつかあった。たとえば、悪役が天井から下がっている房のついた太いヒモを引くと、主人公が立っていた床がまっぷたつに割れて落とし穴に落ちるとか、ヒロインが悪役につかまって襲われ、悪役が帯を引っぱるとヒロインが「あ〜れ〜」と言いながらクルクルまわったりするシーンである。

そんなシーンのひとつに、舌を噛んで自害するシチュエーションがあった。たとえば、「やや、曲者」と庭に逃げた忍者を捕らえると、いきなり口の端から血がタラタラと流れ首をがくりと落とす。「むむっ、舌を噛んだか」と主人公が無念そうに言うのだ。また、貞操の危機に陥った女性(ヒロインではないことが多い)が、舌を噛んで自害する場面も数え切れないくらい見た。

舌を噛んで死ねるのかと子供ごころに不思議に思っていたのだが、舌を噛みきると短くなった舌が喉をふさぎ窒息して死ぬのだと説明されたことがある。しかし、それなら死ぬのにもっと時間がかかるのではないか。それに舌を噛むシーンで役者はいつも口をふさいでいたけれど、舌を突き出して思いっきり歯で噛まないとかみ切れないのではないか。そう思って、僕は納得しなかった。

しかし、ときどき実生活でも間違って舌を噛んじゃうことはある。そのときの痛みはかなりなもので、あの痛みを知っていたら簡単に舌を噛んで死ぬのは無理ではないかと思う。だいたい、本当に舌を噛んで死んだ人はいるのだろうか、昔の自殺方法としては一般的だったのだろうか...などと、僕は未だにそのことには疑問を抱いている。

椿三十郎 [Blu-ray]そんな時代劇からすれば次世代時代劇になる「子連れ狼」シリーズは、リアリズムと残酷描写をウリにしていた。時代劇で血しぶきが使われるようになったのは「椿三十郎」(1962年)の影響だが、「子連れ狼」では斬られた首や腕が血しぶきと共に飛び、大仰な擬音も入った。それが劇画調と言われたのだが、「子連れ狼」では舌を噛みきるシーンも気が弱い人なら目を背けたくなるように描かれた。

子連れ狼 死に風に向う乳母車 [DVD]「死に風に向かう乳母車」では、女郎に売られた少女が女衒に犯されそうになり、女衒が差し入れてきた舌を噛み切るというシーンがある。少女は女衒の舌を吐き出し、その肉片のアップになる。女衒は身を打ち震わせ、口から血を流しながら喉を押さえて悶死する。確かに窒息したのかもしれない。もう四十年近く前のことだが、あのシーンを見たときのショックは未だに憶えている。

キル・ビル Vol.1 【プレミアム・ベスト・コレクション\1800】 [DVD]クエンティン・タランティーノも「死に風に向かう乳母車」を見てショックを受けたのだろう。「キル・ビル」(2003年)では、ヒロインを犯そうとした看護士の男が差し入れてきた舌を、目覚めたヒロインが噛みきりペッと吐き出すシーンがある。日本映画大好きのタランティーノは影響を隠そうとはしていない。しかし、舌を噛みきられて死ぬのは、アメリカ人にとって生理的なショックだったのではないだろうか。

赤頭巾ちゃん気をつけて [DVD]「舌噛んで死んじゃいたい」というのが口癖だったのは、「赤頭巾ちゃん気をつけて」(1970年)のヒロイン(森和代)だった。その頃、一般的にも十代の少女たちがよく使っていた言葉だった。おそらく「舌を噛んで死ぬ」というのは、日本人に脈々と伝わる文化なのだ。「懐剣などなくても、いざとなったら舌を噛んで死ぬ覚悟」というのは、日本的潔さなのだと思う。どちらかと言えば、婦人の嗜みだった。

●映画版とテレビ版で同じ役をやった女優

新・子連れ狼 10 (ビッグコミックス)「子連れ狼」は、さいとうたかをプロにいた小池一夫が独立して書いた劇画原作だ。初期の「漫画アクション」に連載された。その頃のアクションの売り物はバロン吉元の「柔侠伝」とかモンキー・パンチの「ルパン三世」などだった。その頃から、僕はずっと「漫画アクション」を読んでいた。少し後の連載だが「博多っ子純情」や「じゃりン子チエ」も愛読した。

ゴルゴ13 154 (SPコミックス)「漫画アクション」のライバル誌「ビッグコミック」の売り物は「ゴルゴ13」だった。そのシリーズのシナリオを書いていたのは小池一夫さんだから、初期の「子連れ狼」には「ゴルゴ13」とそっくりなエピソードがある。現代と江戸時代の差はあっても、どちらも暗殺者に変わりはない。「ゴルゴ13」の話も時代劇に流用は利くのだ。

主人公を子連れにしたのは「子連れの刺客」という新鮮さに担当編集者が「それ、いきましょう」とのったからじゃないだろうか? ちなみに「子連れ○○」という言い方は今では一般的だが、「子連れ狼」が評判になったから定着した言葉である。それまで「子供連れ」という言い方はあったが、「子連れ」とは言わなかった。

子連れ狼 第一部 DVD デジスタック コレクション「子連れ狼」の映像化は映画版が最初である。その後、テレビシリーズが日本テレビ系列で放映された。1973年4月から1976年の9九月まで、断続的に放映されている。主演は萬屋錦之介だった。そのときの子役が西川某である。僕は映画版の富川昌宏クンの方が可愛いと思ったが、テレビは見ている人の数が違う。結局、「子連れ狼」の大五郎は、一般的には西川某で定着した。

テレビシリーズが評判になり視聴率も高かった頃、大塚のボンカレーのコマーシャルが「子連れ狼」のパロディになった。笑福亭仁鶴が拝一刀を演じ、木製の乳母車を押して登場した。大五郎役の子供が「ちゃん」と呼ぶと、「大五郎、三分間待つのだぞ」と仁鶴の拝一刀が言う。このテレビCMも一世を風靡した。

ところで、映画版とテレビ版で同じ役をやった女優がいる。「木おろしの酉蔵」というヤクザの女親分だ。「世間様では私どもを忘八者と呼んでおりやす」と口跡鮮やかに「死に風に向かう乳母車」に登場する酉蔵は、惚れ惚れするほど美しい浜木綿子である。宝塚出身だけあって、ヤクザの着物姿とはいえ男装がよく似合った。

その酉蔵は、もう一度別のエピソードでテレビ版に登場する。酉蔵は拝一刀に惚れているのだが、あることで板挟みになり、一刀を裏切らざるを得なくなる。すべてが終わったとき、酉蔵は一刀に長脇差を向ける。だが、一刀はかわすだけだ。子分たちが涙を流しながら、「斬ってやっておくんなさい、拝の旦那」と口々に言う。酉蔵は惚れた男に斬られ、幸せな笑みを浮かべて死んでいく。

緋牡丹博徒 お竜参上 [DVD]浜木綿子は、元々好きな女優さんだ。特に、木おろしの酉蔵のイメージが僕には焼き付いている。あれほど美しいキリッとした視線を持つ女性は、「緋牡丹博徒・お竜参上」(1970年)の藤純子以外に僕は知らない。しかし、最近、よく映画に出ている香川照之を見るたびに、僕はあれから長い時間が過ぎたことを感じさせられる。浜木綿子は、香川照之の母親なのである。

ロード・トゥ・パーディション (特別編) (ベストヒット・セレクション) [DVD]「子連れ狼」は、アメリカでもヒットした。英語版の劇画本もよく売れたと聞く。数年前、「ロード・トゥ・パーディション」(2002年)が公開されたとき、アメリカ版「子連れ狼」と言われたが、先日、川本三郎さんの本を読んでいたら、本当に「子連れ狼」からインスパイアされた映画だという。

「ロード・トゥ・パーディション」は「破滅への道」と訳せばいいのにと思いながら映画館へ出かけ、その深みのある画作りに感心した。夜のシーン、特に夜の雨のシーンにはゾクゾクした。「子連れ狼」とは違い、父親(トム・ハンクス)と一緒に逃亡した長男の回想で映画は展開するのだが、ストーリーはまさに「子連れ狼」の変奏である。

「子連れ狼」が人々の情に訴えたのは、血なまぐさい復讐譚に親子の情愛をからませたからだ。親子の関係を非情に描いているのだが、そこにはやはり父と子の心を打つ情が描かれていた。「ロード・トゥ・パーディション」を見ると、「子連れ狼」では「冥府魔道」とか「六道順逆」といった難しい言葉で非情さを装っていた親子の情が、よりはっきりとわかる。

父親は、子供のためには死ねるのである。自らを犠牲にすることを厭わない。言葉は交わさなくとも、拝一刀と大五郎はそんな風に互いを信じ切っていた。親の心と子の心が一体化した理想的な関係だった。それを無意識に伝えたかったのだろうか、僕は子どもたちが幼かった頃、寝る前に話をねだられると「子連れ狼」をアレンジして物語った。我が家の子どもたちは「子連れ狼」を知る前から「大五郎」という名になじんでいた。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
11月は生まれ月なので好きな季節なのだけれど、今年はけっこう寒い。スーツだけでは身が震えるほどの夜が続いた。といってコートを着るには早すぎる気がする。痩せてウエストもかなり細くなったので(メタボリック健診で驚かれた)、コートもぶかぶかかもしれない。

●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.bookdom.net/suiyosha/1400yomim/1429ei1999.html >
受賞風景
< http://homepage1.nifty.com/buff/2007zen.htm >
< http://buff.cocolog-nifty.com/buff/2007/04/post_3567.html >

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映画がなければ生きていけない 1999‐2002
水曜社 2006-12-23
おすすめ平均 star
star特に40歳以上の酸いも甘いも経験した映画ファンには是非!
starちびちび、の愉悦!
star「ぼやき」という名の愛
star第25回日本冒険小説協会 最優秀映画コラム賞
starすばらしい本です。

映画がなければ生きていけない 2003‐2006 ジャガーノート [DVD] ハリーとトント [DVD] 重犯罪特捜班 / ザ・セブン・アップス [DVD] 俺たちに明日はない [DVD]

by G-Tools , 2009/11/20